12.ニクスの張込み
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残酷な描写、不衛生な部分があります。
閲覧にはご注意ください。
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「いいな〜〜。我も欲しい。ミーナとのお揃いのブローチ。作ってたもれ〜〜」
さっきから何度繰り返したことだろう。
いい加減、我慢の限界だ。
あれだけ締め上げたのに、ケロリとやってきた。
本当に不死身なのだ。
その不死身の尊いはずのおっさんが、可愛いエナメル細工のブローチをねだるのだ。
正直、気持ち悪い。
「あれは必要な魔道具なんだ。お前が持つ必要はない。以上!」
「わかった。ならば、我が作ればいいのだな。そっくりのものを作ればよい。名案じゃ」
「あのなあ。気づくと思って言わなかったが、俺ともお揃い、ってコトになんだぞ」
「………………………………」
微妙な空気が流れる。互いに目を逸らした後、精霊王がボソッと答える。
「……やめておく」
長寿のおっさん同士が、何が悲しくて、エナメル彩色の可愛いブローチを、お揃いでつけなきゃいけないんだ、ってコトにやっと気づいたららしい。
「正しい判断だ。じゃあな」
「そうだ!我もブローチを贈ろう。あんなケチくさい貧乏くさいモノでなく、金銀宝石を使ったなら、ミーナはびっくりして喜ぶであろう」
「無駄だと思うぞ」
「はあ?何故そのような意地悪を言うのじゃ」
「意地悪じゃなく忠告だ。ミーナは金銀財宝に慣れてんだよ。それこそ下手な宝飾品じゃ驚きもしない。何せ俺の城にはそういうの、山ほどあるからな。
龍退治以降、たまっちまったんだ。面倒なのでそのままにしといた。
俺は興味がなくて、部下に管理を任せて放っておいたら、ミーナの遊び道具になっていた」
「…………3歳児の遊び道具に、金銀財宝を使うでない!」
精霊王が、珍しくまともなコトを言う。
明日は雹か槍が降るかもしれない。
「仕方がないだろう。それでも一応一流品、らしい。美的感覚が養えたって、その部下は言ってたんだ。
目が肥えるってな。
下手なプレゼント持った“虫”が湧いて出ても、ミーナは目もくれないだろうよ。
それよりも、森の野花を美しいって喜ぶだろうな」
「ほう……。財宝より自然を愛でるのか。それでこそ、精霊王の花嫁にふさわしい」
「だから、まだお前の花嫁じゃないっつーの!
俺はもう寝る!
あ、そうだ。帰りは気をつけてくれよ。
お前のヤラカシのせいで、王城の魔術師に食いつかれてる。
いいか、帰りに気配を悟られるな。絶対に手を出すな。俺やミーナが容疑者で逮捕されるからな」
「そんな者がいたのか。行方不知にしてしまえばいいものを」
「だ〜か〜らッ!俺とミーナを捜査してんのに、死んだり行方不明になれば、容疑は確定だ。
ミーナを苦しめたいのか?!」
「……ふう、わかった。悟らせもせぬ。手は出さぬ。我を誰だと思うておる?」
「変態でしつこい精霊王!考えなしの色ボケ爺だ!」
「……ひどい、ひどすぎる、あんまりじゃ」
「じゃあな。おやすみ。気をつけて帰れよ」
また嘘泣きを始めた精霊王を置いて、ラディは《転移》で自分の部屋に戻る。
あの王城の魔術師は、ニクスと名乗っていたが、ちょっと調べてみるか、と思い立つ。
《結界》と《結界》の間に挟み、普通の家の様子を聞かせるようにした《偽装》の魔術に抜けがないか再確認し、ラディは眠りについた。
〜〜*〜〜
そのころ、ニクスは姿を《隠遁》の魔術で、近隣の店舗の壁に紛れ、ふくろう魔法薬局を《探査》し続けていた。
普通の親子の団欒に、互いの部屋に分かれた後、各々の過ごし方や、眠った後の寝息や寝言に不自然な点はない。
張込みは基本二人以上だ。事態が動けば見張りを残して追跡する必要もあり、何より気付かれ反撃されれば、身に危険が及ぶ可能性が高くなる。
だが、ラディ自身への捜査は許可されておらず、違反行為だ。そのため、ニクスは一人、張込みを続けていた。
俺の勘も鈍ったか——
デニス隊長の言う通り、妻のことといい、訳ありは訳ありだが、普通の一般都民なのか、と思った時、何かが近づいてくる“気配”がした。
しかし逃げられない。
身体が指一本動かせない。
背筋がゾワゾワし、足はガクガク震え、体毛はブワアと逆立ち、毛穴という毛穴が開き、脂汗がタラタラとにじんで流れてくる。
そんな自分を嘲笑うかのように、“気配”に自分を“通り過ぎられた”——
“何か”が自分の細胞レベルで、ぐにゃりと浸透し、押し抜けていった感覚は、凄まじい頭痛と吐き気をもたらし、恐怖で涙と鼻水とよだれがポタポタ垂れ流される。
《隠遁》の魔術は解けてしまい、道路に膝をつき倒れ込む。
必死で保たなければ、意識を失いそうだ。
やっとの思いで壁にすがって立つと、あの“気配”はすっかり消え去っていた。
近くの酒場からの帰り道の酔っぱらいに、「兄ちゃん、大丈夫か?うちに来いよ。飲み直そうぜ!」という手も振り払えず、連れていかれた。
結局、部屋に入った途端、高鼾で眠った男の傍に倒れ込むようにして、ニクスも意識を手放した。
〜〜*〜〜
翌朝——
ニクスは、男に揺り動かされて目が覚めた。
「兄ちゃん。悪いな。どうせ俺が連れ込んだんだろう。
仕事に行くのに準備もあるし、帰ってくんねえか。っとお前さん、匂うぞ。
漏らしてんじゃねえか。俺も時たまやっちまうんだよ」
「…………すまん。金は出す。シャワーと着替えを貸してくれ」
ここで《浄化》と《乾燥》を見せる訳にはいかない。怪しまれ、噂になってしまう。
「お!太っ腹だねえ。いいぞ、先に使えよ」
浴室に入り《浄化》しようとしたが、魔術が発動しない。
こんなことは初めてだ。
仕方なくシャワーを浴び、《乾燥》や《温風》も使えず、身体を拭き、男の服を着る。
着替えを相場より高く買い取り、念入りに口止めし、家を出ていく。
場所はふくろう薬局に近い区画の住宅街だった。
大通りに出て流しの馬車を拾うと、王城の魔術師団の寮に、やっとの思いで辿り着く。
ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
昨夜の“アレ”は一体何だったのか——
あんな“恐怖”は生まれて初めてだった。
侯爵家に生まれ、魔術の才を幼い時から認められ、王立学園を優秀な成績で卒業し、当然のように王国魔術師団に入った。
魔物と戦った時でも、あそこまではない。いや、質が違った。
仕事にも、仕事仲間にも恵まれ、四男のため気楽な身分だ。
悩みといえば、結婚を求められ、実家に帰らなくとも、こうして釣り書きが追いかけてくるぐらいだ。
女どもがまとわりついてきて面倒というのもあったが、順調な人生にあんな“恐怖”は存在しなかった。
そして、なぜか魔術を使えなくなっている。
屈辱感がふつふつと湧いてくる。
あの“気配”はいったい何だったのか。
続けざまの王都の怪異に関係しているのか。
何よりも、あの親子に関係してるのか——
だが、アレは絶対に人ではない。
あんなモノ、いや、モノでもない。
「アレはいったい何だったんだ……」
頭にこびりついて離れないが、差し当たっての問題は魔術が使えなくなったことだ。
試してみるが、息をするようにできて当たり前の、無詠唱の《氷結》《結氷》もできない。
十数年ぶりに《氷結》の呪文を唱え、発動を試みるができなかった。
魔力切れか?
まさか、まさか、魔力枯渇なんてことは——
恐ろしい考えが頭をよぎる。
そういえば、身体がだるくて仕方ない。
訓練で魔力切れした者がよく言っていた症状だ。
吐き気も頭痛もそうだった。意識消失もそうだ。
魔力切れは治癒師の調合した回復薬を飲み、治癒師に治療してもらえば、数日中に元に戻る。
一方、魔力枯渇は魔力、魔術を操る能力自体が非常に減衰、もしくは喪失してしまい、一生戻らないこともある、と教則本で習った。
滅多にない症例だ。ニクスも治療経験はなく、先輩達から見聞きしたこともない。
嫌な予感にゾクゾクする。こうしてはいられない。急ぎ確認しなければならない。
だるく重い身体を意志だけで奮い立たせ、上官に報告するため、ローブに着替え始めた。
ご清覧、ありがとうございました。
コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。
※内容が朝の更新に相応しくないので、前倒しで夕方にしました。お夕食前に読んだ方は申し訳ありません。




