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入院生活_1


 待機画面を切り替えて、配信を開始。


 ただし、画面に登場しているのは姉さんではなく私のアバターだ。


「みんな、こんみゃあ! 猫ノ島ミヤコだよー。音のほうは大丈夫かな? 聞こえてるー?」



:あれ? ミヤコちゃんだ

:キリコ姉さんは?

:悲報、コキリコ姉さん、トイレから生還できず



「みんな安心してね。ちゃんと姉さんいるから。生きてるから。

 今日の雑談は姉さんに入院中の話をしてもらうんだけれど、絶対に姉さんにひとりで話させると、当たり障りのない感じになって5分で終わらせそうだから、私が聞き役をすることになったよ。と云うか姉さん、はやくこっちに来てくださいよ」


 なぜかドアの隣りで所在なさげに立っている姉さんを呼ぶ。


「み、みんなただいまー。水無瀬コキリコ、帰って来たよー」

「随分と長いトイレでしたね、姉さん」

「か、返す言葉も無いよ。いや、ほんと、みんなごめんねー」



:姉さん!?

:あれ? 姉さんが違う?

:姉さんが大人しいだと!?

:誰!?

:でも声は姉さんだ!



「あ、やっぱりみんなもそう思うんだね。どうしよう。ガチで私の妄想が事実なのかもしれない」

「いきなり何の話ですか、姉さん」

「いや、ちょっとね。入院している時に記憶の齟齬が起きてね。私もすこし混乱してるんだよ。

 つか、ミャーコちゃん、私がさっき世迷言云ってたの知ってるでしょ?」



:世迷言。

:世迷言。

:世迷言って、なにごとだよ。

:草。



「……もしかして、「私、異世界転移したかも知んない」って奴ですか?」

「そう、それ」

「姉さん、血が足りなくなって脳が……」

「いや、それは云わないでよ。ガチでそうかも知れないんだからさ」


 えぇ……。


「否定してくださいよ! ネタになんないじゃないですか!」

「だってねぇ。遂に私もおかしくなったか……って思いたくなってるし。まぁ、それについては後で話すとして、えっと、入院の話をすればいいんだよね?」

「はい、お願いします。リスナーのみんなも、姉さんが突然いなくなったわけですから、その辺りのことを訊きたいと思いますし」

「うん。それじゃ、どこから話そうかなー」


 にへー、っとした笑みを浮かべ、姉さんが酔っ払ってる時みたいにフラフラと揺れる。というか、こんな顔で笑ってるところなんて初めて見たよ!?


 どうしよう、この姉さん。本当に私の知ってる姉さんと違うんだよ。喋り方から男前度が消え失せてて、ただのポンコツロリにしか思えないし。いや、顔立ちは普通に年相応だから、子供には見えないんだけどさ。背丈が小さいだけで。

 しかし、なんだろう。この微妙にコレジャナイ感。口調なんかはもうまるっきり違ってるし。


 ……マジで別人とかじゃないよね。


 姉さん、私の事を『ミャーコちゃん』なんて呼んだことは一度もなかったと思うんだけど。大抵は『ミヤコ』って呼び捨てだったし。


 ……いやいや、ガチで外見が合法ロリの人なんてレアもいいとこでしょ。さすがに同じ顔で別人はないか。


「ミャーコちゃんが一緒にいたのはトイレのところまでだよね。私が下血して、フラフラしてた」

「はい。そのあと、姉さんの配信を止めにいきましたから」

「じゃ、その後のことから話すね。

 社長に担がれて運ばれ――」

「待って姉さん!」


 私は慌てて止めた。


 え? 担いで? え? 私が見たのはお姫様抱っこされてた姉さんだよ。さすがにそれを担がれてっていうのはどうなの!?


「どしたの、ミャーコちゃん」

「さすがに担いでだと、(あね)さんの評判が……」

「評判って、なんの評判よ。えっと、軍隊式? レンジャーロールとかいうんだっけ? なんか、アルゼンチンバックブリーカーを俯せにしたような感じで担がれて運ばれたよ」

「なんだかわかんない名前が出てきた!?」



:アルゼンチンバックブリーカーwwww

:なんでプロレス技www

:いや、わかるけど、わかるけどさ

:草

:wwwwwww



「姉さん、草が生え散らかってます」

「まぁ、分かればいいんだよ」

「私の記憶だと、お姫様抱っこで運ばれたんですけど」

「私の知識だと、アレをお姫様抱っことは呼ばない」

「……」

「……」

「……」

「わかった? これが私の云ってる記憶の齟齬だよ。まさかこんなところにもあったとは」


 遠い目をする姉さんに、私は頭を抱えた。


 えぇ……どうなってんの?



■救急車■


「それじゃ、私が運ばれた後の事から話すよ。

 あの後、社長が救急車を呼んで、病院へと運ばれたよ。普通は受け入れ先の病院を探すのに時間が掛かるみたいなんだけれど、本店のほうの社長、私たちからみたら会長? が懇意にしている病院に運ばれることになったよ」

「そういえば、ウチはかなり特殊でしたっけね。本店の業務とかけ離れてることから、子会社扱いになったわけですし」

「子会社化することになった経緯を聞くと、驚きと呆れと困惑が同時に来るけれどね。社長……姐さんがやらかしてるから。

 それはさておいて救急車。

 救急車に乗って、右手側にあるストレッチャー……かな? そこに横になったのよ。救急車の中って結構狭いんだね。ドラマとかで見た感じだと、結構広く思えたのに。

 で、それで搬送ってことになるんだけど、乗り心地はとてもじゃないけど良いとは云えなかったよ。いやぁ、揺れる揺れる。いまにして思うんだけれど、あの揺れようで、もし脛骨骨折とかした人を搬送する場合は大丈夫なのかな?」

「いや、それを私に聞かれましても。そんなに揺れるんですか?」

「うん。まぁ、急いで搬送しているからだろうけど。

 で、乗った後なにをした……というかされたかというと、体温と血圧を計ったくらいかな。あと脈拍」

「数値は覚えてます?」


 そう訊くと、姉さんはちょっと困ったような笑顔で固まった。当然、その表情はアバターにも反映される。



:あ、これ覚えてないヤツだ

:姉さんだしなぁ

:喋りに男らしさがなくなったけど、やっぱ姉さんだ

:安心する

:姉さんはこうでないと



「ちょっ、ちゃんと覚えとるわ! ただ、聞いたのは最初の一回だけなんだよ」

「はい? どういうことですか?」

「搬送中に、何度も計ったんだよ。まぁ、途中で容体が急に悪くなることもあるから、頻繁に計ったんだろうね。

 で、その聞いた一回目の奴は、体温が35度5分。血圧が85の45」


 (ひっく)っ! そりゃあんなに手が冷たかったし。って、血圧が上85って大丈夫なの? 普通100以上あるよね?


「脈拍はどうだったんです?」

「脈は……聞いたかな? というか、私って脈とか取りにくいみたいなんだよね。採血でも血管が見つからなくて、何度もプスプス刺されるし。実際、見つからなくて『脈がないぞ』って云われたし。……あれは救急隊員ジョークだったのかな?」

「え、ジョークなんですかそれ!? まるっきり笑えないと思うんですけど!?」

「ジョークじゃなかったら、そっちの方が問題だよ。まぁ、私はそれどころじゃなかったんだけどさ。寒いし苦しいし。

 で、脈拍の方なんだけど、手首を掴まれたんだけれど、()の如く脈が触れなかったみたいでね」

「そういや、前にもそんなこと云ってましたね」

「そうそう。で、後から看護士さんから聞いたんだけれどね、病院に担ぎ込まれた直後は、私の血圧、上、70を切ってたらしいよ」


 ちょっ!?



:ひくっ!

:ひっく!

:え、なんで生きてるんだ

:低すぎだろ!?

:今調べたら、60以下で危篤ってあるぞ

:姉さん!?



「……姉さん、マジでヤバかったんじゃないですか」

「うわぁ……。もう一度下血してたら終わってたかもしれないね。というか、失血死って、血が足りなくなった結果、心臓がまともに機能できなくなるってことだって学んだよ。あ、これは勝手な私の推測なんだけれどね。折角だから看護士さんに聞いておけばよかったな」


 なんでそんなにのほほんとしてるんですか、姉さん。


「病院に着いてからは、寝てたストレッチャーごと救急車から降ろされて、ガラゴロと運ばれたよ。多分、ドラマとかである、救急搬送された患者さんみたいに……って、事実そうだったんだけれど。

 でね、憧れってわけじゃないんだけど、ストレッチャーであんな風に運ばれるのって、どんな感じなんだろう、なんて漠然と思ってたことがあったんだよ。

 ――良いものじゃないね」

「そうなんですか?」

「うん。酔う。個人差があるのかもしれないけど、私はダメかな。だからすぐに目を瞑って到着するのを待ってたよ」



■あかんべー■


「そういや血圧で思い出したんだけどさ、姐さんが来てすぐに私の目の下を引っ張ったのを覚えてる? なんだかあかんべーをするみたいに」

「はい。覚えてますよ。私もやられましたからね。というか、なぜ血圧からその話に」


 私は目を瞬いた。


「ときどき刑事ドラマなんかでも、そんなシーンがあったりするよね。私、あれがなんだかわからなかったんだけれど、ここでその理由が分かったんだよ」


 むふー、と姉さんがドヤ顔をする。


 途端にコメントが騒がしくなった。当然アバターにもいまの表情が反映されているわけなのだが、どうやらいまの表情は初めてのことだったらしい。


「あれね、失血の度合いを見るためらしいよ」

「そうなんですか? なんの脈絡もない話がでてきて、いったいなにを!? って思ったんですけど」

「うん。で、さっきミャーコちゃんにあかんべーをしてもらったよね」

「……なんかスマホで撮ってましたね」

「それを編集したデータがこちら! ででん! ちょっとこれから画面にだすねー」


 ちょっ!?


「いや、姉さんダメですって! 私たちは露出NGですから!」

「姐さんに許可はとったから大丈夫だよ。あ、私のもだすから」


 社長!?


「ってことで、本譜初公開! これがミャーコちゃん!! ――の目の下だ!」


 あかんべーをして引き下ろされた目の下が画面に映し出された。白目の下の部分と、目の下の部分だけをトリミングした画像はなんともシュールだ。


「でもって、これがいまさっき撮影した私」


 同じように姉さんの――って、白!?



:うぉー、ミャーコちゃんと姉さんの生画像だー

:って、姉さんの目の下白っ

:シロッ!?

:シマチョウみたいだ

:シマチョウってなに?

:ホルモン、牛の腸

:なんで焼肉に例えた

:さすがにそこまで白くないぞ! 白いけど

:姉さんこれ大丈夫なのか!?

:姉さんに輸血を!!

:求ム、姉さんに血を送る方法



「え、やたらと白くないですか。コメントもざわついてますけど」

「白いね。うっすいピンク色だよ。つまり、そんだけ血が足りてないってことだよ。いまの私は水増ししてるようなものだからね。さすがに2週間程度じゃ、失った血液を補填できてないと思うよ。というか、どのくらいで元通りになるんだろ?」


 姉さんが眉根を寄せた。


「ちょっと調べてみますね。献血の間隔期間で調べればいいかな?」


 【献血】【期間】で検索する。


「えーっと、200ccの全血献血で4週間。だいたい1ヶ月ですね。で、400ccで12週ですから、3ヶ月……。姉さん、どれだけ出血したんです?」

「多分、1リットル近く出たんじゃないかな。あ、これには根拠はあるよ」

「800ccの失血で危険と聞いたことがありますけど。もしくは全血液量の三分の一」

「成人の血液量って、確か3リットルくらいじゃなかったっけ? 結構ギリギリだったのかな?」

「姉さんの体格だと、3リットルもないんじゃ?」

「どうなんだろ? でもこうしてちゃんと生きてるしねぇ」


 いや、だからなんでのほほんとしてるんですか姉さん。


「……いまの体調は?」

「ちょっと歩くだけで息苦しくなって眩暈がするよ」

「ダメじゃないですか。安静にしてましょうよ」

「え、だって配信したいし。座って話す分には問題ないよ。そもそも病院でも、一般病棟に移ってからは普通に歩いてたし。すぐフラフラするから、トイレ以外で出歩くことはしなかったけど」


 あああ、看護士さんの気持が分かった気がする。こんな有様でフラフラ歩かれたんじゃ気が気じゃないよ。



■待機■


「運ばれた直後のことは、ちょっと忘れちゃっていまいち曖昧なんだよね」

「それって、失血の影響じゃないですか?」

「どうなんだろ? 2週間前だしなぁ。

 とにかく、運ばれても病室が開いているわけじゃないから、待機することになったんだよ。一時的に待機する病室に運ばれて、そこで採血されて、リストバンドを付けられたよ。リストバンドには名前と、IDが記されてた。あ、IDは診察券に書かれてる奴ね。……あれ? リストバンドは病室に入ってからだったかな?」



:採血って

:失血で運ばれたのに血を採られるのか

:でも血液型とかのこともあるしなぁ

:輸血のこともあるし必要か



「あはは。私も同じことを考えたよ。血が足りないのに抜かれるのかって。

 で、ここら辺の記憶が、いろいろ前後してるんだよね。多分、待機所? へと運ばれる前に、CTとか撮ったよ。あともうひとつなんか撮影したんだけど、説明がなかったからわかんないや」

「やったことは覚えているけど、その順番がわからない、ってことですか?」

「うん。そうだよ、ミャーコちゃん。

 その後は、付き添ってもらってた姐さんとあれこれ話してたんだけど、さっぱり覚えてない。多分、着替えとかをお願いしたような気がする」

「それを考えると、姐さんの家に厄介になってたのは都合がよかったと云っていいんですかね?」

「火事で焼け出された身としては複雑だよ。つか、姐さんから聞いたんだけど、出火元の隣りのにーちゃんは行方を眩ませたって。というか、私の被った損害の賠償はどこに求めればいいんだ? 消防署じゃないよねぇ? となると、隣りのにーちゃん? ……無理そうだな。暫くは事務所で配信することになりそう」

「それについてはご愁傷様です」

「大事なデータだけはUSBメモリに入れて持ち歩いていて良かったよ」

「普通はそっちの方が危ない気がしますけどね」

「もう社長に預けたからこれ以上なく安心だよ。

 話を戻すね。で、午後6時過ぎに病室が空いて、運び込まれたよ。

 ……あれ? 病室に入ってから点滴入れたんだっけ? その辺の記憶は曖昧だわ。あ、胸にペタペタコードのついた吸盤を3つ貼りつけたよ。ひとつは左の胸の下、脇腹の上あたり。もうひとつが左の鎖骨の下、最後が右の脇の側かな。心電図と脈拍と――あとなんだっけ? それを監視する機械ね」

「監視って……」

「ナースセンターで確認できるみたいで、異常があると看護士さんが飛んできてくれるんだよ。

 寝てる間に外れちゃったりすると、すぐに来てくれて直してくれたし」

「……」

「どしたの? ミャーコちゃん」

「いえ、いまさらながらですけど、姉さん、本当に危なかったんだなと」


 こうして一緒にまた配信出来ていることが奇跡みたいに思えるよ。


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