22.目標と言いがかり
※日常系です。
迎えの馬車でエディントン伯爵邸へ到着すると、夫人とロバートが出迎えてくれる。
挨拶を交わし、夫人とミーナ、ラディとロバート、各々に分かれるが、ロバートはミーナの到着からお辞儀するまで、ぼぉっと見つめていた。
「ロバート様」とお付きの侍従に促され、ラディと共にサロンへ移る。
少しずつ筋肉が付いてきた、と嬉しそうに話す。
体調確認し、いつもの処方を渡すこととなった。
診察は終了と思えば、ロバートはもじもじしている。
そして思い切ってラディに尋ねる。
「あ、あのッ!ミーナさんには婚約者とかいますか?」
ラディは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになったが、立て直して答える。
「ロバート様。私の娘ミーナは平民です。
おそらく年頃になるまでは、恋人も婚約者も作らないでしょう」
「そうなんですね」
明らかにほっとし、笑顔となる。
ラディは侍従と目が合う。わずかに苦笑していた。
「ただミーナは魔術師を希望してます。
年頃になっても、勉学や修行に精いっぱいで、恋愛には興味がないかもしれません」
「え?そう、なんですか?」
「はい、あの子の目標は魔術師なんです。ロバート様が騎士を目指しているように」
「……だったら、ミーナさんを守れるくらいの騎士になります」
おお、目標難度が一気に上がったな。その道は厳しいぞ。
ラディは大人気なく、その位置を譲る気はさらさらないが、表面上は営業対応だ。
「がんばってください。お父上もお喜びでしょう。では」
侍従に目線で伝え、ロバートは侍従に促され、退室した。
〜〜*〜〜
そのころミーナは刺繍に取り組んでいた。
「ミーナさん。姿勢と針運びは大切です。
針先には気をつけてね。怪我をすると、ラディさんも心配します。」
「はい、エディントン伯爵夫人」
基本のステッチを教えてもらい、何度も練習する。
最初の目標は、ラディのイニシャル『R』だ。
「よく見ていてね。針の角度をもう少し浅くすると、この糸を引っかけやすいの」
枠に張った練習用の布に、お手本で何度も刺してくれる。
「ありがとうございます。エディントン伯爵夫人」
「ミーナさん。よかったらクレアと呼んでほしいわ。エディントン伯爵夫人は長いでしょう?」
ミーナはセバスチャンとラディの言葉を思い出していた。
貴族は相手の許可が出るまで、名前で呼んではいけない。マナー知らずだと思われる。
許可が出た時も、『二人の時だけで』と答える。
この方が奥ゆかしいと判断される。
エディントン伯爵ならデニス閣下、エディントン伯爵夫人ならクレア夫人だ。
“大人の事情”に頭がグルグルし不安だったミーナを、ラディが夫人役で相手をし、楽しく練習した。
その成果を見せるのは今だ。
「ありがとうございます。では、二人の時だけ、クレア夫人とおよびします」
「ありがとう、ミーナさん」
夫人は優しく微笑むと、レッスンを続けた。
〜〜*〜〜
刺繍のレッスンが終わり緊張が緩んだのか、ミーナは移動したサロンで、ラディを見た途端、「パパッ!」と走り出したいくらいだった。
だが、マナー違反だ。
ぐっと我慢し、急ぎ足で近づきぴたっと寄り添う。
ラディはミーナの頭をそっと撫でる。
「ミーナ。お疲れ様。
エディントン伯爵夫人、レッスン、ありがとうございました。
ミーナ、お礼をきちんと言おうか」
「エディントン伯爵夫人。ありがとうございました」
ラディから離れ、小さくお辞儀をする。
「どういたしまして、ミーナさん。
ラディ殿。お茶はいかがでしょうか?」
「申し訳ありません。光栄なのですが、初めてのことでミーナが疲れているようです。
無作法があっては失礼ですので、このまま下がらせていただきます」
「でしたら、夫に代わりご報告だけ。
あの宝石の件ですが、犯人は捕まりました。
なんでも馬車での逃走中に、急な土砂降りの雨でぬかるみにはまり、馬車を動かそうと外に出ている時に、雷が馬車に落ちて気を失ったとか。
天罰ですわ。悪いことはできませんわね」
ほほう、精霊王にしては手が混んでいる。
“青天の霹靂”、晴れた空からいきなり落雷だと思ったが、自然現象には見せかけたのか。
芸が細かい。それでもやり過ぎだが。
夫人に“天罰”と認められたと知れば大喜びだろう。
「そうでしたか。教えてくださり、ありがとうございます。
ロバート様も順調に体力と筋力を付けていらっしゃいます。今までと同じ処方でございます。
それでは失礼します」
『ミーナを守りたい』発言は、侍従から報告されるだろう。夫人とロバートの見送りを受け、馬車に乗り込む。
「お父さん、ごめんなさい……。疲れちゃって……」
ミーナがラディに抱きつく。
ラディは膝の上に抱っこし首や肩をそっとさする。緊張からか凝っていた。
「大丈夫。少しずつ慣れていくさ。夫人は親切にしてくれたんだろう?」
「うん、“ししゅう”楽しかった。練習の課題も出たの。
セバスチャンと一緒だね」
「無理は禁物だ。刺繍に夢中になると、姿勢が悪くなって、目を傷める」
「あ、夫人も同じこと言ってた。お父さん、やっぱり物知りだね」
「刺繍好きなご婦人に目薬をよく処方するからだよ」
「あ、そうだ。夫人が名前でよんでって言ってくれたよ。
きちんと、『二人の時に』って言えた。クレア夫人ってよぶの」
「ミーナはえらいぞ。よくきちんと言えたな。よくがんばった。家まで休んでなさい」
「うん、ありがと、おとう、さん……」
ラディの膝の上で、くうくう眠り始める。緊張から解放された寝顔は本当に愛らしかった。
〜〜*〜〜
馬車が魔法薬局前に付き、《覚醒》で起きたミーナは元気に降りる。
調合しておいた処方薬を侍従に渡し、馬車は戻っていく。
ミーナと見送っていると、いきなり声をかけられた。
「ちょっと!そこのあんた!変にお洒落しちゃってバカみたい!生意気!
マークの気を引こうとしても無駄よ!」
指さされたミーナは、訳がわからず固まっている。
が、解凍して喧嘩になる前に、ラディは処理すると決めた。
5、6歳に見える女の子に呼びかけながら、数歩前に立つ。
ミーナはがっちり後ろ手にかばっていた。
「こんにちは、お嬢さん。ミーナはある貴族のお屋敷に習いごとに行ってる。
君がいう“変なお洒落”は、そのお屋敷にふさわしい服を着ているだけだ。ミーナの普段の服だと失礼になる。
変でもバカでも生意気でもない。礼儀正しいだけだ。
君のお父さんやお母さんに聞いてみるといい。
私もミーナも、マークという子とは、個人的に話していない。
あるとすれば、この魔法薬局に患者さんとして来た時だけだ。
気を引くとか全くない。勘違いだね。
私はふくろう魔法薬局のラディ。君のお名前は?」
まさかラディが言い返すと思っていなかったのか、今度は向こうが固まる。
ご近所さんが、「なんだ、なんだ」と集まってきて、その中に母親もいたようだ。
「ちょっと!マギー、何やってんの!」
買い物かごを持った母親は、ラディに気づくと、頭を下げる。
「こんばんは、ラディさん。こないだも助かりました」
「とんでもない。ご回復されて何よりです。
ただ今少し困ってまして。このお嬢さん、勘違いされてるようなんですよ」
ラディはマギーとのやり取りを全て伝えると、顔を赤くした母親は、マギーに頭を下げさせ自分も謝る。
「どうもすみません。よく言い聞かせます」
「いえ、勘違いだとわかってもらえたら、ウチはいいんです。ミーナもそうだろう?」
「……はい、お父さん」
ラディに肩を抱かれミーナは小さく答える。
「ミーナちゃん、びっくりさせてごめんね。
マギー。さ、帰るよ。父さんにしっかり叱ってもらうからね」
「ちょっとやだ。母さん、やめてよ。やだったら〜」
母親はマギーを引きずるように、連れていく。
ミーナはご近所さんから、「大変だったね」「気にすることない。とっても似合って可愛いよ」などと声をかけられるが、顔は曇ったままだ。
俺は、「驚いて疲れてるようなので」と断り、ミーナを縦に抱きかかえ、ふくろう薬局へ帰った。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




