20.魔術と普通
※日常系です。
「すてきなお部屋。本がこんなにいっぱい……」
夏休み最終日に、ミーナは専用の図書室を贈られた。
その代わり、『危険な本がある』と、今まで出入り自由だった図書室は、セバスチャンかラディが付き添わないと入れないよう設定し《施錠》した。
仔フェンリルのアルバスも立入禁止だ。
最初は不満そうだったミーナも、セバスチャンが揃えた絵本や本に、興味津々だ。
すぐに本の世界に集中し、「昼ごはんだよ」と何回か声をかけ肩に触れ、ようやく戻ってきた。
「その本は面白かったかい?」
「はい、パパ。魔術師になりたい男の子のお話なの。まだ続きがあるんだけど……」
昼食中、今朝から読んだ本について、身振り手振りを入れて説明する。
一度、簡単な芝居に連れて行っても、楽しめるか、と思えるほどだ。
昼食を終えると、魔法薬局に帰る支度をする。
ここに来て、ミーナがセバスチャンに抱きつく。
「セバスチャンも魔法薬局に住めばいいのに」
「ミーナ様。私にはこの城を守るという大切な仕事がございます。また、授業に参ります」
セバスチャンはにっこり微笑む。
ミーナがいくら駄々をこねても、「ダメなものはダメでございますよ」と言い続けた笑顔だ。
しょんぼりしているミーナに、ラディは話しかける。
「ミーナ。ご近所さんにはどこに旅行に行ったって言うのかな?」
「サイーマ湖!
ホテルに泊まって、おいしいものを食べて、湖のまわりをお散歩して、お花畑もきれいでした、お土産はクッキーです。ってお話するんでしょ」
ご近所用のお土産クッキーは、セバスチャンが《転移》で購入してきてくれていた。
サイーマ湖のガイドブックで絵なども見せて、予習復習はバッチリだ。
「よくできました。さあ、帰ろうか」
「パパ、あ、お父さん。花冠とか、持って帰っちゃダメ?」
ラディはミーナにねだられ、花がしおれる前に、《保存》をかけていた。今でも美しいままだ。
「ミーナ。どうして持って帰りたいんだい?」
「きれいだし、見てたいから……」
「だったら、父さんが《収納》しておこう。見たい時に言えば、取って出す。これ以外は無理だ」
「ありがとう、お父さん」
「よし、じゃ、帰るとするか」
「行ってらっしゃいませ。旦那様、ミーナ様」
「ああ、皆によろしく伝えてくれ。快適だったとな」
「セバスチャン、またね。ありがとう」
俺は花冠などを受け取ると《収納》し、アルバスを抱えたミーナと共に、《転移》で魔法薬局の奥の部屋に戻る。
「わ〜い、お家だ〜」
ミーナは鞄を持ち、自分の部屋へ駆け出して行った。
〜〜*〜〜
帰宅後、明日からの営業のため、ラディとミーナは薬局や歩道の玄関周りを掃除していると、近くの角の飯屋の主人に挨拶される。
「おっ、もう帰ってきてたのか?親子水入らずの夏休みはどうだった?」
「おかげさまでのんびり楽しく過ごせました。な、ミーナ?」
「うん、とっても。湖もきれいだったよ」
「サイーマ湖に行ってきたんです」
「ああ、あそこか。近いし評判いいもんな。ウチも今度行ってみっか」
『ちょうどいい』と主人に、薬局に置いてあったお土産を渡して別れる。
掃除を終え、夕食を作っていると、ミーナが尋ねてきた。
「ね、お父さん。お父さんは魔法でなんでもできちゃうのに、どうしてお掃除やお料理をするの?」
ちなみに、洗濯は魔道具の洗濯乾燥機がやってくれる。
便利でありがたい世の中だ。
「う〜ん。魔術が使えなくなった時のためかな」
「え?!魔術って使えなくなるの?」
「ああ、そういう時はあるよ。ミーナも疲れて、気がついたら朝で、ベッドの中でした。って時があっただろう?」
「……うん」
「それと一緒で、限界まで魔力を使い続けると、力が空っぽになって、倒れたりする。起きてもしばらくは使えないんだ。
父さんもそういう時があって、普段は魔術で何でもやってたから、とっても不便になって困ったんだ。それ以来、普通に生活できるよう、忘れないためにやってるんだよ」
そういえば、あのニクスとかいった氷魔術師はどうなったのか——
あの口伝のように自省し、真面目に祈らなければ、精霊王は“力”を返さないだろう。
不意に思い出したが、どうにもできないことは、引き続き棚上げだ。
「そうだったんだ。ミーナも魔術も“ふつう”もどっちもできるようになる!」
「ミーナは大丈夫だよ。魔術はセバスチャンに習ってるし、掃除と料理は父さんが教えて、できるところはやってる。
箒も上手に使えるようになったし、セロリの筋とりだってしてくれてる」
「お料理、もうちょっと手伝いたいなあ。切ったりとか」
「まだ早い。ミーナの手にナイフはまだ持てないし、無理したら怪我をする。父さんは悲しくなる」
「……ごめんなさい。お皿とカトラリーの用意します」
がっかりしたミーナはラディから一旦離れる。
戻ってきた時に、ラディは頭を撫で、跪いて抱きしめる。
「ミーナはとてもよくやってる。がんばってる。無理しすぎると疲れるし、続けられなくなるよ」
「はい、お父さん。
でも、お父さん、すごいから、どっちもできて、すごくて、なれるように、がんばらなきゃって……」
「大丈夫。ミーナはこれからぐんぐん大きくなる。
その間に学べばいいんだ。魔術も普通の生活も、どっちも練習する時間はたっぷりあるんだ」
ラディは泣きそうになっているミーナの目元に《加冷》したタオルを当て、背中をトントンと叩く。
だんだん落ち着いてきたようだ。
「《転移》して疲れたかな。今日はご飯を食べて、お風呂に入ったら、すぐに休もう。
さ、美味しいご飯をもりもり食べて元気になるぞ」
「はい、お父さん!」
いつもの笑顔で答えてくれたミーナは、夕食の間は、山羊に付けた名前を、嬉しそうに教えてくれた。
〜〜*〜〜
翌朝—
アルバスの散歩をミーナとしながら、ご近所さん達にお土産の『サイーマ湖クッキー』を配って回る。
小さな品でも喜んでくれた。セバスチャンの気遣い指南とアリバイ工作は完璧だ。
アルバスも3日ぶりにご近所さん達に声をかけられ、撫でられ、尻尾をぶんぶん振って懐いている。
『こいつ、本当に、あの“誇り高いの魔物”と言われるフェンリルか』と思うくらい、愛想を振りまいていた。
3日ぶりだったせいか、クッキーを渡したせいか、いつもよりさらに一段階上がったお裾分けで、朝食を済ませ、開店準備を済ませる。
「白衣、ヨシッ!」「エプロン、ヨシッ!」
「ブローチ、ヨシッ!」「ブローチ、ヨシッ!」
「お父さんは、せいけつで、かっこいいです!」
「ミーナも、清潔です!
って、ミーナ。これ、毎朝やるのか?」
「だって、セバスチャンがやってたんだもん。
“みだしな、?あれ?」
「身だしなみ、だね」
「うん、そう。失礼がないために、忘れていないか“みだしなみ”を確認してるんだって。鏡で自分で見てやってたの。
きりっとして、かっこよかったよ」
セバスチャンの知られざる一面を知った思いだ。
数百年の付き合いでも、人間の可能性は無限なのだな、と思う。
考えてみれば、ラディにもそれはある。
歳は関係ないか、と納得したが、問題はやる気満々のミーナだ。
「ミーナだけやるってのは」
「ダメです。お父さんはふくろう調剤薬局の、“かんばん”なの。いつもせいけつじゃなきゃダメだよ」
「看板じゃなく、店主だろう?」
「え?パン屋のむすめさんは、“かんばん”なんでしょ?
お店のためによくはたらいてるって。
だったら、ここはお父さんが“かんばん”だよ」
ああ、“看板娘”をどっかで仕入れてきたんだな。
ラディはここで妙案を思いつく。
「ミーナ。パン屋の娘さんは、“看板娘”って言うんだ。
お店の看板になるくらい、笑顔で働いて、お客さんに気持ちよく買い物してもらってるんだ。
だから、ウチだとミーナかな。
うん、そうだ。ミーナがふくろう魔法薬局の看板娘だ」
「え?ミーナが?」
「そう、ミーナだな。だから、身だしなみ確認は」
「ダメです。お父さんだって店主だもん。忘れちゃダメだもん。
あ、いらっしゃいませ〜。どうされましたか〜」
ふくろう魔法薬局の看板娘・ミーナは、ラディの妙案をはねのけ、休み明けの今日も、労りの笑顔で患者を出迎えた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




