私……!! 生き返りますの!?
「――アンナ・スコット! 君との婚約は、この場をもって破棄させてもらう!」
公爵令嬢のアンナ・スコットは、煌びやかな貴族たちが集まるパーティ会場で、マトリッツォ国の第一王子であるスタン・ドールから、「婚約破棄」を言い渡された。
「カヌーレ嬢から、話を聞かせてもらった! 君が公爵令嬢という立場を利用して、立場の弱い彼女を虐げていたとな! 君は素晴らしい女性だと思っていたのに、見損なったよ!」
……やっと、フラグを回収できましたわ。
アンナは眩いばかりの金髪を揺らしながら、あえて厭らしい笑みを浮かべた。実のところ、彼女は自分よりも身分の低いカヌーレ・ベル嬢のことを虐めていた。しかし、それは仕方のないことだった。なぜなら……。
「……はぁ、そうでごさいますか。言いたいことは、それだけですの?」
「……ということは、やはり、君が彼女を虐めていたんだな?」
……彼女は正真正銘の、「悪役令嬢」になりたかったからだ。とは言え、ただ単に悪役になりたかったわけではない。彼女と王子の結婚が、彼にとって「危険である」と、彼女自身が気づいてしまったからだ。だから、彼女は熱心にフラグを立てる下準備をし、そしてついに、王子との婚約破棄にこぎつけたのだった。
――そうは言っても、私、王子のことをお慕い申し上げておりましてよ。
まるでルビーの宝石のような、美しい瞳。気品の溢れる素晴らしい容姿は、全ての女性を虜にする。……こちらを鋭く睨みつけるスタン王子を見つめながら、アンナははぁっとため息をつきたくなった。
――仕方ないとは言え、簡単には割り切れませんことよ。私、王子のことが好きなんですもの。
だがここは、心を鬼にしなくてはならない。アンナは苦しい心をぎゅっと抑えて、悪役令嬢にお決まりの、「おーっほっほっ!」という、それっぽい高笑いをかました。
「確かに、あなたの言う通り。私、カヌーレのことを虐めておりましたの。けれど、それが何だって言うんですの? あの女は身分が低いのですから、虐められて当然ですわ!」
アンナが一言、びしっと言い切ると、周りにいた客たちは一斉にざわついた。王子も怒りを露わにした表情を浮かべている。
「何ですの? そもそも、何故王子であるあなたが、あの女のことを庇っていらっしゃるの? まさか、あの女がお気に入りなんですの? 私よりも、あの女が!」
――次の瞬間、アンナは左の頬に、熱い痛みを覚えた。スタン王子が、彼女の頬を叩いたのだ。
「君には、甚だ失望した!! 今すぐ、ここから出て行け!!」
……予定通り、ではあるのだが、アンナは思わず泣きそうになった。心無いことをしたのは自分だが、婚約者にも誰にも分かってもらえずに、ただこの場を去ることしかできないのだ。
「あ……、あ……」
アンナは少々心が乱れ、無意識の内に「あ……」を繰り返した。
――私、こんなにもショックを受けておりますのよ。だって、足に力が、入らないんですもの……。
「あっ……!」
――そのとき、アンナは足を滑らせた。彼女と王子がいるところは、少し高い踊り場の上。そこへ続く長い階段へと、彼女の体は落ちてしまったのだ。
「あっ、あぁぁぁっ!!」
――全く、なんて不運なんですの。
ゴロゴロと階段を転げ落ちたアンナは、ついに冷たい床へと投げ出され、運悪く頭をぶつけてしまった。
――ああ、何てことですの……。最悪な振られ方をして、それでいて無様な死に方をするなんて、情けなさすぎますわ……。
「……でも、これで、国の安寧は守られたんですのよね?」
……アンナの最期の言葉は、しかし誰の耳にも届くことはなかった。アンナ・スコット。享年二十歳。なんともあっけのない、悲しい死に様だった――。
「――アンナ・スコット! 君との婚約は、この場をもって破棄させてもらう!」
――あ、あれ? これは一体、どういうことですの? 煌びやかなパーティ会場で、アンナは思わず驚いた。わ、私、死んだはずではありませんの?
「カヌーレ嬢から、話を聞かせてもらった! 君が公爵令嬢という立場を利用して、立場の弱い彼女を虐げていたと……」
……しかも、しかもですのよ! 心の中で、アンナは思った。このセリフ、先ほども聞いたではありませんの! まさか、私――!
「君が彼女を虐めていたんだな!」
――数分前の世界に、生き返ってますのーー!?