私、試してみますわよ!!
……とりあえず、状況を整理しましてよ。アンナは至って平静を装いながら、必死に頭を回転させた。
――私は、運悪く階段から転げ落ちて、運悪く死んでしまったのですわよね? で、何でか分かりませんけれど、再び生き返って、婚約破棄の流れになりましてよ。ええ、それは分かりますの。分かりますけれど……。
「……おい、アンナ。聞いているのか?」
「あっ……? お、おーっほっほっ!」
「……?」
……そんなことって、本当に起こりますの? 私、全く信じられませんわ!
「と、とにかく……。カヌーレ嬢のことだ! カヌーレ嬢! 君が彼女のことを虐めていたんだろう?」
「え、ええ! そうですわよ! 『爪を切って差し上げますわ』と言って、わざと深爪にさせたりしましてよ!」
「なっ……! なんて、陰湿ないじめなんだ……!」
「おーっほっほっ! 彼女が死ぬほど嫌いなお野菜をたーっぷり使ったスープを、無理やり飲ませたりもしましてよ! あの子、好き嫌いが激しい子でしてよ!」
「う、うーん? それはむしろ、良いことのような気もするが……?」
首をかしげる王子を見ていると、アンナは無性にイライラし始めた。
――もう! なんてお間抜けな顔をなさるのかしら! 私、腹立たしくなってきましてよ!
「スタン王子!! 私がどんなに心苦しい告白を申し上げたか、お忘れになったのですか!?」
王子が煮え切らないのを見かねてか、会場の隅にいたカヌーレ・ベルが、縦ロールを揺らしながら大声で叫んだ。アンナに虐められていたのは事実だが、彼女もまた、中々に性格の悪い……、いや、したたかな女性だった。彼女には虚言癖があり、アンナにされてもいないアレやコレも、全て王子に告げていたのだ。
「『あなたには、ここがお似合いでしてよ!』と言われながら、冷たい井戸の中に突き落とされたり、『あなたにぴったりでしてよ!』と言われながら、馬小屋の掃除をさせられたりしたんです! 伯爵令嬢である、この私が!」
――そんなこと、全く身に覚えがありませんわよーっ!? アンナは思わず叫び出しそうになったが、スタン王子にじろりと睨まれ、思わずびくっと肩を震わせた。
「……君には、心の底から失望したよ。自分の身分に胡坐をかいて、弱い者を虐めているとはな」
彼の言うことは尤もだが、カヌーレの嘘を易々と信じてしまうとは、それはそれで問題なのではないか。アンナの心には、再びふつふつと、やり場のない怒りが湧いてきた。
――んもう! 私の申し上げることよりも、嘘つき女の言うことを信じるんですのね! やっぱり、このまま婚約破棄なんて、私のプライドが許しませんのよ!
「アンナ、もう一度だけ言う。君との婚約は、この場をもって破棄だ!」
王子はキッと瞳を上げ、無慈悲に「婚約破棄」を命じる。一方のアンナは、内心で顔を真っ赤にしながら、いっそのことこの場で派手に死んで、死に戻りができるかどうか、試してみようと思った。
――せっかくですから、「信じられないこと」が何度も起こるか、試して見せますわ!王子の傍らにある、あの小さなテーブルで!
「さあ、今すぐこの場から消え去れ――」
「どぉるらぁぁぁっしゃいっ!!」
――アンナは思いっ切り助走をつけ、見るからに頑丈そうなテーブルに、ゴチンと頭を叩きつけた。獣のような雄叫びを発しながら、走塁なみのスライディングをかました悪役令嬢。その名も、アンナ・スコット……。