15.氷菓子のお招き
※日常系です。
精霊王の訪れはぱったりと止み、穏やかな日常が戻ってきた。
7月に入り王都は暑くなったが、最初の経験だった昨年よりも、ミーナは順応していた。
何せ、“前のお家”は人里離れた、高所にある石造りの城で、夏も涼しく、さらにラディの結界内は《適温》に保たれていた。
一方、魔法薬局では怪しまれないため、《適温》は使えない。
ラディは昨年、大型魔道具の冷風機を購入し、営業中はしのぎ、終了後は適度に《適温》を用い、徐々に暑さに順応させた。
聞き分けのいいミーナも夏バテで寝つきも悪く、「お家に帰りたい」とぐずって大変だった。
今年は逆に暑さを楽しむ勢いだ。
「散歩の後は、冷たい牛乳がおいしいの」とねだられ、《加冷》した牛乳をこくこく飲んでいる。
釣られてアルバスもラディも飲むようになった。
そのせいか、8月になっても夏バテ知らずだ。
魔法薬局は、夏ならではの悩みを抱えた患者が集まり、忙しかった。
そんな中、月に2度、予約されたロバートの来局時に、付添いの侍従から招待状を渡された。
ロバートの訓練を見学後、王家から賜った魔術の氷で氷菓子を作るので、ご一緒に、というもので逃げられそうにない。
ミーナは、『氷菓子』という言葉に、茶色の瞳をきらきらさせていた。
夕食で早速話題にする。
「ねえ、お父さん。氷菓子ってどんなのかなあ」
「アイスクリームかシャーベットだろう。あとは料理人の腕次第だ」
「お父さんのシャーベットよりもおいしい?」
そう。大きな問題があった。
ミーナは入浴後に、季節の果物のシャーベットをよく食べている。
ラディの魔術で作ったものだ。素人で味は適当だ。絶対に伯爵家の方が美味い。
問題はミーナの反応だった。
「ああ、父さんは本物の料理人には敵わないよ。それより、ミーナ。
シャーベットは内緒なんだ。わかってるね?」
「うん。お父さんが氷の魔術も使えるって知られたら、大変になっちゃうんでしょ」
「ああ、父さんはなるべくミーナと一緒に過ごしたい。王家に見つかって連れてかれたら、今のように一緒にはいられない。父さんは嫌だ。
ミーナはどう思う?」
我ながらずるい聞き方だと、ラディは思う。
が、今の暮らしを守るためには仕方ない。
「ミーナもやだ!お父さんとずっと一緒がいい!」
「そうか。だったら、氷菓子は初めてです、って感じで食べるんだ。嘘つかせてごめんな」
「ううん、ウソじゃないもん。伯爵家の氷菓子は初めてだもん」
「ありがとう、ミーナ。じゃ、招待までは、シャーベットはしばらく作らない。久しぶりに食べたら、本当の感じに近くなるだろう?」
「え〜〜っ!ヤダよ〜〜!
1日の最後に、ごほうびの一杯でうんまいのに〜〜っ!」
「こら、ミーナ。それは角の定食屋のおじさんが、晩酌にエールを飲む時のセリフだろう?女の子が使う言葉じゃない」
「ゔ〜〜。でもヤダ。ごほうびはホントだもん」
「……ご招待まで頑張れたら、“前のお家”へ何日間か行くか?」
「え?!いいの?ヤギさん達に会えるの?」
「ああ、会えるぞ。患者さんがいるから3日間ってとこだ。それなら頑張れるか?」
「うん、がんばる!セバスチャンともずっと一緒だ〜〜」
「えらいぞ、ミーナ。父さんも一緒に頑張るぞ」
ぴょんぴょん飛んで嬉しがるミーナを抱きとめ、ラディが久しぶりに“高い高い”をすると、きゃっきゃっと無邪気に笑って喜ぶ。
天使のように可愛いと思える。マズい、親バカになりかけてた。
興奮したミーナに、気持ちを落ち着かせる薬草茶を飲ませ、持ってきた絵本を読んでやる。
昼間の疲れで、すぐにうとうとし始めたので、一冊終わったところでベッドに運ぶ。
「おやすみ、ミーナ。良い夢を」
ラディ自身も気付かぬうちに、ミーナと過ごす、この平穏を手放せなくなっていた。
〜〜*〜〜
マナーの復習に数日費やした後、前回と同じ店で、夏物の淡いピンクのワンピースと、合わせた小物一揃いを購入した。
招待当日、《転移》してきたセバスチャンに髪を結ってもらったミーナは、いつもより早起きでもご機嫌だった。
本格的に暑くならない午前中に、とのことで、ラディも麻の淡いグレーのスーツに銀色のネクタイ、三つ鱗紋様の小物を合わせ、胸には淡いピンクのチーフを差す。
馬車で向かった伯爵邸内の訓練場には、すでに伯爵と夏季休暇で帰邸している長男と次男、そして三男のロバート達が励んでいた。
「おはようございます、ラディさん、ミーナさん」
日傘を差した夫人が出迎えてくれる。夏物の白いレースのドレスが涼やかだ。
「おはようございます、エディントン伯爵夫人。お招きありがとうございます」
ラディが胸に手を当て一礼し挨拶すると、ミーナもお辞儀をし同じく挨拶する。
「よく来てくれました。こちらへどうぞ」
案内されたテントの下に、椅子が並べられ勧められるままに座る。
夫人の説明によると、長男と次男は15歳と13歳、すでに従騎士で、騎士団付属騎士学校で学んでいる。
エリートコースで、年齢にしてはなかなかの腕前だ。
一方、ロバートは走り込み、素振りなど基礎訓練に集中している。
上の兄弟を見ていた伯爵がロバートを呼び寄せ、指導する。手加減しつつも伯爵の剣は重く素早い。
受け止めるのに精一杯で、6合目にはロバートの剣を飛ばす。
「ふむ、よく保ったな。お前達もよくやった」
褒められた息子達は嬉しそうだ。
伯爵達がテントに来て挨拶を交わし、上の兄弟も紹介される。
従騎士なだけはあり礼儀正しいが、ラディとミーナへの視線は興味を抑えられていない。
そこは年齢相応だな、と観察する。
「それでは、氷菓を」ということで、場所を邸内のサロンに移し、まずは紅茶でもてなされていると、スーツに着替えた父子4人が現れる。
「エディントン伯爵閣下。訓練の見学をお許しくださり、ありがとうございました」
「とんでもないことだ。無粋な招待に応じてくれて、かたじけない。ミーナさんはびっくりしたかな」
「エディントン伯爵閣下。すごくかっこよかったです。本の中の本物の騎士様だと思って見てました」
「それは、それは。嬉しいことを言ってくれる。
おっ、そろそろ……」
そこに給仕がアイスクリームを盛ったガラスの器を静かに置いていく。ウェハースが添えられたバニラアイスだ。
「陛下からのご厚情だ。ありがたくいただくように」
「あなた。堅く言いすぎよ。さあ、溶けてしまうわ。感謝していただきましょうね」
ラディは少しほっとする。
アイスクリームはミーナは食べさせたことがない。理由は面倒の一言だ。
ひと口含むと、なめらかな口当たりに、体温でとろりと溶けていく食感、バニラビーンズの甘い香りと新鮮な牛乳のこくのある豊かな味わいだ。
やはり本職は違う。
ミーナもマナー通り、音をほぼ立てずに、アイスクリームとウェハースを交互に食べ、溶けないうちに全て味わう。
「エディントン伯爵閣下。初めての味、とても美味しゅうございました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ラディ殿、ミーナさん。楽しんでいただけて、招待した甲斐があったというものだ。
ところで、ラディ殿。お呼び立てして恐縮なのだが、ちと相談にのってほしいことがあるのだ」
「私に相談、でございますか?」
「ああ、魔法薬師として伺いたいことがある。ああ、出入りの者には既に尋ねたが、解決しなかった。
難題なので無理もない。ラディ殿も念のため、もしご存知なら、という感じで、責任は一切生じない」
伯爵がこうも遠回しに話すということは、場所を変えて二人っきりということだろう。
問題はミーナを誰に預けるかだ。
「エディントン伯爵閣下。そのご相談は私と二人で、でしょうか」
「ああ、そうだ」
「では、奥様。ミーナをお願いできますか。母がいないもので、刺繍など見せていただければ、喜ぶと存じます」
「ミーナさんさえよければ、喜んで」
ミーナは隣りのラディを見上げる。離れるのは不安だが、ラディがミーナのためにならない事をしたことはない。
「奥様。ししゅうを見せてもらえますか?」
「もちろんよ。今、持ってきましょうね」
「では、ラディ殿はこちらへ」
「はい、エディントン伯爵閣下。
奥様、ミーナをよろしくお願いします」
ラディとミーナは思わぬ展開で、伯爵邸内で別々となった。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。




