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14.人外と人


「おはようございます、おばさん」

「おはようございます」

「おはよう、ミーナちゃん、ラディさん。今朝はえらく早いねえ?」


 ラディはアルバスにハーネスを付け、リードを使い自分の横を歩かせている。

 セバスチャンによる飼い犬としての(しつけ)が終わり、散歩に出た。

 首輪は住所を刻んだプレート付きで“仕込み”もある。子犬姿の仔フェンリルの迷子防止策だ。

 ミーナがアルバスを抱きかかえ、嬉しそうに答える。


「この子、アルバスの散歩なの。お父さんがそろそろいいだろうって」


「うちの中にも慣れてましたし、薬局の外にも慣らしとかないと、馬車に巻き込まれたら大変でしょう?」


「そりゃ、ラディさんの言う通りだ。いっといで」


「行ってきま〜す」


 ミーナの顔の広さは大したもので、あちこちから声がかかり、開店準備の中、商品をくれる者もいる。

 ラディが遠慮しようとすると、「いつもサービスでのど飴くれてるだろ。そのお返しさ」と言われ、受け取らざるを得ない。

 こちらが絶対にお得なのだが。


 何せウィンナー1袋、食パンを断ったらクロワッサン、果物など、いい意味で施されてる状況だ。

 確かにミーナには大人達から可愛がられる要素は多いが、引っかかる。

 ひょっとしてこんなところにまで、精霊王の花嫁になる存在の影響があるのか、と思ってしまう。


 朝食前にご近所の安全ルートを一周し、アルバスに食事を与えてから、ラディとミーナの朝食だ。



「えへへ〜。おまけ、たくさんもらっちゃったね、お父さん。

アルバス、かわいいもんね」


「ミーナとアルバスが可愛いから、もらえたんだろう。さ、食べようか」


 いただきものを早速活用した、新鮮ご飯は美味い。

 焼きたてクロワッサンはさくさくで、バターの香りがたまらない。

 焼きウィンナーもパリッとした皮の歯応えに、ジューシーな肉汁と香辛料の絶妙な組合せが、口の中を幸せに支配する。


「お父さん。お行儀悪いけど、ウィンナー、ひとくち食べた後、目玉焼きの黄身をつけて食べたら、“ぜっぴん”だよ」


 試してみると、確かに半熟の黄身がソースのようにとろりと絡まり、風味が濃くなる。


「確かに絶品だな。どこで教えてもらったんだ?」


「お肉屋のおばさん。

ここに、とろけたチーズをのせたら、もっとおいしくて、“やみつき”になるけど、太るからやめときなさい、って。

『一度知ったら、ぬけだせないのよ〜』って言ってた」


 ラディは肉屋夫婦の貫禄のある体格を思い出す。

 膝の痛みで魔法薬局に時々来る。

 一番の対策は膝への重さを落とすことだと勧めたが、痩せるのは難しそうだ。



「ああ、確かに。父さんにはこれくらいがちょうどいい」


「ミーナも!お父さんの野菜スープも好き。みんな、なかよしなんだもん」


「仲良し?」


「えっとね。ハムの味がしみこんでて、そこは一緒なの。だけど、みんな違っておいしいの」


 ミーナには好き嫌いがほぼない。

 これも離乳食で共に苦労したセバスチャンのおかげだ。ありがたい。

 自分がこんな感慨を持つ身になろうとは。

 5年前の自分だったら、『お前、何やってんだ』と、思いっきり白い目で呆れそうだ。


 朝食の片付けと身嗜(みだしな)みが終わったら、開店準備だ。

 ふくろう魔法薬局の1日が始まる。


〜〜*〜〜


 午後——


 魔術師団医務室で、治癒師がニクスを診察していた。

 あれから数日間、回復薬を毎日飲み、《回復》を施術されている。

 疲労感などの体調は回復傾向だが、肝心の魔術の能力は戻らない。


 上官は騎士団のデニス隊長の口添えもあり、ラディの周辺の捜査は認めたが、ニクスが行った単独張込みは明らかな命令違反で禁止行為だった。

 厳罰の対象だが、侯爵家への“配慮”もあり、療養という名の謹慎中だ。

 たとえ謹慎中でも、医療行為は受けられる。

 当たり前なのだが、その経緯と処分内容で静かな反感を買っていた。



「……先輩。その、これは単なる魔力切れなんでしょうか?それとも、魔力枯渇か……」


「……正直わからない。手応えがないんだ。

《治癒》をかけても、砂に染み込む水のように吸い取られるが、変化はもたらさない。

私も初めてだ。

魔力枯渇は今は珍しい症例だ。診断には時間を要する。

すまないが、明日からは担当が変わる。引継ぎはするので安心しなさい。

我々の任務は、王家の方々の《治癒》が第一優先、第二は戦陣での治療だ。

余裕がある時でよかった」


 相手は治癒師班副班長で伯爵家出身だが、身分や能力で差別しない人格者だ。治癒師の能力も高い。

ニクスも尊敬しており、言葉の重味が違う。



「申し訳ありません。ご負担をおかけし……」


「気にするな、と言いたいが、反省は必須だ。

君は氷魔術師班の班長だ。命令違反も禁止行為も、示しがつかないよ」


「はい……」


「辛いのにすまない。私も注意したと言っておく。批判は少しは和らぐだろう。

文献によると、魔力枯渇でも能力が復活した例もある。気落ちせず治療に専念しなさい」


「どういった文献でしょうか」


「古代の伝説から建国当初くらいの、古い治療記録だよ。

国家間や、人と魔物の戦いが頻発した時代は、魔力枯渇の症例も多い。

この王国も数代前の陛下以降、治世が安定し、魔物の動きも鎮静傾向で討伐も減ってる。

それでもあんなフェンリルがいたのだから、人智では計り知れないね」


「その……。魔力枯渇から復活した事例に共通点はありましたか」


 ニクスは(わら)にも(すが)りたかった。


「……共通点か。建国当初だから、治癒師のほとんどが聖堂に属してた。

伝説の域だが、神や精霊への信仰が熱心な時代で、特に治癒の魔術はそういった“大いなる力”が与えたものとされていた。治療も聖堂で行っていた」


「聖堂ですか……」


 ニクスは王立学園の寄宿舎に入って以降、自発的に聖堂に行っていない。

 今さら行けば、「いよいよ神頼みか」などと馬鹿にされそうだ。


「昔の話だ。あまり考えすぎない方がいい。体調は回復してきてる。ではお大事に」


 礼を言い自室に戻ったニクスを恐怖が支配する。

 『不信心』を意味する、季節外れのハナズオウの花枝が、なぜか机の上に置かれていた。


〜〜*〜〜


 深夜——


 まんまと引っかかり、精霊王は現れた。

 今朝の散歩とアルバスへの嫉妬だ。


「あんな魔物を、どうして我が花嫁の側に置くのじゃ。汚らわしい」


「ミーナの選択だ。いざという時はミーナを守ろうとするほど懐いてる。それに今はペットだ。いい加減、人の習慣を学べ」


「あのような愛らしい笑顔を振りまいて。今までの花嫁とは違う。初めてなのに、我には一切無しじゃ」


「お前の育て方の問題とごっちゃにすんな。

それより聞きたいことがある。王城の氷魔術師に何をした?」


「は?何もしておらぬ。おぬしが言ったではないか」


「質問を変えるか。お前としては何もしてなくとも、あの夜、どこを“通って”帰った?」


 ふん、と精霊王が横を向く。予想は当たったらしい。


「お前なあ。自分の人への影響を知ってわざとやっただろう?!」


「我は何もしておらぬ。あの者の“力”が、我を慕い追ってきた。健気であろう?」


「どこが?!根こそぎ奪った癖に!あれほど関わるなと言っただろうが!」


「我が花嫁を(おび)えさせたのじゃ。当然の報い。おぬしが甘いのじゃ。

我も優しいのじゃぞ。我が子達にある花を贈らせた。己の傲慢を悔い、“大いなる力”に感謝すれば、この“力”もあの者の元へ遠からず戻るであろう」


 精霊王の手の上に煌めく小さな光が現れ、手指に戯れ遊ぶように動いた後、手へ消える。

 その光への眼差しは慈愛に(あふ)れ、ぞっとするほど美しい。

 一方、人には残酷なほど気まぐれだ。

 いや、気まぐれである自覚もない。ある意味、自然の体現だ。


「……今の魔術の解釈は違うんだ。

ふう、これ以上のトラブルは勘弁してくれ。

とにかくその力は早めに戻せ。俺とミーナが怪しまれると何度言ったら分かる?ミーナのあの笑顔も奪う気か?」


「それは嫌じゃ。だがこの“力”も愛らしいのじゃ。困ったのお。少し考えてみる。時間をくりゃれ」


 そう言うと、姿がふっと消える。

 こうなると今はお手上げだ。仕方ない。

 しばらく様子見だな、とラディも頭を切り替えた。



ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


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