18.バーリとラディ
「お父さん、大変になっちゃってごめんなさい……」
「ん?ミーナは悪くない。偽物を伯爵夫人に買わせた犯人が悪い。すぐに捕まるだろう」
「ならよかった。ロバート様にも心配かけちゃったし。
あ、あのね。“ししゅう”、すっごくきれいで、ハンカチとかにできるんだって。できたらお父さんにあげるね」
「それは楽しみだな」
帰りの馬車の中、「よくやった。父さんはミーナの味方だ」と、ぎゅっと抱きしめた後は安心し、張り詰めていた気持ちが緩んだのだろう。
心の負荷の発散か、ミーナはよく喋った。
聞いていると、長男と次男は、途中まではミーナに優しかったらしい。
だが、ミーナが夫人と刺繍の話ばかりしてるのが不満だった。
刺繍の話には、ミーナから森の話を聞き、植物に興味を持ち始めているロバートも参加していたという。
可愛い小さなお客の話題に、自分達は入れない。要するにやきもちだ。
そこで、話題の中心になりたくて見せた宝飾品の不審点をミーナが指摘し、恥をかかされたと思いこんだ。
可愛さ余って憎さ百倍、と責め立てたのだろう。
自分たちの浅はかさが両親と弟、そして使用人達に、あれだけ知られたのだ。
ミーナへの暴言の報いとしては、妥当だろう。
それに、10代前半という“お年ごろ”だ。
関わると面倒なので、伯爵の今後の教育に期待するとしよう。
それよりも問題がある。こっちが遥かに厄介だ。
ラディとミーナは馬車を降り、魔法薬局で留守番をしていたセバスチャンとアルバスに出迎えられた。
〜〜*〜〜
久しぶりにやってきた精霊王は、怒りが振り切れていた。
対象は偽ダイヤを売りつけ、代金を持ち逃げした詐欺師と、エディントン伯爵家の長男と次男だ。
「あの罪人には、天罰を下した。今ごろ捕まっておるじゃろう。生き死には知らぬが」
「はあ?天罰って何した?」
「天の罰と言えば、雷に決まっておる!落としておいたので、転がってるはずじゃ」
「だから、やりすぎは止めろって言ってるだろう?」
「やりすぎではない!ミーナの悲痛な叫びがおぬしには聞こえなかったのか?
己の無知によりミーナを苦しめた、あの汚らわしいヒトの子達も同罪じゃ!」
「お前なあ。ミーナが友達作って、その子と喧嘩する度に、相手を半殺しにする気か?
兄弟は反省し謝った。
父母や弟を始めとして、邸内中に愚行が知れ渡った。騎士団の厳しい父親からしごかれるだろう。
大好きな母親からも白い目を食らったんだ。
あの、美しい伯爵夫人も、ミーナも悲しませる気か?」
「……ふむ、そうよのう。あの夫人は確かに心優しいと聞いた。
我の子ども達が言うには、好んでいた秋の花々が先んじて咲いてしまい、庭師に来年は無事に咲くのか尋ね、花を心配していたそうな。
外聞ばかり気にしていた、他の庭の主とは正反対じゃ。
では、花を愛する、美しい心の母親に免じて、今回は許してつかわそう」
精霊達からの情報網は幅広い。ラディの結界内には入れないが、ミーナの周辺は特にそうだ。
それに精霊王は何気に美しい者に弱い。人間、人外関わらず、だ。
だから色ボケ爺なのだが、今はつつかずに置く。
「さすが精霊王、心が広い。
ところで、例の“力”はまだ返してないのか?」
「返せぬな。離れた“力”の心配より、自分自身の先行きばかり気にしておる。
おぬし、ミーナの、ペ……ペットであったか?
あの仔フェンリルが、貸した先でいいようにこき使われ、逃げ帰って来て、相手がろくに反省せずともまた渡すのか?」
精霊王にしては珍しくまともだ。
時には情けやこだわりも見せる。が、あっさり捨てる時もある。本当に難しい。
「あ〜、わかったよ。そこはお前さんがまともだ。
だが、反省したなら返してやってくれ」
「あい、わかった。
優しいおぬしが“荒野の賢人”バルバトリの言葉として託した伝言を、誠実に受け取らねば、この“力”は我といる道を選ぼうぞ」
イクスの“力”が光となって現れ、妖精王の肩に乗り、銀髪で遊んでいる。大した懐きようだ。
「“バーリ”の言葉なら、耳を傾けるだろう」
“バーリ”は愛称だ。
一人前の魔術師の名『バルバトリ・ヴァスティタス』を授けた時から、“バーリ”と呼んできた。懐かしい。
旅を続ける内に、親子から伯父甥に、兄弟に、友に、そして逆行していき、別れる前は逆の立場で親子に見られていた。
「ランドラドラ・ラディスラウスなら、もっと聞いたであろうに」
「止めてくれ。俺がマトモか疑われる」
「どうしてじゃ?世の子ども達は知っているではないか?
『悪い龍を倒し、不死身となった魔法使いランドラドラは、今もどこかで人々を助けているのです』だったか。
絵本の通りではないか。この魔法薬局とやらで。
はーはっはっはっ!実に愉快!」
龍退治の絵本の最後の一節を暗誦した精霊王は、俺の弱点を突けて、すっかりご機嫌だ。
「お前……。俺がその話、苦手だっつーの知っといて!」
「伝説の魔法使いにも弱点があったとは意外じゃな」
「お前と違い、羞恥心がある人間なんでね」
「若作りの爺の癖に……ふふっ」
「好きでなった訳じゃねえ!お前こそ、俺より何倍生きて、その姿だ?!」
「仕方なかろう?美しいものを司る我にふさわしいのじゃ」
「俺は強制停止だ。選べねえ。おかげで拠点以外じゃ、一つ所には住み続けられねえ化けモンだ。『今もどこかで』しかねえんだよ」
「因果なものじゃのう。まあ、仕方ない。
“大いなる力”がお前を選んだのじゃ。
では、またの」
好き勝手にラディの黒歴史で遊び、精霊王は帰って行った。
〜〜*〜〜
数日後——
騎士団第3隊隊長デニスは、イクスの部屋を訪れていた。
以前来た時は整然としていたが、今は多少ながら乱雑だ。住人の心の鏡にも思えた。
「申し訳ありません。見苦しく、お構いもできず……」
イクスは“魔力枯渇”と診断され、氷魔術師の班長から、本部での事務職へ異動命令が出ていた。
「気にするな。今日は大切な話があって、やってきたのだ」
イクスが入れた紅茶は薄かった。
身の回りはともかく、こういう生活技術も身についていない。今までは魔術で全て出来ていた。
経緯もあるが、デニスはどことなく卑屈や甘えも感じていた。
「それで、大切なお話とは?」
「イクス、これから話すことは絶対に他言しないと誓えるか?」
「えぇ、あなたがそう仰るなら、誓います」
「実はな……」
デニスはラディから聞いた話を正確に伝える。
イクスは話の内容もだが、ラディが“荒野の賢人”バルバトリ・ヴァスティタスの弟子ということも衝撃だった。
自分の勘は当たっていた。やはり只者ではなかった——
「イクス、イクス?」
「ああ、申し訳ありません。
まさか、バルバトリ・ヴァスティタスのお話とは思いもよらず……」
「ああ、私も驚いた。
だが、ラディ殿には腑に落ちることも多い。
極力目立たぬよう、義理堅く生活を送っている。
普通は伯爵家と縁ができたら、喜びそうなものだが、遠慮し続けている。師匠の件を知られるのを避けていたのだろう」
ラディは弟子である“荒野の賢人”バーリの名を用いた、目くらまし効果もある程度は期待していた。
「なるほど……」
「イクス。話の主旨は違うだろう。
このグリフィンを征伐した男と自分との共通点はあったか、なかったか?」
「…………」
「あるなら、取るべき行動をよく考え、実行するよう勧める。
無いなら、治療法を探すつつ、新しい職務を勤めるように。騎士団の運営に事務職は必須だ。
彼らがいなければ、当然と思っている各種配給物も給与も無くなり、我々の活動は止まる。
こう考えれば、口伝にあった“大いなる力”のような存在だな。
縁の下の力持ちの職務を知るのも、将来的に魔術師団を担う者には有意義だ。
では、また会おう」
デニスはイクスの将来を信じている口ぶりで、肩をぽんぽんと叩くと、部屋を出ていく。
ティーカップは空になっていた。
“荒野の賢人”からいきなり与えられた命題を解くため、イクスは自分の過去と現在と未来を考え続けた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考と学びになります。




