実技訓練①
今日は実技訓練の日。SクラスとAクラスの生徒が森の入り口に続々と集まってくる。
実技訓練は魔の森で行われる。その名の通り魔物が住む森だ。中央に近づく程、瘴気が強くなり、人体にも影響を及ぼすことがある。そのため、王国魔術師や騎士団などの特別な許可を持つものしか入れないらしい。…まあ、相当な考えなしじゃない限り、入りたいとも思わないだろうけど。ちなみに私たちが入れるのは、この学園に入学した時点で王国魔術師の一員になっているからだ。
「いやぁー!わくわくすんなぁ!」
ニールの声は弾んでいる。ニール、魔物大好きだからなあ。自分の子供みたいに可愛がるんだよね。
「大丈夫?魔物倒さなきゃいけないけど、斬れる?」
リエが本気で心配した声を出す。正直そこが1番心配。
「大丈夫だよ。命を狙うなら、命を奪われる覚悟はしないとだろ?」
なるほど。襲ってくるなら容赦はしない、と。そういうとこ、意外にちゃんと線引きしてるんだよねえ。
「ニールはそんなに魔物が好きなの?珍しいね。」
アルが少し驚いた声を出す。
「おぅ、まあな!魔物ってかっけーじゃん。ペットとしても可愛いとこ、あるしな!」
「へえ…可愛いところ……」
アル、本気で悩まないで…感性が違うんだよ。私も魔物は可愛いと思わない。魔獣とか聖獣なら可愛いけどね、もふもふだし。
「俺、魔獣ならかっこいいって思うけど、魔物は思わねぇなあ…変な液体出すやつもいるし、気持ちわりぃ。」
ルベが本気で引いてる。でも、ちょっと分かる。
「まあ確かにあいつらも可愛いよな!ていうか、みんな俺の子どもみたいなもんだし…」
ニールが何かを思い出しているように遠い目をする。大方、魔物や魔獣の姿を思い出しているんだろう。
でも、その視点って…
「なんか、神様みたいなこと言うね。みんな自分の子どもみたい、だなんて…」
アルが微笑しながら言う。と、ニールがこっちに助けを求める目を向けてきた。私はニールから目をそらす…これはどうしようもない。あんな事言えばそりゃそう言われるよ。自分でなんとかして。
「えっと…あっ、先生来たぞ、いよいよだな!」
私に助ける気がないのが分かると、あからさまに話を逸らした。
…あからさま過ぎない?逆に怪しまれそう。…まあ、アルもそこまで気にしてないみたいだし、いいけど。
「今から、実技訓練を始めるぞ。お前らがすることは、魔物を狩りつつ、この森で一晩過ごすことだけだ。狩った魔物は、その数で順位を決めるから、魔石を回収しておけよ。荷物は各自、必要なものを用意したな?それと、学園から支給された笛だが、どうしても死にそうな時は吹け。教師の誰かが助けに行く。…説明は以上だ。死なない程度に頑張れ。」
…だいぶ分かりやすく省略された説明だなあ。
「あの、先生!」
生徒の1人が手を挙げる。
「なんだ?」
「この笛は、過去に使われたことがあるんですか?」
あー、確かに。そんな危険な訓練なのかな?
「あるぞ。」
先生はあっさりと答えた。
「というか、毎年、全体の3分の1は吹く。年によっては、ほぼ全員が吹いてたな。」
生徒たちの間に動揺が走る。そんな危険な訓練、よく続けてこれたね?!誰も反対する人いなかったのかな…
「まじかー、すげぇな。」
ニールは何故かさっきよりも目を輝かせてる。
「すげぇって、ニール、呑気すぎんだろ!死ぬかもしれねぇんだぞ!」
ルベはこう言ってるけど、正直、私もあんまり気にしてないんだよなあ。実力的にも。
「つっても、俺らに出来るのは、死なないように頑張ることだけだろ。」
「確かにニールの言う通りだね。4人で協力して頑張ろう!」
ニールの言葉にアルは頷く。
みんな頼もしいなあ…私、見てるだけでも大丈夫だったりしない…?だめ?
それから数時間後…
「ギャー、死ぬって!誰か助けてぇ!!」
「おお!!やっぱ、こいつは見た目がいいんだよなあ。」
「大丈夫。ルベならいけるよー。訓練なんだから頑張って!」
ルベの悲鳴に、マイペースなニール。そして、助ける気ゼロのアル。
…カオスだ。誰かツッこんで。
「鬼畜王子だぁぁ!!おいっ、ニール!助けてくれって!
」
「待てって。こいつのカッコ良さを目に焼き付けたら助けてやるから!」
「ふざけんなよ!その前に俺が死ぬわ!」
「話せる余裕あんだから、ちょっとくらい大丈夫だろ。」
「くっそぉぉーー!!」
ニールの言う通り、ルベ、あんな事言いながら意外に余裕ありそうなんだよね。
…ちなみに私は何をしてるのかって言うと、
「リエ!リエっ!お前なら助けてくれるだろ?!そんなとこでお茶してないで助けてくれ!」
紅茶を飲んでます。ティーセットを空間魔法で収納してたんだよね。そして私の前には、同じく紅茶を飲んでるアルもいる。めっちゃ絵になる。羨ましい…
「リエぇー!!くそ、リエもダメだ。聞いてねぇ!」
「失礼な、聞いてるよ。」
ちょっと考え事してるってだけで。
「じゃあ助けてくれよ!頼むからぁ…」
でもなぁ、ルベなら普通に勝てるレベルなんだよね。魔法をちょいっと撃てばいけるし。
「大丈夫だよ!重症でも私が魔法で傷一つない状態に回復さしてあげられるから!」
「そういう問題じゃねぇぇ!!」
…リエも十分ボケの一員だ。誰にも助けて貰えないルベが1人でツッこんでいる。
「くぅぅ、どうせ死ぬならお前も道ずれだ!」
だから大丈夫だって言ってるのに…まあ、やっとやる気出してくれたんなら、いっか。
『ファイアー!!』
その瞬間、魔物は燃え上がり、、、ルベ以外の3人は一斉に吹き出した。
「おま、ファイアーって…」
「初めて聞いた…」
「個性的だね…」
3人とも笑いを堪えるのに必死である。というものの、魔法の呪文は、火であれば『ファイアー○○』、水であれば『ウォーター○○』、などと決まっているのだ。ただ『ファイアー』と言うと、自分の考えている事と全く違う魔法が出てしまう。あと、そもそも『ファイアー』って叫ぶ人はいない。ルベ以外では。
「笑うな!俺も必死だったんだよ、誰かさんが助けてくれねぇから。」
「…ごめんね?でもルベなら大丈夫だろうって信頼してたんだよ。」
私たちに笑われて少し拗ねてしまったルベ。アルやニールも謝ってはいるけど、あんまり悪気はなさそうだ。
…にしても、思ったより平和だなあ。もうちょい魔物だらけかと思ってたのに。というか…
「魔物たちに避けられてる…?」
まさか、ね。
リエの呟きは森の静けさに溶けていった。
その頃…
「キャーー!!」
広い森のどこかで誰かの悲鳴が響いていた…