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帰還者と精霊たち

賢王になりたい泣き虫陛下の憂鬱

作者: hanacono

「陛下、お疲れ様でございました。後は私共に任せて、お休みください。」


「どうもありがとう。ではお言葉に甘えさせていただくよ。でも、同じく疲れているのだから、早めに切り上げるんだよ?」


「ははっ!」

「流石賢王!」

「ありがたいお言葉です!」


リカードは共に視察から帰ってきた宰相と家臣たちに言うと、私室へ向かった。


賢王の息子は賢王だろうと、周囲の期待が重すぎる。

そんな資質があるかどうかまだ分からないが、大好きなリアーナと結婚するためだからとリカードは姿勢を正し、王たる行動を示すように頑張っている最中だ。


リアーナとの結婚の約束がなければ、この王国の王になど興味もなかった。

しかし、リアーナは国王と結婚するために教育を受けた唯一の女性であったので、リカードは彼女と釣り合うように努力を続けているわけだ。


今はリアーナがまだ結婚できる年齢ではないため、それを待ちつつ、賢王たれと奮起する日々だ。


リカードは廊下を歩き、自室へ入る直前で契約している精霊王の名前を口の中で呟いた。


すると、目の前がぴかりと光り、手のひらのサイズより五割り増し程度の身長の精霊王が現れた。


パタンと自室の扉を閉めたタイミングで、


「植物の精霊王!貴方に言われなければ、あんな国へなんて行きたくなかったよぉぉ!」


リカードは目の縁から少し涙をこぼしつつ精霊王に抱きつき、頬擦りして愚痴をこぼす。


「言っていた通りで驚いただろう?」


「うぅ…。本当にあんな真っ暗で不毛な大地に国があるなんて、びっくりしたよぉ!出されたお茶も激渋で、顔に出さないように頑張ったんだよぉ!」


「そうかそうか。」


よしよしと精霊王はリカードの頭を撫でてやる。


昨年、先の賢王と呼ばれたリアイラブル王国の国王が崩御した。

儚くなったその王様は、周囲の王国よりも早くホーネスト王国の王と精霊王へ教えを乞い、友好を結んで国を窮地から救ったので賢王と呼ばれ親しまれた。


その他にも実績が多く、国民からも家臣からも慕われていたため、王国は悲しみに包まれ、全国民が一年間喪に服したほどだ。


時々王族に現れると語り継がれるほどの長寿であり、伝説の偉人でもあるその王は、娘と息子に恵まれた。


娘はナンシー・リアイラブル。

初めて結婚した皇后との間に誕生し、隣国ホーネスト王国の現王レオンハルト・ホーネストに嫁いだが大昔に亡くなっている。


息子はリカード・リアイラブル。

初めの皇后が崩御した後、ずっと皇后を置かなかったが、周囲の勧めもあり再婚した皇后との間に誕生し、二年前に成人したばかりである。


どうやら先王は死期を悟っていたらしく、成人してから一年間、先王に色々教わりながら国の在り方、政の進め方を教え導いた。


王になる事を嫌がったリカード。

大好きなリアーナが『王妃になってリカードと一緒に国を盛り立てていきたいの』という一言で王妃教育を嬉々として受け始めた。


その一言はリカードには直接伝えることなく、『リアーナは王妃となるべく勉強を始めた。リアーナと結婚した者が国王となる。』とリカードには伝えられた。


それを聞いたリカードは、『リアーナと結婚したい!』『リアーナとなら王様やれる!』『自分以外がリアーナと結婚するなんて考えられない!』と頑張れたのだ。

単純明快でまだ若い男だったのだ。


死期が近づいていると理解していた先王は、急いでリカードの戴冠式を行い崩御した。一年の喪に服した後リアイラブルの国王として政や政策に力を入れ始めたところなのだ。


国王と宰相、文官長のみ会うことが許され、このリアイラブル王国に加護を与えてくれる精霊王と言う存在がいることは、先王から一年間学んでいる時に知らされた。


そして、先王が崩御した時、悲しむリカードの前に精霊王が現れる。

王国に加護を与えるための説明のためだ。


この王国の国王が精霊王と契約をしないなら、この王国に与えている加護は解除され、他所で新たな国を作るために精霊王は旅に出るという。


そうなると、隣国のように太陽は出ない地震ばかりの不毛の大地になるのだそうで。

氷の国になるか、大雨の大地になるかはランダムだそうだが、そのうち地盤沈下が始まって、この王国は消滅する。


隣国は何千年も前に精霊の加護を失ったと言われているが、加護を与えていた精霊王は契約を解除しないまま何処かに消えたのだという。

そのため、加護の薄れ具合がとてもとてもゆっくりゆっくり消えて言っている最中で、十年以内には完全に加護が消えると言われた。


隣国の加護が消える。

つまりそれは、完全に消えたら地盤沈下が始まり、水没するということだ。


それを聞いた時、リカードと宰相の体がブルリと震えた。


「是非ともお力とお知恵をお借りしたいです!契約してください!!」


ビビりのリカードは、精霊王に願い出て、その場で契約した。という経緯がある。


そんなわけで、喪が明けた今年、一番の問題となる隣国スライ王国へ初めての公務として向かったわけなのだ。

建前は、新たな魔道具である時計の視察と友好関係の締結のための話し合いという事にして。


リカードは思い出しても怖いと身を震わす。


まず、スライ王国の国土に入った途端に、太陽が雲隠れした。真っ黒な雲の切れ目は一切ない。


更に、王宮に向かって進むにつれて更に厚くて黒い雲に覆われ、雑草どころか何の草木も生えていない大地しか目に入らなくなっていく。


そんな大地なので、整備は一切されていない。土砂に車輪が埋もれ、剥き出しの岩石に乗り上げるため、馬車は左右上下に大きく揺れて、座席が凶器に早変わりした。


しかも時々地震で大きく揺れるため、馬が怖がりなかなか前に進まないのだ。


出かける前に精霊王より加護を受けたので、危険に巻き込まれることは無いと言われていたが、近くに雷が落ちて地面が割れた時には、めちゃくちゃ怖かった。


馬車の中にいるのに、宰相と二人で抱きしめ合って恐怖を逃さずにおれないほどに。


伝説で語り継がれていたり、絵本として読んだことはあったので、そういう大地があると、知識として持ってはいたが、実際に体験すると、ただただ恐怖でしかない。


良かった。あの時ちゃんと精霊王と契約して!

しなければ、自国も近々このような大地に早変わりするはずだったわけなのだ。契約しないと言う選択などあり得ない!


リカードは心の底からそう思った。


「ふむ。やはり大地の崩壊までそれほど時間はなさそうだな。」


精霊王はリカードの心を読み、独りごちる。


「え?なんか言った?」


精霊王の呟きが、リカードの耳には届かなかったので問いかけたが、笑って答えてくれそうにない。

精霊とは気まぐれなのか、必要な事以外は教えてくれないことが多い。


「今日はこのままリアーナのところへ顔を出すけど、精霊王も行ったりは、しないか。」


リカードは精霊王に頬擦りするのをやめて目を合わせて尋ねると、


「いや、皇后、王妃になるまでは無理だな。それに、他の精霊王にも報告せねばならぬ。このまま精霊会議に向かうとするよ。今日はゆっくり寝るんだぞ?」


精霊王はリカードの手からふわりと浮いて逃れ、パッと消えた。


「早くリアーナに精霊王を紹介したいなぁ。」


正式な皇后になるまで、精霊王の存在を明かすわけにはいかないそうだ。


精霊王の意思は絶対なのでそれに沿った動きや言動をしなければならないことも多く、大切なリアーナに隠し事をしなければならない事が、リカードの心を苦しめる。


紹介さえできてしまえは、全てを伝えられるのに。


リカードは婚約中のリアーナが住む離宮へと向かう。


リアイラブル王国では、婚約すると離宮に住んで政に関する勉強をする事になっている。


リアーナはまだ成人していないため結婚する事が出来ない。


成人すると同時に結婚したいとリカードは言うが、リアーナの勉強が終了するまでは叶わないため、目下調整中である。


「愛しのリアーナ!やっと帰ってきたよー!」


リカードは愛するリアーナの名前を呼びつつ廊下を急いだ。



-----



「リカード陛下、スライ王国より書簡が届いております。」


隣国のスライ王国は、食料に関しては98%は隣国との輸入に頼りきりではあるものの、技術力の高さで地震、雷対策だけは完璧な国だ。


スライ王国と友好を結んだ国はないが、周囲の国からの冒険者的な人たちによる魔獣の狩りと鉱石採掘の販売権で収入を得ており、更にはガラス産業が活発でこちらも技術力が高く、人気の輸出品だったので実入は良いようだ。


そんなスライ王国への視察を終えて帰ってきて数日しか経過していないというのに、一体なにが書かれているのだろう。


「うん?検閲は終えたのかい?」


「はい。まぁ、内容はアレではありますが。」


微妙な顔をする文官に、リカードの表情も曇る。

あまり良い内容ではなさそうだ。


「そうか…。楽しくない手紙は読むのも辛いだろう?申し訳ないな。」


「いえ!とんでもないことでございます!」


文官はトレーに乗せた封筒をリカードの前にそっと差し出しつつ、読みたくないだろうな。と思って説明をする。


「先日視察に行った目的だった、例の魔道具の輸出を考えても良いとのことです。友好関係を結ぶにあたり、あちらの王女の輿入れを希望するとのことで、絵姿も入れられております。」


「は?どうしてそうなった?」


リカードは現在未婚という状態ではあるが、精霊の前で結婚を約束した令嬢が既に居る。つまり婚約者がいるのだ。

令嬢がまだ未成年ということで、今は時期を調整している状況で、横槍は受け付けられない。


「お断りするにしても、あの国をそのままにするわけにもいかないしなぁ…。なんて難問を突きつけてくるんだよー。」


リカードは頭を抱える。


文官はその姿を見て、可哀想だなと思いつつ、失礼しましたと部屋を出て行った。


それを見届けた宰相は、護衛に誰も近づけないように伝え、リカードを脇の小部屋へ連れ込んだ。


「リカード陛下、契約されている精霊王にご相談を。」


宰相はリカードに耳打ちする。


「あぁ、そうだな。私たちでどうにかできる問題でもないし。」


リカードも小声で宰相の意見に同意すると、口の中で契約している精霊王の名を呟く。

この精霊王の名は、契約者以外に伝えてはならないため、宰相は少しでも耳に入らないように両手で耳を塞いでいる。よく出来た宰相だ。


目の前がぴかりと光ると、そこに女性の腕ほどの身長の人型の小さな男の精霊が現れた。


「どうしたリカード。何かあったのか?」


植物の精霊は尋ねつつ、リカードと宰相の心を読む。

その間、リカードは、スキル『コマンド-共有』を発動して、宰相にも精霊王と会話を出来るようにした。

このスキルを使わなければ、契約者以外には精霊を見ることのできる人間は、この星にはいないのだ。


「ふうむ。ならば良い機会だ。とりあえず輿入れさせてやれば良い。」


「「ええっ!」」


リカードと宰相は悲鳴のような声を出す。

絶対に嫌だという声だ。


リカードはちらりと絵姿は見たが、気の強そうな瞳もタイプでは無かった。

ただの絵姿なのに無駄に肉感的な体つきを見せびらかすような姿勢と贅を尽くしたドレスなる骨董品に身を包んだ様子も好きになれそうにない。

気持ちがげんなりしてしまう。


ドレスなんて動きにくい、着心地の悪い服を着る意味がわからない。

いや、ドレスは服ではない気もする。あんなに肩や胸元を出して一体何をしたいのか。

かなりの大昔に一時流行ったそうだが、既に伝説級。時代遅れもいいところだ。

リカードが知る限り、ドレスなど着用している人間は見たことがない。

着たとして結婚式くらいなものだ。

だとしても、あんなにゴテゴテしたドレスは品がないしあり得ない。


「そんな悲壮感を漂わせることはない。結婚まではさせないから安心せよ。」


そうは言っても国が大惨事になるのは目に見えているではないか!とリカードと宰相は思うが、精霊王の言うことは基本絶対なのだ。文句は言えない。が、素直に受け入れたくもない。


「お主らもあの国を訪問して気がついただろう?スライ王国は、生命の精霊王が見捨てた大地の上にあるのだ。そろそろなんとかせねば、あの大地は地盤沈下で消失するだろう。」


「いや、確かに地震の頻度は多く、ジリジリと大地に吸い込まれる感覚があったけれど。」


「え?そうだったのですか?陛下。私は感じませんでした。」


スライ王国は精霊に見捨てられた国として有名だ。伝説と言われてしまうほどの大昔に精霊王が出奔してしまった。生命の精霊王はそれ以来雲隠れをしてしまい、一度その王国は滅びたとも言われる。


そこに住んでいた者たちは他国に流出した者もいたが、留まる者と他国で問題を起こして逃げてきたり追放された者たちで再度建国された国がスライ王国らしい。


あの国には精霊を信じる者はほぼおらず、口の達者な者や狡猾な者しか居ないというのが、リカードと宰相の感覚だった。

会うことが許されなかった平民の中にはいるかもしれないが。


視察の目的という事にした時計も、恐らく大したものではないだろう。口先三寸なのだ。

あれを輸入したところで、誰も購入しない。

欲しくもないのだ。


つまり、友好関係の証と言いつつ、問題の多い王女を押し付けるのが目的といったところだろう。


そう。間諜たちが教えてくれた報告によると、その王女はとんでもない性格と行動をする女性なのだ。

見た目も好みでなければ、性格も全く好みとはかけ離れた女性である。


「マイナスしか生まないのに、受け入れろと?」


リカードは涙目で自分の契約している植物の精霊王に尋ねる。


「そんな顔をするでないよ。隣国であるスライ王国が地盤沈下すれば、好きであの国に住んでいる者たちは仕方がないにしても、接している国の者たちは少なからず被害が出るだろう?津波が押し寄せ、全ての財産とそこに住む者たちは海の藻屑となる。それでは困るだろう?」


リカードと宰相はそれは大変だと理解した。

津波は見たことはないが、仕組みは知っている。

この星に少しのアップダウンはあれど、大きな山はなくほぼ平らの地形ばかり。

つまり、水の勢いがあれば、この星の大地が一度は全て水没する可能性があると言うことなのだ。


リカードと宰相がそれを理解すると、ブルブルと震えがきたようだ。


「そんなわけで、友好国の精霊王達にも後処理は手伝ってもらえるはずだから、少しだけ辛抱せよ。要らぬ住人達を炙り出す良い機会としようではないか。」


この星には、問題があった。

他の星から密入国のように、星に転生の許可をもらえなかった魂たちが密かに入り込み、肉体を持って生まれ、星を侵略しているというのがそれだ。


その、星としては要らぬ住人達は、不平不満を垂れ流してばかりで仕事をせず、周囲の人々の幸せを潰し、思考を荒らし、結果国を荒らしているのだ。


そういった者は見つけ次第、元の星へ強制送還しているのだが、上手いこと隠れ、罪を無邪気な可愛い魂たちに被せるので見つけにくい。


今回、密入星をした魂達を炙り出す良い機会だと、精霊王が言っているのだが、つまりは一度国が荒れると言うことなのだ。


国王としては嬉しくはないが、長い目で見れば必要なことなのだと、リカードと宰相の二人は諦めた。


やるにしてもやらないにしても、精霊王がいなくなれば、この王国だってスライ王国のように日も差さず食料となる草木が育たぬ不毛の地に変わっていってしまうのだ。


やらなければ、一度は自分たちの王国も他の王国も一度どっぷり水没するわけだ。

被害は相当なものだろう。流れた家財や命は戻らないし、肥沃な大地が戻るのは何年先か。何十年か。


それは絶対に嫌だ!


つまり、精霊王の言うとおりにする他無いわけだ。


「解りました。リアーナと結婚するためです。でも、絶対に結婚はしませんよ?!それだけは約束してください!自分は好きな人と結婚したいんです!」


リカードは半泣きで約束を取り付ける。


「解ってる解ってる!大丈夫だ。安心せよ。うまくいくまでずっとそばに居てやるから。」


精霊王はリカードと宰相を安心させるために約束する。


「口先だけの婚約とすれば、一時はこの国の王族扱いとなる。そうしたらこの国は軽く荒れるだろう?元の星に戻す魂を炙り出していき、荒れた国の責任をスライ王国と王女に問い、スライ王国を属国にしてしてしまえば良いのだ。」


確かに、そこまで上手くいけば、属国になったスライ王国にも植物の精霊王の加護は薄くだが行き渡り始める。

そうすれば地盤沈下は免れるし、加護が行き渡れば何年かすれば太陽も顔を出すようになるし、あの不毛の大地に草木も生えるようになるわけだ。


上手くいけば。の話だが。

いや、上手くいかせねばならないのだ。


リカードも宰相も、地盤沈下による津波の被害を算出し、スライ王国周辺の友好国にこの話を手紙にしたため、配達するように部屋の外にいる護衛に渡した。


護衛が微妙な顔をしていたのが気がかりだが、今はそれを気遣う余裕がなかった。


そして、嫌々ながらも、スライ王国の書簡の返事もしたためる。


王女との輿入れに対する了承の返事だ。


リカードは、『自分が結婚したい相手は一人だけなんだー!』と小さな部屋で泣いていた。



-----



「リカード様。話は聞きました。」


ピンと背を伸ばし、リカードの愛するリアーナは可愛らしい声で、隣国スライ王国の王女が花嫁候補としての輿入れをするのだと、宰相から聞いたのだろう。


「!!!」


リカードは絶対嫌だと言ったが、この国のため、友好国のためにも、精霊王の指示に従う事になった隣国の王女の輿入れに身震いが止まらない。


全くタイプじゃないうえ、リアーナじゃないなら結婚自体したくはないのだ。

それなら一生一人でいたい。

憂鬱だ。

憂鬱すぎて、死にたいくらいだ。


精霊王がいうには、ひと月かふた月自分が我慢すれば、スライ王国を丸々属国にして決着をつけるそうだ。


その間、リアーナに王女の存在がバレでもしたら、あの王女のことだ、絶対リアーナに嫌がらせをするだろう。

そうならぬために、宰相がリアーナに話して実家に一時避難してもらえないかと伝えたはずだ。


うぅ。リアーナが離宮から居なくなるなんて…。

一時でも我慢したくない…。


この決定がされてから、リカードは常に半泣き状態で、周囲の家臣たちも心配するほどだ。

賢王たれ。の演技が滞っている。


一体全体いつ自分を見たのか知らないが、あの王女に気に入られたそうで、自分の姿絵を手に入れて、日々その絵姿を抱きしめ、頬を寄せているらしい。


間諜からの報告が来るたびに、憂鬱で死にたい気持ちになる。


「本当にごめん!私が愛しているのはリアーナだけなんだ!私が結婚したいのもリアーナだけ!命をかけても良い!だから、勘違いだけはしないでほしい!!」


リカードは必死にリアーナに伝える。

リアーナはそれを信じているのかいないのか、にっこりと笑ってリカードを見つめ、


「その王女様が離宮をお使いになりますのよね?私は実家に帰らせていただきます。」


と、美しい礼をとって、侍女を伴い出て行った。


「……。」


魂が抜けたように、表情も顔色も失うリカード。

まるで石化したように微動だにしない。


「今の言い方って…。」


リアーナ命のリカードにとって、リアーナが離宮に住んでくれるようになってどれほど喜び、どれほど仕事の原動力としていたか、リアーナ本人はイマイチ理解してくれていない。


今だって、ヤキモチを焼くことも、怒ることもない。

相思相愛で婚約したはずなのだが、何かどこかですれ違ったのだろうか。


リカードはリアーナが出ていった扉を見つめ、そっと泣きだした。


すぐさま扉が開き、リアーナが戻ってきてくれたのかと、顔を上げたリカードだが、そこに居たのは宰相。


「う。へ、陛下、何かありましたか?」


書類から目を外し、泣いているリカードに声をかける宰相。


「いや、もう、何が何だか…。そちらは?何かあったのだろう?」


悲しそうに泣いている自国の王にこんなことを伝えるのは大変忍びないのだが、報連相は大切なので、宰相は書類を読み上げることにした。


「スライ王国の王女より直筆のお手紙が参りまして、婚約期間を半年にしてほしいとのことです。」


「!!」


リカードの表情がわかりやすく“ガガーン!”とショックを受けた顔になる。


そうだよな。嫌だよな。俺でも嫌だ。


宰相は可哀想なこの年若い国王のために、返事は任せろと伝えて扉を閉めた。


「文官長を呼べ。一緒に手紙の返事の内容を詰めるぞ!」


既に契約を終えた内容の変更など基本あり得ない。それに、恋文ならまだしも、王女からの一方的な変更願いとは何事か。


これを好機と捉えて、ガラス製品の関税の割合を一割減らさせることに成功した。


もちろん、婚約期間を半年にしたいなら、勉強量は倍に、持参金も倍にするならご自由にどうぞ。

と王女当てに書簡を送ると、すみませんでした。

との回答を得る事もできたのだった。


それをリカードにも伝えたが、耳には届いたようだが、心ここに在らずのようだった。


宰相も文官長も、『可哀想に…。』と呟かずにはいれなかった。



-----



さて、スライ王国一行は、自国とリアイラブル王国国境にさしかかってから、生まれて初めて太陽を見た。

その眩しさと暖かさに当てられたようで、準備した水分だけでは足りず、眩しすぎて目も開けられず、ヒーヒー言いながら王宮に向かっていた。


全ての者が、ほぼ目が開かない、脱水状態に近い状態になっていた。


王宮に到着し、荷物を下ろす際も目を開けていられないスライ王国の者達は、荷物の検査も点検もリアイラブル王国の者たちに任せるしかなかった。


輿入れの際に持ち込める王女の荷物は馬車一台分のみと伝えてあったのにも関わらず、その倍も持ち込まれており、準備した離宮の部屋には入りきらない。


文官長は頭を抱え、アイデアを捻り出す。


「仕方がありません。陛下の部屋からかなり遠くなりますし、離宮とも離れますが…。倉庫側の部屋にチェンジです。そちらに運び入れてください!」


と、指示を飛ばす。


後々に、リカードはリアーナが住んでいた離宮を汚される事がないと喜んだ。


しかし、一体何の齟齬があって、一台分が二台分の荷物になったのかと思って文官長はスライ王国一行に聞く。


すると、

持参金の宝石を積んだ馬車から、王女がそうとは知らずに自分のドレスの入った箱と入れ替えさせたのだと御者からの証言があった。


「……という事は、持参金なしにこちらに来たと?いや、という事は、そもそも貴方方はスライ王国の王族なのかも怪しい!」


文官長の声を皮切りに、護衛たちが、騎士団を呼び、馬車と人を取り囲む。


「何だ!何があったんだ!?」


輿入れに着いてきたスライ王国の王様は、しょぼしょぼする目を懸命に開いて、事態の収拾のために声をあげる。


自国でこのような非礼があれば、切って捨てられるのだが、娘の輿入れ先で殺傷沙汰はできるなら控えたい。


「約束の持参金が一箱もございません!スパイではありませんか!?一時拘束させていただきます!」


「はぁ!?」


文官長の声に、慌てて馬車の積荷を確認に走る。


「うん。服しか入っとらんし。」


スライ王国の国王は、中身が娘のドレスと靴に挿げ替えられているのを確認し、騎士団に取り囲まれている中、王女を荷馬車まで引きずっていく。


「お説教でもするのか。情けない。」


リアイラブル王国の宰相は、しっかりそのことをメモに取る。

問題行動を起こす度に結婚までの期間を伸ばす旨の書類にもスライ王国の玉璽が押されているのだ。


この書類、結婚の契約書に忍び込ませたらしっかり玉璽が押されて戻ってきたのを見た時は笑ってしまった。

問題の多い王女を自国から出す事で喜んで、全ての契約書に目を通さなかったのだろう。

こちらとしては、有り難い限り。


この方法は精霊王達の入れ知恵の一つである。


ほれ、ひと月伸びたぞ。

と宰相はほくそ笑む。




国王がスパイ容疑で一時拘束されるというハプニングがあったものの、リカードが確認にやってきて無事に釈放されることとなった。


リカードは王女に会いたくなかったので、自室にこもっていた。

それなのに、スライ王国の国王と名乗る者たちを拘束したので、確認しろと文官により引っ張り出されてしまった。

宰相だってあちらの国王とは面識があるのだが、国王として確認のため姿を現さざるを得なかった。


王女の前に出たが最後、重そうなドレスに、凶器としか思えない細い踵の高い靴を履いて、良くぞそこまで。と言うスピードで左腕にピッタリ張り付かれてしまった。


リカードは心の中で泣いた。

こんなはずじゃなかったのにと。


「では、今後ともよろしく。折り返して持参金は届けさせますので。」


スライ王国の国王は内心腹を立てているようだが、顔に出さないようにしているようだ。

が、怒りのオーラは漏れているし、表情は取り繕えてはいなかった。


が、こちらの責任ではない。


持参金を持たず、控えも契約書もこちらに送り返してきたのはスライ王国側。


証拠品も無しにやってきたら、密入国したと思われたって仕方がないのだ。

国際問題にしたって構わなかったのだ。

しかし、長引かせるとリカードの心が崩壊しかねないので、なあなあとしてやったのだ。


「では、お父様、よろしくお願いしますね!」


スライ王国御一行様はとんぼ帰りが決定し、御者たちはしょぼしょぼする目でがっくり肩を落としながら馬車で消えて行った。


地震による地面の亀裂などにハマらずに再度来れたら良いのだが。


リカードの腕にぎゅうぎゅうと胸を押し付けながら父親である王様に不遜な態度をぶつけた王女に、リカードは内心さらに泣いていた。


こんな態度の娘はリアイラブル王国では見たことがない。

父親に対する態度も、王族に対する態度も、結婚していない相手に対しての態度も全てだ。


リカードは胸を押しつけられても、迷惑だとしか思えないのだが、王女は男はみんなこれで喜ぶと信じているようだった。


『可哀想にな。』と文官たちがリカードを見つめる。


よくよく見れば、胸も押しつけられているが、全身に散りばめられた宝石も腕や頬などにぎゅうぎゅうと押しつけられており、かなり痛いようだ。

それ故に表情も泣きそうなのだろう。

押しつけている王女は全く気が付いていないが。


リカードの腕に絡みついて、ウキウキと王宮と思っている場所へと足を踏み入れる王女は、周囲を見渡して声を上げた。


「なんなのここ!あ、王宮のはずがありませんよね?すみません。倉庫ですよね?」


と、木造平屋の王宮を見て失礼な物言いを繰り返す。

確かにここは急遽変更した倉庫側だ。王女の目は正しい。


君の多すぎる荷物が入る部屋は、倉庫の管理をする者の部屋、倉庫側しかなかったんだよ!

お陰でリアーナの住む場所が汚されずにすんだけどね!


有り難いやら有り難くないやら。


リカードは説明するのも面倒だと、笑顔を顔に貼り付けて王女を倉庫の管理人室へ押し込んだ。


「本日は遠いところからこちらまでご足労頂きまして感謝いたします。明日よりリアイラブル王国の教育が始まりますので、今日はこちらでごゆっくりされてくださいね。」


目を極限まで細めて王女を視界に入れないようにして、歪みそうな口元の口角をなんとか持ち上げて王女に向けて話すと、王女付きの侍女を二人紹介して去ることにする。


「えぇ!?お待ちになってー!」


パタン。

扉はリカードの護衛により閉められた。


リカードは王女がくっついていた腕を胴体から放して


「風呂の準備はできるだろうか。臭くてたまらん…。」


「あぁ…。あの王女の香水ですね。こんな香りを纏うなど、本当に王族なのでしょうか。それともそれだけ物資がないのでしょうか。」


護衛は鼻をつまみながらそう言うと、風呂の準備をするように伝えて参ります!と走って行った。


護衛として、それで良いのか?という物言いと行動だが、周囲も納得してしまったため、誰も咎めることができない。


「廊下は走ると危ないよー!」


リカードは注意するが、護衛は既に消えていた。


はぁ。早くこの匂いを何とかしたい。


こんな気分の時にはリアーナのことを思えば元気になれるのだ。リカードはリアーナの頑張る姿を思い浮かべる。


このリアイラブル王国では、働かざる者食うべからずの精神が浸透しており、花嫁候補であれば、それは勉強にあたる。


リアーナはそれはそれは頑張って勉強していたのだ。

今は居ないけれど…。


あぁ、リアーナ!

待っててね!あの王女とスライ王国の件を済ませたら迎えにいくからね!


リカードはそれだけを心の拠り所にして、次の国務へあたるのだった。


しかし、倉庫へ押し込むことができた今となれば、リアーナを実家へ帰す必要が無かったのだが。



-----



翌日、朝から侍女二人は倉庫番の部屋の前、扉を背にして立っていた。


昨日、臭くてたまらなかったので、風呂に入れてやったが、何が気に食わないのか、不平不満を口にして、水までぶっかけられた侍女二人だ。


あの悪い噂の絶えない王女に怪我をさせられなかったのは重畳であるが、水をぶっかけられる事だってそうそう経験しない。


腹を立てるよりも、びっくりして言葉が出てこなかった。

もちろんこの事もしっかり宰相に報告済みだ。


室内の王女が起きた気配はない。

本来なら既に勉強が始まる時間はとっくに過ぎている。


「持参金が来るまで勉強はしない。」


と声高らかに告げられたため、侍女は王女を起こしに来なかったのだ。

持参金を持たずにやってきたため、婚約者とならず、客人としてやってきたわけではないので、客人対応にもならない。


つまりこの「持参金が来るまで勉強しない。」という発言は、


王女自ら

ご飯は必要ありませんよ。

手伝いは不要ですよ。


と伝えたことになるわけだ。

王女が知っているかどうかはこちらに関係はない。


やってきたのに仕事はしない、客でもないなら、

客間ではなく、こちらの部屋が妥当であったと、宰相は文官を内心褒めまくる。


侍女たちは、早く持参金を持って来てくれるといいね。と内心思っているが、伝える必要も感じない。


長時間の移動で疲れているのだろうか。

そろそろお昼の時間、この国ではおやつの時間にあたるのだが、室内に動きは感じない。


今日のおやつは何だろう。

誰か取っておいてくれるだろか。


と侍女たちが思い始めた頃、王女が目覚めたらしく、起き抜けから不平不満を垂れ流し始めた。


扉の前でただ聞いていると腹立たしくなるため、侍女たちは一字一句逃さぬように、王女の蛮行を書き記す。


飯は要らぬと言われたが、一日中飯抜きなんて、非常に心が痛んだのだ。

相手は手が早く悪い報告しかされなかったし、変な服を着てやってきたが、成人したばかりの幼い少女だ。


だからこそ、助けを求めるような声が聞こえたら助けるつもりで見張り役を買って出たのだが、侍女たちはその必要もない気がしてきた。


こんな考え方、捉え方をする人間が世の中には存在するのだな。


呆れていると、声をかけられた。


「ん?どうした二人ともこんなところで。」


メモをしながら扉の前で立っている侍女達に声をかけたのは宰相だ。

宰相自ら様子を見にきたのだ。


リカードは王女の気配すら感じたくないと、この一帯には近寄らないとみんなに伝えてある。


「はい。必要ないとおっしゃられたお食事ですが、持参金が来るまでお食事抜きとなって死人が出ると困りますので。」


「助け船が必要ならとこちらで待機しておりました…。」


「そうか。君たちは優しいから、無情になりきれないよな。もうひと組侍女のペアをお願いしてくるから、交代制にしよう。少し待っていてくれるかな?」


宰相は面倒な王女付きの侍女は、二人いれば充分だと思ってしまっていたが、二人ひと組での行動での仕事となれば、足りないことを失念していた。

少し考えればわかったはずなのに。


素早く動いて執事にその旨を伝えて、侍女を選出してもらい、やり方を任せた。

こういったことは、専門職に任せるのが一番良い。


「あぁ、あまり優しくない者が良さそうだ。相手は手を出すタイプなので、多少の荒事が得意な者がいたらなお良い。」


「ほう。承知いたしました。」


執事は眉を上げて嬉しそうに返事をして去って行った。


良い人材がいそうだな。


宰相は初めから執事に頼めば良かったと反省した。次回からは、必ず執事を通そう。


次回が無いことを祈るが。

リカード陛下のためにも。


執事は二人の侍女をあっという間に選出すると、先のペアを解体して、二組に組み直した。

新たに加わった二人は、冒険者として名を馳せた事のある者だ。

冒険者よりも侍女職の方が給料が良かったので、冒険者を離職しここに就職してくれた外国人である。


侍女としての研修は一通り終えており、合格ラインは超えている。何ら問題もない。

護衛にもなる侍女なのだ。

護衛する相手が要人や今回の王女ではなく、今回はペアとなった侍女なのだが。


この侍女たちであれば、王女から手を出されたら、しっかり押さえつけるくらいの事はするので、王女の方が注意が必要だ。が、誰も説明しない。手を出す王族など、この国にはいないのだ。体で覚えるしかないだろう。


ついでに言えば、先の侍女二人は、ヒールのスキルが使えるため王女付きの侍女に選抜されたのだ。

スライ王国にいた時の王女は侍女に躾と言う名の体罰や虐待をしていたとの報告があったからだ。

今回のペアであれば、侍女が怪我をすることもないだろうが、念のためだ。ヒールは侍女のためなのだ。



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スライ王国から持参金が持ち込まれたのは、王女が王宮にやってきてから二十日後だった。

色々と事故等があったらしいが、太陽によって目がやられている御者からは、情報が得られなかった。


事故。

やはり地震による地面の亀裂に車輪が挟まったりしたのだろう。


またしてもフラフラな御者は、これでもかと目を細めて御者台から降りると、着地に失敗して膝を擦りむいていた。


結局今回も荷下ろしはリアイラブル王国側で済ませることになった。


持参金入りの箱を下ろし、検査と検品をする。

スライ王国にはフェイクジュエリーと言うガラスで出来た宝石があるそうなので、目利きの商人に頼むと、一箱丸々フェイクジュエリーだった。


「これは、こちらを馬鹿にしているのでしょうか。」


文官は、護衛に宰相を呼ぶように伝え、日陰の濃いところへスライ王国の御者たちを集める。


御者たちは少し目を開けられるようになったようで、あからさまにホッとしていた。


夕方以降に到着するように調整すれば良いのに、王女のために早く到着しようと頑張ったのだろう。


あんな王女だが、自国の姫だもんな。


文官は微妙な気持ちになり、お茶を出してやった。


「「「!!!」」」


出したお茶を飲んだ御者の三人は目を見開いて驚いた様子を見せた後、両手で目を覆う。


見開いた目に、沢山の太陽光が入ってしまったようだ。

涙目で目が開けられぬまま、


「これは、一般的なものですか!?それとも高級品なのでしょうか!」

「こんなまろやかなお茶は初めてです!」

「美味い!喉越しが爽やかすぎます!!」


お茶がどれほど美味しいのかを口々に伝えてくれたが、この王国ではかなり一般的なもので、平民も好んで飲むお茶だった。


つまり非常に安価なお茶なのだ。

もう少し良いお茶を出してやればよかったと、文官は言葉に詰まった。


可哀想なことをしてしまった。

スライ王国は食品がなかなか手に入らないと聞いていたのに…。


文官が切なくなっていると、宰相が走ってきた。

忙しいのに呼びつけて申し訳ないが、フェイクジュエリーが混じっているのは非常にまずいのだ。


文官は、持参金にフェイクジュエリーが混じっているという、ことの次第をゼーゼーと息を整えている宰相に説明する。


「何だと…!?スライ王国では宝石の鑑定もできんのか!」


と御者に聞こえぬように気を遣いながらも口に出す。


「やばいですよね?」


「あぁ、これは持参金という名の契約金だからな。詐欺行為にあたる。」


コソコソと話していると、御者の三人が顔を見合わせてから申し訳なさそうに、でもしっかりも意思を持って発言することを許してほしいと言い出した。


「ん?どうしたんだ?」


それに文官が答える。


「あの。受け取り済みの書類を持ち帰るように言われているのですが、そこに、半分偽物だったと記載してもらえますか?」

「それと、先程のフェイクジュエリーの入った一箱を持ち帰らせてください!」

「後はこちらでうまくやるので、残りは後日お持ちします!」


「それではこちらが詐欺をしたことになるのではないか?」


宰相は微妙な顔をして承諾しかねると言うが、御者の一人が立ち上がり、目を極限まで細めて荷下ろしされた箱のところまでフラフラを歩き、一つ持ち上げると、その場に落とす。


ガッ!


と言う音と共に箱が壊れ、中の宝石がばら撒かれる。検品をした文官と商人が、慌てて散らばった宝石を拾い集める。


「ん!?まさか!」


商人が何かに気がついて驚いたようだ。


「申し訳ありません!私としたことが!」


商人は宰相に頭を下げて謝ってくる。何だ何だと、周囲の護衛たちも集まった。


「こちら、今の衝撃で傷がついたものです。輝きから分類はコランダムという宝石とさせていただいたものなのですが、コランダムは硬度が高いのです!」


「ん?つまり?」


宰相は宝石に詳しくないので、パッと思いつかない。


「つまり、これは偽物ということです!コランダムは硬度が非常に高いため、ぶつけたり踏んだりしても、金属製のハンマーで叩いたとしても、本物であれば傷などつかないのです!」


「なんだと!?」


「よし!みんなで手分けして検品し直せ!」


「なんだこれは!」


「なんだ!?他にも何かあったのか?」


護衛の声がする方へ宰相が振り向いて尋ねると、壊れた箱を確認していた護衛が、


「箱が底上げされています!宝石はその分少ないはず!規定量入っていないのでは!?」


「はぁぁ!?」


現場は大荒れしたが、スライ王国側の御者がそれを知っていて教えてくれた事は、御者にとって大丈夫な事なのか?と心配になった。


「我々はこの事を知らされてはいません。」

「たまたま自国の宰相と商人が話しているのを聞いてしまったのです。」

「やはり、黙っていたくなかったので…。」


気まずそうな御者三人は、


「指示されたことをこなしただけの我々に、あんなに美味いお茶を無料でくれる国を相手に、騙すなんてお恥ずかしい限りです。」


と、三人は地べたに土下座して、鞭打ちも覚悟の上です!と言った。


宰相も文官も、商人も、周囲の者たちもその姿を目にして絶句した。

土下座も初めて見たが、鞭打ちなど以ての外だ。

それを覚悟しているとは何事か!


「宝石は、とりあえずこちらできちんと検品すれば分かったことだ。騙されそうになったこちらが悪い。三人とも顔をあげて椅子に座って欲しい。」


すいーっと、三人の上に、精霊王が現れた。

この場にいる宰相だけが見えるように、スキルを使ってくれているらしい。


現れた精霊王は、三人の上をくるくると回ると、そのまま宰相の肩に乗って耳打ちする。


「この三人は善人だよ。三人の言う通り書類に記載しなさい。上手いことできるように加護を与えるから、不足分の持参金を持ってきたら、死んだと偽装してこの国で働かせてあげると良い。良い働きをするはずだ。あの国に置いておいたら、殺されてしまうからな。」


なんとも物騒な話をされたが、精霊様の言う通りにするのがこの王国の在り方だ。


小さく頷くと、精霊王は消えた。


「よし!全ての宝石の検品を終えるまで、三人と文官は食堂で食事をとって、書類を仕上げるように!終えたら確認するから声をかけるんだぞ。」


「はい!承知しました!では、こちらへどうぞ。」


文官は元気よく宰相の声に応えると、戸惑う御者たちを導いて食堂に向かった。

この“食堂で食事をとる“は、この三人を“うちの王国に招き入れるぞ!“という隠語の一つであったのだ。



全ての宝石を検品し、計算すると、御者たちが言っていた通り、指定した金額の半分にしかならなかった。


御者たちは、この検品の時間を勿体無いと思ったのだろう。だからこそ、最初の検品で一箱だけ弾かれたものだけを持って“うまいことやる“つもりだったはずだ。


しかし、先程の鞭打ちされ慣れたかのような態度をみると、うまいこと出来ずに鞭打ちされる未来しか見えない。


鞭打ちは酷くすると死ぬこともあるのだと言う。

そんな目にわざわざ合わせるわけにはいかない。


不必要なフェイクジュエリーを、さらに底上げした箱に詰めていく。


この明らかに底上げした箱に入れる意味は、“バレてますよ“と伝えるためである。


詰め終えた箱をスライ王国の馬車の荷台に放り込む。

御者たちのために、弁当と飲み物も添えてやっている護衛もいた。前回も今回も水分が足りておらず、死にそうになってここまでやってきたのを知っていたのだ。


うちの王国はいい奴が揃っているな。と宰相は感動してしまった。その護衛たちは、後日多めの給料が振り込まれていて驚くことになる。

宰相もいい奴なのだ。


食事を終え、書類を書き上げて帰ってきた御者たちは、やはり目を窄めているが、元気が出たように見えた。


三人の御者は、リアイラブル王国の護衛から、ツバの広い帽子を被せられた。


「これで少しは目が楽になるかと思うぞ。」


との言葉と共に。


受け取り済みの書類と、新たな手紙を持ち、少し目が楽になった御者三人は、喜びに打ち震えながら、スライ王国へ向けて帰って行った。


持たされた新たな手紙は、この二十日間の王女の蛮行全てが書き記されている。

また、結婚契約書と共にサインと捺印のされた書類の写しと、それに反故するかのような王女の立ち居振る舞いに対するスライ王国側の直接の謝罪と慰謝料を要求するものだった。



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持参金が持ち込まれるまでの王女といえば、最初はかなり文句を言っていた。


食事も出なければ、侍女が仕事をすることもないのだ。

ゴテゴテのドレスしか持ってきていない王女は一人で着替えもできず、風呂にも入れない。

部屋を出ようとすると、扉の前に立っているいかつくてゴツい侍女がそれを阻止するため軟禁状態が続いているのだ。

そりゃあ文句も言いたくなるだろう。


飯抜きが続いて文句を言う気も起きなくなった頃、宰相が契約書を携えて部屋を訪ねた。


「ご理解されていないようですが、今の貴女は陛下の花嫁候補ではありません。」


「はあぁ!?」


から始まり、客でもないので、食事も出せない事、壊された備品や部屋の壁はもちろん持参金より支払う必要がある事などを契約書を見せながら説明する。

もちろん初日に侍女へ水をぶっかけた事に対する賠償金も支払わねばならない。


侍女は立派で正式な職業であり、王女の八つ当たりの相手でもなければ、奴隷でもないのだ。


つまり、最初に契約した時の持参金だけでは足りない。その分はどうするのかと尋ねられ、王女は口をつぐんだ。


嫁入りする際、持参金がかなり多いので今後支援は出来ないと父である王と宰相に言い含められていたのを思い出したのだ。


「…輿入れの際に着ていたドレスについた宝石で支払うことは出来て?」


というので、侍女はそのドレスを引っ張り出して来た。


宰相はちらりとその趣味の悪く時代遅れなドレスを横目で確認すると、護衛に商人を呼ぶように伝えた。持参金の宝石の検品をした商人である。


商人が来るまでの間、他の話を進めていく。


この王国では、働かざる者食うべからずの精神に則り、持参金が来るまで花嫁候補として扱えないからこそ、勉強という名の仕事をこなさねばならないのだと伝え、これまた契約書を見せた。


「何故この内容を知らずにこの王国に足を踏み入れたのか、不思議でなりませんね。」


おバカな恋愛脳の王女でも、自国の玉璽は見分けは付くらしく、がっくり頭を下げ、勉強するから飯よこせ。となった。


ここに至るまで、散々暴れたこともあり、勉強は長時間に変更、結婚式までの期間も持参金が来てからのカウントとなること、また、こちらが判断した“問題行動“によって結婚までの期間を伸ばす旨の書類を見せると、知らなかった。だの、騙し討ちだの。と文句を言う。


が、そちらの書類にも玉璽がしっかり押され、何ならスライ王国の王と宰相のサインまで記入されているのを見せられた王女は、伸びに伸びた結婚式の間まで、大人しく勉強せざるを得ないとその場は諦めたように見えた。


これもそれも、精霊王達の入れ知恵の結果である。


商人がやってくると、ドレスに張り付いた宝石の半分がフェイクジュエリーだと判明したため、思ったような金額とならず、足りない事が判明した。


足りない分は、持参したドレスやそれに合わせた靴を売ることで済ませたかったようだが、査定した商人は、こちらはお金にはならないと言われ、王女は絶句した。


「え?なんで?高級品よ?平民では手に入らない一品なのよ?」


「ええと、申し訳ございませんが、このような珍品はこの王国では誰も欲しがりません。」


「ち、珍品?」


「あぁ、申し訳ございません。このようなアンティークなお品は人気がございません。」


「あ、アンティーク?」


「あ、またしても失礼いたしました。骨董品ですが、着用済みですのでお値段が付けられません。」


「……。」


拳を握ってプルプルしている王女に、商人は言う。


「こちらのドレスや靴は仕立てる技術が大昔に廃れておりますね。そのため再現するためにさぞかしお金が掛かったことでしょう。ほら触ってみてください。生地が全く違うでしょう?そちらのドレスは着心地よりも、再現性を重視して作られたようで、肌を傷付けますね。お辛くはなかったですか?」


商人にそう言われて生意気な商人と生意気な侍女たちに怒りを向ける。


「うっ!」


王女の怒りを感じた両隣の護衛兼侍女達は、殺気を出して王女を牽制した。勝てるわけがないのだ。


「ほんと、何なのよ!!私はこの王国の皇后になるのよ!?控えなさいよ!!」


「貴女は花嫁候補ですらありませんよ。勉強も始めていない中での蛮行の数々、帰っていただいても良いのです。さぁ、お支払いを続けましょうね。」


宰相はニコリともせずに王女を眺める。


「くっ!!」


足りない金を自力で準備できるはずもなく、持ち込んだネックレスや指輪、腕輪にイヤリング、リボンにつけられた宝石など、宝石を商人に買い取って貰ってやっと足りたようだ。


こっちも、フェイクジュエリーが混じっていて、商人は非常に驚いていた。

自国の姫の輿入れにフェイクジュエリー。

スライ王国ではどうだか知らないが、フェイクジュエリーはリアイラブル王国ではゴミと一緒なのだ。

つまり、ゴミをつけた珍品のドレスに身を包んでの輿入れ。

驚く他ない。



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持参金が到着したその日から、王女の食事が一日二食に変更になった。


リアイラブル王国の一般的な食事は一日二食。

何ら問題はないのだが、スライ王国の王族だけは一日三食食べていたようで、王女はしきりに文句を言っていた。


「リアイラブル王国に嫁ぐとは、そう言う事です。」


そう言ってみんなは王女を黙らせる。


日々詰め込まれていく勉強勉強の日々に、ストレスが溜まるのか、時々「リカードに会わせろ」と暴れる日もあった。

その度に侍女に取り押さえられ、結婚式までの日程が伸びていくのだ。


リカードは伸びていく日程に喜びつつも、このまま上手くことが運ばす、リアーナと破局しやしないかと、ドギマギしていた。


「早く終わらせてリアーナに会いたい…。」



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ある日を境に、王国内の民達の中から変に目立つ者が現れ始めた。


誰よりも美味しいものを食べたい!

誰よりも金銀宝石を集めたい!

美しい服を手に入れたい!

誰よりも何よりも綺麗になりたい!

ペガサスに乗りたい!

ユニコーンはどこだ!?

と仕事を放棄した人が、リアイラブル王国中にじわじわりと現れ始めたのだ。


「よし!思惑通り!」


リカードの契約している精霊王と、友好国の精霊王が一致団結して密入星した魂の“駆除“を開始した。


精霊獣達に頼んで、暴れる民たちの魂を覗き込んで貰い、侵略者かどうかの確認をしてもらう。


確認が取れた者にはマーキングで目印をつけてもらうためだ。


精霊王たちは、マーキングされた魂の者の中から元々この星に生まれる資格のなかった魂や、酷い思考を持つ密入国者順に“精霊の鍛錬所送り“として回収していく。


それと比例して王国内から行方不明者が増えていく。


この、精霊の鍛錬所送りとは、精霊王だけが使えるスキル。

このスキルは精霊力を沢山使うので、一日にそれほど多くの魂を回収することができないのがネックなのだが、ギリギリまで能力を使っていく精霊王たち。


回収した魂の帰る星がある子たちは(二度とこの星に入らないという制限をつけて)生まれ星に強制送還。

回収された子達の中には、他の星に転生したいと言う者もいたが、他の星にも迷惑なので、当然却下。


既に帰る星を失っている子は、精霊達の許しが出るまで魂の状態で研鑽を積んでもらうしかない。

そう、そのための“鍛錬所送り“なのだ。


結果、マーキングされた国民は、百万人のうち、二割にものぼり、精霊王たちの回収はまだまだ続くのだった。



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スライ王国の王女が輿入れしてきてちょうどひと月経過した日、持参金が到着してから十日。

リアイラブル王国のリカード陛下と宰相は、王女を玉座の間へ呼び出した。


「やっとですわ!やっとやっと!!私の白馬に乗った王子様と会えますのねー!」


ドレスに身を包み、高揚している王女は、護衛と同じだけの力を持つ侍女に両脇をかためられながら廊下を進む。


王宮の玉座の間に続く扉の前に到着すると、騎士の二人が高らかに告げる。


「スライ王国、王女殿下、御成になりました!」


すると、扉は内側から開かれ、中に進むように促される。


嫌な顔を隠しもしないまま、王女は中に進んでいくと、床と一体化せんばかりの土下座をしているスライ王国の国王と宰相がいた。


死んだカエルのように這いつくばって頭を床に擦り付けているようだ。


「はぁ!?一体何でこんなことになってますの?」


王女の声を聞いてスライ王国の国王と宰相が、ガバッと起き上がり王女に詰め寄る。


「お前のせいだろうが!」「貴女の責任です!」


「はぁぁ!?こんなに頑張ってるワタクシに対して、なんて事をいいますの!?ワタシクここに来て何一つ購入しておりませんし!散財もしておりませんわ!!」


どうやら王女はそう言い含められていたようだ。


三人で取っ組み合いの喧嘩になりそうなところを、護衛と侍女により三人は押さえつけられ、床に転がされる。


それを表情ひとつ変えずにリカードが見守っている。


「既に知らせている通り、我がリアイラブル王国は、精霊の加護で守られております!」


リカードの後ろに控えていた、リアイラブル王国の宰相は一歩前に出ると、高らかに説明を始めた。


「精霊の加護がある王国の王族の気性は、穏やかであれば王国自体が穏やかに。気性が激しいものが王族に1人でも混じれば、その人数の割合に応じて、同じ気性の者王国に現れると言われてきました!」


文官の一人が、皆の前に分析表なるものを配り、その説明をする。


「今皆様の前に置いた一枚目の表をご覧ください!王女がやってきたひと月前から、王国内で問題を起こした者の推移となります。」


その表を見る限り、初めの二十日間は犯罪ゼロ、残りの十日は国内の二割の者が犯罪を犯して捕まったと読み取れる。


リアイラブル王国の全国民は百万人。

その二割というと、二十万人がこの十日で犯罪者になったのだ。

これはやばい人数である。


「この王国には現在四人の王族が居られます。十日前に持参金が届きましたので、スライ王国の王女様は我が王の花嫁候補となりました。つまり、十日前に仮も含めて王族が五人になった計算です。」


「はぁ!?それが何だっていうのよ!私は関係ないじゃない!」


「こんな簡単な計算も出来んのか!」


スライ王国の国王は王女につっかかる。

それに追従するように、スライ王国の宰相も口に出す。


「五人のうちの一人は二割です!つまり姫が仮としても王族として入った十日前から増えた犯罪は姫様の責任ということですよ!」


うん!落ちたぞ!

一件落着まで後少しだー!


リカードは笑いたくなるのを我慢して、無表情を貫きつつ発言する。


「この現象は精霊の加護が強ければ強いほど顕著に現れる。この王国の、この世界の常識だ。何故バレないと思ったのか。不思議でならない。」


立ち上がって玉座の間を出る。


やったー!やったやった!

これでリアーナを迎えに行けるぅぅ!!


内心ガッツポーズをしながら、護衛を伴い廊下を進んでいく。


後は宰相たちに任せれば万事うまく行く手筈になっている。


まずは着替えるために自室に戻るリカード。


護衛たちは部屋の前で待機してくれるので、急いで服を選んでいると、そこに精霊王が現れた。


「お主、リアーナを迎えにいくのだろう?ならば我も連れていくと良い。」


「え?でも結婚するまでダメだって言ってなかった?」


リカードは不思議そうに精霊王を見つめる。


「お主は気がついていないようだが、リアーナは身を引くつもりでここを出たんだぞ?」


「はぁぁぁぁ!??」


持っていた服を床に叩きつける。

いくら考えてもリアーナが勘違いしそうなことを言った覚えは一つもない!


「だからこそ、我を連れて行けと言っているのだ。悪くはせぬ。」


「その、よく分からないけど、誤解を解いてくれると言うこと?」


「まぁ、そうなるか。」


リカードは精霊王に抱きついて、よろしくお願いします!!と頬擦りした。



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リカードはリアーナの実家に単騎でやってきた。

護衛が、お待ちください!!と止めるのを振り切って。


どこにいくかは伝えているので、そのうち追いつくだろう。


馬から降りると、馬は勝手知ったる様子で厩にむかった。婚約前にもよくリアーナに会いにきていたので、馬も慣れたものだ。


リカードはドキドキしながら玄関をノックする。


トントントン


しばらくすると、どなたー?とリアーナが玄関きら顔を出した。


「リアーナ!!迎えにきたよ!やっと片付いたんだ!」


と、満面の笑みで伝えるが、リアーナから表情が抜けた。

それを見て、もうリアーナは帰ってこないかもしれないと、鈍いリカードでも悟らざるを得なかった。


帰ってくるにしてもこないにしても、誤解があるのならば解いておきたい。


リカードはリアーナに促されるまま、リアーナの自室へ足を踏み入れた。

ソファに座るようにリアーナに言われたが、長居することは憚られる感じがする。


リカードは扉から一歩部屋に入ったところで立ち止まり、リアーナを見つめるが、視線を落としたままのリアーナとは視線が合うことはない。


「何かを誰かに言われたのか、それとも自分の言葉で傷つけてしまったのか。ごめんねリアーナ。何がダメだったのか、よく分からないのだけど。」


リアーナに頭を下げる。


「リアーナが戻りたくないと思う事があったのなら、それを話してもらいたかったな。一緒に解決したかった。でも、リアーナは決めてしまったんだよね?そんな顔をしてる。」


リアーナはそれでも口を開かないし、こちらを見てももらえない。


リカードは泣きたくなった。

でも、最後くらい泣かずにいたい。

笑顔で終わらせたい。

でも、もう泣きたいけど…。


そう思った時、ピカリと光って精霊王が現れて、『コマンド-共有』のスキルを発動した。


俯くリアーナの目に、精霊王の光が届き、顔を上げる。


そこには、自分の手のひらの二倍くらいの身長の男の子が浮かんでいるのが見えた。


「ええ!精霊王!姿見せちゃダメだよ!リアーナは皇后にはならないみたいだし!」


リアーナはその言葉にハッとする。


「この方が精霊王様…。初めまして、リアーナと申します。」


リアーナは最大限の礼を取る。


「うむ。堅苦しいのは好かん。普通に話せ。して、リカードよ。リアーナは我たちとの会話を半端に聞いてしまったようでな。」


え?そんな隙あったのかな?

と、リカードはリアーナを見る。

リアーナは辛そうな表情を隠すように下を向いた。


「我が王女を輿入れさせよ。と話した日、扉の前で聞いてしまったのだよ。」


「な、なんのことだか、わかりません!」


立ち聞きなど、みっともない真似をしたとは言い難いリアーナは、知らないと言う。

精霊王はリカードに教えるように話し出す。


「それに対して、お主は『解りました。リアーナと結婚するためです。でも、絶対に結婚はしませんよ?!それだけは約束してください!自分は好きな人と結婚したいんです!』と言ったが、扉越しだった事と、お主の抑揚の付け方で、このリアーナには、『解りました。リアーナと……絶対に結婚はしませんよ?!自分は好きな人と結婚したいんです!』と聞こえてしまったわけだ。」


「はぁ!?」


リカードは驚いて大きな声をあげてしまう。

聞くなら聞くで、ちゃんと聞いてくれたら良いのに!なんでそんな細切れに!?


「さらに、『口先だけの婚約とすれば、…良いのだ。』と続いたわけだな。」


リカードは開いた口が塞がらない。

リアーナは恥ずかしそうに顔を赤らめ顔を両手で覆う。


「リアーナよ。リカードほどお主を大切に思う者は現れぬよ。嘘も吐けぬ。王としては嘘くらいつけるようになって欲しいと思っているのだがなぁ。信じてはやれぬか?」


精霊王はリアーナのそばへ寄って耳元で呟く。


「リカードはお主が居るから王の仕事を請け負ったようなものなのだ。お主がリカードを好まぬと言うなら諦めて、他の女子を探すしかない。リカードは嫌がるだろうがな。王国に新たな王族は必要だからなぁ。」


リアーナはリカードの隣に自分以外がいる姿を想像したくないと思った。たとえそれがどんな人だとしても。


精霊王はうんうんと頷く。


「リアーナよ。精霊はな?人の心が読めるのだ。隠そうとしてもダダ漏れなのだよ。」


「ええ!?」


精霊王はあははと笑うと、二人の間まで飛んで、二人の顔をそれぞれ見てから、


「よくよく話せば良い。リアーナが主導権を握ってな。リカードはリアーナ、お主の事が好きすぎてポンコツなのだよ。」


と言ってパッと消えた。


「あぁ、えっと?精霊王から何を聞いたのか分からないのだけど…。やっぱり、離宮には帰ってはこないよね?ごめんね。自分が不甲斐ないばっかりに、嫌な思いをさせちゃったみたいで。もう、ここには来ないよ。今までありがとう。離宮に来てくれて楽しかったよ。」


涙を飲んでそう告げたリカードは知っているのだ。


女性は一度でも嫌だと思ったら何が起ころうと嫌なのだと。

一度失った女性の信頼は、二度と戻らないのだと。


と、今は亡き母が口を酸っぱくして言っていたのだ。何があったか知らないけれど…。


だからこそ、自分の相手に対する気持ちは隠さずに伝えよと。亡き母の遺言のようなものだ。


その通りにしてきたはずだが、初恋は実らないとも言う。今まで順調すぎたのだ。


リカードは改めてリアーナの顔を見る。

やはり視線は合わなかった。

それがリアーナの答えなのだ。


リカードは、ぎゅっと拳を握り、リアーナの部屋を出て廊下を歩き玄関へ向かった。


パタンと扉が閉まった。

リアーナと本当に決別するのだと、その音が伝えたように思えた。


まだ泣くな!馬に乗るまで我慢するんだ!

大丈夫!大丈夫だ。

心の中でリアーナを想うのは許されるはずだ!

いつか、いつの日かリアーナを忘れられるその日まで。


溢れそうな涙を堪え、玄関を出ようとした時、右手を後ろから握られた。


「え?」


握られた右手を視線で追うと、リカードの瞳から一筋の涙が溢れてしまった。


「あぁ…ご、ごめんなさい。泣かせてしまって。」


リカードの右手を握るのはリアーナの右手だった。


「それに、沢山す、好きだと言ってくださっていたのに、勝手に我慢しなくちゃいけないと思い込んで。ずっと言えなくて。そ、それに、今回のことだって、全部聞いたわけではないのに…。私、自分勝手で…。」


リカードは足を止めてリアーナの話を聞いている。

元来単純で鈍いうえ、嫌われたと思い込んでいるので、リアーナの言葉の意味がリカードには明確に伝わらない。


リアーナはリカードに想いが届いていないことを悟り、握ったリカードの右手を引いて、自室へと戻る。


ちゃんと座って、お互いの気持ちを吐き出す必要があると分かったからだ。


「え?えっと?」


戸惑うリカードをリアーナがリードして、話す場を作ることにした。


あぁ、精霊様の言うとおり。

と言うけれど、本当にリカードったらポンコツなのね。


リアーナは、先程初めて会えた精霊王に心から感謝した。



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スライ王国の王女の持参金は全て賠償金の一部となった。

足りない分は、文官と護衛がスライ王国へ行って取り立てた。


国としてもう成り立たないと理解したスライ王国の王様と宰相は、リアイラブル王国の属国になることに玉璽を押した後、精霊王たちによって鍛錬所送りとなったという。


属国となったスライ王国は、今後ゆっくりと自然が回復していくが、それはまた別の話。



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リカードが実家に閉じこもっていたリアーナを迎えにきたあの日。

少し拗れはしたが、その日のうちに仲直りした二人は、我慢できんとリカードの乗ってきた愛馬の前にリアーナが乗せられ、離宮に連れ戻された。


宰相はそんな事だろうと、離宮の手入れをさせていた。

整えられていたひと月ぶりの自室。

王女が荒らした形跡もない。


「補修された形跡もありませんけど、あの噂の王女はどこにいらしたんですか?」


リカードに後ろから抱きしめられたままリアーナは尋ねると、ソファに座ったまま嫌な顔をしたリカードは


「あの王女は、倉庫にある倉庫番用の部屋にいたぞ?」


とリアーナに、心底嫌だったという声で、教えてやった。


「え!?あの埃だらけで、誰も入りたがらなかった隙間風だらけの部屋に、ですか!?」


そうだ。と、リアーナの首に顔を埋めて頷くリカードに、リアーナは呆れ返った。


一応他国の姫君なのだ。どんな噂があろうとも。


倉庫の倉庫番用の部屋は、部屋の広さだけはどの部屋よりも広い。埃もすごいが隙間風もひどく、隣の風呂場は馬用の風呂場なので、外への出入り口がある。

ベッドもマットレスではなく、藁を四角く整えただけのもの。


質素が好きな王族でも、召使いたちでも、出来ればそこに入りたくないレベルなのだ。

実は匂いもそれなりにある。端的に臭いのだ。


「あの部屋にひと月…。我慢強い方だったのですね…。」


「いや、相当暴れた跡があったそうだ。」


リカードがそう言った後、不意にリカードは感じた。

ちょっと待てよ。自分がそんな部屋を準備させていたとリアーナに思われたら大変だ!と。


「待て待て待て!勘違いはしないで欲しい!こちらが準備した部屋は、この部屋と対角線上にある客間だ!あっち側が約束していた以上の荷物と共にやってきたから客間に荷物が入りきらなくなって、文官が捻り出したのが倉庫番の部屋だったというだけだぞ?」


自分が女性に対して行った仕打ちではないのだと説明する。


それでもその部屋から別の客間に移す事も出来たわけなのだが。


「暴れて暴れて壁は凹むし、椅子も何脚か壊された。結果倉庫の建て直しが必要になるほどだったのだ、不幸中の幸いだったと宰相が言っていた。」


「そ、そうなんですね。」


リアーナはイマイチ納得していないようだったが、それ以外口に出さなかったので、リカードはリアーナがどう思っていたのかは知らない。


リアーナは、この王宮や離宮にいる者たちが優秀である事、優しく接してくれることを知っているので、暴れて椅子を壊すとか、壁を突き破るなんて理解が及ばないのだ。

よって、何故かと聞いたところで、納得は一つもできないと感じ、口を噤んだのだ。


「ねぇ、リアーナ。何かあればすぐに聞いて欲しい。どんな君でも受け入れる自信しかない。君以外要らない。君と結婚して一緒にいる事が至上の喜びなんだ。」


リカードはリアーナの目を見て熱烈に告白をする。


「あの王女との婚約も、絶対に嫌だと言ったんだ。でも、一度仮に王族としないと、スライ王国を属国に出来ないからと、精霊王が仕組んだ事なんだ。自分の意思は一つも入ってない!信じて欲しい!」


「精霊王様の策略…だったのですか…。」


リカードはリアーナに全てを説明する。

既に精霊王はリアーナの前に姿を現したのだ。

本来王妃になるまで紹介はしないはずだったのに。


つまり、リアーナは絶対に王妃になるという事なのだ。

全部説明したっていいはずだ!

ダメなら今現れるか、後で叱られるかもしれないが、リアーナが何を勘違いするか解ったもんじゃない。


リカードは一生懸命に伝えていく。

リアーナはうんうんと話を聞いて、自分が如何に愛されているか、愛されてきたかを知り、非常に恥ずかしい思いもしたが、嬉しくもあった。


相思相愛だったのだ。


「ありがとう!リカード!私も貴方が国王になるのだと聞いて、一緒に国を守っていきたいと思って王妃になる勉強を始めたの。」


リアーナのこの告白で、精霊王と宰相、父親である賢王に仕組まれた事だと知った。


お互いの恋心をうまく使われて、国王になる事、王妃になる事を操作されたわけだ。


「間抜けな王様でごめんね。」


「それなら私も間抜けな王妃だわ。」


二人は笑う。


「単純だけど、良い王様と王妃になろうね。

この国は王族の気性は、穏やかであれば王国自体が穏やかになるらしい。単純な私たちなら、単純で温かな国になるだろう。」



リアイラブル王国のリカード陛下は、リアーナが成人するその日に結婚式をあげた。

リアーナは結婚式当日に王妃となる手続きを済ませられた。

一日だって待てぬとばかりに。

途中の物語を投稿してしまっていました。

加筆して再投稿させていただきました。m(_ _)m

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