38.試合
——見誤った。
このひと言に尽きる。
あの手紙を開けられなければ、クレア夫人は諦めると思ったのが、裏目に出るとは。
おそらくかなりのショックで、プライドを傷つけられたのだろう。
魔術師なら技量の上下を悟れば、その場は引く。下手をすれば命に関わるためだ。
才能はあったが、魔術師の道には進めず、息子達にも出現していないクレア夫人の、中途半端な立ち位置を、あの手紙は自覚させた。
それは貴族のプライドも刺激し、傷つけたようだった。
ラディは魔術師気質で、技量の差で納得すると思ったが、かえってこじらせしまったようだった。
お貴族様のプライドは、面倒なことこの上ない。
馬車の中と夕食後は、ミーナにきちんと説明し続けた。質問にもすべて答える。
ミーナは仔フェンリルのアルバスをかかえ、柔らかい毛並みをなでながら、自分なりに噛み砕こうとしていた。
「クレア夫人、怒っちゃったってコト?」
「簡単に言えばそうかな。ミーナが『ミーナちゃんの父さん、魔術師でも大したことないのね』と言われたのに似てるかもしれない」
「違うもん!お父さん、立派で、強いって知ってるもん!」
「ありがとう、ミーナ。
今のクレア夫人も『ノーケル侯爵家なんて大したことないじゃないか』って言われたって勘違いしてるかもしれないいんだよ」
「……そうなんだ」
刺繍を親切に楽しく教えてくれる優しい夫人が、ラディには冷たく攻撃的だった姿は、幼い心に驚きと悲しみを与えたのだろう。アルバスをぎゅっと抱きしめている。
ラディは娘の髪を優しくなでながらゆっくり話す。
「どちらにしろ、セバスチャンとニクス様の試合で決まる。勝ち負けがついたほうがスッキリするだろう。
どっちが勝ってもおかしくないくらい、有名、名前が知られてるからね」
「ゆうめい?」
「そうだなあ。カードで赤の王様と青の王様は、どっちも同じ強さだろう?」
「うん!」
「そんな感じだよ。ノーケル侯爵家は優秀な魔術師がいっぱい出ている。
セバスチャンの先生になってもらう方、ヒポポクラーク先生は魔術の勉強のものすごく偉い先生だ。
どっちが勝っても不思議はない。いい勝負になると思うよ。
ミーナは楽しみに見てるといい」
「……セバスチャン、負けちゃうの?」
「さあ、勝敗は時の運、って言うからね。
ただセバスチャンはミーナを守るときが一番強いと思うよ。
だから大丈夫。さあ、そろそろ休もうか」
「はい、お父さん」
それでも興奮したのか、ベッドに入ってもなかなか寝付けず、ラディは寝かしつけに絵本を1冊読んだあと、《催眠》をかけ眠らせた。
そして、セバスチャンを呼び出すと、ことの経緯を説明し、長い時間をかけて話し合っていた。
〜〜*〜〜
エディントン伯爵は帰邸後に試合の件を伝えられ、頭を抱えていた。
『どうしてこうなった』という思いが強い。
「……ラディ殿のお師匠は、“荒野の賢人”バルバトリ・ヴァスティタスだ。彼は侮っていい人ではない。
だからミーナさんの件は父親のラディ殿に任せなさい、と言ったのに、ニクス殿も巻き込むとは……」
「不肖の弟子、ということもございますわ」
「あの親子を見ていてそう思うのかね?だったら私の目は節穴となるが?」
「…………」
クレア夫人は黙り込む。ラディの師匠の名に驚きはしたが、もう引き下がれなかった。
「まあ、試合をするのもいいだろう。ニクスはもちろん、ラディ殿から試合を申し出るなら、ヒポポセヴァーノ殿もかなりできるのだろう。
結果が出てから考えればいい。
試合については私が仕切る。これはエディントン家当主としての命令だ」
「……わかりました」
「どんなに優秀と見込んでも、子どもと親を権勢で引き離すようなことはしてはならぬ、と私は思う。子どもは愛情も必要なのだ。
特にあの親子の絆は強い。そこももう一度考えて欲しい」
「……はい、あなた」
珍しく疲れた表情をはっきりと浮かべた妻が出て行ったあと、エディントン伯爵は早速手紙を記し始めた。
〜〜*〜〜
手紙などで連絡を取り合った結果、試合の場所は豊穣祭でトーナメント戦を開催したスタジアムとなった。
魔術師団の訓練所だと王城関係者の人目につきやすいためだ。
エディントン伯爵がギルドを通して借り受け、早朝に集まった。
対戦者は、ニクス・ノーケル氷魔術師班長と、ヒポポセヴァーノことセバスチャンだ。
審判は魔術師団副団長にエディントン伯爵が、他言無用の上、依頼した。治癒者でもあり、最も適任と見極めた上だ。どっちが勝っても負けても、複雑な問題になりかねないためでもあった。
観覧者は、エディントン伯爵夫妻と、ラディとミーナ親子だ。
ニクスは魔術師団のローブ、セバスチャンは仕立ての良い茶色の三揃いスーツだった。
距離を取り、互いに一礼する。
「誇り高き魔術師らしく、正々堂々と試合を行うように。
始め!」
声がかかると、ニクスがすぐに《氷壁》でセバスチャンの四方を囲む。
みるみる厚みを増していき、押しつぶされると思いきや、セバスチャンは《結界》は張らずに、《風刃》で氷を切り割り、《圧縮》した空気をぶつけ跳ね飛ばす。
逆にニクスを《熱風》で巻き上げようとしたところを、《水流》で対抗される。
今まで相手の技量を測っていたニクスは、どうやら手加減無用と判断する。
ラディの知り合いに大怪我など負わせたくなかった。
ニクスに向かって突出する《水槍》を《氷盾》で防ぎ散らしながら、《氷刃》を繰り出すと《熱水流》で溶かされる。
そのまま襲いくる《熱水流》は、《結氷》させると、地上に落ちて砕け散った。
戦いの高揚と共に、ニクスの心は歓喜にあふれていた。
この試合に勝てば、“あの”ラディ殿の愛娘を教えることができるのだ。
親戚のクレア夫人の申し出は心躍らせ、思わぬ縁に、“大いなる力”と神に深い感謝を捧げたほどだった。
今日もラディ本人に会え、あいさつだけでも交わせた。心からの強い敬愛と崇拝は、常よりもニクスの魔術を冴え渡らせる。
だが、隣国の大学者・ヒポポクラークの弟子ヒポポセヴァーノという対戦者もなかなかしぶとい。
当たり前だろう。ラディ殿が愛娘のために選んだ方なのだ。
決して驕らず、感謝を忘れず、謙虚に油断なく、相手を追い詰めていこうとするのだが、氷魔術に火魔術といったありがちな反攻はほとんどしない。
それもある魔術に偏らず、風、水、土を用い、または組み合わせ、攻撃、守備する。
そして、なんとニクスに氷魔術を仕掛けてきた。
《氷槍》と《土槍》でニクスを四方から襲う。
すぐさま《結界》を張っても、ヒビが入るほど強力だ。そして、そのヒビから《注水》をし始めた。
ニクスも《結界》を解くと同時に、《氷盾》で《氷槍》と《土槍》を防ぎ、逆に《氷礫》を襲いかからせるが、《風盾》にはじき返される。
これはもう《結氷》で、と思った瞬間、体が宙に浮いた。
いや、違う。
《掘削》で足元の地面の深く巨大な穴ができていた。
とっさに風を起こし、《浮遊》で移動するも、《氷鞭》が飛びかい、同じ《氷鞭》で対抗し絡め取り砕き散らす。
今度は細かい《風刃》が《水流》に混ざって襲いかかってきた。
《氷壁》で防ぐが、えぐり取られるほどだ。
そこに《岩礫》も混ざり始める。三要素を同時に使いこなす相手など初めてだ。
次から次へ繰り出される攻撃に、息つく暇もない。これほどの実践をどこで積んだのか、と思うほどだ。
防御に追い込まれたところを、四方を《氷壁》で包まれ、《結界》を張るが、みしみしと音を立てている。
全くの容赦もない。
水魔術や火魔術、風魔術も通らない。
《探査》すると《真空》に覆われた《氷壁》だった。
こんな高度な技をどこで、と思う間にも、《氷壁》の圧力が増し、命の危険を感じ、背筋が寒くなる。
「棄権する!」
ニクスの声を拾った審判が結果を告げる。
「ヒポポセヴァーノ殿の勝利とする!」
息を飲んで見守っていたミーナは、思わず小さく飛び跳ねていた。
ご清覧、ありがとうございました。
このところ、シリアスな展開が続いてますが、基本はコミカルなファンタジーを目指しています(^◇^;)
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。
(*´人`*)




