34.魔術の学校 1
お待たせしました。
「そうか。よく話してくれたね。
クレア夫人は他になにか言ってたかな?」
ミーナから聞き出しつつ、ラディは精霊王の指摘どおり油断していたことを痛感していた。
エディントン伯爵はラディを、“荒野の賢人”バーリこと、バルバトリ・ヴァスティタスの直弟子と信じている。ミーナの魔術教育に口を出すことはしないだろう。
本人も騎士の家系で、魔力や魔術はさほど強くはない。
しかしクレア夫人は、魔術師を輩出している“あの”ノーケル侯爵家の先代当主の妹の娘、現当主の従姉妹なのだ。
魔術師の素質は十分あるが、貴族令嬢として結婚を優先したのだろう。
セバスチャンの調査によれば、王立高等学院も淑女科卒業だ。
ニクスのこともあり、ノーケル侯爵家とはなるべく縁を結びたくなく、『食事会』も辞退した。
それで終わったと思っていたが、なぜか向こうは興味を持ち、こちらへ手を伸ばしてきていた。
——その手を跳ねのけるべきか、否か。
ラディはラディなりに考え、ミーナの魔術の教育については準備をしていたこともある。
ただ、ミーナは小さな胸にクレア夫人からの問いかけをずっとかかえていた。その心理的許容を考えると、今は話せないだろう。
クレア夫人は年明けくらいから少しずつ、ミーナを“攻略”していたようだった。
最初に打ち明けた「行ってみたくないか」という件も、『ちょっと聞いてみただけなの。気にしないでね』と最後は軽く扱っていた。
いや、そう見せかけていた。
読み書きができるミーナが、詳細は話さないまでも、少しずつ魔術教育を受けていると聞いたのが大きいようだ。
ミーナは勘がいい。
なにか変だ、と思い、ラディに打ち明けてくれたのだろう。
本当に賢い子だ。
子どもが『行きたい』と強く真面目に願えば、父親も『ダメだ』と言うのは難しい。
エディントン伯爵家やノーケル侯爵家の支援も持ち出すだろう。
なかなか“お貴族様”らしい手の打ち方だ。
ミーナは父が自分と二人の生活を守るため、貴族や魔術師団には近づきたくないと理解している。
その一方、エディントン伯爵家での刺繍のレッスンやクレア夫人とのおしゃべりは楽しく、なかなか言えなかったようだ。
母親とクレア夫人をおそらくは重ねていたに違いない。この歳だ。それも当たり前だった。
〜〜*〜〜
「ミーナ。よく教えてくれたね。ありがとう」
「……ごめんなさい。お父さん。すぐに言えなくて」
ミーナはしょぼんと少し肩を落としている。大好きな父に隠し事をしていた自分に落ち込んでいるように見えた。
気にし過ぎて欲しくなく、ラディは少しふざけてみる。
「豊穣祭の時、すごいねって言ってたもんな。この前の雪掃除もカッコいいって」
「カッコいいのはお父さんが一番だよ!ぜったい、ぜったいなの!」
身を乗り出して、つぶらな瞳を大きく見開き主張する。ラディは幼い我が子をふんわり抱きとめる。
「ありがとう、ミーナ。嬉しいよ。
実は父さんもミーナの魔術の勉強や学校のことは、いろいろ考えて準備してたんだ」
「え?そうなの?ミーナの?」
こてんと首を傾げる仕草が、本当に愛らしい。
「ああ。ただ今から話すと長くなる。睡眠不足は風邪もひきやすくなる。
明日の夜、ゆっくり話そう。いいね」
「……今、ダメ?」
「父さんは、明日、きちんと話したい。ミーナも落ち着いて聞けると思う」
ラディのこういう口調の時は、ミーナの我儘を聞いてはくれないとわかっていた。
「……はい、お父さん」
「ん。いい子だ。我慢したご褒美に、やってほしい魔術があったら一つだけやるぞ」
「え?!ホント?」
ミーナは茶色い瞳をキラキラ輝かせ、ラディを見上げた。
〜〜*〜〜
昨夜、《催眠》でミーナを早めに寝かしつけたラディは、セバスチャンを呼び出し、ミーナへの“攻略”とノーケル侯爵家について検討会議を行った。
準備は繰り上げて進め、クレア夫人の再調査も命じる。
翌日、ミーナは魔法薬局を張り切って手伝っていた。
今朝、ラディがミーナのお気に入りのチーズオムレツを作ってくれたのだ。
黄金色の熱々なとろとろふわふわを、ふうふうと一緒に食べた。
ソースもいろんな果物や野菜の味と香り溶けあっておいしい。これは“前のお家”から、セバスチャンが定期的に持ってきてくれている。
嬉しくてひと口食べ進めるたびに、にこにこと笑顔がこぼれる。
チーズと玉子のとろける食感が大好きだ。
焼きたてのパンに載せて食べるとふわふわの三重奏になる。
ラディはミーナの好きなものを作ってくれて、ぶっきらぼうに「食べなさい」と言いながら、熱くなった口の中を冷やすために、《冷却》で牛乳を少し冷たくしてくれたりする。
なにげなく優しいラディが、ミーナはオムレツよりも何よりも大好きだった。
〜〜*〜〜
お風呂と夕食を終え、ソファーに座った父と娘は、薬草茶を飲んでほっとひと息つく。
ラディはいつもよりリラックスの効能が高い、気持ちが落ち着くような調合にしていた。
興奮や落ち込みなどを予防するためだった。
「ミーナ、昨日約束した話なんだ」
「はいっ」
ミーナが食い気味に返事をして、賢そうな茶色の瞳をキラキラ輝かせている。ラディはそんな娘を、『今日一日、がんばってたもんなあ』と頭を優しくなでて言い聞かせる。
「ミーナ、父さんが説明するから、『話していいよ』って言うまで静かに聞いてほしいんだ」
ミーナはこてんと首を傾げたあと、すごい勢いでこくこく何度も頷く。今から言いつけを実践しているようだ。
『本当にかわいいなあ』と思いながら、その愛娘のために、王都での魔術師になるための教育を説明する。
「ミーナが魔術を勉強するには、2つの方法があるんだ」
ラディはわかりやすく書いていた紙を、テーブルに置いて説明する。
1つ目は、『魔術師団附属学校』。
初等部からあり、中等部、高等部と進み、そのたびごとに試験はあり中途入学も可能だ。
魔術師団に進む者が多く、養成学校の意味合いが強い。
初等部も入学試験があり、年齢制限はないが、6歳以上からの入学がほとんどを占める。
2つ目は、『王立高等学院の魔術科』だ。
平民の場合、マギーが通っている初等学校、その上の中等学校卒業後、試験に合格すれば入学できる。
初等学校は入学試験もなく、帝都民の子どもなら6歳から誰でも通える。中等学校は初等学校の成績で入れるかどうかが決まる。
ただし、魔術は初等学校でも、中等学校でもほとんど教えない。
家庭教師、セバスチャンのような家での先生に教わる場合がほとんどだ。
15歳で中等学校を卒業したあと、試験を受けて合格したら、王立高等学院の魔術科で魔術の勉強ができるようになる。
この二つの学校には、共通点がある。
貴族がその大部分を占め、平民はとても少ないということだ。
これをわかりやすく噛み砕き、時々絵も描いて話す。
ミーナは時々頷きながら聞いていた。
さて、ここからが本番だ。
ラディはセバスチャンと考えた内容を心中、もう一度確かめていた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。
※※※※※※※※※※更新について※※※※※※※※※※※
活動報告でもお知らせしましたが、作者都合により更新が遅れ、申し訳ありません。
これからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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