39.誕生日
「ミーナの5歳の誕生日と、セバスチャンの勝利を祝って。
乾杯!」
『乾杯!』
「お父さん、ありがとう!」
「ありがとうございます、ラディ様」
「わふ、わふ、わおーん!」
ラディとセバスチャンはワイン、ミーナはぶどうジュースで乾杯だ。
仔フェンリルのアルバスも、『旨味汁かけ細切りゆで牛肉』を与えられご機嫌だ。
試合はミーナの誕生日の前々日だった。
セバスチャンが『お祝いしてくださるならミーナ様とご一緒が嬉しゅうございます』と言い、2倍めでたい誕生日だ。
なんとワインとぶどうジュースは、試合当日の夕方、ニクスとエディントン伯爵夫妻の連名で届いた極上品だ。
試合後もニクスはセバスチャンの魔術を礼儀正しく讃え、魔術師団副団長と共に『ぜひ魔術師団でも講師を』と申し入れたが、セバスチャンはていねいに断った。
「名誉あるお申し出、深く感謝いたします。
私はヒポポクラーク先生の理論や仮説の実験担当も兼ねる一人です。
魔術の技は多くても長くは保ちません。ですので短期決戦とさせていただきました。
魔物相手に戦われる勇敢な方々の講師とは恐れ多く、またヒポポクラーク先生のお許しも必要ですので、どうかご容赦ください」
暗に『隣国の魔術研究の情報漏洩になりかねない』と匂わせ、王国魔術師団も敬いつつ辞退したため、ニクス達も引き下がるしかない。
エディントン伯爵夫妻もこの説明に納得していた。
「いや、実にお見事でした。ヒポポクラーク先生の研究のすばらしさを拝見でき光栄でした」
「本当に……。ラディさん、ミーナさんを不安にさせ大変失礼しました。
ミーナさん、刺繍のレッスンには気兼ねなく来てくださいね」
クレア夫人も繰り広げられた魔術の数々に圧倒され、魔術師の血筋の者として尊敬の念をセバスチャンに向けていた。
張っていた意地もほどけ、ラディとミーナに本当に優しく微笑みかける。
ラディとしては“ご遠慮”する良い機会と思っていたが、貴族に謝罪までされた上での申し出を断れば、それこそ“礼儀知らず”になる。
またミーナが王立高等学院魔術科に在籍するなら、エディントン伯爵家の庇護は大きい。
「恐れ多いことでございます。
ミーナに目をかけていただき、ありがとうございます。これからも刺繍のレッスンをよろしくお願いいたします」
ミーナは父の答えをドキドキしながら待っていた分、許可が出てにっこにこの笑顔になる。
「エディントン伯爵夫人、よろしくお願いします」
少しおしゃまにお辞儀をしてあいさつし、周囲に微笑ましさを振りまいていた。
〜〜*〜〜
誕生日当日——
ラディもこの日ばかりは料理をセバスチャンに任せず、魔法薬局を早めに閉め自分だけで作った。
前日から仕込んだタンシチュー、チーズと温野菜たっぷりグラタン、大粒の蛤の白ワイン蒸し、新玉ねぎと春キャベツのマリネなど、食卓は色とりどりだ。
蛤は大通りまで行き買ってきた。《冷温》と《保存》をかけて港から運んでくるため、王都では新鮮な海産物はお高めだが旬の味だ。
近所の肉屋で買った牛タンも上物で、ここぞとばかりに財布の紐を緩めた。
乾杯のあとタンシチューをひと口食べたミーナは、ぱあっと明るい笑顔になる。
茶色い瞳を見開きラディを見上げ、何度も頷きながらもぐもぐ味わう。
「お父さんっ!このシチューすっごくおいしい!
お肉やお野菜がかまなくてもとけてった!
魔術、使った?」
「ミーナが喜んでくれて嬉しいよ。魔術はなしだ。肉屋のおじさんにコツを教わったんだ」
「ミーナにも教えてね!」
「もう少し大きくなったら教えてあげるよ」
セバスチャンも料理を食べ進め嬉しそうに微笑む。
「ラディ様渾身の手料理を味わえるとは、どんな宝物よりも誉れ高く……。
この野菜のマリネは、シチューやグラタンと引き立てあいますな。コクのある芳醇な味わいのあと、爽やかで香り高くさっぱりいたします。
そこにこの大粒の蛤とは……」
「お父さん、これ?ハマグリ?どうやって食べるの?」
初めて目にした料理はいい香りがしておいしそうだが、ミーナはどうやって食べたらいいかわからず戸惑う。
「今日は無礼講にしよう。貝料理のマナーはかなり難しいんだ。こうやって……」
ラディが蛤をひょいとつまむと、そのまま口に運びぷりぷりした身をスープごと味わう。タイムやパセリも磯の風味に加わり実に豊かだ。
「……我ながらうまい。つまんだ指はこうしてフィンガーボールで綺麗にすればいいよ」
「ありがと!やってみる!」
ミーナの小さな口いっぱいに蛤を頬張ると、タンシチュー以上のびっくり目だ。
熱々の身ををはふはふしながら噛むと、ぷちっとした歯ごたえに、魚とも違う上品な甘みが口いっぱいに広がっていく。
噛めば噛むほどタイムやパセリの香りも混ざって鼻に抜ける。思わずお行儀悪く足をばたつかせてしまう。
セバスチャンも同じように食べ、笑顔がこぼれる。
「いや、絶品。ワインが進む罪深さでございます」
皆が蛤を夢中で食べている様子を見たアルバスがねだり始める。
「わふう、わふ〜ん」
「アルバス、犬は貝は食べられないんだ。貝毒や消化不良がある。ゆで牛肉もうまいだろう?今日は奮発したんだぞ」
「わふぅ……」
「ラディ様、フェンリルでも貝類は無理でしょうか?」
「そうか、フェンリルなら多少の貝毒でも大丈夫か。あ〜、だが人の料理を与えると森に帰す時にな」
「フェンリルは賢うございます。またゆで肉の段階で人の料理でございます」
「それもそうか。アルバス、今夜は特別だぞ。お座り!」
ちょこんと姿勢を正したアルバスに、殻を外した蛤を与えると、尻尾をぶんぶん振って喜ぶ。
「お父さん、アルバスもおいしそうだよ」
「気に入ったか。だが毎日は食べられないからな」
「わふ?」
ラディの釘刺しにこてんと首を傾げる仕草がかわいいと、食卓が別の意味でも温まる。
最後は魔術を駆使した林檎のなめらかシャーベットで締めくくった。
〜〜*〜〜
「ミーナ、誕生日おめでとう」
食事の片付けを終えたあと、ラディは少し大きめのリボンがかかった箱をミーナに手渡す。
「ありがとう、お父さん。開けてもいい?」
「もちろんだよ」
リボンをほどき箱を開けると、そこには裁縫箱が入っていた。
厚紙工芸で作られ、愛らしいピンクの花柄で軽くて丈夫だ。
「うわあ、かわいい。中を見てもいい?」
「ああ、いいとも」
取っ手を持ち上げると、蓋の裏にもハサミや刺繍枠などさまざまな道具が取り出しやすいように収納され、下は2段重ねで整理しやすいよう区分けされている。
針刺しやまち針も花の刺繍や模様で美しい。
刺繍糸も多色あり、刺繍に必要なものはひと通りそろっていた。
「すっごい!こんなにいっぱい、かわいいの。
お父さん、ありがとう」
ミーナは裁縫箱を置いてラディに抱きつく。ラディは栗色の髪を優しくなでる。
「マギーのお父さんに相談したんだよ。刺繍職人さんだろう?」
「とってもうれしい。大切に使うね。マギーとジョニーおじさんにも、ありがとうって言わなくちゃ」
「ミーナ様、お誕生日おめでとうございます」
セバスチャンが差し出したのは、細長い小さな青い布の箱だった。
ぱこんと開くと、つやつやした茶色い美しいフォルムのペンがあった。ミーナの名前が金色に刻まれている。
「これってペン?」
「はい。“永年筆”と申しまして、魔道具でございます。インクも継ぎ足しせずに書き続けられます。またこうすれば……」
セバスチャンはミーナから髪の毛を1本もらうと、“永年筆”に絡め、《所有》をかける。
「これでミーナ様以外キャップを開けることはできません。隠されても一晩たてば持ち主の許に戻って参ります」
セバスチャンの説明通りキャップはラディにも開けられず、ミーナだとすっと取れ書き心地も抜群だ。
「ありがとう、セバスチャン!魔術のおべんきょう、がんばるね」
「わふーん」
ミーナはソファーに座ったまま、喜びのあまり跳ね、アルバスも足元で飼い主を祝福するように鳴いている。
ラディもセバスチャンも笑顔で見守り、ミーナにはとても楽しい夜だった。
ご清覧、ありがとうございました。
シリアスな展開を抜けてのおめでた回でした。ちょうどお食事どき、ご一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。
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