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3.二人で森へ

※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※

殺傷、流血などについて、残酷な描写があります。

閲覧にはご注意ください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 今日は薬草採集の日だ。


 森での捜査は1ヶ月ほどで中止され、騎士団も魔術師団も組織的活動を終了した。

 ラディが冒険者ギルドでも、ほぼ落ち着いたと聞き込み、この日に決めた。

 ミーナは前日からはしゃぎすぎ、ラディに注意されたほどだった。


 森まではいつも2頭立ての馬車を借りていく。

 少しお高いが、もし魔物に遭遇した時、1頭は(おとり)にするためだ。ミーナも説明され従うと約束していた。

 豊かで恵みもくれるが、危険もある場所、それが森だ。


 お天気も良く、風も気持ちいい。

 周辺部でも手に入る薬草採集は、ミーナも手伝うがまだ難しい。学問の実地研修だ。


「葉の形をよく見なさい。薬草のナナリンソウと毒を持つクリンソウは、花が咲いてればすぐに分かるが、基本は葉の形で区別するんだ。

スケッチして覚えること」


「はい、お父さん」


 ミーナがスケッチする間、ラディは周囲を《索敵》し、人がいないと確認すると、《採取》を行う。薬草ごとに集め、空間魔術の《収納》を施したバッグに詰めていく。

 もう一つは、冒険者ギルドで見せる普通の採集用のバッグだ。


「お父さん、描きました」


「どれどれ。ああ、よく描けてる。えらいぞ」


 ラディはミーナの頭を撫でる。

 三つ編みをくるりとピンでまとめ、帽子をかぶり、長袖長ズボンで、まるで男の子だ。

 ラディ特製の虫除けの練り香も付けている。

 安全対策はばっちりだ。



 一通り薬草採集は終え、昼ごはんだ。

 馬車に戻りハムエッグサンドを食べ、お湯を沸かし薬草茶を入れ蜂蜜を垂らす。2つ割りにしたパンにもたっぷりかけて、デザート代わりだ。

 近所で評判のふわふわなパンと蜂蜜との相性は抜群だ。

 ミーナが夢中になって食べ終わると、ラディがふきんを《水滴》で濡らし拭いてくれる。


「蜂蜜、垂らしてるぞ。じっとしてなさい」


「はい、お父さん」


 ほっぺたやあごに付いてた甘さを優しく取ってくれていた手が、ピタリと止まった。



「ミーナ。血の匂いが“近づいてくる”。決して動かないように」



 血の匂いの警告は初めてではない。

 今までは動物の死骸で、ラディが最初から気づいて教えてくれた。

 “近づいてくる”のは初めてだ。

 ラディの《索敵》には負傷した小動物を感知していた。


「……小さな生き物が怪我をしているようだ。

獲物を求めて、大きな生き物や魔物が来るだろう。

そろそろ帰ろうか」


「え?!あ、はい……」


 食物連鎖を学んだ時、素材の採取以外、森の生き物に手を出してはいけない、と厳しく教わった。

 怪我をしていても助けてはいけない。

 今度はその仔を食べられたはずの生き物が、お腹を空かせるからだ。



「あ゛〜。噂をすれば影、か。仕方ない。自衛だ。

ミーナ、目をつぶってなさい」


 血まみれの小動物を追いかけてきた魔犬は、より大きな獲物の臭いを嗅ぎつけ、ラディ達へ方向転換する。

 それが運の尽きだった。

 相手と自分の力の大きさを見誤れば、連鎖はすぐに逆転する。


 ラディは、魔犬の頭部の周囲を《真空》にすると、絶命させる。

 血が血を呼ぶ事態を避けたかった。


 血まみれの小動物は近くまでやってきて、くぃんと力なく鳴いている。

 子犬のようだ。

 面倒な魔犬の死骸は、さっさと《収納》する。素材にもなるし、ちょうどいい。

 通常は群れで行動するが、捜査で狩られたか、はぐれたのだろう。


「お父さん、もういい?」

「ああ、いいよ」


 ラディの長身の陰から、目を開けたミーナがひょこんと頭を覗かせる。

 視線を子犬に注いでいる。


「あの仔、死んじゃうの?」


「そうだね。あの生命も森の一部だ」


「……母さん犬がいたら、助けたかも、だよね?」


 ラディは虚を突かれた。だが際限がなくなる。


「助けたかもしれないし、無理だったかもしれない。ミーナ、父さんは助けない。

切りがない。責任が取れない。分かるだろう?」


「わかる、けど……」


 ミーナは(うつむ)き小さな手を握りしめる。

 ラディは正しい。自分だってお肉を美味しく食べてるのに。

 くぃ、ぃん、と鳴き声が細くなっていく。

 ミーナは思わず駆け出していた。


「こら、ミーナ!待ちなさい!」


 子犬に駆け寄りその前に座ると、その傷の凄さに身体が固まる。触れたズボンの膝に、みるみる血がにじむ。


「何をしてる?!ミーナが(えさ)になりたいのか?」


 すぐに追いついたラディは、ミーナを引っこ抜き、脇に座らせると、血の汚れを《浄化》する。

 頭を数度いらだたしく大きく掻くと、子犬も《浄化》し、傷口に《回復》をかけ血止めし、周囲も一気に《浄化》した。



「……ごめんなさい。お父さん」


 ラディはしゃがみ、しょんぼりと気落ちし泣きそうになっているミーナと視線を合わせる。


「一度手を出したんだ。中途半端は良くない。

ミーナが世話をできるか?」


「します!やります!」


「これが最初で最後だ。二度目は絶対に助けない」


「はいッ!お父さん!ごめんなさい、ごめんなさい……」


 どうしても見捨てられなかった気持ちと、約束を破ったすまなさ、森の(ことわり)を大切にしているラディを困らせた申し訳なさに、涙が溢れてくる。

 ラディはタオルで涙をぬぐい、頭を何度も撫でてくれた。

 泣き止んだミーナと、子犬に《水滴》で水分を取らせる。


「セバスチャンは犬を何頭も育ててる。教わるといい。おや、これは……」


「お父さん、どうかしたの?」


 子犬を抱き上げてはっきりした事実に、ラディは内心大きな溜め息を吐きたくなった。


〜〜*〜〜


 子犬の体温を保つため毛布にくるみ、採集用の袋に入れ御者台の足元に乗せた。

 ラディは深く眠らせる。街中で見つかると厄介だ。

 二頭立ての馬車が、間もなく森の中の道を抜けるところで、前方に足を引きずりながら歩く騎士服姿の大人と、それを支える子どもがいた。


 今日は負傷と縁がある。『善良な一般人』なら無視はしない。

 馬車の音に振り向いた二人に声をかける。



「どうやらお怪我をなさっているご様子。さぞやお困りでしょう?私は王都民です。

よかったら、“門”の詰所までお送りしましょう」


「ありがたい。恩にきる。

私はデニス・エディントン。こちらは息子のロバートだ」


「私はラディ、魔法薬局を営んでいます。隣りは娘のミーナです。

よろしければ応急処置をいたしましょうか」


「それは助かる。かたじけない」



 診たところ、父親のデニスは左足首のひどい捻挫(ねんざ)と、各所の切り傷だ。かなり深いものもある。

 息子のロバートは浅い切り傷のみだった。

 ラディはC級程度に加減した《浄化》を行い、傷口に血止め薬を塗布し包帯で巻く。捻挫は炎症を鎮める膏薬を貼った後、しっかり固定した。


「痛みが引いていく。ラディ殿は腕がよいのだな」


「馬車に揺られれば、ぶり返すでしょう。ご帰宅後は速やかに、治癒師にお診せください」


 《回復》や《治癒》魔術を使える治癒師の治療費は庶民にはなかなか手が出ないが、親子の着衣も得物も高級で、騎士階級か貴族だろう。


 親子を荷台に乗せ馬車を出発させる。

 ミーナは荷台へ振り向くと、笑顔で親子に話しかける。


「初めまして、ミーナです。お腹が空いていませんか?お水とワイン、クラッカーと干し肉ならあります」


 いずれも緊急用に持ってきたものだ。

 ラディは心中、『余計なことを』と思ったが、薬局では、「患者には節度をもって礼儀正しく」と(しつけ)ていた。


「それはありがたいが、図々しいような……」


「困った時はお互い様です。お口に合わないでしょうが、糧食と思っていただけたら幸いです」


 怪しまれたくないラディも言葉を添え、ミーナが二人に食料を手渡す。

 最初は遠慮していたが、空腹は最高の調味料だったらしくすぐに食べ終え、ワインも効いたのか眠り始める。

 ラディは馬車に《軽量化》と《静寂》をかけると、行きよりも早く“壁門”へ辿り着き、詰所で親子を降ろす。


 礼を言い詳しい身元を知りたがるデニスを、

「情けは巡る、と申します。ご縁があれば、またいつか」

と言いくるめ、ラディ達はさっさと家路に着いた。


ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。

※植物名などは架空のものです。


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 ランドラドラ様、贈り物をするにしましても、まるで台風一過のような戦いを市街地で行い、勝利宣言をアピールするど派手なパフォーマンスは、らしいと言えばらしい… むむ? 仔フェンリルとミーナちゃんの出逢い…
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