16.伯爵からの相談
エディントン伯爵に書斎へ案内され、ラディはソファーで相対する。
「ラディ殿。
これから話すことは他言無用に願いたい」
「エディントン伯爵閣下、かしこまりました。誓約書は必要でしょうか」
「いや、そこまでしなくていい。それと私をデニスと呼んで欲しい。その方が話しやすい」
「……かしこまりました。他の方がいない場所でのみ、ということで承ります。デニス閣下」
「感謝する、ラディ殿。
それでだな。相談というのは、実は、“魔力枯渇”についてなのだ。
治療方法など、もし知っていれば教えて欲しい」
あ゛〜〜。すぐ返せって言ったのに!あのアホ精霊王。
自分と人の世の時の流れが違うってことを、コロッと忘れてやがるに違いない。
あれから2ヶ月ほど経つ。あの魔術師は酷い精神状態に違いない。
俺とは違い、命懸けでほぼ死にかけた戦いもしてなければ、毒で死線を彷徨ってもいない。
原因不明の方が却って辛いだろう。
同情はする。それでもラディはミーナとの生活を守る方が優先だった。
「“魔力枯渇”ですか。その症例なら、治癒師の範疇かと存じますが……」
「王城の治癒師という治癒師、医術師、魔法薬師がお手上げなのだ。
体調も酷く崩し、それはほぼ戻ったが、魔術は全く発動できない。
“魔力枯渇”だろうと診断された。気長に回復薬を飲むしかない、と」
いや、体調が戻ったなら、回復薬は不要だろう。
たぶん久しぶりすぎるんだ。治療方法が知りたいって言ってたもんな。
精霊王がさっさと返すきっかけくらいは与えてやるか。
「あいにく、私は“魔力枯渇”の治療方法は存じ上げません」
「そうか……。やはり……」
伯爵は肩をガックリ落とす。
最初の手紙を届けてもらったくらいだから、親しいのだろう。
そういえば、伯爵の怪我の治癒もしたと言っていた。
「ただ……」
「ただ?」
「私の師匠が話していたことで、治療例はあります。
今の時代とは魔力の捉え方も違う古のことですので、ご参考になるかどうかはわかりませんが……」
「ぜひ、ぜひっ、教えていただきたい!」
伯爵の食いつきようがすごい。前かがみになり、真剣な表情だ。
この人は友を大切にする誠実な人なのだな、と改めて思う。
伯爵にも免じて教えてやるか。ニクスに変な思い込みで逆恨みされてもたまらない。
「デニス閣下。
私の師匠は、魔力は“大いなる力”により与えられたものだ、という考えでした。
この世界を生み出し、目には見えないが、世界を構成してもいる。魔素もその一つで、それを操る力は貸し与えられたものに過ぎない。
夢にも、『自分はすごい能力を持ってる』などと思わぬように、“大いなる力”に畏敬の念を持つように、と弟子入りした最初に言い聞かされ、その後も事あるごとに言われました。
今の魔力の捉え方もある面で事実であり、認めてはいましたが、師匠の主義はこちらに重きを置いていました」
「ふむ、それで……」
「前置きが長く、申し訳ありません。
“魔力枯渇”の治療例は、師匠の師匠、そのまた師匠と、口伝えのもの、いわゆる口伝です。
その昔、ある魔術師がグリフォンの討伐を行い、魔力を使い果たすまでの死闘の末、勝利した。
療養し体調は復調したが、魔力は戻らなかった。
絶望し我が身を呪う魔術師に、聖堂の治癒師がこう言ったそうです。
『グリフォンの命を“大いなる力”が迎えに来た時、あなたの傲慢さに苦しむ、あなたの“内なる力”を連れて行ったのかもしれない。
あなたは確かに非常に強大な魔力を保有し優秀な魔術師だった。
一方で、自然や周囲の人々に、自分が生かされていることも忘れ果て、心中では見下している。
治療をしていて、あなたの言動でよくわかる。
それは、あなたに与えられた“力”さえも侮辱する行為だ。去られても仕方ない。
ただ、自分の不明を詫び、朝晩、自分を生かしている全てに、日々の糧に感謝し、“大いなる力”に畏敬の念を持ち、祈り続ければ、あなたの“内なる力”も戻ってくるかもしれない。
“内なる力”は、元々あなたと共に育ったものだ。
横柄さや『あって当たり前』という思いで使役した過去を詫び、反省し感謝を捧げ、『戻ってきて欲しい』と伝え続ければ、戻ってくるかもしれない』と。
魔術師として成功した後の心情を言い当てられた男は、心を入れ替え、祈りを捧げたそうです。
場所はどこでもいい。朝日を浴びた時、水を飲む時、食事を食べる時、衣服を着る時、自分の力だけでは成し得なかった時、つまり一日中ですが、心中、祈りを捧げ続けたそうです。
数ヶ月後のある朝、目覚めた時、“力”は戻ってきていた。
“大いなる力”を畏敬し、周囲への感謝を持ち続けた男は、二度と“力”を失うことはなかった。
そういう口伝です」
「ふむ……。なるほど……。思い当たることもあるにはあるが……」
「信じるも信じないも、デニス閣下のご選択です。
私は師匠から聞かされた、ある治療例の口伝をお話ししたまでのこと」
「あ、いや、失礼した。信じぬという訳ではない。
確かに古典的な捉え方だが、理はある。
その、ラディ殿のお師匠殿はどういう方だったのだ?
お名前は?」
やっぱり聞かれるよな。
話の出元は信憑性を確認するための必須事項だ。
一番近い弟子にしとくか。年齢的にちょうどいい。
名もある程度、知られている。口伝も信じてもらいやすいだろう。
「私の師匠は、バルバトリ・ヴァスティタスです」
伯爵は驚き、目を見張る。
「バルバトリ、とは、あの、どの国主からの誘いも断り、旅をし続けているという魔術師、“荒野の賢人”とも言われるお方のことか?」
「はい、そうです。このことは、どうかご内聞に願います」
「わかった。誓約書は必要かね?」
「いえ、不要です。デニス閣下を信じています。
それと、ご相談の方がこの口伝自体の存在に不信感を持たれるなら、必ずご内聞をお約束の上、お話になってください」
伯爵が話すだろう、イクスにまで洩れるのは覚悟していた。
ならば、最初からイクス込みの内聞にしていた方が、この誠実な男の良心に負担をかけずに済む。
「それはかたじけない。しかし、あの“荒野の賢人”のお弟子が、どうして魔法薬師をされているのだ?」
おっと。結構突っ込んでくるな、とラディは意外だった。
伝説とも言える人物のことを知りたがる心理なのかもしれない。もしくは身上調査だ。
こういう時は、バーリことバルバトリとの経緯を話すに限る。
バーリ、すまん。立場を逆転させて少し改変するな、と心中で詫びる。
「……私は不肖の弟子なのです。師匠との出会いは、疫病で亡くなった父母の墓を手で掘っている時でした。
師匠は魔術で穴を掘り埋めてくれ、水を注ぎ、花を散らし、祈りを捧げてくれました。
そして、まだ子どもだった私を、連れて行ってくれたのです。村は私以外、死に絶えていましたので」
「それは……。過酷な……」
「こういう出会いだったため、根気強く教えてくれましたが、私の魔術師として力はご覧の通りです。
生まれ持っての魔力が大きく、名だたる魔術師になるため、師匠を探し弟子入りした訳ではないのです」
ここは全く違う。
バーリは不断の努力で、今の地位を築いた。
自慢の弟子の一人だ。
「いや、不肖の弟子なぞとんでもない。
“荒野の賢人”の教えを立派に受け継いでいらっしゃるとお見受けした。貴重な、大切なお話を聞かせていただき、かたじけない。
先ほどの、その、祈りは聖堂には行かずともよいと……」
今の魔術師は神や精霊をあまり信じていない。
自尊心が邪魔をして、今さら行けないって感じか。
「師匠の口伝通りなら、日常生活で常に、ということでございましょう。
神や精霊への信仰も、最初から立派な聖堂があった訳ではないのです。
師匠は逆に、不埒な聖職者がいる聖堂は避けていました。
あそこに神は降りてはこない、と」
「なるほど。大変、ためになる話だった。本当に感謝する」
「いえ、とんでもないことでございます。
どうか患者の方に、『お大事に』とお伝えください」
「ああ、伝えておこう。では、行くとしよう。
急に申し訳なかった。ミーナさんが寂しがっていないといいが」
「奥様が見せてくださる刺繍に夢中になっていることでしょう。綺麗なものが好きな子なのです」
「そうなのか。女の子とは、実に愛らしいものだ」
戻ったサロンにはミーナ達はいなかった。
夫人の私室だろうと、向かう廊下に、ミーナが飛び出してきた。扉が開いた部屋に向かって叫ぶ。
「ミーナ、嘘ついてないもん!ホントだもん!」
何かが起きてしまっていた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。
誤字報告、ありがとうございます。参考にさせていただきます。
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