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序章 精霊王の花嫁



精霊王、そして魔術師ラディと養い子ミーナの物語——





 ラディとミーナの出会いは、精霊王の願いがきっかけだった。


 旅を続けていた、ある嵐の晩——

 ある森の洞窟に野営していたラディを、精霊王が訪れてきたのだ。


「ラディよ。おぬしに頼みがある。我が花嫁を助けてはくれぬか?」


「はあ?この嵐の中を?お前の花嫁?だったら、自分で助けろ。俺には関わりない」


「…………ラディこと、ランドラドラ・ラディスラウスよ。

この名を呼ぶ者の願いを、おぬしは無視できまい」


「…………(こと)次第(しだい)によるな」



 ラディの意志を押し切り、精霊王が語ったところによると、ある赤ん坊がこの森の神殿に捧げられている。

 それは自分の花嫁となるべき存在で、大いなる力が宿っている。

 ただ、今のままでは生命を失い、花嫁を失った自分も世界もどうなるか分からない。

 生命を助けるために、ある儀式を行なってほしい。

 人の血を持つ者しかできないという。


 することもなく、夜露を(しの)いでいたラディにとっては全くの他人事(ひとごと)だ。

 『世界が滅ぶなら、いっそ滅べばいい』と思うほどだが、精霊王は真剣だった。



「約束通りに儀式を行えば、何事(なにごと)もなかったものを、愚かにも夜の森に(おび)え、花嫁を置いて逃げ出したのだ……」


「愚か者は人にもあんた達にもいるだろうが。

わかった。引き受けてもいい。ただし条件がある」


 ラディの返答に、精霊王は眉をひそめる。


「条件?長命とはいえ、所詮はヒトが、我と取引する気か?」


「所詮は人の力を借りなければ、どうにもならない。

お前が欲する力が宿っているのも、人だ。

いいか。人には、意志が、心がある。

ガキを(さら)って、有無も言わさず妻にするんじゃねえ。選ばせろ」


「選ばせろだと?

我が妻にならねば、魔物に食われるか、その力をヒトに食い物にされるかだ。

これまで何人もの妻達を、我が手元に置き、美しく賢く育て、共に生きてきた。

我より先に天へ旅立つが、十分に満たされていた。何よりその身は護られる」


「心は?今までの、その妻達は、美しい人形みてえに、お前さんの言いなりだったんじゃねえのか?

逆らった妻はいたか?」


「…………おらぬ。だが幸せだと」


「そうだろうともよ。それしか知らねえように、教え込んだんだ。

南を向いていろ、と言えば、何日でも向いてただろうが?

人外に育てられた婚姻相手は、ほぼそうなるんだよ」


「ラディ、おぬし……」


「俺もちったあ知ってんだ。お前と違い(むな)しかったがな。

中途半端は好きじゃねえ。

助けるなら、きっちり助けてえ性分だ。後味が悪いんでな。

二十歳まで俺に預けろ。人として一人前になってから、ソイツが選ぶ。嫌ならこの話は無しだ」


「…………承知した。では“約束”だ」


「了解」



 数瞬後、《転移》で連れてこられた神殿の祭壇は、吹き込む風に木の葉が舞っていた。

 祭壇の上に(かご)があり、布に包まれた“何か”があった。赤黒くぶよぶよと(うごめ)いている。


「あれが“ミルナ”。我が妻だ」


「“見るな”だと?ふざけた名だ」


 精霊王に対し、ラディは不快を隠さなかった。


「ラディよ。我が妻は大いなる力を宿した、神聖な捧げ物。人が見てはならぬ存在なのだ。

それ(ゆえ)に“ミルナ”と呼ぶ。

今はあの姿でその力も護られておる」


 祭壇に近づくと、ラディは籠の中の“何か”を冷静に観察する。



「まだお前の妻じゃねえ。

ん?こりゃ膜に包まれた胎児じゃねえか。早く破ってやんねえとマジで死ぬぞ」


 祭壇に捧げられた“何か”は、破水していない、卵膜や胎盤に包まれたままの胎児だった。

 まだ大いなる力で守られているが、このまま膜から取り出さないと、羊水に溺れ息ができず窒息してしまう。



「さすが、物を知ってはおるな。人の世では年の功というのか?

膜を破るには、それ、そこに転がっておる“龍の爪”でないとできぬ。ヒトの血を引く者でないと持てぬ。

花嫁を捧げる父親の役割なのに、(おび)えて逃げたのじゃ」



 ラディは祭壇から“龍の爪”を拾い確かめる。白金の鉤爪状の刃が付いた小刀だった。

 これ自体に特殊な魔素が高密度で巧妙に練り込まれており、胎児を包む卵膜に内包された膨大な魔素に対抗し、切れ目を入れると思われた。



「わかった。これを使えばいいんだな。

確かに(はら)んでるモンはすげえ。お前がいなけりゃ、並みの人間は吹き飛んで死ぬな」


(ゆえ)に我が立ち会い、代々の花嫁・“ミルナ”の父親達を、屋敷に無事に送り届けてきたのじゃ。

当代にはその義理もない。森で迷うて死ぬがよい」


「おい。どうせ、その血筋とやらに、代々の“ミルナ”を産ませてきたんだろうが。

無事に済ませた後、《記憶操作》して、この“龍の爪”を渡しておけ」


「承知した。今はこの“ミルナ”を助けてほしい。苦しそうじゃ。早くせぬか。“約束”を守れ」


「…………急かすな。手元が狂う」



 “肉塊(にくかい)”を祭壇の上に置き、卵膜に包まれた胎児を傷つけぬよう、“龍の爪”の刃を、スーッと走らせる。


 目もくらむ光がほとばしり、《結界》を張らなければ、息もできないほどだ。

 精霊王の《守護》を受け、ほぎゃあほぎゃあと元気よく泣いている赤ん坊を、ラディは急ぎ(かご)の中の布で包む。

 産着もあったが、とにかく体温の保持が先決だ。



「おお、“ミルナ”。無事でよかった」


「その名で呼ぶな。人の世で育つんだ」


「ラディよ。儀式で捧げられた(ゆえ)、名は変えられぬのだ。

そうだな、人の世の愛称ならば許されよう」


「愛称か。だったらミーナだ。お前はミーナだ。

良い名だろう」


 ミーナのぽやぽやとした頭の毛は金髪で、瞳も金色だった。


「約束に従い心して育てよ。ミーナの力は抑制してやろう。

我らを、人の世の国を、揺るがすほどの力だ。

おぬしの手には余るであろう」


「悔しいが、俺はギリ人外じゃないんでね。

ついでに髪と瞳の色を地味に変えてくれ。金眼ってだけで、特殊な生まれと分かってしまう」


「美しいのに、もったいない。やはり」


「“約束”だ。精霊は“約束”を破れない。そうだろう?」


「くッ。承知した。20年など我らにすれば、ほんのひと時。我が花嫁の養育を頼んだぞ」


「まだ、決まってないっつーの。じゃあな。来る時は知らせてくれ」


「おぬしはどこへ行く。いや、“ミルナ”も行けばわかるのだが」


「俺にもまともな生活拠点の一つや二つはあるんでな。赤子の間はそこで育てる。

それと、20年間はそのふざけた名前で呼ぶな。

この子は人の世で、見て見られて育っていく。

ミーナは縁あって俺の娘となった人の子だ」


「ラディよ、承知した。では、ミーナにこの世の祝福を与えよう」


 精霊王がミーナの額にそっと指を置くと、髪は栗毛色に、瞳は茶色に染まった。魔素も普通の人の子並みにしか感じられない。


 こうして神聖な捧げ物だった“ミルナ”は、精霊王の隠された祝福の下、普通の人の子であるミーナとなり、“約束”通りラディを父とし、育っていった。


ご清覧、ありがとうございました。

ここから物語が始まっていきます。

コミカルなファンタジーを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と、精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思ってます。

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 新作、誠にありがとうございます♪   世界消滅が可能なのに何となーくヘタレ臭ある精霊王さま ×「見て見られて育っていく」ミルナ笑ことミーナちゃん(全員プレゼント付き:厭世感漂う最強魔術師ラディさん)…
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