4.子犬の正体
「フェンリルですな」
「やっぱりな」
ラディが《転移》で呼び出したセバスチャンに意見を求めたところ、同一だった。
確認したセバスチャンから仔フェンリルを渡されたミーナは、青灰色のぐったりした生命を抱きしめている。
森に返されると思っているのだろう。
「安心しなさい、ミーナ。少なくとも、その仔が一人で餌を取れるようになるまでは、森に戻したりしない。中途半端はよくないと言っただろう?」
「ありがとう、お父さん!名前、つけてもいい?」
不安から一気に安心へと転じたミーナの笑顔は、嬉しさに花が咲いたようだ。
「その前に大切な話がある。ミーナ。
王都では魔物の持ち込みは基本、禁止されてるんだ」
「え?!じゃあ…。このコも……」
「無許可な持ち込みは、“門“で弾かれるようになってるんだ。持ち込もうとした人間は、“門”の衛兵に捕まってしまう」
「だったら、どうして?今日は大丈夫だったの?
衛兵さんは近くにいたよ」
「その仔には強い《加護》の魔法が掛かってるんだ」
「《かご》の魔法?」
「ああ。攻撃から身を守ってくれるのが主な効果だが、《隠蔽》もあるな」
「はい、旦那様。よほど精緻な《検分》をし、《隠蔽》や《加護》を外さないない限り、犬にしか見えません」
「魔術師団にはさすがにバレるだろう?」
「旦那様が《秘匿》を重ねがけされれば、よろしいのではないでしょうか?
そうなされば、魔術師団でも難しいかと」
「仕方ない。一番いいのは、セバスチャンに預けることなんだが……」
ラディの視線を受けて、ミーナは一歩後ろに下がる。
膝をついたラディは、ミーナを呼び寄せ視線を合わせる。
「ミーナ。その仔が普通の犬ではなく、フェンリルという魔物だ、ということはわかったかい?」
「はい、お父さん」
「フェンリルはとても賢いんだ。一人前になるまで、犬よりも時間がかかる。
ただし、一人で生きていけるようになったら、森に返す。魔物は街では生きていけない。互いに不幸になるんだ」
「……はい、お父さん」
「それまでは大切に育てなさい。父さんが念入りに《秘匿》をかけておこう。
いいね、この仔は森で拾った迷子の子犬だ。
森に返すまでは、家族として大切に育てる。
飼い方は父さんとセバスチャンの言うことを守る。約束できるか?」
「はい、約束します」
「では、おいで」
ラディは青灰色の仔フェンリルを、ミーナの腕からひょいと持ち上げると、念入りに《秘匿》の魔術を重ねる。
部屋中に舞った、金色と青の魔素が仔フェンリルに凝縮し、光を放った瞬間、白い子犬が現れていた。
「ほら、これでいい。きちんとした名前を付けてやりなさい。セバスチャン、後は頼んだ」
「ありがとう!お父さん!」
「お任せください、旦那様」
ラディは久しぶりにゆっくり入浴すると、夕食の支度を始めた。
〜〜*〜〜
「はいはい、来ると思ったよ。そう、興奮するな。
いいか、人間には愛玩動物、ペットって習慣があるんだ。
そんな、メデュウサみたいに毛を逆立てるな」
ラディは寝入り端を、騒がしい気配に起こされ、《転移》で奥の部屋に招かれざる客を呼び入れた。
精霊王だ。
「お前も石にしてやろうか?!
我の、我の、花嫁と、なぜ、あの魔物が共に寝ておる!」
「ミーナはベッド、アルバスは床に置かれた籠の中だ。
事実をねじ曲げるな」
ミーナは白い子犬をアルバスと名付けていた。
ちなみにオスだった。それもあるのだろう。
「なぜ同じ部屋なのだ!我は近寄るのも許されぬというに!」
「保護者としては、幼女に花嫁、花嫁言うヤツは接近禁止だ。
それに元はと言えば、お前のせいだ。
アルバスがミーナの許に来るようにしたのはお前だぞ?」
「はああ?!何を言うておる。おぬし、血迷うたか」
「お前でも、いやお前ならギリギリ分かるか。
ギッチギチに《秘匿》かけちまったんでね。
アルバスはお前が殺したフェンリルの子どもだよ。血で分かった。
母親が元々《加護》をかけてたんだろう。で、お前にヤられる前に、《隠匿》をかけて逃したんだ」
「…………それは誠か……」
「嘘を言ってどうする。悪いが眠らせてくれ。今日はさすがに疲れた」
「それはそうと、なぜ我が花嫁への贈り物が、王城にあるのだ?」
「お前、人の話、聞けっつーの!
疲れてんだ。眠らせろ。王城にあるのは、自業自得だ。あんなとこに晒しやがって。
まだ、フェンリルを殺して晒したヤツを、騎士団と魔術師団で探し回ってるんだぞ。
あのフェンリルの遺体を、証拠品として王城に持っていくのは当たり前だろうが」
「はあ?あのような年経た魔力強きモノを、一閃で倒せるは我のみぞ!おぬしでも無理であろうが?!」
「だったら、魔術師団長や国王の枕元にでも立って言うんだな。
あ、俺達のコトや、ミーナへの贈り物なんぞ、絶対に口に出すなよ。
精霊への信仰を疎かにするな、とでも言って、花でも散らしとけ」
「なぜ我があのような、愚かなヒトと話さねばならぬのか」
「お前があの母フェンリルを殺したからだ!
以上!」
俺は奥の部屋を出て、《結界》を部屋とベッドの周囲に何重にも張ると、静穏さを満喫し眠りに就いた。
〜〜*〜〜
数日後——
アルバスと名付けられた子犬、実は仔フェンリルは、すっかりミーナになついていた。
後ろをついて回る姿に、患者達にも可愛がられている。
調合室には、立入厳禁とした。
ミーナも納得し、アルバスには俺が直々に言い聞かせた。
午後、客足を見て、加工した薬草を冒険者ギルドに納入に行った。
今日受けた依頼の報告や、素材の納入に混み合う前でちょうどいい。
何人かいた知り合いとも、挨拶を交わす。
受付には、例の男装趣味のローラ、ことローランドがいた。
いつも通り、納入品として薬草と加工品を渡す。
品質の良さで、規定の買取価格に多少上乗せされた。客観的評価の確認にはちょうどいい。
「いつも、いいモノ、ありがと〜。評判いいのよ」
「それはよかった。喜ばれるのが何よりだ。じゃ」
「ラディさ〜ん。ちょっと待ちなさいよ。あなたにしては珍しいわね。何、やらかしたのよ」
「やらかした?特に何も?心当たりはないが……」
「騎士団から聞き込みが来たのよ。『魔法薬局やってるラディはいるか』って」
「あ〜。なるほどな。怪我人を助けたんだ。それでだろう」
「まあ、ラディさんらしく、紳士的だわねぇ。
騎士団を聞き込みに使うくらいの人ってコトでしょ」
「教えたんだよな?」
「そりゃあ、まあ、逆らえないわよ」
「いや、いいんだ。いつの話だ?」
「3、4日前だけど、今、騎士団は別件でそれどころじゃないかもね」
「別件?」
ローラは地声に戻り、小声で囁く。
「なんでも、王様の部屋が花で埋もれたらしい。
朝、起こしに行った時、ドアを開けたら、ざあ〜って、崩れ落ちてきたってさ。
王様もベッドの中で、花に埋もれそうになってるし、魔術師団が駆けつけて、片付けたんだとよ」
「…………そりゃあ、マジか?」
「マジもマジ〜。フェンリルといい、変なコト続きよね〜。なんか、王様が精霊を祀る聖堂を建てるって言い出してるんですって」
「なるほどな。面白い話を聞かせてくれた。また来る」
ラディはカウンターに銀貨を1枚置く。
「は〜い。いつでも待ってるわよん」
ローラはにこにこと手を振り、ラディを見送った。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。