3.二人で森へ
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殺傷、流血などについて、残酷な描写があります。
閲覧にはご注意ください。
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今日は薬草採集の日だ。
森での捜査は1ヶ月ほどで中止され、騎士団も魔術師団も組織的活動を終了した。
ラディが冒険者ギルドでも、ほぼ落ち着いたと聞き込み、この日に決めた。
ミーナは前日からはしゃぎすぎ、ラディに注意されたほどだった。
森まではいつも2頭立ての馬車を借りていく。
少しお高いが、もし魔物に遭遇した時、1頭は囮にするためだ。ミーナも説明され従うと約束していた。
豊かで恵みもくれるが、危険もある場所、それが森だ。
お天気も良く、風も気持ちいい。
周辺部でも手に入る薬草採集は、ミーナも手伝うがまだ難しい。学問の実地研修だ。
「葉の形をよく見なさい。薬草のナナリンソウと毒を持つクリンソウは、花が咲いてればすぐに分かるが、基本は葉の形で区別するんだ。
スケッチして覚えること」
「はい、お父さん」
ミーナがスケッチする間、ラディは周囲を《索敵》し、人がいないと確認すると、《採取》を行う。薬草ごとに集め、空間魔術の《収納》を施したバッグに詰めていく。
もう一つは、冒険者ギルドで見せる普通の採集用のバッグだ。
「お父さん、描きました」
「どれどれ。ああ、よく描けてる。えらいぞ」
ラディはミーナの頭を撫でる。
三つ編みをくるりとピンでまとめ、帽子をかぶり、長袖長ズボンで、まるで男の子だ。
ラディ特製の虫除けの練り香も付けている。
安全対策はばっちりだ。
一通り薬草採集は終え、昼ごはんだ。
馬車に戻りハムエッグサンドを食べ、お湯を沸かし薬草茶を入れ蜂蜜を垂らす。2つ割りにしたパンにもたっぷりかけて、デザート代わりだ。
近所で評判のふわふわなパンと蜂蜜との相性は抜群だ。
ミーナが夢中になって食べ終わると、ラディがふきんを《水滴》で濡らし拭いてくれる。
「蜂蜜、垂らしてるぞ。じっとしてなさい」
「はい、お父さん」
ほっぺたやあごに付いてた甘さを優しく取ってくれていた手が、ピタリと止まった。
「ミーナ。血の匂いが“近づいてくる”。決して動かないように」
血の匂いの警告は初めてではない。
今までは動物の死骸で、ラディが最初から気づいて教えてくれた。
“近づいてくる”のは初めてだ。
ラディの《索敵》には負傷した小動物を感知していた。
「……小さな生き物が怪我をしているようだ。
獲物を求めて、大きな生き物や魔物が来るだろう。
そろそろ帰ろうか」
「え?!あ、はい……」
食物連鎖を学んだ時、素材の採取以外、森の生き物に手を出してはいけない、と厳しく教わった。
怪我をしていても助けてはいけない。
今度はその仔を食べられたはずの生き物が、お腹を空かせるからだ。
「あ゛〜。噂をすれば影、か。仕方ない。自衛だ。
ミーナ、目をつぶってなさい」
血まみれの小動物を追いかけてきた魔犬は、より大きな獲物の臭いを嗅ぎつけ、ラディ達へ方向転換する。
それが運の尽きだった。
相手と自分の力の大きさを見誤れば、連鎖はすぐに逆転する。
ラディは、魔犬の頭部の周囲を《真空》にすると、絶命させる。
血が血を呼ぶ事態を避けたかった。
血まみれの小動物は近くまでやってきて、くぃんと力なく鳴いている。
子犬のようだ。
面倒な魔犬の死骸は、さっさと《収納》する。素材にもなるし、ちょうどいい。
通常は群れで行動するが、捜査で狩られたか、はぐれたのだろう。
「お父さん、もういい?」
「ああ、いいよ」
ラディの長身の陰から、目を開けたミーナがひょこんと頭を覗かせる。
視線を子犬に注いでいる。
「あの仔、死んじゃうの?」
「そうだね。あの生命も森の一部だ」
「……母さん犬がいたら、助けたかも、だよね?」
ラディは虚を突かれた。だが際限がなくなる。
「助けたかもしれないし、無理だったかもしれない。ミーナ、父さんは助けない。
切りがない。責任が取れない。分かるだろう?」
「わかる、けど……」
ミーナは俯き小さな手を握りしめる。
ラディは正しい。自分だってお肉を美味しく食べてるのに。
くぃ、ぃん、と鳴き声が細くなっていく。
ミーナは思わず駆け出していた。
「こら、ミーナ!待ちなさい!」
子犬に駆け寄りその前に座ると、その傷の凄さに身体が固まる。触れたズボンの膝に、みるみる血がにじむ。
「何をしてる?!ミーナが餌になりたいのか?」
すぐに追いついたラディは、ミーナを引っこ抜き、脇に座らせると、血の汚れを《浄化》する。
頭を数度いらだたしく大きく掻くと、子犬も《浄化》し、傷口に《回復》をかけ血止めし、周囲も一気に《浄化》した。
「……ごめんなさい。お父さん」
ラディはしゃがみ、しょんぼりと気落ちし泣きそうになっているミーナと視線を合わせる。
「一度手を出したんだ。中途半端は良くない。
ミーナが世話をできるか?」
「します!やります!」
「これが最初で最後だ。二度目は絶対に助けない」
「はいッ!お父さん!ごめんなさい、ごめんなさい……」
どうしても見捨てられなかった気持ちと、約束を破ったすまなさ、森の理を大切にしているラディを困らせた申し訳なさに、涙が溢れてくる。
ラディはタオルで涙をぬぐい、頭を何度も撫でてくれた。
泣き止んだミーナと、子犬に《水滴》で水分を取らせる。
「セバスチャンは犬を何頭も育ててる。教わるといい。おや、これは……」
「お父さん、どうかしたの?」
子犬を抱き上げてはっきりした事実に、ラディは内心大きな溜め息を吐きたくなった。
〜〜*〜〜
子犬の体温を保つため毛布にくるみ、採集用の袋に入れ御者台の足元に乗せた。
ラディは深く眠らせる。街中で見つかると厄介だ。
二頭立ての馬車が、間もなく森の中の道を抜けるところで、前方に足を引きずりながら歩く騎士服姿の大人と、それを支える子どもがいた。
今日は負傷と縁がある。『善良な一般人』なら無視はしない。
馬車の音に振り向いた二人に声をかける。
「どうやらお怪我をなさっているご様子。さぞやお困りでしょう?私は王都民です。
よかったら、“門”の詰所までお送りしましょう」
「ありがたい。恩にきる。
私はデニス・エディントン。こちらは息子のロバートだ」
「私はラディ、魔法薬局を営んでいます。隣りは娘のミーナです。
よろしければ応急処置をいたしましょうか」
「それは助かる。かたじけない」
診たところ、父親のデニスは左足首のひどい捻挫と、各所の切り傷だ。かなり深いものもある。
息子のロバートは浅い切り傷のみだった。
ラディはC級程度に加減した《浄化》を行い、傷口に血止め薬を塗布し包帯で巻く。捻挫は炎症を鎮める膏薬を貼った後、しっかり固定した。
「痛みが引いていく。ラディ殿は腕がよいのだな」
「馬車に揺られれば、ぶり返すでしょう。ご帰宅後は速やかに、治癒師にお診せください」
《回復》や《治癒》魔術を使える治癒師の治療費は庶民にはなかなか手が出ないが、親子の着衣も得物も高級で、騎士階級か貴族だろう。
親子を荷台に乗せ馬車を出発させる。
ミーナは荷台へ振り向くと、笑顔で親子に話しかける。
「初めまして、ミーナです。お腹が空いていませんか?お水とワイン、クラッカーと干し肉ならあります」
いずれも緊急用に持ってきたものだ。
ラディは心中、『余計なことを』と思ったが、薬局では、「患者には節度をもって礼儀正しく」と躾ていた。
「それはありがたいが、図々しいような……」
「困った時はお互い様です。お口に合わないでしょうが、糧食と思っていただけたら幸いです」
怪しまれたくないラディも言葉を添え、ミーナが二人に食料を手渡す。
最初は遠慮していたが、空腹は最高の調味料だったらしくすぐに食べ終え、ワインも効いたのか眠り始める。
ラディは馬車に《軽量化》と《静寂》をかけると、行きよりも早く“壁門”へ辿り着き、詰所で親子を降ろす。
礼を言い詳しい身元を知りたがるデニスを、
「情けは巡る、と申します。ご縁があれば、またいつか」
と言いくるめ、ラディ達はさっさと家路に着いた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。
※植物名などは架空のものです。
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