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入院生活_2


■HCU■


「リストバンドの話をしたじゃない」

「いいましたね。」

「さっきも云ったけれど、そこには名前とIDが印刷されてたんだよ。あと病棟もね。それに加えてなんかシールが貼られてた」

「そういえば面会謝絶だったらしいですけど、どこに入ったんです?」


 社長が結構難儀していたみたいだし。


「あー……面会謝絶みたいになってたのは、コロナのせいよ。院内感染防止のひとつなんじゃないかな。

 いや、実際、あそこって面会できたのかな? 私が入ったのはHCUってところ」

「HCU? 集中治療室(ICU)なら知ってますけど」

「重症患者が入る場所かな? ICUに入れるほどじゃないけど、目を離す訳にはいかない、みたいな?」

「ちょっ、大変じゃないですか。なんでトイレの前でオロオロしてたんすか」

「だって、余りの事で頭が真っ白になっちゃったし」

「事務所にいたんだから、誰か頼りましょうよ」

「いや、仕事の邪魔かなって……」



:ダメだこの姉さん

:気を遣う状況が間違ってる

:ミヤコちゃん、ちゃんと面倒見てあげて

:ひとり暮らしで大丈夫なのか!?

:もしこれ、自宅で配信してたらトイレで……

:うわ、有り得そう

:姉さん、ひとり暮らしやめよう!



「姉さん、コメントを見てひとこと」

「あぁ、うん。みんな心配してくれてありがとうね。

 姐さんにも云われたよ。火事騒ぎで住処がなくなっちゃったから、今は姐さんのところに一時居候しているんだけど、これからどうしようね?」

「実は私の所にその関係の話が来てまして。寮を用意するから、そこに住めと。面子は【P・T】の4人です。姉さんと私、あとサイコとコヨミコ」

「え、聞いてないよ。

 というか、なんかごめん。私のせいで迷惑かけまくってるね」

「配信後に社長から寮の説明がありますから。今日から入寮です。ということで、掃除、洗濯、洗い物は私たちにお任せを。姉さんは調理をお願いします!」

「え、持ち回りじゃないの? 別にいいんだけど、私の料理でいいの?」

「姉さん、プロじゃないですか」

「いや、確かに調理師免許は持ってるけどさ」



:マジか!

:料理人姉さん!

:包丁人コキリコ

:その割には、これまで一切その話がなかったのはなぜだ!?



「あれ、姉さん、雑談とかで云ってなかったんですか?」

「云ったところで話が広がると思う?」

「いろいろありそうですけど」

「そもそも私、ペーパーコックよ」

「なんですかそれ!?」


 あ、コメントも騒ぎ出した。


「なんだもなにも、私、試験で調理師免許を取っただけだからね。調理技術はたかが知れてるのよ」

「はい?」

「調理師免許って、2年以上の実務経験があれば、受験資格を得られるんだよ。喫茶店とかでもOK。だから私は試験を受けて調理師免許を取得した組ね。

 多分、みんなが知ってる調理免除取得方法は、調理師学校に通えば、卒業と同時に貰えるってやつでしょ?」

「そんな方法もあるんですね」

「いや、そうじゃないと、老舗の料亭とかに修行に入った子とか免許とれないじゃない。いわゆる昔ながら方法で板前の道に進んでる人とか」

「あー……確かに」

「まぁ、今日のご飯にグラタンを作ったからさ。後で持って来るから、それを食べて判断してよ」

「楽しみです。というかですね、姉さん。事務所でグラタン作るとか、いつにもましてフリーダムですね? いま焼いてるんですか?」

「8時くらいにできあがるように、頃合いをみてスイッチ入れに行くよ。オーブントースターで作れるから簡単だよ。

 と、話を戻すよ。リストバンドにシールが貼られたってのはさっき云ったよね」

「云ってましたね」

「色は黄色だったんだよ」

「黄色……」

「そもそもこのシールはなんぞや? って考えてたんだけど、多分、トリアージ」

「えっと、災害時の治療順位を示すやつでしたっけ?」

「そう。緑は後回しで問題なしとかいうやつ。黄色は緊急だけど安定しているから、最優先というほどでもない、だったかな?」

「まぁ、HCUに入ってますからね」

「そうだね。というか、入院するとそういうタグ付けもされるんだなって、初めて知ったよ」



■すすり泣く声■


「HCUに入ったのが午後6時くらいかな? 時計とか見れなかったから、あとから聞いた話だけれど。

 はいってすぐに心電図をつけられて、点滴を打たれた……って、さっきいったね。点滴の内容は生食」

「生食?」

「生理食塩水。抜けた血の代わりに入れて、血圧を安定させるためだったんじゃないかな?」

「輸血とかはなかったんですか?」

「あー。それは3日目に主治医の先生から云われたけれど、輸血は無しの方向で治療することになったんだよ」

「え、そうなんですか?」

「うん。なんか、輸血は最終手段みたいなものみたいだよ。血を追加しないと死ぬ、もしくは失血でなにかしらの障害がでるレベルじゃないと、輸血はないみたい。

 これは姐さんから聞いたけれど、いろいろあるみたいだよ。同意書とかも必要みたいだし」

「同意書!? え、輸血に同意書とか要るんですか!? 意識不明とかだったらどうするんです!?」

「事後承諾じゃないの? 見殺しにするわけにもいかないし。で、なんで同意書が必要かと云うと、輸血した結果、なにかしら問題があった場合の責任の所在をはっきりさせるためかな?」

「……宗教的なものですか? 裁判沙汰の話を聞いたことがありますけど」

「どうなんだろ? 実際の所は、ほら、以前、肝炎の問題があったじゃない。輸血から感染したっていうの。そういうのもあるんじゃないの?」


 なるほどなぁ。


「で、その日はそのままベッドで就寝ってことになったんだけれど……」

「……なにかあったんすか?」

「いや、なんか、女の人のすすり泣く声がずっと聞こえててね」


 は?


「え?」

「いやぁ、病院だからねぇ……」


 ちょっ!?



:え、怪談話!?

:いきなりホラーな展開に!

:病院が題材の幽霊で有名どころってなんだ?

:怖っ!



「いや、幽霊とかの話ではなくてね。患者さんがひとりお亡くなりにね。家族の方がずっとそばに付いていたんだよ。最期だしね。病院側も面会の制限を解いていたんだろうね。

 一晩中すすり泣きが聞こえて、朝方に亡くなられたんだ」

「……姉さん、洒落になってません」

「どういう意味でいってるのかな? まぁ、私の入ったところは、HCUでも一番ヤバい状態の人が入る場所だったみたいだけど。なにせナースステーションのすぐ隣りの部屋だったからね。なにかあっても、すぐに看護士さんが駆けつけられる部屋だよ。

 ちなみに、となりのベッドの人は、運転中にくも膜下出血を起こして事故った人。なんか4台くらい巻き込んで中央分離帯に激突して止まったらしいよ」


:うわぁ

:いろいろと洒落にならん

:姉さんもそのレベルでヤバかったってこと?

:姉さん、無事退院出来てよかったよ

:【快気祝い \30000】



「姉さん、本当に退院おめでとうございます」

「あ、うん。ありがとう……って、こら、スパチャは止めろ。いいから。いらないから! つか快気祝いって! 快気祝いは私が出す方だ!!」


 うわ、なんか快気祝い名目で赤スパが飛んでる。



■ベッドの上からの景色■


「治療とかとはまったく関係ないけど、ベッドから見える範囲の話をするよ。ちょっと後で必要になるから」

「はい?」

「云ったと思うけど、記憶の齟齬の話よ」

「あー、なんか記憶違い起きたとかいってましたね」

「うん。それね。

 私の入った病室は4人部屋で、窓側にベッドの頭を向けて、横並びの4列。ベッド間には目隠しのカーテン。

 目隠しカーテンに目立つ汚れがあってね。筋状の黒い汚れ。多分、転落防止用のベッドの柵と擦れてついたんだろうね。

 で、足元側に出入り口があるわけだけれど、普段はその扉は開けっ放しだから、足元側にも目隠し用のカーテン……スクリーンみたいな引き下ろし式のやつが備えてあったよ。何故か引き下ろし用の紐が右端についてたけど」

「右端? 普通、真ん中じゃないんですか?」

「何故か右端だった。

 最後に蛍光灯。丁度真上に蛍光灯があってね。埋め込み式の二本並びのやつ。そのユニットがふたつ縦に並んでたんだよ。だから計4本。四角い白い金属製の枠で囲われた。蛍光灯は剥き出しじゃなく、透明な……あれってアクリル樹脂製だっけ? それの蓋がついてたよ。それで枠の左側に、モスグリーンの金属金具。蝶番かな? それがついてた」

「……随分詳しく覚えてますね」

「私にとっては異常事態だったから、忘れるに忘れらんないんだよ!」



■清拭■


「入院2日目。といっても、特になにもないんだよね」

「そうなんですか?」

「ベッドの上の住人だからね。しかも絶飲食中だし。栄養は点滴だし。トイレに関しては尿瓶だし」

「うわぁ……」

「オムツにする話もあったんだけれど、それは断固拒否した!」



:オムツ

:オムツ

:まぁ、下血で入院したんじゃなぁ……

:よく許されたな



「で、実際の所、ベッドの上で寝てるだけで、なんにもやることないんだよ。とはいえ、何故か退屈するような感じは無かったけれど。

 もしかしたら、知らず知らずのうちに、微睡んでたりしてたのかな? なにせもう、トイレの行き来だけで疲れ果ててたし、マラソン走った後みたいに息苦しくなったしね」


 うわぁ……。


「暇つぶしになるようなものは、なにもなかったんですか?」

「うん。まったく。一般病棟じゃないしね」

「あー……」


 それじゃあ、暇つぶしのモノなんて、たかが知れてるなぁ。スマホの類は厳禁だろうし、そもTVなんて設置されてないだろうしなぁ。となると本の類だろうけど、出血で体力がガタ落ちしている状態で読書は厳しいだろうし。


「そんななかで覚えてる、清拭(せいしき)っていうイベントがあってね」

「セイシキ?」

「体を拭くことね」

「あ、そう云うんですね」

「まぁ、なんというか、ちょっとショックというか、なんというか……」

「なにがあったんです? 不幸のどん底みたいな顔してますけど」

「ははは……。いや、体を拭くんだから、服を脱ぐわけよ。ベッドの上で全裸になるのよ。まぁ、それはいいんだけれど。

 で、タオルを渡されて、胸とかを自分で拭いて、背中とかを看護士さんが拭いてくれるのね」

「まぁ、体力ガタ落ちの状態じゃ、体を拭くのも大変でしょうし」

「下半身も拭いてもらった」

「……は?」

「下半身も拭いてもらったんだよ……」

「えっと……足とかですか?」

「……股間揉まれた」


 ぶふっ!?


「は? え? は?」

「こう……なんていうか、こう、ね。仕方のないことだとは頭では分かっていてもね、こう……」


 姉さんが頭を抱えてる。


「もう、恥ずかしいやら悲しいやら情けないやらで。つか、他人に股間を揉まれる経験なんて初めてだよ。揉まれるなんていってるけど、普通に拭いてもらっただけなんだけどさ、感覚的にはもみもみされてるんだよ!!」

「ちょっ!? 姉さん落ち着いてくださいよ!」

「うっ!? やべ、息切れしてきた」


 姉さんが胸を押さえて突っ伏した。


 本当に体力が酷いことになってんな!


「姉さん」

「なに?」

「なんかコメントで『姉さんの股間なら、喜んで揉むぜ!』なんてのが乱舞してますけど」

「いらんわっ!」



■再度下血■


「事態はその日の夜に動いたんだよ」

「なんですか今度は」


 姉さん、落ち着きましょうよ。なんか肩で息してますし。うっすら汗もでてますよ。それ、冷汗ですよね?


 スッ、と用意して置いたタオルを姉さんに渡す。姉さんはちょっと目を瞬かせると、受け取り、汗を拭いた。


「入院してから、まるっきり便通がなかったのね。まぁ、出すものは全部出し切ったようなものだし、飲食は丸っきりしていないわけだから、でるものがないわけなんだけれど。でもそれだと、私の状態がわからないわけじゃない。だから何度かトイレには行ったけれどでなくてね。でもそれじゃマズイとも思ってたんだよ」

「まぁ、そうですけど、でも出血が止まってたなら、どう頑張っても出ないんじゃ?」

「あの有様だったのが、病院に行った途端に止まると思う」

「……有り得ませんね」


 本当に酷かったからなぁ、アレ。


「私、環境が変わると便秘になるのよ。旅行とか行くとダメになるタイプ」

「あー、ありますね。ウチの兄がそうです。どう見ても繊細なんて言葉からほど遠い外見なのに、旅行にいくと便秘になってますね」

「うん。それね。多分、今回の入院でもそれが起きたっぽくて、出すものを出さない方向に体が勝手にシフトしてたみたい。

 でも便の状況を確認しない事には、治療するにもどうにもならないようことは、私も分かってたんだよ。なんかそんな空気だったし。

 だから、出るはずだからって、夜にトイレに付き添ってもらって、ちょっと頑張った。

 洋式便器に排泄したものを採取するための受け皿みたいなのを設置して、そこで用を足したわけだけれど、うん、何とか出たんだけれど、またしても下血した。後から聞いたんだけど、200CCほどの出血だったみたい」

「うわぁ……」

「今回は便器内に入った訳じゃないから、状態をはっきりと私も見て取れたのね。あと、点滴で生食を絶えず入れてたせいもあったのか、血の色が完全に鮮紅色なんだよ。スカーレットというか緋色というかね。我ながらドン引きしたわ。あんな綺麗な赤い色、昔ブラッドソーセージを作った時以来だわよ。

 看護士さんには用を足し終わったら呼ぶように云われてたから、看護士さんを呼んで、でもって出るモノも出たから確認してもらったよ。看護士さんもちょっと絶句してたけど。

 で、そのあとベッドに戻ったんだけれど、急に具合が悪くなってね」

「え?」

「寒気が酷くなって、冷汗がダラダラと流れてきて、胸が苦しくなって、体もなんだか痺れたような感じがしてきてと、酷い有様になった。

 そのウチ、目の前が暗くなってきてさ。ちゃんと目を開けてるのにだよ。で、そのあとの記憶がないから、多分、そこで失神したんだと思う」


 姉さん!?



■夢■


「夢ですか?」

「そう、夢」


 そういって姉さんは容姿に似つかわしくない、神妙な顔をした。


 ……って、よく考えると、これ、姉さんにとってマイナスでしかないな。予想以上に、この容姿で不便な思いをしているのかもしれない。

 どうやらリアルの合法ロリ容姿は大変なのかもしれない。


「いま思い返しても、訳の分からない夢だったのよね。というか、私って基本的に夢なんて覚えていないのよ。これまでの人生で、目が覚めても覚えてた夢なんて、片手で数えるほどしかないし」

「夢なんてそんなもんじゃないですか? 目が覚めるとさっぱり忘れるのって」

「でも、なんか夢をみてたって感覚は残ったりするんでしょ? 私ってそういうのもないのよね。寝た。起きた。その間の時間経過を一切感じないって感じで」

「それって“寝た気がしない”ってヤツじゃ?」

「どうなんだろ? 私は昔っからそんな感じだし。

 それはさておいて、夢の話よ!」


 そういって、姉さんは見た夢の話を始めた。


「なんかね。真っ黒な場所にいるのよ。で、正面に……壁? があってね。そこには文字列が5行並んでるの」

「なんて書いてあったんです?」

「判読不能。一文字目が“金”だか“全”みたいな感じの文字。漢字みたいなんだけれど、まったく別の文字だと思う。全体的に崩し字? えっと、卒塔婆に書かれているような感じだったから、さっぱり読めなかったんだよ」



:卒塔婆

:そとばってなに?

:お盆の時にお墓に立てる細長い木の板

:あれって梵字で書いてない?

:宗派とかで違ったりする?



「なんかコメントが卒塔婆で盛り上がってます」

「なんで!?

 まぁ、いいや。

 でね。その5行のうちの左から2番目だけがハイライトされてて、他4行はグレイアウトしてるのね。

 で、私はと云うと、そのハイライトされた行をグレイアウトさせようとして、うんうん唸ってるんだよ。それはもう涙目で」

「なんで涙目!?」

「いや、なにが原因かはわからないけど、とにかくそうしないと私が大変なことになるみたいでね。でももう時間切れ間近でどうにもならないような状況? というかさ、もうどうやってもグレイアウトに出来ないって自覚してて、絶望してるんだけど、諦め悪く悪あがきしてるんだよ、私。

 そこで夢も途切れて3日目になったよ」

「……オチは」

「ないよ。というか、この3日目で記憶の齟齬が起きだしたんだよ」



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