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12.ニクスの張込み


※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※

残酷な描写、不衛生な部分があります。

閲覧にはご注意ください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「いいな〜〜。我も欲しい。ミーナとのお揃いのブローチ。作ってたもれ〜〜」


 さっきから何度繰り返したことだろう。

 いい加減、我慢の限界だ。


 あれだけ締め上げたのに、ケロリとやってきた。

 本当に不死身なのだ。


 その不死身の尊いはずのおっさんが、可愛いエナメル細工のブローチをねだるのだ。

 正直、気持ち悪い。



「あれは必要な魔道具なんだ。お前が持つ必要はない。以上!」


「わかった。ならば、我が作ればいいのだな。そっくりのものを作ればよい。名案じゃ」


「あのなあ。気づくと思って言わなかったが、俺ともお揃い、ってコトになんだぞ」


「………………………………」


 微妙な空気が流れる。互いに目を逸らした後、精霊王がボソッと答える。


「……やめておく」


 長寿のおっさん同士が、何が悲しくて、エナメル彩色の可愛いブローチを、お揃いでつけなきゃいけないんだ、ってコトにやっと気づいたららしい。


「正しい判断だ。じゃあな」


「そうだ!我もブローチを贈ろう。あんなケチくさい貧乏くさいモノでなく、金銀宝石を使ったなら、ミーナはびっくりして喜ぶであろう」


「無駄だと思うぞ」


「はあ?何故(なにゆえ)そのような意地悪を言うのじゃ」


「意地悪じゃなく忠告だ。ミーナは金銀財宝に慣れてんだよ。それこそ下手な宝飾品じゃ驚きもしない。何せ俺の城にはそういうの、山ほどあるからな。

龍退治以降、たまっちまったんだ。面倒なのでそのままにしといた。

俺は興味がなくて、部下に管理を任せて放っておいたら、ミーナの遊び道具になっていた」


「…………3歳児の遊び道具に、金銀財宝を使うでない!」


 精霊王が、珍しくまともなコトを言う。

 明日は(ひょう)か槍が降るかもしれない。


「仕方がないだろう。それでも一応一流品、らしい。美的感覚が養えたって、その部下は言ってたんだ。

目が肥えるってな。

下手なプレゼント持った“虫”が湧いて出ても、ミーナは目もくれないだろうよ。

それよりも、森の野花を美しいって喜ぶだろうな」


「ほう……。財宝より自然を愛でるのか。それでこそ、精霊王の花嫁にふさわしい」


「だから、まだお前の花嫁じゃないっつーの!

俺はもう寝る!

あ、そうだ。帰りは気をつけてくれよ。

お前のヤラカシのせいで、王城の魔術師に食いつかれてる。

いいか、帰りに気配を悟られるな。絶対に手を出すな。俺やミーナが容疑者で逮捕されるからな」


「そんな者がいたのか。行方不知(ゆきがたしれず)にしてしまえばいいものを」


「だ〜か〜らッ!俺とミーナを捜査してんのに、死んだり行方不明になれば、容疑は確定だ。

ミーナを苦しめたいのか?!」


「……ふう、わかった。悟らせもせぬ。手は出さぬ。我を誰だと思うておる?」


「変態でしつこい精霊王!考えなしの色ボケ(じじい)だ!」


「……ひどい、ひどすぎる、あんまりじゃ」


「じゃあな。おやすみ。気をつけて帰れよ」


 また嘘泣きを始めた精霊王を置いて、ラディは《転移》で自分の部屋に戻る。


 あの王城の魔術師は、ニクスと名乗っていたが、ちょっと調べてみるか、と思い立つ。

 《結界》と《結界》の間に挟み、普通の家の様子を聞かせるようにした《偽装》の魔術に抜けがないか再確認し、ラディは眠りについた。


〜〜*〜〜


 そのころ、ニクスは姿を《隠遁(いんとん)》の魔術で、近隣の店舗の壁に(まぎ)れ、ふくろう魔法薬局を《探査》し続けていた。

 普通の親子の団欒に、互いの部屋に分かれた後、各々の過ごし方や、眠った後の寝息や寝言に不自然な点はない。


 張込みは基本二人以上だ。事態が動けば見張りを残して追跡する必要もあり、何より気付かれ反撃されれば、身に危険が及ぶ可能性が高くなる。

 だが、ラディ自身への捜査は許可されておらず、違反行為だ。そのため、ニクスは一人、張込みを続けていた。


 俺の勘も鈍ったか——


 デニス隊長の言う通り、妻のことといい、訳ありは訳ありだが、普通の一般都民なのか、と思った時、何かが近づいてくる“気配”がした。



 しかし逃げられない。

 身体が指一本動かせない。

 背筋がゾワゾワし、足はガクガク震え、体毛はブワアと逆立ち、毛穴という毛穴が開き、脂汗がタラタラとにじんで流れてくる。



 そんな自分を嘲笑(あざわら)うかのように、“気配”に自分を“通り過ぎられた”——



 “何か”が自分の細胞レベルで、ぐにゃりと浸透し、押し抜けていった感覚は、凄まじい頭痛と吐き気をもたらし、恐怖で涙と鼻水とよだれがポタポタ垂れ流される。

 《隠遁(いんとん)》の魔術は解けてしまい、道路に膝をつき倒れ込む。

 必死で(たも)たなければ、意識を失いそうだ。

 やっとの思いで壁にすがって立つと、あの“気配”はすっかり消え去っていた。



 近くの酒場からの帰り道の酔っぱらいに、「兄ちゃん、大丈夫か?うちに来いよ。飲み直そうぜ!」という手も振り払えず、連れていかれた。

 

 結局、部屋に入った途端、高鼾(たかいびき)で眠った男の傍に倒れ込むようにして、ニクスも意識を手放した。


〜〜*〜〜


翌朝——


 ニクスは、男に揺り動かされて目が覚めた。


「兄ちゃん。(わり)いな。どうせ俺が連れ込んだんだろう。

仕事に行くのに準備もあるし、帰ってくんねえか。っとお前さん、匂うぞ。

漏らしてんじゃねえか。俺も時たまやっちまうんだよ」


「…………すまん。金は出す。シャワーと着替えを貸してくれ」


 ここで《浄化》と《乾燥》を見せる訳にはいかない。怪しまれ、噂になってしまう。


「お!太っ腹だねえ。いいぞ、先に使えよ」


 浴室に入り《浄化》しようとしたが、魔術が発動しない。

 こんなことは初めてだ。

 仕方なくシャワーを浴び、《乾燥》や《温風》も使えず、身体を拭き、男の服を着る。


 着替えを相場より高く買い取り、念入りに口止めし、家を出ていく。

 場所はふくろう薬局に近い区画の住宅街だった。

 大通りに出て流しの馬車を拾うと、王城の魔術師団の寮に、やっとの思いで辿り着く。

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。



 昨夜の“アレ”は一体何だったのか——



 あんな“恐怖”は生まれて初めてだった。

 侯爵家に生まれ、魔術の才を幼い時から認められ、王立学園を優秀な成績で卒業し、当然のように王国魔術師団に入った。

 魔物と戦った時でも、あそこまではない。いや、質が違った。

 仕事にも、仕事仲間にも恵まれ、四男のため気楽な身分だ。


 悩みといえば、結婚を求められ、実家に帰らなくとも、こうして釣り書きが追いかけてくるぐらいだ。

 女どもがまとわりついてきて面倒というのもあったが、順調な人生にあんな“恐怖”は存在しなかった。

 そして、なぜか魔術を使えなくなっている。

 屈辱感がふつふつと湧いてくる。


 あの“気配”はいったい何だったのか。

 続けざまの王都の怪異に関係しているのか。

 何よりも、あの親子に関係してるのか——


 だが、アレは絶対に人ではない。

 あんなモノ、いや、モノでもない。


「アレはいったい何だったんだ……」


 頭にこびりついて離れないが、差し当たっての問題は魔術が使えなくなったことだ。


 試してみるが、息をするようにできて当たり前の、無詠唱の《氷結》《結氷》もできない。

 十数年ぶりに《氷結》の呪文を唱え、発動を試みるができなかった。


 魔力切れか?

 まさか、まさか、魔力枯渇なんてことは——



 恐ろしい考えが頭をよぎる。


 そういえば、身体がだるくて仕方ない。

 訓練で魔力切れした者がよく言っていた症状だ。

 吐き気も頭痛もそうだった。意識消失もそうだ。


 魔力切れは治癒師の調合した回復薬を飲み、治癒師に治療してもらえば、数日中に元に戻る。


 一方、魔力枯渇は魔力、魔術を操る能力自体が非常に減衰、もしくは喪失してしまい、一生戻らないこともある、と教則本で習った。

 滅多にない症例だ。ニクスも治療経験はなく、先輩達から見聞きしたこともない。


 嫌な予感にゾクゾクする。こうしてはいられない。急ぎ確認しなければならない。

 だるく重い身体を意志だけで(ふる)い立たせ、上官に報告するため、ローブに着替え始めた。


ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


※内容が朝の更新に相応しくないので、前倒しで夕方にしました。お夕食前に読んだ方は申し訳ありません。

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