25.反省とクッキー
「……申し訳ありません」
ミーナ達が栗拾いに興じているころ、ニクスは本部の事務部のカウンターで、代休の勧告通知について、元の部下から抗議を受けていた。
確かにニクスのミスだが、元々は氷魔術師班から上がってきた代休取得申請書の記入ミスが発端だ。
だが出勤簿と付き合わせれば、判明したものだ。
ニクスの後任の班長代理は、書類仕事が苦手な副班長だった。
「こんなこと今までありませんでした。
いや、もっと休めって言うなら喜んで休みますよ。
でもそれで給料が減ったら、私は暮らしていけません。
どなたかと違って、しがない平民の出ですし?」
先ほどから似たような嫌味が続いているが、ニクスは大人しく謝罪を続けていた。
異動して1ヶ月半——
こういう態度にも慣れてきた。
人間性がわかると言うが、自分もこうだったのかもしれない、と思うと反論もしづらい。
そこに見かねた課長が現れ、一緒に謝罪してくれた。
「再発防止に取り組みますし、そちらの班長代理にもご協力願う予定です」
暗に、事務部だけの問題ではないと伝えると、引き下がって出て行った。
帰り際、チラッと振り返った表情は、ニクスを見下げたものだった。
訓練で魔力切れ寸前になり倒れた彼を、助け起こしもせず、立ったまま対応した自分も、あんな顔をしていたのだろうか——
課長から、「事務仕事が雑な人間の判子が押された書類は、内容を精査するように」との注意を受ける。
ニクスは詫びと感謝を伝えた上で、職務を黙々と続けた。
この事務部に移って1ヶ月を過ぎたころから、デニスから教えられた“口伝”の話と、彼の言葉が心に染みるようになっていた。
ニクス自身は書類仕事も几帳面にするタイプだったので、苦にはならなかったが、とにかく業務量が多く、魔術師達は事務を軽んじる傾向が強い。
だが、この部署がなければ、すぐに魔術師団の職務は支障をきたす。
デニス第3隊隊長が話していた『口伝にあった“大いなる力”のような存在』だと、今は思える。
自分は確かに驕っていた。
魔術が巧みな者、強い者、自分にとって存在価値がある者には、礼儀正しかった。
だが、先ほど嫌味を言っていた部下などの存在にはどうだったか——
これを眠る前に考え始めると、恥ずかしさの余り、ベッドの上でのたうち回りたくなる。
いや、実際した。
何度かして、それがまた恥ずかしかった。
いくらのたうち回っても、何も変わりはしないのだ。
『場所はどこでもいい』という口伝を頼りに、勇気を振り絞り、先ほどの課長に何度目かの助力をされた際、初めて感謝を伝えた。
その時、職場に静かなざわめきが起きた。
自分はそれほどの態度を取っていたのだと、改めて思い知らされた時でもあった。
“グリフォンを退治した男”の境地には、まだまだ足りない——
ニクスはそう思いながら、書類をめくった。
〜〜*〜〜
「我にも分けてたもれ。な、いいであろう?
1枚でいいのじゃ。1枚で〜〜」
この世の精霊を統べているはずの精霊王が、幼女の作ったクッキー1枚をねだっている。
その麗しいご尊顔の威力を知ってか、金の瞳をうるうるさせて、さっきからしつこく繰り返す。
「ダメだ。ミーナが厳しく枚数管理をしてる。
俺が夜中につまみ食いしたことになるじゃねえか。
そんな濡れ衣、かぶる義理はお前にはないね」
「……どケチ」
「つまり、ミーナがドケチってことだな?
ああ、わかった。いつか伝えてやろう」
「ちょっと待った!それは嫌じゃ!困る!
我が花嫁への印象が悪くなる」
「今さらだろう?アルバスの母親をヤってるんだ」
ラディがそう言い放つと、珍しくどよーんとした空気を背負う。
「……おぬしの言う通りであった。
我に厳しいおぬしを困らせたかったと言っておった。つまりはミーナに向けてのやきもちじゃ。
代々のミルナのことも調べておる。
近ごろのミーナのような笑顔を、我は花嫁といて、一度たりとも見たことはない。
それで気づいたのじゃ」
なるほど、しばらく顔出ししなかった訳だ。
ついでにきっちり釘を刺す。
「やっぱりな。これからは、ミーナはお前の子ども達からは妬まれてるんだ、と思って行動してくれ」
「そういう子ども達ばかりではないと思うが……」
「甘い。精霊は無条件でお前が大好きだ。
精霊のように自然を操れる能力もない、魔術もまだ拙いミーナが、お前に愛されているのを見て、不機嫌にならない精霊がいると思うか?」
「…………」
「そこんとこ、よろしくな。だからクッキーも渡さないんだ。
ミーナの匂いがベッタリ付いてんだぞ?
鼻がきく精霊達がどう思う?
せめてミーナが聖霊に対抗できる魔術を使えるようになってからにしてくれ」
「…………わかった。すまぬ」
「それとアレをどうにかしてくれないか?
さっきから、お前にすっげー訴えてるんだが」
ラディはニクスの“力”の入ったガラス容器を示す。“力”はきらきらと輝き、何度も容器の壁にぶつかっていた。
「ああ、おぬしに預ける。
ようやく反省し始めたようなので、頃合いを見計らって返してくれ」
「おい!責任持てよ!
ニクスからあの“力”を奪い、飽きたから俺に預けるってか?!
いい加減にしろ!だったら今すぐ返してこい!」
「今では反省が足りぬ。それにこれ以上我といると、我の“力”と同化し、二度と帰らぬようになるぞ。
それでも良いのか?」
精霊王は、美しく高雅に微笑む。
思った通りだ。
それもいいと思ってコイツはやった訳だ。
「……最初からそのつもりでやったな」
「ミーナを怯えさせた故な」
「その基準、どうにかしろ!いいか、ミーナの友達には絶対に手を出すな。一度も喧嘩せずに成長する人間なんていないんだ。理解しとけ!」
「不満じゃがわかった。努力しよう」
「努力じゃなく、実行な」
「わかった。では、またな」
「ちょっと待った」
ラディは自分が魔術で焼いたクッキーが入った紙袋を、精霊王へポンと投げる。
「これは?」
「俺が焼いた。ミーナの収穫した栗が混じったもんだ。
それで我慢しとけ」
「おお〜〜。我が宝物にしよう。どこに飾るか。
ラディ、かたじけないの。さらばじゃ〜」
「食いもんだ。早めに食えよ。子ども達に食われるぞ。
じゃあな。おやすみ」
精霊の菓子好きは有名だが、あそこまでとはな、と思いつつ、ラディは見送る。
そして、精霊王に置いていかれ、しょぼんとしているニクスの“力”に、森で集め《収納》していた“魔素”を与えてやった。
〜〜*〜〜
翌朝——
ミーナはご機嫌だった。
アルバスの散歩で、朝の挨拶をするご近所さん達に、紙袋を渡していく。
「いつもありがとうございます。森でとれた栗のクッキーです」
「まあ、ありがとう。ミーナちゃんが焼いたの?」
「ううん、お父さんのお手伝いをしたの」
「ラディさんは菓子も作るのか。すげえなあ」
「娘のために覚えました。お口にあえばいいんですが」
「万一、腹ぁ壊したら、魔法薬局に行くぜ」
「確かに。そりゃあいい。これ、持ってきな」
「おじさん、おばさん、ありがとう」
ラディとミーナはまたしても、どっさりお礼を渡される。アルバスも尻尾を振ってご機嫌だ。
お礼を言い合い、散歩に戻る。
「いっぱいもらっちゃったね」
「のど飴、多めに作っておくか」
「ね、お父さん。味、ちょっと変えな、クシュン!」
「今朝は冷えるからな。あったかくしなさい」
ラディはカーディガンを脱いで、くしゃみをしたミーナに着せる。
「お父さんの服、ブカブカだ〜」
ミーナは袖を振って遊び、ラディを見上げる。
「そりゃそうだ。あったかいだろう?」
ミーナがくんくんとカーディガンの匂いを嗅ぐ。
「お父さんのいい匂い〜」
「そりゃどうも」
外では《適温》は使えない。コースを変えて早く帰るかと思っていたら、ミーナが駆け出す。
「走ったらあったまるもん」
「転ぶなよ。ほら、危ない」
ミーナを縦に抱え上げ、アルバスを連れ、バッグいっぱいのお返しと共に、ラディは魔法薬局に早歩きで凱旋した。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




