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2.ミーナへの贈り物

※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※

殺傷、流血などについて、残酷な描写があります。

閲覧にはご注意ください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「おいっ!そこの“壁”に、でっけえオオカミがぶら下がってるってさ!」


「ホントかよ?!」


「見たヤツがいるんだって!」



 嵐から一夜明け——


 近所の家や商店が、自宅や店構えで壊れた場所はないか確認し、どうやら大きな被害はない、と、ほっとした。


 「大したことなくてよかったねえ」などと言いながら、散らばったゴミの片付けや掃除をしていると、数人が口々に言い立てながら、“壁”の方向に走っていく。


 “壁”とは、王都をぐるりと取り囲む、分厚く高い石壁だ。“壁”に設けられた“壁門”以外から出入りはできない。



「オオカミが?」


「本当かしら?あの大風で叩きつけられたとか?」


「だったら犬だろう?それでも犬を巻き上げるって、竜巻でもあったのかね」



 集まって噂をしあっている。

 ラディは内心、苦々しく思う。

 ミーナは不安そうに、きょろきょろ周囲を見ている。

 ラディはミーナを抱え上げ、「こわくない。父さんがついてるよ」と、とんとん背中を軽く叩いていた。


 そのうち、物見高い住人が息せき切って戻ってきた。



「はあ、はあ、ほんとだった。はあ、すっげぇ、でっかかった、はあ」


「ちょっと、あんた?!いつのまに、どこ行ってんの?!人が片付けやってんのに!」


「いいから、お前もちょっと来い!おい、みんな!あんなモン、二度と見られねえぞ。

騎士団が来て片づける前に、さっさと行こうぜ!」


「そ、そんなに言うならねえ」


「天国への土産にちょっとだけ……」



 様子見していた者達も、一人が動き出すと、ぞろぞろと後をついて行く。先に立つ者は自慢気だ。

 ラディもミーナを(かか)えたまま、目立たないよう、集団に(まぎ)れていた。


 しばらく歩くと、“壁”と道の突き当たりに人だかりがある。“壁”の守衛達が集まり、これ以上、近づかないよう警告している。

 その人々が指差す先に、巨大な毛並みと頭部が見えた。



——あれは。間違いない、フェンリルだ。



 頭部は胴体と分かれ、ごていねいに王城に向け飾っているように置かれている。

 その顔はまるで生きているように驚きの表情を残していた。

 胴体も前脚をだらんと伸ばし、まるで毛皮を干してるようだ。

 検分してる中に、魔術師団のローブも見えた。

 全く考えなしのことをしてくれたものだ。

 面倒に関わり合う趣味はない。



 ラディは舌打ちを抑え、(かか)えているミーナの目を片手でふさぐ。


「え!お父さん!これじゃ見えないよ!」


 驚きと不満の声を上げるミーナの耳元に、ラディは静かに言い聞かせる。


「ミーナ、これ以上見るんじゃない。生き物の死は見せ物にしていいものじゃないんだ。

薬の材料になってくれる命もある。前に話しただろう?

一目見れば十分だ。いいね、帰るよ」


「はい、お父さん……」


 興奮し始めている近所の住民とそっと別れ、来た道を戻る。

 ミーナはラディにぎゅっと抱きついていた。

 あんなものを見れば、恐怖も当たり前だ。



——ヤツがやったんだろう。何がミーナへの贈り物だ。

 そのまま、騎士団から王家へ献上だろう。

 本当に何を考えてる。

 あれはこの辺りの森の(ぬし)だ。しばらく荒れるぞ。

 (さいわ)い、すぐに切れるようなストックは無いが。


 行き交う人々が増えて行く中を足早に抜け、薬局へ辿り着く。



「ミーナ。お腹が空いてないか?父さんは空いた。

店の前の掃除も、この人通りじゃ難しいだろう。

先に朝ごはんを済ませないか?」


「ミーナもお腹が空いた!」


 ぎゅーきゅるきゅると盛大に、ミーナのお腹の音が鳴る。


「ははっ、身体は正直だ。さっさと食べて、今日も働くぞ」


「はいっ、お父さん。パンケーキと、ベーコンと豆のスープがいいなあ」


「おっ、奇遇だな。父さんも一緒だ」


「わ〜い。一緒だ、一緒〜」


 ラディはミーナを下ろすと、店の鍵を開け、小さな背中を安全圏へとそっと押し出した。



〜〜*〜〜



 その日は開店休業状態だった。

 戻ってきた近所の住人が言うには、騎士団と魔術師団がやってきて、“巨大オオカミ”は運ばれていった。

 規制線を張って立哨(りっしょう)まで立てたらしいが、人の口に戸は立てられない。


 捜査が始まり、さらに冒険者ギルドにまで協力が依頼されたらしい。

 モノがフェンリルのためだろう。



 数日後——


 店を一時閉め、様子見に冒険者ギルドへ向かった。

 ラディはC級認定されている。

 薬の素材調達に、王都から馬でしばらく行った森に出入りするために、怪しまれない備えだ。


 ミーナには昨夜説明した。

 食物連鎖も簡単だがすでに理解している。

 その森の頂点を巡る争いは、出入りしている冒険者ギルドで聞くのが一番だからだ、と納得させた。


「……薬の素材の値上がりも確かめてくる」


「一緒に行ける?」


「家庭教師の日だろう。セバスチャンが悲しむぞ?」


「あ?!はい。お勉強、します」



 セバスチャンは、“通い”で来てくれる、ラディの“部下”だ。普段は別の生活拠点を任せている。

 ミーナも1年前までそこで育った。


 避難所でもある奥の部屋に、《転移》で通い、学問やマナーを教えている。

 万一、ミーナが精霊王の嫁を選んだ時、マナーや学問が身に付いていないと、酷いイジメに遭うためだ。


「魔術師になるにも、薬を作るにも、勉強は大切だ。父さんも山ほど学んだ。

森がもう少し静かになったら、また一緒に行こう」


「わ〜い。森だ、森だ〜」


「セバスチャンに森にいる生き物と魔物について、続きを聞くといい」


「はいッ!お父さん!」


「マナーもだ」


「はい、お父さん…」


 テンションの違いは仕方ない。マナー好きの子どもなどいない。

 食事の時は、食べ物になった生き物への敬意を表すため、あとは相手への敬意だ、と納得はし素直に従う。育てやすい子だ。



 セバスチャンにミーナを預け、訪れたギルドは閑散としていた。

 女装趣味の受付・ローラことローランドに(たず)ねると、森は奥に行くほどかなり荒れており、S級とA級に立入許可が下りていた。周辺部はB以下だ。



「騎士団や魔術師団でも手が足りないのか」


「街道の警備もあるの。魔物が出てきて、商人を襲いでもしたら、えらい騒ぎでしょ。

ラディさんも行くぅ?報酬はいいのよん」


「店がある。娘もいるんでね。落ち着いたら、採集の依頼をこなすさ」


「相変わらず欲がないわねぇ。ソコがいいんだけど」


「あるにはあるさ。素材の価格はどうなってる?」


「あ、なるほどね。最新版はこれよ」


 カウンターに出された一覧表は、買取も販売も一様に値上がりしていた。

 ラディは胸の中で、『あの世間知らずのアホウが。長ったらしい髪を坊ちゃん刈りにしてやろうか。良い素材になるだろう』と、精霊王に毒付く。



「手間をかけたな」


カウンターに銀貨を1枚置く。


「あらぁ。これだからラディさんは、好・き・よ」


 ここで受付が、最小音量の地声になる。


「あのでっけぇの、オオカミじゃなく実はフェンリルなんだって」


 ラディは固まり、息を飲む振りをし、唾をごくりと飲み込む。C級ならこれくらいだろう。


「…………そりゃあ、マジか?」


「マジもマジ〜。魔術師団が血相変えてたってさ。

フェンリルもだけど、問題はヤッたヤツよ。

もう、スパッとした綺麗な切り口だったらしいわ」


「でっかいカマイタチ、《風刃》か、剣技の持ち主か……」


「そういうこと。で、ソッチが誰なのか、何の意図かも捜査してるってワケ。わざわざ“壁”に晒すんだも〜ん」


「なるほどな。面白い話を聞かせてくれた。また来る」


「は〜い。いつでも待ってるわよん」


受付担当は出ていくラディの後ろ姿を見送っていた。


ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


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