23.忘れ物
「……どうしてなんだろ。ね」
ミーナがアルバスを抱え、ソファーで呟いている。
帰宅後、すぐに入浴させ髪も洗ってやった。
きゃっきゃっとご機嫌だったが、思い出したらしい。
蜂蜜を入れた薬草茶のマグカップを、ミーナの前に置き、ラディも隣りに座る。
「ミーナ。あの子はミーナに“嫉妬”したんだよ」
「しっと?」
「ああ。やきもちとも言う。
マークって子が、ミーナを『可愛い』とか言った。それでミーナが羨ましくて文句を言った。
ミーナは全く悪くない。
嫉妬は誰にもあるが、あんなひどい言葉を言ってはいけない。
本当に好きなら、自分を好きになってもらうよう、努力しないとね。
あの子が悪いから、パパが説明して、“叱った”。
ミーナは変でもバカでも生意気でもない。
パパの自慢の娘で、可愛くて賢くて優しいよ」
「……パパ、ヒック、パパ……」
ラディに抱きついたミーナが、泣きじゃくる。
ミーナは負けず嫌いだ。落ち着いたら悔しくなったのだろう。
投げつけられた言葉の刃の痛みが、驚きとラディの対応で一旦は流されたが、今、表出していた。
ラディは背中を優しく撫でながら、「ミーナは可愛いよ。ちっとも変でも生意気でもない。すっごく賢くて優しいんだ」と繰り返し伝え続ける。
泣きやみ涙でべたべたな顔を《浄化》し、はれた目元は《回復》させ、《水滴》と《加温》の蒸しタオルを当てる。
ぬるくなった薬草茶も《加温》しマグカップを渡すと、こくこく飲んで、ぷふぁと息を吐く。
「少しすっきりしたかい?」
「うん」
「言葉でも人は傷つけられる。ミーナもされたら、心が痛かっただろう?」
「うん、ヤだった……」
「だから、なるべく人に言ってはいけないんだ。
もし言いそうになっても、深い呼吸は気持ちを落ち着かせるんだ。今度練習しよう。パパも練習したよ」
「はい、お父さん」
自分から“お父さん”呼びに戻した。もう少し甘えてもいいのに。
「あとは、もしもミーナが悪くないのに悪口を言われたら、『それがどうかしましたか?あなたに迷惑かけましたか?』って言えばいい。
ミーナは違うけど、もしも、変でもバカでも生意気でも、あの子とはほぼ初めてだ。迷惑かけようがないだろう?」
「……ホントだ」
「それも練習しよう。ただ魔法薬局で言われたら、すぐに父さんに知らせること。
責任者の父さんが判断する」
「はい、お父さん」
「さあ、ご飯を作るぞ。ミーナの好きなものにしよう。何がいい?」
「ん〜〜とね。ハンバーグ!」
「了解。ミーナは部屋でアルバスといなさい」
「ううん。お手伝いしたい」
「じゃ、一緒に作るか」
ラディも今夜は疲れており、魔術をフル活用し、かぼちゃスープとチーズハンバーグ野菜添えを作る。
ミーナは大好きなデミグラスソースのハンバーグを切ったら出てきた、とろとろチーズと肉汁に目を丸くする。ぱくっと食べて、口の中に満ちる幸せを噛み締めている。
「……ふ〜。ハンバーグにチーズってすっごくおいしいね」
「ミーナへご褒美だ。よく我慢した」
「パ、お父さんが、ミーナは変じゃないって言ってくれたもん。お父さんも“ごほうび”だよ」
「ははっ、そうだな。二人でご褒美で、ご馳走だ」
かぼちゃスープの温かい甘じょっぱさも、ミーナの心のトゲトゲを溶かしてくれる。
食事が終わったころには、すっきりした表情だった。
〜〜*〜〜
速攻来た。最速だ。
「おぬしには任せておけぬ!ミーナを蔑む者など八つ裂きじゃ!」
精霊王の金の瞳が怒りに輝き、無駄に美しい。
「平和な商店街を戦場にしないでくれ。そっちも一緒さ。
精霊もからかいやおふざけが酷い時がある。
今までの花嫁達も相当されたと思うぞ。
だが、それが『普通だ』と育てられたから諦めてただけだ」
「……そのようなことは」
「心当たりは全くないか?精霊もかなりやきもち焼きだ。
花嫁にべったり仲良さそうにしてたヤツいただろ?」
「それは、仕えてる者達が……」
「今回、フェンリルの首の一件からの“遊び心”がってヤツは、お前さんだけの考えか?
子ども達と相談して盛り上がったとか言ってたが、ミーナを困らせようとしている可能性もある。しっかりしろ。
俺とセバスチャンが、ミーナに教養を叩き込んでるのは、仮にミーナが花嫁を選んで、そっちに行ってもバカにされないためだ。この意味をよく考えろ」
「すまぬ……」
「だったら、今日は解散な。お疲れ」
「ではない!あのヒトの子はなんじゃ!弱き者がミーナを守るだと?!近寄らせるでない!」
「8歳のガキに嫉妬してどうすんだ。
やっぱり精霊はやきもち焼きが多いな」
「我は正当じゃ。我の花嫁に恋する者の命は奪う!」
「だ〜か〜らっ!まだお前の花嫁じゃない!
それこそミーナの自由で、父親である俺が守る。
ロバートに出番はない」
「なんじゃ。おぬしも焼いているのではないか?」
「俺は父として、ミーナを害する者は退ける。
魔物だろうが人だろうが、何物でも変わらねえ。
やきもちとかのレベルじゃあねえんだよ」
「我は花む、コホン!未来の花婿として同感じゃ!」
「……珍しいな。明日は槍が落ちるか。
そういや、あの宝石詐欺も、ずいぶん手間をかけてたな。
夫人も“天罰”って言ってたぞ」
エディントン伯爵夫人からの評価を聞いた途端、えっへんと自慢気になる。
「そうであろう?そうであろう?
我も考える時は考えるのじゃ。すごかろう?
褒めたたえよ。許してつかわす」
白銀の大型猫が、『撫でろ、撫でろ』とご機嫌な様子に見え、ラディは試しに頭を撫でる。
「……よくやった。えらいぞ。これからもあの調子でよろしくな」
精霊王が赤くなり、さっと後ろに飛ぶ。
「な?何をする?!ヒトの身で、清らかで偉大な我を撫でるとはッ!」
「褒めろって言うから、ミーナと同じように褒めた。お揃いがいいんだろ?」
「……おぬしに期待した我が愚かであった。
ふう、疲れた。もう帰る」
「おお、お疲れ〜。おやすみ」
精霊王がさっと引き上げた後に、問題が残った。
「はあ?お前、どうしてここにいるんだ?」
ニクスの“力”が、ラディの手のひらでゆらゆら揺れていた。
〜〜*〜〜
翌朝——
笑顔を取り戻したミーナは、いつものように、アルバスを散歩させるラディと一緒に歩く。
昨日の件は一晩で広まっていた。
ご近所さん達は、「大変だったね」「気にすんじゃないよ」「そうそう、相手にしないがいいさ」「客商売でもいるんだよね〜」などと逞しい。
さらに、「元気を出すんだよ」と、いつにも増して、“のど飴のお返し”をもらってしまった。
ミーナはご機嫌で、「うん、もう気にしてないよ」「ありがとう」などと、笑顔と共に答えていた。
「あの……」
ぐるっと回ってもうすぐ魔法薬局というところで、声をかけられた。
待ち伏せは《探知》し分かってはいたが、いつものルート変更も不自然だ。
それに父親らしき男性が付き添っていた。ジョニーと言い、魔法薬局の患者だ。
互いに朝の挨拶を交わすと、謝罪し始めた。
「ミーナちゃん。ラディさん。
昨日はウチの娘が、大変失礼しました。
娘が謝っていないと、妻から聞いてまいりました。
妻も動揺し、肝心な事を忘れ申し訳ありません。
ほら、マギー。きちんとしなさい」
「……おはようございます。マギーと言います。
昨日はごめんなさい。ひどいこと言いました。
もう、しません」
ミーナはマギーをじっと見つめた後、にこっと笑った。
「………………うん。わかった。
もうしないなら、お友達になろう」
「え?」
「マギーさんも、きれいでかわいいモノが好きでしょ?
服、とってもかわいいもん」
「うん……」
「私も大好きなの。だからお友達になれると思うんだ。
よろしくね」
ミーナが手を差し出すと、マギーがおずおずと手を出す。
しばらく握り合い、互いに照れて離す。
「という訳でこれからよろしくお願いします。
ジョニーさん」
「こちらこそ。何か無礼があったら叱ってください」
「それはウチもですよ」
ミーナはマギーに、早速アルバスを紹介している。
「きゃっ、鼻が当たった!」
「匂いを嗅ぎたがってるの。アルバスも仲良くなりたいんだって」
秋の朝に、可愛い声が響いた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




