第十二話 緊張
恭一が、アスピリンのヴォーカルをやっていくと決めてから、一か月経とうとしていた。
授業が終わり、カバンに教科書をしまっていると、金子がそばに立った。彼は微笑みを浮べると、
「とうとう明日だね」
「うん」
「きっと大丈夫だよ。そんな気がする」
「どうだろう。でも、頑張るしかないんだけど」
最近はだいぶ声も出るようになったし、楽しいという気持ちも少し出て来ていたが、実際にあの場所で、知らない人たちの前で歌うことを考えると、楽しいよりも、もっと別の感情が湧いてくる。
(怖い……)
が、それは誰にも言わない。口に出した途端、飲み込まれそうな気がするからだ。
「明日、来てくれるよね」
恭一の問いに金子は頷き、
「もちろんだよ。約束したじゃないか」
「そうだけど……」
「ちゃんと見てるから、頑張りなよ」
手を振って教室を出て行った。思わず大きな溜息をついてしまった。
そして、当日。ライヴは夜だというのに、恭一は朝から緊張していた。黙々と食事をしている恭一に、母は、
「キョウちゃん。今日、ライヴだったよね。行けなくてごめんね」
母は何か用事があるらしく、今夜のライヴには来られない。が、正直なところ、恭一は母が来れなくてほっとしていた。見られるのは、何だか気恥ずかしい。もう少し慣れてからにしてほしい、と思っている。
「いいよ。その内に見てくれれば」
「いつか絶対行くよ」
「うん。ありがとう」
ちょうど食べ終わったので、立ち上がり食器を流しに持って行き洗った。そのまま部屋に戻り、頭の中で音楽を再生しながら小さな声で歌った。何度も何度もそうしてみたが、心は落ち着かない。みんなはどうやって気持ちを落ち着かせているのだろう。
言われた時間にライヴハウスに行き、リハーサルをやって本番に備えていた。心臓が速く打っていた。
「キョウちゃん。緊張してるでしょ」
からかうような口調で津久見が言う。
「してます」
恭一が正直に気持ちを伝えると、津久見は笑って、
「初めてだからしょうがないよ。それも楽しむしかない」
そう言った後、
「大丈夫だよ。オレ、そう思ってるから」
恭一の肩をぽんと叩き、美しく笑んだ。その言葉を聞いて、恭一は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
誰に言われるよりも、効果があった。津久見才は不思議な存在だ。
「ありがとう、サイちゃん」
心から礼を言った。
今夜も出演は三バンドだ。そして、くじ引きで決めた順番は三番目。つまり、最後にやるということだ。
「人がやってるの、観ない方がいいよ」
津久見に言われたので、楽屋にずっと閉じこもっていた。
そして、とうとう出番を告げられた。一瞬逃げ出したい気持ちにかられたが、踏みとどまった。
「じゃ、行こうか」
津久見の言葉にみな頷き、ステージに向かって歩き出した。