35.魔術の学校 2
「ミーナ。“話していい”よ。
ここまではわかったかな。ミーナが自分で説明してみてごらん」
許可されたミーナは大きく深呼吸した。
ラディの確認に素直に応じる。子どもながら真剣な眼差しだ。
「はい、お父さん。
魔術を勉強する学校は2つある。
1つ目は6歳からで試験があって、その後は学校で魔術の勉強ができる。
もう1つは15歳で試験がある。ここは15歳までセバスチャンみたいな人に魔術を教えてもらう。
これであってる?」
ほぼ理解していた。
試験はセバスチャンが1つの魔術を教えるたびに、できたかどうか“試験”をするので理解できたのだろう。
ラディはミーナの頭を何度もなでる。
「よくがんばったね。
ちょっとお茶を飲もう。父さんも喉が渇いた」
「いっぱい話してくれたもんね。ありがとう、お父さん」
立ち上がって背伸びしたミーナがラディの頭をなでる。
これから話さなければならないことを思うと、ラディの胸がチクッと痛んだ。
小休憩を終えて、話を再開した。
「これから話すのは、父さんが考えてたことだ。
わからないことがあったら、いつでも聞いていいよ」
「はい、お父さん」
ミーナはどきどきわくわくしていた。
ラディが自分のために考えてくれていたことなのだ。どんなことなんだろう、と胸をときめかせていた。
〜〜*〜〜
「父さんが考えてたのは2つ目だ。
ミーナはもう少ししたら、3月21日、生まれた日を迎えて5歳になる。
5歳から魔術の勉強の時間を増やすために、セバスチャンがこの近くに住む用意をしてるんだ」
「え?!セバスチャンが?前のお家は?」
「前のお家は、セバスチャンの部下が管理してくれる。この日に備えて勉強させてた。父さんも会ってきた。
任せられるくらいしっかりしてた。大丈夫だよ」
部下は2人、獣人と、エルフと人間のハーフだ。1週間に1度、セバスチャンが様子を見に行くことにしていた。
「そうなんだ。セバスチャンとは一緒に住めないの?」
「う〜ん、ここはもう部屋がないだろう?」
「あ、そっか」
ミーナは素直に納得した。
本当は空間魔術で増やせるのだが、ミーナが混乱するのと、外観から予測される部屋の間取りから、『おかしい』と勘づかれる可能性もある。
「セバスチャンは魔法学と言って、魔法をとっても勉強している“学者さん”になる。
父さんのお師匠様のお友達で、とっても偉い学者さんのお弟子さんだから、ミーナに魔術を教えてくれる、って感じになるんだ」
「“がくしゃさん”?えっと。それって今とおんなじってコト?」
「そうだ。セバスチャンはミーナの先生として、ちょっと違う名前だけど、ご近所さん達にも紹介できるようになるんだ」
ミーナの顔がぱあっと明るくなる。
「えっと。じゃあ、セバスチャンと一緒にお買い物もできたりするの?パン屋とかお肉屋とか」
「ああ、そうだ。
父さんはミーナなら、セバスチャンを先生にして勉強したら、15歳の時、王立高等学院の魔術科に合格できると思うんだ」
「うん、がんばるよ」
次の理由はミーナは傷つくだろうが、避けては通れない問題だった。
〜〜*〜〜
「偉いぞ、ミーナ。
それと、もう一つ王立高等学院の魔術科がいいと思う理由は……。
魔術を学ぶ平民に対して、貴族は辛く当たることが多いっていうのがあるんだ……」
ラディは言いづらそうに話す。本当は人間が勝手に作った身分を心底軽蔑していた。
国を作った支配者が儲けの取り分を保つために定めた“道具”だ。
幾つもの国の興亡を見てきたラディには、虚しく思えて仕方ない。
この商店街で真っ当に生きる平民のほうが、よほどまともで人間らしい。
「え?!そうなの?!クレア夫人はやさしいよ?」
茶色い瞳が丸く見開かれる。
「エディントン家は特別なんだ。父さんとミーナが森でデニス様とロバート様を助けたのがとっても大きい。
ミーナ、“恩人”ってわかるか?」
「おんじん?」
何それ、おいしいのって顔だ。無理もない。
「辛くて大変な時に、助けてくれた人のことを“恩人”って言うんだ。
もしあれが逆だったら、どうだろう?
怪我をしてたのが父さんとミーナで、エディントン様達が助けてくれたら、お礼を言って“恩返し”をしなきゃって思うだろう?」
「あ!“おんがえし”って絵本で読んだよ。
森でタヌキを助けたら、果物とか食べ物、ずっと届けてくれたってお話」
「うん、辛い時に助けてくれた人のことを“恩人”、助けてくれたことに感謝して、親切にしたり、お礼の贈り物をすることを“恩返し”って言うんだ。
だからエディントン伯爵は平民の父さんとミーナをお屋敷に招いて、お茶会でもてなしてくれた。
父さんとミーナが平民でも礼儀正しいから、その後、父さんにロバート様の湿布を頼んだり、ミーナに刺繍を教えてくれてる。
これも恩返しの続きだと父さんは思ってる」
「そう、なんだ……」
ミーナはがっかりした表情だ。商店街の人々やマギーのように親しくなれたと思っていたのだろう。
「ああ、貴族の中でも特別なんだ。
わかりやすいのは、ミーナがクレア夫人の綺麗な飾りの中から、『この石、ちょっと変です』と言ったあとのこと、覚えてるかな?
ロバート様のお兄様達が言ったことだよ」
とたんにミーナは眉を寄せ、悲しそうな、苦しそうな表情を浮かべた。嫌なこと思い出させラディも辛い。
「……覚えてる。嘘つきだって、酷いこと言ってるって」
「あれが貴族の平民に対する普通の態度なんだ」
「…………ホントに?」
ミーナは強い衝撃を受けているようで、ラディの腕を握り見上げる。
「本当だ。ミーナが伯爵家や公爵家の娘さんだったら、あんな風にいきなり『嘘つき』とか酷いことは絶対に言われなかっただろう。
言った理由を礼儀正しく聞いたはずだ。『どうしてそう思うんですか?』とかね。全然違うだろう?」
「そうなんだ……」
ミーナをそっと抱いたあと、その両肩を両手で支えなるべく優しい声で話す。
「たとえば貴族が多くて平民が少ない学校のクラスで、貴族の子が持ってるペンが無くなったら、一番先に疑われるのが平民だ。
理由は平民だってだけだ。礼儀知らずで、お金持ちでもないから、値段の高いペンを欲しいと思うだろうって決めつけでね。
あの偽物の石の時も、平民は宝石のことなんか知らないだろうって決めつけた。
それが普通の貴族なんだ。わかったかな?」
「…………うん、そう、なんだね」
一度嘘つき呼ばわりされてる経験が、ラディの話は本当なんだ、とミーナの心に容赦なく刺さってくる。
ラディはミーナを目をまっすぐ見つめ、ゆっくりと語りかける。
「そんなこと言われたら、今のミーナはとても辛いと思う。父さんもいない。
だけどもっと大きくなった15歳なら、ミーナの心も身体も強くなってるだろう。
泥棒扱いされても、父さんの力を借りずに言い返せるし、言われないように貴族のお友達も作れるようになってるだろう。
どうしてか、わかるかな?」
ミーナは小さく首を横に振る。15歳の自分なんて想像できなかった。
ラディはミーナを膝の上に抱き、涙目になった愛娘を頭を優しくなでる。
「セバスチャンや父さんが10年かけて、ミーナに少しずつ教えていくからだ。
いきなりは無理だ。魔術だってそうだろう?」
ミーナはこくんと頷く。
「魔術と一緒に、貴族が多い学校に行っても平気になれる方法も教えてく。安心しなさい」
「今じゃ、ムリ?」
「嘘つきってずっと言われても平気かな?」
「でも仲良くしてくれてるよ」
「あの兄弟の父親が恩人で、父さんが嘘つきじゃないって説明したからね。特別なんだ。
今すぐに答えを出さなくていい。
ゆっくり考えなさい。質問は夜ならいつでも聞くよ。大切なミーナの質問だからね」
「……はい、お父さん。話してくれてありがと」
「ミーナ。パパって呼んでいいよ。心が痛かっただろう?ごめんな」
「…………パパ、パパ、パパ」
ミーナがラディに抱きつき泣きじゃくる。ラディはずっと抱きしめていた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




