29.豊穣祭 下
「…………」
ミーナは再び頭にかぶらされた花輪に、ポカンとし固まっている。
どうしたものか、とラディが思っていると、クレア夫人が来てくれた。
「まあ、テレサ。その花輪はお父様があなたにくださったのでしょう?」
助かった。ラディはすかさず、クレア夫人に花輪を渡そうとする。
「いいえ、花輪はこの子のものよ。この子のところに落ちてきたのだもの。
それにラディ殿には恩があると聞きました」
「恩?どういうことかしら?」
ラディの気持ちどおり、クレア夫人は尋ねてくれる。
「ご招待する前に、ラディさんを念のため調べたそうです。
そうしたら、お祖父様の少なくなってた心臓のお薬の材料を取ってきてくれていたし、その貴重な植物も、畑で育てるようギルドに言ってくれてました。まじめできちんとした方です。
この後のお食事会で、お祖父様はお礼を伝えるって仰ってたし、その花輪は私からのお礼でもあるの」
ああ、ヒモウリか、とラディは理解する。
あの後、人工栽培しないと遠からず絶滅する、とギルドに忠告し、栽培方法を渡し検討も依頼した。
遠い昔、近縁種を育てた経験があり、その記憶からまとめたものだ。
自分達にお辞儀しそうなテレサを、ラディは止める。
「ノーケル侯爵令嬢様。私に礼をなさるのはお止めください。
私は自分の仕事を森とギルドで行っただけです。また私だけではありません」
「ラディさんだけではない?」
「はい、私は薬の材料を取ってきたまでです。
それを売り買いし、加工し、薬に調合し、お手元に届けた、各々の者達がおります。
薬一粒でもこれだけの手間がかかります。私だけの力ではありません」
「でも最初の材料がなければ、お薬は作れませんわ」
堂々巡りになりかけた時、ミーナが頭から花輪を取りテレサに差し出す。
「あの……。父はヒモウリを掘るのにとってもていねいで、傷もなくて、ギルドにとってもお高く買いとってもらいました。だからもうお礼はいただいてます。
この花輪はノーケル侯爵閣下のものです」
4歳のミーナがここまで話すとは思っていなかったのだろう。テレサが目を見開く。
クレア夫人がさっと花輪を受け取りテレサを促す。
「ミーナさん、ありがとう。
テレサ、お席に戻りましょう。気持ちはわかるけれど、ラディさん達の言う通りですよ」
「テレサおばさま……」
しゅんとして上座へ戻る姿を見送ると、ミーナはラディに囁く。
「お父さん、“おしょくじかい”って言ってた?」
「ああ、仰ってたね。父さんは失礼する。そこまでは甘えられない。さあ、山車を見ようか」
豊穣の女神はすでに通り過ぎ、よく知られた伝説や民話が題材のものとなっていた。
口を出せずにいた三兄弟と、また仲良く見物しているミーナを見守っていると、伯爵がやってきた。
「ラディ殿、色々混乱させてすまない」
「……恐れ入りますが、お食事会はご辞退申し上げます。ミーナはまだご一緒できかねます」
「わかった。実はニクスが話したいと言ってるのだが……」
一難去って、また一難だ。
「そちらもご辞退します。私は師からの口伝をお話ししたのみ。それ以上でもそれ以下でもございません」
「お礼を伝えたいと申している。ラディ殿も言っていた、“自分の力だけでは成し得なかった時”の感謝だよ」
どうやら逃げられそうにない。ラディは腹をくくる。
「……ミーナ。ロバート様達とパレードを見てなさい」
「お父さん……」
「大丈夫だよ。すぐに戻る」
ラディはミーナの頭を優しくなでると、ニクスが立って待っている席に近づく。互いにあいさつし合い、伯爵の取りなしで着席する。
ニクスはラディをまっすぐ見つめた後、一度下を向き、再び前を向く。意を決したように話す。
「ラディ殿。あなたにはお詫びと感謝を伝えたい。
最初にデニス殿の手紙を持って訪問した際、私は無礼にもあなたの住居を《探査》をした。それにも関わらず、あなたは普通に対応してくださった。
そして貴重な“口伝”をデニス殿を通して教えてくれた。
本当に申し訳なく、また感謝しています」
「ニクス様。私は師の教えに従い、すべきことをしたまでです。ただお詫びと感謝は承ります。
私こそ丁重にありがとうございます」
ラディの本音はさっさと終わらせたい、だった。
ニクスはほっとした表情で、数ヶ月前のいかにも“お貴族様”な雰囲気はほぼない。
これなら精霊王も納得するだろう。
「ラディ殿。親子の楽しい時間を割いて、申し訳なかった」
「恐れ入ります。では失礼します」
一礼すると、ミーナ達の元へ戻る。
言葉どおり、すぐに戻ってきたラディに、ミーナはほっとした表情を見せる。
「パ、お父さん!ほら、見て!すごいよ、龍がおっきいの」
ミーナが指差す先には、大きな龍が首をもたげ、赤いブレスに見える水蒸気を、立ち向かう男に吹きかけているところだった。
男も魔術を駆使し、龍を攻撃している。演出の魔術合戦も生き生きとしていた。
「あ!ランドラドラだ!カッコいいよな」
「ミーナさん。あれが龍退治の魔法使いランドラドラだよ」
「人気がある山車で、ほぼ毎年出るんだ」
「すご〜い!龍も魔法使いもすごいですね」
見てるラディはもう慣れたものの、やはりどこかくすぐったくもあり、またあんなものじゃないんだ、という思いが心底深くくすぶる。
いや、こうして子ども達が平和に喜んでいるのが、一番なのだ、と思い直す。
まもなくパレードも終わった。
伯爵も取りなしてくれ、お礼を言うと桟敷を辞去し、ラディ親子は無事に食事会から逃げられた。
去年のようにミーナを肩車をしたり、抱っこしながら家路を辿る。
「お父さん。私、やっぱり魔術師になりたい。
お薬もだけど、さっきみたいによろこんでもらえたらいいな」
「ああ、がんばれ。応援してるぞ」
ここでミーナのお腹が、くうきゅるきゅると鳴く。
「お腹も応援しないとな。父さんもぺこぺこだ。屋台で食べていこう」
二人で屋台の食べ物をつまみながら、お腹いっぱいになったところで、魔法薬局に帰りついた。
〜〜*〜〜
「なぜ取り上げた?!なぜミーナに渡さなかったのじゃ?!」
ミーナが早目に眠るやいなや、精霊王はやってきた。すぐに自白する。アホか。
「やっぱりお前か。あの桟敷は侯爵家のモンだ。一人娘もいた。貴族はプライドとか面倒なんだよ。
ミーナの将来がどうなってもいいのか?!」
「たかが花輪一つでどうしてそうなるのじゃ?」
ラディは人間側の事情を語って聞かせる。もう何回目かわからないが。
「せっかく我の贈り物をようやく受け取ってくれたと思ったに……」
「二十歳になってからは止めねえよ。ミーナが選ぶ。だが好きなだけ贈っても引かれるだけだぞ」
「おぬしが結界を張れぬ絶好の機会だったというに……」
「お前なぁ、20年間なんて精霊にとってはすぐだ。あっという間だって言ってたじゃねえか。
どうしてそう、聞き分けがなくなったんだ?」
「それは、その、ミーナの笑顔が見たくて……」
精霊王が赤くなってもじもじしている。爺の照れる姿なぞ見たくない。
「ああ、わかった。じゃ、ソイツをニクスに返してきてくれたら、ミーナに花を渡していい」
俺はガラスの器を指し示す。
「本当か?!」
「ああ、明日、豊穣の女神の神殿へ参拝に行く。
その時、ガーベラの花を一輪だけ買おう。
老婆にでも化けて、『かわいいお嬢さん、花はいかがかな?花言葉は“感謝”だよ』とミーナに言ってくれ」
「一輪だけか?!」
「一輪だからいいんだよ!ミーナの買い物の練習にもなるだろうが?!」
「……わかった。ではその“力”をあの男に返してこよう」
「ああ、そうしてくれ。よろしく頼む」
精霊王に《結界》で包んだ“力”を渡すと、素直に消えた。
翌日——
豊穣の女神の神殿への参拝後、花売りの老婆が寄ってきて、ミーナに約束の言葉をかける。
「お父さん、お花、買ってもいい?」
「ああ、いいだろう。お布施にもなる」
ピンクのガーベラを渡す老婆は、にこにこ顔で喜びにあふれている。もう少し、押さえろ。不審がられるじゃねえか。
「はい、おばあちゃん。ありがとう」
「どうも、どうも。かわいいお嬢さんだねえ。じゃあ、またねえ」
代金の白銅貨を2枚を老婆に渡したミーナは、ピンクのガーベラを受け取りしばらく歩くと、ラディに声をかけ花を差し出す。
「はい、お父さん。いつもありがとう」
「え?!俺、いや、父さんに?!いやいや、ピンクはミーナに似合うぞ」
「お父さんに、ありがとう、って渡したかったんだもん。ダメ?」
ミーナが潤んだ瞳で見上げてくる。
これ、断ったら泣くな。仕方ない。
「……ありがとう、ミーナ。嬉しいよ」
ラディも胸にじんときており、少し照れながら受け取ると、ミーナは一転、とびっきりの笑顔となった。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。
※※※※※※※※※※※ご報告※※※※※※※※※※※※※
昨夜投稿したハロウィン風な短編が、日間ハイファンタジー短編部門でランキング入りしていましたΣ(・□・;)
この『精霊王とのお約束』の世界を借りたせいか、妖精さんに悪戯された気分です(⌒-⌒; )
読者さまのおかげです。ありがとうございました。
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