17.嘘か本当か
「ミーナ、嘘ついてないもん!ホントだもん!」
「落ち着きなさい、ミーナ」
呼びかけた穏やかなラディの声に、ミーナははっと振り向き、走りかけてマナーを思い出したのか、それでも急ぎ足で歩み寄り、ラディを見上げる。
「……お父さん、大きな声を出してごめんなさい」
「そうだね。そこは悪かった。エディントン伯爵閣下にも心配をおかけしてるよ。謝ろう」
ラディはミーナに寄り添い、まずはマナー違反のみ謝罪させる。
「エディントン伯爵閣下。大きな声を出して、申し訳、ありません……」
小さくお辞儀をしながら謝るミーナが健気で、抱きしめてやりたいが、今はできない。
「ミーナさん、謝ってくれてありがとう。
で、何があった?ミーナさんを預かった責任があるだろう?」
伯爵の視線の先には、やはり私室から出てきた夫人と息子達がいた。
困惑した表情の夫人が答える。
「あなた。ミーナさんは私の刺繍をとても褒めてくれて、部屋にはもっとあると伝えると、『よかったら見てみたいです』と言ってくれたのです。
今まで刺した品を見せて楽しんでいたのですが、この子達が……」
長男と次男を困ったように見る。
「着いてきたのに退屈していたのか、『もっと綺麗なものがある。私の宝飾を見せてあげればいい』と言い出して……」
ラディは嫌な予感に支配される。ここは精霊王の言う通りだったか。
セバスチャ〜ン!
今はアルバスと留守番をしてくれている、優秀な部下に、一瞬、思いを馳せる。
「お見せして、『これもとってもきれいですね』と言ってくれたのです。
ですが……」
「どうしたんだ?」
「……最近、宝石をルース(裸石)で、石だけを購入して、まだ指輪やネックレスにしていないものもあったのです。
その中のある宝石のことを、ミーナさんが『この石、ちょっと変です』と言って……。
そうしたら、この子達がミーナさんに酷い言葉を……」
「母上!酷いことを言ったのは、その子です!
私は、『エディントン伯爵家の宝石を馬鹿にするのか?』と聞いただけです!」
「父上!兄上の言う通りです!嘘つきを嘘つきと言って、何が悪いのです!
宝石などろくに知りもしない身分の者が!母上の優しさに甘えて図々しい!恥を知れ!」
息子二人はすっかり興奮している。
ロバートはそういう兄達に対し怒っているが、声を出せないようだった。顔が真っ赤になっている。
「黙らんか!私はお前達には聞いてはいない!
小さな女子に大声を浴びせるなど、貴族の子弟としてあるまじきことだ。私が良いと言うまで黙っていろ!返事は?」
「はっ、父上!」「はいっ、父上!」
流れは把握した。
ラディは今度は自分の番だと発言する。
「エディントン伯爵閣下。
魔法薬の素材は多岐に渡ります。中には宝石・貴石も含まれます。
薬効に関わるため、真偽の鑑定方法も学びます。
それをミーナに話したことがあるのです。
何か気になった点があったのでしょう。小さな子の勘違いだと思いますが……」
実際、教えたのはセバスチャンだが、嘘はついていない。
滅多にないが、素材として使う時があるのは事実だ。
「そうか、そう言うことか……」
伯爵は事情を理解したようで頷き、夫人は上の兄弟を窘める視線を向けている。
兄弟はラディの話に目を見開き、己の主張が一気に危うくなったと悟る。
ラディはしゃがむとミーナと目線を合わせ、頭を撫でた後、しっかりと頷き、『もう大丈夫だ』と伝える。
そして縦に抱え上げると、夫人に話しかける。
「エディントン伯爵夫人。ミーナが指摘した品を拝見できますか。
万一があれば、大変良くしてくださっているエディントン伯爵家に、損害が出てしまいます。
私の身分で図々しいかも知れませんが……」
「ラディ殿に鑑定をしてもらおう」
伯爵の即断で、全員が夫人の私室に入り、ソファーを勧められ座ったラディ親子の目の前に、問題の宝石が置かれる。
「ダイヤモンドですね。失礼します」
ラディは新品の手袋を侍従から借りると、宝石を持ち、よく観察した後、息を吹きかける。
そして胸ポケットから取り出した手帳の白紙に線を引くと、その上に置く。
「エディントン伯爵閣下。恐れ入りますが、娘の言った通りのようです。この宝石を少し濡らしても構いませんか?」
「構わん。お願いする」
ラディは侍女に水差しからコップに水を注いでもらうと、「マナー違反ですが失礼します」と、宝石の上に一滴、水を垂らす。
すると、水滴は平面上に広がっていく。
「やはり……。ダイヤモンドは、水には馴染まず、水滴を垂らすと、球形になるのです。
こちらはご覧のように広がっています。
奥様、恐れ入りますが、指輪などにしたダイヤモンドはございますか?すぐに拭き取りますので……」
「あ、はい」
夫人が持ってきたダイヤモンドの指輪に水を一滴慎重に垂らすと、水は弾かれ球形になった。
「なるほど。これで真偽はついたな」
「エディントン伯爵閣下。私は本職ではありません。ご愛顧を賜っている宝飾店にも鑑定を依頼されてください」
「ああ、わかった。これはどういう経緯で購入したのだ?」
「……いつもの宝飾店から、いつもの担当者についてくる助手の人が来て、『担当者はあいにく休みだが、ご依頼に相応しいものが入荷した』と持ってきてくれたんです。
現金支払いの方がお得になると、その場でお金を渡して、それが昨日で……」
「すぐに宝飾店に連絡し、その者を捕らえるように伝えろ!」
「かしこまりました」
侍従が早足で部屋を出ていく。
ミーナはラディの隣りで成り行きを見つめていたが、ほっとしたようで、夫人に笑顔を向ける。
「エディントン伯爵夫人。きれいなししゅうを見せてもらったお礼ができてよかったです。悪い人が捕まるといいですね」
「ミーナさん。ありがとう……」
夫人は立ち上がり、ミーナの隣りに座ると、そっと手を握る。
そして、立たせていた息子達をキリッと視線を向けると、穏やかな声で叱る。
「二人とも恥を知りなさい。騎士になろうとする者が、か弱い女性、それも幼い女の子の言葉を最後まで聞かず、あんな風に責め立てて。ミーナさんとラディ殿に今すぐ謝罪なさい」
「……申し訳ありませんでした。反省しています」
「……大変失礼しました。お許しください」
「私からも謝罪しよう。息子達は鍛え直す。
お前達の発言には誤りがある。身分で人を差別してはならない。平民でもこうして、私たちよりも知識も経験もある人達がいる。
エディントン伯爵家を誇りに思うなら、騎士は主君が第一だが、国民をも守る者だということを決して忘れてはならない。いいな」
「はい、父上」「はっ、父上」「はいっ、父上」
兄弟揃って背筋を伸ばし、返答する。ロバートは巻き込まれだが、表情は落ち着いていた。
「エディントン伯爵閣下。そろそろ、お暇させていただきたいのですが……」
「ああ、大変な無礼をしてしまった上に遅くなってしまった。昼食はどうかね?」
「申し訳ありません。ミーナも少し疲れているので、ご遠慮させていただきます」
「そうだな、ミーナさんを大変な目にあわせて本当にすまなかった。もう嫌な思いはさせないよ。
ミーナさんはエディントン家の恩人だ。また来てくれるかい?」
ミーナはラディを見あげる。ここまで言われては断れない。
小さく頷くと、ミーナは花が開くように天真爛漫に笑う。
「エディントン伯爵閣下。父が話してました。
『こまった時はおたがい様』と言うそうです。
私がこまった時に、助けてもらえますか?」
「もちろんだとも。騎士として駆けつけよう」
「ありがとうございます。エディントン伯爵閣下」
ふう、齢4歳で伯爵まで味方につけて、我が娘ながら恐ろしい。これも精霊王の花嫁故なのか。
この後、夫人からも刺繍を教える申し出を受けて、ラディとミーナは、ようやく魔法薬局に帰ってこられた
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。
※念のため、宝石の鑑定方法は、現実を参考にしたフィクションです。
昨日も誤字報告、いただきました。感謝です。参考と学びになります。
★、ブックマーク、いいね、感想などもお待ちしています。




