19.夏休み
「わ〜、涼し〜!久しぶりだ〜!」
ミーナは《転移》してきた“前のお家”、石造りの城の中を、仔フェンリルのアルバスと走り回っている。
ラディはセバスチャンと見守っていた。
「水を得た魚だな」
「王都には思いっきり走れる場所が、森しかございませんので」
「……仕方ない。慣れだ。さてと。メシにするか」
「ラディ様とミーナ様のご帰邸に、皆、意気込んでおります」
「……悪い。魔物食は除外だ。ミーナが腹を壊す」
「申し付けておきます」
ミーナ達は長い廊下の端まで行って、戻ってきた。
アルバスは平気だが、ミーナの息が切れている。
「ミーナ。ここは高所だ。王都よりもずっと高い場所にある。
王都より空気が薄くて息がしづらくなるんだ。いきなりの運動は危ないんだよ」
「はい、ゼー、おとう、ゼー、さん」
「辛いだろう。ちょっと待ちなさい」
ラディは《回復》をかけ、ミーナを縦抱きに抱きかかえる。
ぐったりしたミーナに、「もう大丈夫。少し休んでなさい。《転移》も疲れるんだ」と言い聞かせ、子ども部屋の天蓋付きベッドで寝かせつけた。
〜〜*〜〜
子どもは元気だ。
夕食前に復活したミーナは、城の料理人達(多くは人外)が作った食事をペロリと平らげた。
それも、食事の手順はほぼ覚えている。後は音の問題だが、これは繰り返しと慣れしかない。
ラディとセバスチャンは、普段の食事中は失敗しても叱ったりしないことを理解し、安心して食べていた。
「ここのご飯もおいしいね」
「皆が喜びます。ミーナ様のお言葉は伝えておきます」
「やっぱり会えないの」
「はい、ご無理でございます」
城にいる人外の者達との接触は、どちら側からも禁止していた。
人外の中に少なからずいる、魔物の血を引いた者にとって、ミーナを“ご馳走”と感じる可能性があるためだ。
精霊王の加護で“大いなる力”を抑えてはいても、勘や鼻が利く種族もいる。
不幸な接触は避けた方がいい。
給仕しているセバスチャンの笑顔の返事は、絶対に変わらないとミーナは知っている。
少ししょぼんとなったミーナに、ラディが提案する。
「ミーナ。明日、いいところに連れてってやる。
山羊もアルバスも一緒のピクニックだ」
「え?ピクニック?絵本で読んだよ。わ〜い!やった〜」
椅子の上に座ったまま、器用にぴょんぴょん跳ねている。
「さすがにお行儀悪いぞ。今夜は早めに眠ること」
「はい、お父さん!
あ、でも眠る前にお星様は見てもいい?とってもきれいなんだもん」
「ああ、じゃあ、塔の上に行くか」
「ありがとう、パパ!あ、お父さん」
「ミーナ。ここにいる間は、パパでいいぞ」
「え?今日は嬉しいことばっかりで、眠れないよ〜」
「身体は疲れてるからぐっすり眠れる。大丈夫だ」
「……パパと一緒がいいな。ダメ?」
「…………仕方ない。今夜だけだぞ」
「ふふ〜。ほんとに“ごほうび”だらけだ〜。
ありがとう、パパ」
楽しく夕食を終えたご機嫌なミーナを、約束通り、ラディは塔の上へ連れて行く。
ミーナの言う通り、満天の星だ。
周囲を《適温》にしているので、寒くもない。
「手をのばしたら、つかめそう。いっぱいきらきらしてる。お月様もきれい」
「そうだな。王都では見られないな」
満天の星なぞ、旅空の下、嫌というほど見てきたのに、ミーナと眺めると楽しいものだ。
ラディは拾ったばかりの“バーリ”を、焚き火の前で、毛布でくるんで抱きかかえながら、星座や星の名を教えてやったことを思い出し、ミーナにも教える。
ミーナは目を輝かせ、あれは、これは、と指差し聞いてきた。答えると自慢げに、むふぅという顔をする。
「パパっていっぱい物知りさんで、すごいと思う。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「ミーナもパパみたいになりたいな。
お月さまもこっちの方がきれい。行ってみた〜い」
おねだり目線でラディを見るが、難しいものは難しい。
「それはパパでも無理だ」
「そうなんだ。お月さまってどんなトコなんだろう」
ラディは夢を壊さぬよう、知っている“伝説”を噛み砕いて教える。
かなり経ったので、ミーナの子供部屋に《転移》し、寝衣に着替えたミーナを寝かしつける。
最初は興奮気味に話していたが、《催眠》をかける間もなく、こてっと眠りに入る。ゼンマイが切れたようだ。
なめらかな栗色の髪を撫でた後、布団を肩までかぶせ、その隣りでラディも眠った。
〜〜*〜〜
翌日は約束したピクニックだ。
セバスチャンと相談し、《転移の門》を目的地と通じさせ、より安全にミーナや山羊達、アルバスを連れていく。
目の前は、高山植物のお花畑と湖だ。湖は透明度が高く、青空と雲、山々を映し、鏡のようだ。
「わ〜〜!すっご〜〜い!」
「走って転ぶなよ。あと、帽子は絶対脱がないように。日焼けしやすいんだ」
「はい、パパ!
アルバス。山羊さん。湖に行こう。お花、踏まないようにね。行ってきま〜す」
アルバスはとことこついていくが、山羊は気ままだ。一緒に行くものもいれば、のんびりと草を食べるものもいる。
ミーナ達が遊んでいる間に、ラディとセバスチャンは《転移の門》を閉じ、シートを敷き、ランチの用意をする。
「セバスチャン。負担をかけた。大丈夫か?」
「なんのこれしき。龍退治に比べれば、なんのことはございません」
セバスチャンはラディが生まれた時からの従者で、共に龍退治をした。
仲間もいたがほぼ亡くなった。セバスチャンも少なからず龍の血を浴びて飲み、ラディの運命に引きずり込まれた。
しばらくは、いくら有能で戦力になるとはいえ、ラディの命令なら服従する従者を、連れていくべきだったか悩んだ。
今でも罪悪感は完全に消えてはいない。
セバスチャンは、あくまでもラディの従者を貫抜き続けている。
龍退治の報酬の一つ、この城付きの山を、今はもう滅び去った国から貰い受けた後は、セバスチャンに管理を任せ、ラディは旅に出た。
“時々”帰るラディを、セバスチャンは変わらぬ笑顔で迎えてくれた。だから完全には壊れずにいるのだろう。
湖まで行き、戻ってきたミーナの両手には、小さな花束があった。
「はい!パパとセバスチャンにあげる」
「……ありがとう、ミーナ」
「ありがとうございます、ミーナ様。
お返しに後でお帽子に飾る花冠をお作りいたしましょう。
そろそろお昼でございますよ」
「わ〜い。ありがとう、セバスチャン!」
ラディに両手を《浄化》してもらったミーナは、早速サンドイッチをぱくつく。
「ん〜。きゅうりとハム、ソースも最高においしいよ〜」
「タルタルソースだな、うん、美味い」
「たるたる?」
「帰ったら教えてやる。今は食べろ」
「はい、パパ。この丸いあげもの、さくっとしたら、中がとろっとクリームだ〜」
「クリームコロッケだ」
ラディも食べ進め、スパイスとハーブを少しずつ効かせた玉子サンドも美味かった。
他にもひと口でつまめる料理をバスケットに、彩りよく詰めてくれていた。
食後のデザートのひと口ケーキまであり、至れり尽くせりだ。
セバスチャンに約束の花冠も作ってもらい、ご機嫌で可愛いミーナに、ラディは《採取》した花々で、ネックレスや腕輪、指輪を、アルバスには首輪を作る。
「パパ!ありがとう!アルバスとお揃いだ〜」
「ミーナ様。まるでお姫様のようでございますよ」
「うん!見てくるね」
ミーナは美しい湖面に映る姿を見るため、駆け出して行った。
〜〜*〜〜
ピクニックを思う存分楽しんだミーナも、2日目の夜には、早くも魔法薬局を恋しがっていた。
添い寝して寝かしつけるラディに、ご近所さんの患者達の心配をしている。
「夏風邪ひいたりしてないといいなあ」
「大丈夫。みんな基本健康だ。もし引いても、少し遠いが魔法薬局はあるよ」
「そっか。あした帰って、あさっては、開店だもんね。みんな、元気だといいな」
「元気だと薬局には来ないぞ」
「お散歩の時だもん」
あくびをしたタイミングで軽い《催眠》をかけて眠らせる。
「パパ、パパ」と抱きついてくるので、背中をトントンとしながら、もう少し歳上だったが“バーリ”もこんな時があったな、と思い出す。
結局、ラディも気づくと、ミーナを抱いて眠っていた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛、その周辺を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




