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6.お忍びの少年


「あ、あの!」

「はい、なにかご用ですか?」


 いつも通り患者を見送ったミーナは、中に戻ろうとした時、声をかけられた。

 頭1つ分くらい背の高い赤毛の少年だ。

 

 とりあえず、教わった通りに問いかける。

 服はご近所の住民より、明らかに品がいい。

 評判を聞いて訪ねてきた患者かもしれないと思ったが、子どもだ。

 親はどこにいるんだろう、と周囲をきょろきょろ見回したが、それらしき人間はいない。


「これ、どう、ぞ」


 少年が紙袋を突き出し甘い香りが漂う。お菓子のようだ。

 しかし知らない人から物を受け取らないよう、ラディに厳しく(しつけ)られていた。


「ごめんなさい。父が知らない人から、ものをもらってはいけないって」

「え……」


 知らない人とかには、お父さんのことを(ちち)と呼ぶのも、マナーで教わった。

 ぺこっと頭を下げたミーナの前で、少年は絶望的な表情を浮かべる。

 行き場がなくなった紙袋は少し震えていた。


 ミーナが困っていると、ラディがドアを開けて出てきた。子犬姿の仔フェンリルのアルバスもだ。

 さっき見送った患者が一区切りで、他にはいなかった。戻ってこないミーナの様子を見にきたようだ。


「ミーナ、どうした?」

「お父さん。この人がこれをくれるって言ったの。でももらえないでしょ?」


 ラディは少年を見ると微笑みかける。


「私はこの薬局店主のラディと申します。

失礼ですが、ロバート・エディントン様ですよね?森でお会いした」


 少年の顔が真っ赤になった。ラディの言葉でミーナは思い出す。

 確かにあの親子は赤毛だった。

 疲れ切った表情とボロボロだった服の印象が強く、今の立派なロバートと別人に思えた。


「……あの時は助けてくれて、感謝してます。

その、お礼に持ってきました」


 さっきとは全然違う。

 きちんと話すロバートに、ミーナの茶色い目はまんまるになる。

 足元で体をすりつけるアルバスを抱え上げ、「静かにしてね」と撫でる。


「これはわざわざ、ありがとうございます。

ところでロバート様。お一人でお越しですか?」


 ラディは紙袋を受け取ると、すぐに確認する。

 この状況で付き添いがいないのは不自然だった。


「……はい。一人で、来ました」


「さようですか。狭いですが中に入られませんか?ちょうど休憩なんです」


「……失礼します」


 ロバートを店内に招き入れると、ドアに『準備中』の札をかける。

 ラディは物珍しそうに見回しているロバートを、初めての患者に聞き取りする奥の席へ案内する。

 目隠しの仕切りの奥は、テーブルを挟んだ応接セットだ。


「ミーナ。お茶の用意をする間、ロバート様のお相手してくれるかな」


 この前の説明によると、ロバートは貴族で、身分が4つも上の伯爵の子どもだ。

 『え〜、お相手ってどうすればいいの』と思ったが、ミーナはまだお湯は沸かせない。お客様を一人にもできない。

 『いつも通りにすればいいよね』と、サービスののど飴が入った缶を持ち、ロバートにぺこっと礼をしてから座る。

 足元にアルバスが丸まった。それだけで心強い。


「えっと。二回目ですけど、ミーナと言います。

ロバート様。傷のおかげんはどうですか?」


怪我をしてたんだから、これでいいはず、といつもの会話を思い出す。


「もう治った。ラディ殿の手当ての後、屋敷で治癒師に治してもらった」


 お父さんのこと『ラディ殿』って言ってるし、屋敷って大きい家のことだし、この次はなんて言おうと迷っていると、ロバートが言葉を続けた。


「父上もラディ殿の手当てがよかったので、すぐに治せた、と治癒師が話してた。

腕がいいって評判だって。だから」


 そこにラディが戻ってきた。薬草茶が香りミーナはほっとする。


「お待たせしました。薬局なのでこんなものですが、よかったらどうぞ。お毒見は必要ですか?」


「いえ、大丈夫です。いただきます」


「蜂蜜もありますので、お好みでお使いください」


 来客用のティーカップと二人のマグカップが、音もなく置かれる。ミーナはすごいと思う。

 セバスチャンに教わっているが、音を立てずにカップを持つのも置くのも難しい。

 ミーナはよそゆきのラディを心強く思いながら、知らない言葉にドキドキしていた。


 『どくみ』って何?どくってあの毒だよね。

 ウチの薬草茶は美味しくて、毒なんか入ってないのに、どうしてお父さんは毒なんて言うんだろう、と薬草茶を飲みながら考える。


「ロバート様。お屋敷に使いを出したので、お迎えが来るでしょう。

ここに来る事をどなたかに話されましたか?書き置きを残されましたか?」


「いえ、どっちもしてません。

あの……。実は、ラディ殿のお薬をいただきたくて、きたんです……」


「私の薬を?治癒師も、お出入りの魔法薬師もいらっしゃるでしょう?」


「お金ならあります。その、内緒に、してほしいんです……。筋肉痛を手当する薬が欲しくて、でも、恥ずかしくて、言えなくて……」


「ああ。治癒師に治療では筋肉は育ちませんからね。ただ私は処方できません。

ロバート様が20歳以上か社交界デビューされてるなら処方しますが、現在は保護者が必要なご子息です。何歳ですか?」


「……8歳、です」


「そうですか。実にしっかりとしてらっしゃいますが、まだ責任が取れないお年です。筋肉痛は恥ずかしいことではありません。

訓練で痛むのでしょう?」


「はい、そうです」


「お父上のデニス・エディントン様も、同じように痛い思いをして、お薬を処方され、よく眠りよく食べ、立派なお身体になられたのでしょう。

まずはお父上にご相談されてはいかがでしょう。

真面目なお人柄に見えました。きっと受け止めてくださいますよ」


「……ダメ、ですか」


「はい、ご無理です」


 ラディは毅然と断る。これ以上面倒に巻き込まれたくなかった。


「わかりました。ご迷惑をおかけしました」


 ロバートは諦めたのか、薬草茶に手を付ける。カチャと少しだけ音がして、ミーナはほっとする。



「お父さん。ロバート様のカルテは作らなくていいの?」


 手持ち無沙汰だったミーナは、テーブルの下に用意してある紙を持ち出していた。

 相談だけの時も、書く場合がほとんどだからだ。


「ああ、作らない。お名前も書かなくていいよ」


「はい、お父さん」


 このやり取りにロバートは驚く。

 まるでミーナが書いてるような言い方だ。

 思わず口に出してしまう。


「きみ、字が書けるのか?」


 ミーナはカチンときた。

 4歳で字が書けると驚かれることは多いが、だいたい褒めてくれるし、好意的な空気は伝わる。ロバートは違った。

 同じ子どもなのに、と年齢差も身分差も考えずに思う。


「きちんと書けます。父が教えてくれました。『筋肉痛』も書けます。ご近所さんでも多いし、何回も書いてます」


ラディは苦笑し、ミーナの頭を軽く撫でる。


「ロバート様。この子はとても熱心に、魔法薬師になりたがっているんです。教えたら覚えてくれました。店も手伝ってくれてます」


 ミーナは嬉しかった。ラディがここまで褒めてくれるのは珍しい。


「その、ごめん。びっくりしただけなんだ。

がんばってるんだ。すごいな。僕もがんばるよ。やっと小姓になれたんだ。

この前の森は恐かったけど、よくやったって」


「ああ、“試し”に行かれたんですね。ご無事で何よりでした」


 そこにエディントン家からの迎えが訪れ、ラディが迎え入れる。


「ロバート様!お探ししましたぞ。皆、どれだけ心配したか。奥様が真っ青になってらっしゃいました」


「心配かけてすまない。母上にはきちんと謝る」


「ああ。ロバート様が世話になった。これを」


 明らかに適当な物言いで、金を渡そうとする使用人の手を、ラディは指で抑える。軽い力なのに動かせない。


「そちらは結構です。大した迷惑ではありません。それよりもお早くお戻り願います。

あれほど立派な馬車で乗り付けられては、悪目立ちしてしまいます」


 丁寧な口調に、ピシピシと針が刺さるラディの物言いに押された使用人は、ロバートをせきたて帰っていった。


ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


誤字報告、ありがとうございます。参考にさせていただいきます。

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