28.豊穣祭 中
豊穣祭2日目の朝——
エディントン伯爵家の馬車が早目に迎えに来た。
ラディとミーナも早起きし、セバスチャンも《転移》で現れ、ミーナの髪を結い上げてくれた。
昨日に引き続き、アルバスはセバスチャンと留守番だ。
ミーナは、襟と袖がベージュ色の茶色のワンピースだ。襟の茶色いラインと襟元の茶色いリボンが愛らしい。
「やっぱりかわいい。お父さん、ありがとう」
ミーナも気に入っており、スカート部分をつまみ、お辞儀をしてみせる。
他者がいると《適温》ができず、朝晩は冷えるので、厚手の黒いタイツにオールドローズ色のコートも着せる。
ミーナの服装はシックなデザインで、色は控えめにした。
貴族の桟敷に平民が座るのだ。
店員に事情と希望を伝え、目立たず控えめに、かつ質の良いものを、と相談し選んだ。
ラディも冬物のチャコルグレーのスーツで、白いシャツにいぶし銀色のネクタイを締める。
カフスや小物は三つ鱗紋様で揃えた白金のいつもの品だ。
〜〜*〜〜
伯爵邸ではクレア夫人が出迎えてくれ、サロンに通してくれる。
お辞儀するミーナのワンピース姿も合格だったようで、一安心だ。
上の兄弟も寄宿舎から帰邸しており、伯爵と三兄弟らとも挨拶を交わす。
紅茶でもてなされ、身体の中から温まったころあいに、エディントン伯爵デニスが切り出す。
「ラディ殿。実は……」
今日の桟敷は、夫人の親戚で伯爵とも親しい、ノーケル侯爵家のものだと説明する。
ラディは聞いただけで、『急に腹痛が』と帰りたくなった。
ノーケル侯爵家は、あのニクスの実家だ。
最初に手紙を届けた時に、『ニクス・ノーケル』と名乗っていた。
今にしてみれば、「今年はふだんより良い席に」と夫人が話していたのは、このことかと思う。
確認すべきだった。自分の迂闊さをラディは呪う。
ラディはていねいに、身分差を理由に断ろうとした。平民が侯爵の桟敷に行くのは到底無理だ。
隣りのミーナから『え〜っ!』という気配が一瞬したが、静かにしている。
だが、伯爵は『祭りの席は無礼講で、硬く考えなくていい』と言う。
夫人は『侯爵家の人間は身分に似合わず気さくな性格だ。王城で平民出身者とも仕事をしている。ご安心を』と引き止める。
貴族の無礼講は気分次第だ。
また王城に勤める平民のほとんどが、子弟を充分教育できる富裕層出身だ。本当の“庶民”は数少ない。
だが、ここまで言われれば、断るのも不敬となる。
ラディは礼儀正しく受け入れるしかなかった。
伯爵一家とラディ親子に別れ、2台の馬車で移動する。
その車内でミーナと侯爵家の身分の復習をし、ラディかクレア夫人かロバートの側にいるように伝える。
「はい、お父さん。とってもお行儀よくしてなきゃいけなくなったんだね。王様から2番目に偉い人達なんだもん」
「そうだね。ただせっかくのお呼ばれだから、山車見物は楽しみなさい。ロバート様だけじゃなく、お兄様達とも話せてたじゃないか」
「謝ってくれてからは、普通に話せてるよ。
あ、話せてます」
「そうそう、その調子。よくできてるぞ」
ミーナと会話の練習をしていると、桟敷近くに停車し、伯爵一家に案内される。
〜〜*〜〜
その桟敷は全体が《適温》となっていた。
さすが侯爵家だ。セバスチャンの調査によると、魔術師が多い家柄だった。
桟敷には、先代と現当主、その夫人達、当主の一人娘、そしてニクスがいた。
「お久しぶりです。おじ上、ノーケル侯爵。本日はお招きありがとうございます。
こちらがお話ししたラディ殿と娘御のミーナさんです」
伯爵が何をどう話したのか、ラディは気がかりだが表には出さない。
「おう、デニス。元気そうでなにより」
「本当だよ。怪我には気をつけてくれ。今は特に。
ああ、君がデニスを助けてくれた人か。
私からも礼を言う」
『今は特に』という視線の先にはニクスがいた。
兄弟仲には絶対に関わりたくないので、そのまま胸に右手を当て、あいさつする。
「ノーケル侯爵閣下。とんでもないことでございます。当然のことをしたまでです。
私はラディと申します。ご尊顔を拝し恐悦至極にございます。
本日は桟敷での観覧をお許しくださり、心より御礼申し上げます。
娘のミーナは4歳とまだ幼く、ご無礼の際にはお許しくださいますよう、お願い申し上げます」
これ以上はないほど、へりくだっておく。
何せ侯爵だ。目を付けられると面倒この上ない。
「そう硬くならずとも、今日は祭りで無礼講。
山車見物を楽しんでいきたまえ」
「はっ、ありがとうございます。ミーナ、お礼のごあいさつを」
「ミーナと言います。おまねきいただき、ありがとうございます」
お辞儀をするミーナは、馬車で教えた通りにあいさつできて、ラディは安心する。
「デニスから聞いた通り、礼儀正しいの。ゆっくりしていくがいい」
先代当主からも声がかかり、二人の夫人も貴族的微笑を浮かべ、表面上はにこやかな雰囲気だ。
6歳の侯爵令嬢とニクスからの視線を感じたが、気づかぬ振りを貫き通す。
「誠にありがとうございます。失礼いたします」
ミーナと二人、下座へ移動すると、しばらくして伯爵が笑顔で寄ってくる。
「ラディ殿も見た通り、気さくな人柄。どうかゆっくり見物してほしい」
「ありがとうございます、エディントン伯爵閣下」
侯爵としては“気さく”なのだろう。
ミーナと隣り合い座っていると、三兄弟も近くに座り、ミーナと話している。
山車見物について聞かれ、『去年遠くから見た』と練習通りに答えている。
嘘は言っていない、嘘は。
豊穣の女神の大聖堂の尖塔は、見晴らしはいいが山車からは遠かった。
音楽が聞こえてきて、山車のパレードが始まった。
先頭は建国記の始まりで、王家の開祖らしい大きな人形が宝物の杖を持ち、五色の光に包まれている。演出にも魔術を活用していた。
「昔たくさんいた魔物を倒し、世界を光で照らした、と伝わってるんだ」
「とっても強そうだね」
ラディがミーナに説明すると、面白そうに眺めている。
建国記の有名な場面が続き、一騎打ちの戦いの山車は魔術を用い、大きな人形に剣を振るわせ、演出で火花も飛び散る。
その迫力に伯爵家の三兄弟は夢中になっていた。
建国記が終わり、パレードの中央はひときわ大きい豊穣の女神の山車だ。
人形の女神は鮮やかな色彩の花々や果物などに囲まれ、美しく微笑み、沿道に手を振る。
巧みな魔術操作で、近場で見ても生きてるようだ。
ミーナは「すごいね、お父さん」とにこにこしている。
女神が左右の桟敷に、魔術の風に載せ花輪や果物を投げ入れ始めた。
「当たった者は幸運が巡ってくるんだ」とロバートがミーナに説明する。
賑やかな声があちこちから上がっていた。
そんな中、ノーケル侯爵家の桟敷へ投げられた花輪がくるくると回転し、ゆらゆらふわふわと漂ったかと思うと、ミーナの頭にすぽんと落ちた。
ラディは瞬時に理解する。“ヤツ”の仕業だ。
あのバカがまたやらかした!
桟敷中の注目を浴びる。本当に頭が痛い。
「ミーナ。ここはノーケル侯爵閣下の桟敷だ。父さんがご報告に行ってくる。いいね」
花輪をミーナから取る時に浮かんだ、『え?』という表情に心が痛んだが、このままはマズい。
絶対にマズい。
すぐに伯爵に花輪を持っていき、侯爵閣下に渡してもらうように頼むと、受け取ってくれた。
席に戻りミーナの頭をそっと撫でた後、ゆっくり話す。
「ミーナ。女神様はこの桟敷に花輪をくださったと父さんは思う。この桟敷は侯爵閣下のものだ。
だから持っていった。
父さん達はご好意で見物させてもらってる。こんなに近くで楽しめてることに感謝しよう」
ミーナはこくんと頷いた後、ラディを見上げ、にこっと笑う。
「はい、お父さん。女神さま、とってもきれいだったね。マギーに話してあげるんだ」
「きっと喜ぶよ」
驚き固まっていた三兄弟も解凍し、ミーナの笑顔に、続く山車の説明を再び始める。
その様子にほっとする間もなく、こちらに近づく軽い足音と、背後で止まった気配がした。
ラディが振り向くと、豪華なドレスを着た侯爵の一人娘テレサが花輪を持って立っていた。
「いかがされましたか」と問いかける前に、ミーナの頭に花輪をぽすっとかける。
「女神様はあなたに幸いを与えたのよ。
この1年、いいことがあるといいわね」
すでに風格がある少女は、振り返ったミーナに優然と微笑みかけた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。
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ハロウィン風な短編を書いてみました。
この『精霊王とのお約束』の世界を借りています。
『愛しい人がやってくる』
https://ncode.syosetu.com/n1119js/
ずっと、ずっと待ってるから。
帰ってくる。絶対に、帰ってくる。
そう誓った二人の物語です。
さらっと読めます。お気軽にどうぞ。
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