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11.ふくろうのブローチ


※今回は日常系です。


 精霊王の涙雨は、しとしとと一晩中降り、明け方には上がった。

 “制裁”のためか穏やかな雨で、ラディはほっとした。

 これで、あの頭がお花畑の(じじい)、もとい精霊王が満開にさせた花の花粉も、ほとんど落ちてくれただろう。


 商売繁盛はありがたいが、程度がある。

 昨日の混み具合が続いたら、ラディはともかく、ミーナが疲れ過ぎてしまう。

 負けず嫌いなところがあるので、なおさら心配だ。

 お茶会の時の体調不良も、ラディに言わなかったくらいだ。


 このところ、仔フェンネルのアルバスには、撫でたり抱きしめたりしながら、何かポツポツと話している時がある。

 養父としては複雑な心境だが、自分の行き届かないところを、アルバスが慰めてくれるなら、独りでいるよりはずっといい、とラディは考えていた。



 朝食後、ラディはテーブルの上に、ふくろうのブローチを置いた。エナメル彩色で描かれたクリーム色の愛らしい表情だ。


「うわ〜。かわいい。お父さん、これなあに?」


 ミーナが小首をこてんと傾げて(たず)ねる。

『マジに可愛くなってきたな、コイツ』とラディは思うが、今は説明だ。


「これは魔道具だ。使い方はセバスチャンに護身術の時間に教えてもらうといい。

ミーナが危ない時に父さんに知らせてくれるんだ」


「え?そうなの?でもいつもお父さんと一緒だから、大丈夫だよ」


 ここでラディが口調を少しだけ、重々しく変える。


「ミーナ。前にエディントン伯爵の手紙を持ってきた、とても力も強い魔術師の話を覚えてるかい?」


「うん、覚えてる。奥のお部屋に隠れたもん」


「そうだ。アイツが昨日の夜も、店の外に来てたんだ」


「え?!そうなの!」


「ああ、本当だ」


 ラディは立ち上がると、驚きとわずかな(おび)えを見せるミーナを横抱っこし、椅子に座る。

 そして、ごく近くで顔を見ながら、話を続ける。


「ミーナ。

このお家には父さんの《結界》が、特別な方法で張ってあるって、説明しただろう?」


「はい、お父さん」


「だから、魔術で探られても、この家の中のことは分からなくなってるんだ。安心しなさい。

ただ外に行くこともあるだろう?

患者さんの見送りに出たり、お買物もする」


「うん……」


「アイツは、父さんとミーナが気になってるらしい。どっちかと言うと父さんだな。

だから、父さんの大切なミーナにも何かするかもしれないんだ。ごめんな、ミーナ」


「ううん。パパ、あ、お父さんは悪くないもん。悪くないの……」


 ミーナの茶色の瞳が潤んできている。

 どうして放っておいてくれないんだ、とラディは思うが、元々は精霊王のせいだった。忌々しい。

 ラディはミーナの頭を優しく撫でる。


「今はパパでいいぞ。

パパは危ない時に備え、すぐにミーナを助けられるように、しておきたいんだ。

そうだな。これは御守りだ。パパとお揃いのね」


「え?おまもり?ってなあに?」


「御守りは、身につけてると、危ないことや苦しいことを避けられるって信じられてるものだ。

王都に来た時に行った大聖堂にも、色々売ってただろう?」


「あ、うん。あった。おふだとか、ペンダントとか、いろいろ」


「アレよりもずっと強力だぞ。すぐにパパが来るんだからな」


「ふふっ、ホントだ。世界一強いおまもりだね。

かわいいしありがとう。パパ」


「どういたしまして。セバスチャンが来るまで、ブローチで付けておけばいい。

エプロンを持ってきなさい。針が危ないから、最初はパパが付けよう」


「はい、お父さん。今、取ってくる」


 ラディは自分の膝からするりと滑り落ち、部屋にエプロンを取りに行く娘の後ろ姿を、感慨深く見送る。

 最後には、ミーナ自身が、“パパ”から“お父さん”に戻したのだ。

 (しつけ)もあり、王都への引越しを機に、パパからお父さん呼びに変えたのだが、甘えづらくなっているのかもしれない。

 まだ4歳なのだ。

 『たまには、パパタイムも作るべきか』と悩むラディだった。


〜〜*〜〜


 ふくろうのブローチをミーナはすっかり気に入った。

 ブローチ自体が可愛いというのもあるが、ラディが色違いで同じデザインの紺色のブローチを、白衣に付けるためらしい。

 開店前に薬の整理をしていると、掃除を終えたミーナが話しかける。


「お父さん、白衣のブローチ、“おにあい”です。

ふくろう魔法薬局だもんね」


「ああ、それにふくろうは知恵の女神のお使いだ。

ミーナの勉強もきっと上手く行くぞ」


「お父さんもお薬の作り方、いっぱい知っててすごいもん。メガネかけてると、すっごくそれっぽい」


「ん?すっごくそれっぽい、ってどういう意味だ?」


「あのね。“眼鏡紳士”かなあ。

前に女の患者さんが、お父さんのこと、『眼鏡紳士だよね』って言ってたの。

『それ、何ですか?』って聞いたら、『落ち着いてて、頼り甲斐があって、大人っぽい素敵な人』のことなんだって。

『恋人いるの?』って聞かれて、『いません』って言っといた」


 ラディは内心、ずっこけそうになっていた。

 営業中は《清浄》機能付きの伊達眼鏡を掛けている。

 調合時、粉末などが目に入らないようにするための魔道具だ。

 《清浄》の魔術を使えばできるが、C級には難しいレベルで、疑われないためだ。


 しかし4歳の幼女に何を言い、何を聞いてるんだ。

 出禁だ出禁、と決意する。


「ミーナ。そのお姉さんの名前を覚えてるか?

ミーナにそういうことを言ったりする人は来てほしくない」


 女性の名前を(たず)ねた時、『え?!』という顔をしたが、続く言葉で明らかにほっとしていた。

 しかしこの子は優しいのだ。


「え、いいよ。気にしてないもん。

ご近所さんたちが来ると、お父さんの再婚話で盛り上がったし、お父さんだってカウンターで聞かれてたでしょ?

ミーナはお父さん、信じてるもん」


 ラディはミーナには、「お母さんは命がけで、ミーナを産んでくれた。ごめん。これ以上は話せないんだ」と説明していた。

 また、「再婚は絶対にしない。ミーナが独り立ちするまでは、ミーナとだけ暮らしたい。よその人が入るのは嫌だ」と言い、ミーナも「お父さんと二人がいい。あ、セバスチャンも」と答えてくれた。


 これは引越ししてしばらく経った後、再婚話がひっきりなしに来たためだ。

 全て断り、不安そうにしていたミーナにきちんと説明した。

 ミーナにまで、「新しいお母さん、欲しいよね」などと言った患者は、「次に言ったら出禁だ」と小声で警告した。


「信じてくれて何よりだ。お父さんもミーナを信じてるよ」

「ミーナとお父さん、仲良しだよね」

「ああ、仲良しだ。さてと。開けるとするか」

「はい、お父さん」


 少し早いが、ドアの外には人の気配がした。

 ドアを開け、札を『営業中』に掛け替える中、ミーナの「おはようございます。どうされましたか〜」の声が響いた。


〜〜*〜〜


 午後、予約通り、エディントン伯爵家の三男・ロバートが来店した。今回は付添いもいて、馬車は近くの馬車溜まりに停め、ここまで徒歩で来た。

 お忍びの時にできなかった初診の問診のためだ。

 ラディが(たず)ね、ロバートが答える。

 基本的に健康だ。

 ただ本人は上の二人の兄に比べ、背が低いこと、筋肉がつきにくいことに劣等感を持っていた。


「ロバート様、これからです。

ロバート様はお顔立ちはお母様に似てらっしゃるようですが、毛髪や瞳の色はお父様そっくりです。

男性はこれから本格的な成長期を迎えます。

今、無理をして、治癒師でも治療が難しい、たとえば関節の慢性化した故障を抱えたら、非常に残念なことになります。

今は焦らず、じっくりと基礎の体力作りをしていきましょう」


「あ、ありがとうございます……」


「その上で筋肉が痛みを持ったら、休むのです。

この休んでいる間に、痛めた部分を修復し筋肉は成長します。痛いのに訓練しても目的は果たせず、無意味です」


「無意味……」


 ロバートはショックを受けたようだったが、問診を終えるころには落ち着いていた。


「前に父上も言ってたんです。無理はするな、と。ラディ殿の助言通りやってみます」


「お力添えできれば幸いです」


 ロバートは明るい笑顔で、消炎剤の湿布や塗り薬を持って、帰っていった。

ご清覧、ありがとうございました。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


※念のため、“眼鏡紳士”は、現世でいうところの“眼鏡男子”です(^◇^;)


誤字報告、ありがとうございます。参考にさせていただきます。

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