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7.お茶会への準備


「ラディさん、立派な馬車はお貴族様だったのかい?」


 昨日はあのまま閉店したため、近所の人間はエディントン家の馬車について興味津々だ。


「えぇ、ちょっとご縁がありまして。森でお怪我をされてるところに偶然お会いして、応急手当てをしたんです」


「へぇ、じゃあ、お抱え魔法薬師とか?」


「私はこの店があります。お抱えはないですね。皆さんによくしてもらってますから」


「そりゃどうも。嬉しいこと言ってくれるよ。じゃあな」


「お大事に」



 今日で何人目だろう。

 久しぶりの話題提供だ。

 引越した時は、ラディとミーナについてで、どういう人間か、どういう経緯でここに店を開いたか説明する内に興味も落ち着いていった。

 もちろん、精霊王やラディの本当の経歴などは絶対に話せない。


 親子で田舎に暮らしていたが、学校も遠くミーナの教育もあり、ここに店を構えた。

 ほぼ、そのままだ。


 赤ん坊のミーナと暮らし始めたラディの生活拠点は、人里から離れていた。

 ラディとセバスチャンと人外の者しかいない環境で、20年間育てても、精霊王に言った『この子は人の世で、見て見られて育っていく』という条件からは遠すぎる。

 精霊王が文句を付ける前に、自然が豊かすぎるところから、売りに出ていたここに引っ越してきた。

 王都の外れだが“壁門”に比較的近く治安はいい。

 王都民の住宅街にある小さな商業地区だ。

 各種手続きを整え、どこから突かれてもいいように、普通の魔法薬師として王都民向けに開業した。


「お父さん、お疲れさまです。お茶する?」

「ああ、いいね」


 午後の休憩で、薬草茶を飲む時、ミーナは「ティーカップで飲みたい」と言った。

 いつもは気軽なマグカップなのに、昨日のロバート少年に触発されたらしい。


 昨夜の夕食で、「お父さんの方が伯爵様の息子さんよりもきちんとしてた。私もがんばるんだ」と嬉しそうに言った後、むふんっと気合いを入れていた。

 負けず嫌いの一面もある。


 一晩寝ても変わらず、朝食から気をつけているし、今もラディの目の前で、ティーカップをゆっくりと静かに持ち上げた。

 音のしないように飲めたが、置く時は小さな音を立てた。ちょっとがっかりしている。

 子ども用の食器でもまだ4歳だ。手の力も弱い。


「大きな音は立てなくなったな。そこからがちょっと難しいんだ。もう少しだ。よくがんばってるぞ」


「まだ音しちゃうもん。お父さんみたいに、きちんとした魔術師になりたいの」


「ミーナはとても頑張ってるよ。ほら、蜂蜜だ」


 ラディが蜂蜜をたっぷり入れてやると、嬉しそうに、にこにこしている。頭もしっかり撫でる。

 褒める時は褒める。過去に従者教育もしていたセバスチャンと話し合った方針だ。


 飲食のマナー講座で、セバスチャンは、「最初はどんなに頑張っても音がします。慣れです。正しく繰り返し練習するのみです」とミーナを指導した。

 『うへえ』という顔をしたらしい。

 マナー学習を好きな子どもはいない。

 それでも少しずつ、食器をガチャガチャさせなくなっていた。

 初等学校入学までには出来るようになるだろう、と思っていたら、“ご縁”ができてしまい、ご招待の申し出だ。

 ミーナも一緒に、それも夕食、ディナーだった。ハードルが高すぎる。


 チップで口止めした配達人に頼んだ最初の返事は、要約すると『人として当たり前のことをしたまでです。娘も小さく失礼があるでしょう。ご遠慮します』だった。

 すると、次は昼間のお茶会のご招待で、『どうか、お気楽に』とまで書かれていた。

 その返事を書く前に、ロバート少年が訪問した。この調子だと逃げられない。


 さて、どういう文章で返事をするか、と思いつつ、薬草茶を飲んでいたら、ミーナが(たず)ねる。


「お父さん。お呼ばれされた時、私達も『毒見』するの?」


 『毒見』については、昨夜の夕食でも聞かれ、簡単に説明した。


 「毒を盛られる事がある貴族の風習で、安心して飲食してもらうためにするのだ」と簡略に話した。

 そこから『なぜなに』になり、一つずつ答えた。とりあえず納得していたが復活したらしい。

 エディントン伯爵家から、お礼に招待の申し出がきていることも、ついでに話した。すると興味が移り、ほっとしたのだが中々手強い。


「毒味はしない。お父さんはギルドで評判を確かめた。エディントン伯爵様は、お礼に招待した王都民に毒を盛るようなお人ではない。

大丈夫だ。安心しなさい」

「はい、お父さん」


 それでも気になるようで、話題を変えてみる。


「一度、本当のお呼ばれの前に、お洒落なお菓子屋さんで食べてみるか?」


「本当に?お出かけするの?」


「ああ、ミーナも慣れた方が安心だろう。可愛いワンピースも買おう」


「わ〜い。やった〜!」


 思ったよりも喜んで、両手を上げる。


「ミーナ?こういう時はなんて言うのかな?」


「あ、はい。お父さん、嬉しいです。ありがとう」


 ご機嫌にっこり、おすまし顔で礼を言う。

 精霊王の花嫁になる存在だっただけはあり、顔立ちは整っている。

 幼いとはいえ女性を、久しぶりに着飾らせるのが面白くなっている自分が、ラディは不思議だった。


〜〜*〜〜


 次の休みの日——


 アルバスをセバスチャンに預け、二人は外出した。

 セバスチャンが下調べした、王都民向けの高級衣料品店で、ミーナのために一式揃える。

 ラディもそれなりの服を着ていたので、軽くは見られず、店員も快く相談を受けた。


 背伸びせず絹物ではなく、上質な木綿の既製品にする。

 綺麗な水色の上品なワンピースで、ミーナによく似合っている。

 靴や髪留めなども購入し、店で着替える。サービスで髪も結ってくれた。


「ね、お父さん。『おにあい』?」


 店員が盛んに「お似合いです」と言っていたためか、覚えたらしい。


「ああ、絵本のお嬢さんみたいに可愛いぞ。自分から聞く時は、『似合ってますか?』かな」


「お父さん、にあってますか?」


「とても“お似合い”です。可愛いよ、ミーナ」


 お世辞抜きで愛らしかった。髪と瞳は地味な栗色と茶色なのに、美しく見える。

 その内、虫除けが大変になるな、と思いつつも、さりげなくエスコートし、個室を予約した老舗菓子店に行く。

 給仕を体験させるためだ。

 セバスチャンのマナー講座で慣れてはいるだろうが、全くの第三者はまた違う。


 本番に強いのか、店内でもミーナは堂々としていた。お澄まし顔で、おとなしくしている。

 それでも運ばれてきたサンプルを見て、ケーキを選ぶ時は子どもらしく目が輝く。


「お父さん。どうしよう。みんな、きれいでおいしそう。選べないよ」

「『選べません』だね、ミーナ。父さんが選ぶから、安心してなさい」


 ラディは店員から一通り説明を受け、ミーナには食べやすそうないちごのショートケーキ、自分にはチーズケーキ、飲み物は紅茶を注文する。

 最近努力していた成果か、ミーナは姿勢よく座り、カトラリーも正しく使え、小さな音は立てたが、この年齢にしては品よく食べている。

 最初は緊張していたが、途中からは本当に美味しそうだった。



 楽しかった帰り道、乗り合い馬車から降りた後、店まで手を繋いで歩く。

 夕陽に二人の影が伸び、ミーナは影踏みをし、ご機嫌だった。


 ラディがこうまで準備したのは、ロバートを迎えにきたエディントン家の使用人に、主人が恩人扱いしている人間に対し、侮りが見えたためだ。

 伯爵家の使用人ということは、子爵家か男爵家、もしくは裕福な王都民階級出身だったのかもしれないが、ミーナを護ってやりたかった。


 ああいうタイプは、見かけで判断することが多い。備えるに越したことはない。

 父親としての責任は果たさなければ、精霊王が口出ししてくるし、第一ラディ自身が嫌だった。


 中途半端は好きではない。

 “マナーは心得ている王都民の親子”と判定され、さっさと帰ってくる。

 『それが目標だな』と思いながら、「お父さんの影、おっきくて長いね」と笑顔で見上げるミーナに、微笑み返した。



ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


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