涼の決意 (分裂前)
TS後、分裂前の時間軸の話です。
「あ、涼。
ここにいたんだ」
聴き慣れた……いや、聴き慣れていないのにそんな気にさせる声に俺は顔を上げる。
目の前には俺の理想を体現した天使、双葉優希の姿があった。
あいつが女の姿に変わったのは俺のせいだ。
だからせめてもの償いに男同士だった時と変わらない友情をと誓ったつもりだった。
でも……
「涼、おはよう!
一緒に学校に行こうよ」
家が隣同士なこともあって朝にいつも迎えに来てと登校するのが日課だった。
「今日もお弁当作ってきたから一緒に食べよう」
俺の両親が忙しくて留守がちなのを知っていたアイツはいつも飯を作ってくれていた。
「あ、また転びそうになっちゃった。
いつも倒れる前に支えてくれてありがとう」
アイツはいつもすぐ転びそうになるから、その兆候を見つけたら慌てて支えるのも日課だった。
これらは結城だった頃は何も思わなかった。
単に結城は本当に良い奴だなと。
結城が女だったらどれほど惚れていただろうかと妄想しては首を横に振った。
そんなことは起こり得ない……ならば親友として側で見守り続けるのが最善なのだろうと俺は嘘をついていた。
そんな俺の心の弱さが今回の事態を招いたのだ。
どれだけ嘆いたところで始まらない。
ならばせめて変わらぬ友情をと誓ったのだが、優希になっても変わらずに朝の登校に誘われ、飯を作りに来てくれて、よく転びそうになる。
その度に倒れそうな身体を支えるのだが、小さく柔らかくなった身体を掴むたびに動悸が伝わるんじゃないかと心配してしまうくらいだ。
その度にアイツの存在が俺の中で大きくなっていくのを感じた。
このままじゃ駄目だと思った俺は昼休みに教室を抜け出して屋上に来ていた。
ここで頭を冷やせばいいと思ったし、優希の事を無視して教室から飛び出したから愛想を尽かして今後は誘ってこないんじゃないかとも期待した。
なのに……あいつは態々俺のことを探しに来てくれたのか?
「なんで、ここに……」
「涼って何かあるとすぐに1人になれる場所に行くでしょ。
この時間ならここかなって。
何があったか分からないけど……ほら、お弁当食べよ!
今日は涼の好きな唐揚げを沢山入れてるんだから、食べたらきっと元気になるよ」
そうやって俺に笑いかけて隣に座る優希。
「はは……優希には敵わないな」
「どれだけ長い付き合いだと思ってるの。
私ほど涼の事理解してる人はいないよ」
「そりゃそうだ……って、私?
一人称変えたのか?」
「え……なんか自然に出ちゃったけど、こっちの方がしっくり来ちゃうね」
「そっか、それならそれで良いんじゃねえか?
今時ボクっ娘も流行らねえだろ」
「もう、ボクっ娘だって趣があって良いんだよ」
「はは、悪い悪い……ん、今日の唐揚げは絶品だな。
今すぐにでも良い嫁さんになれるぞ」
「えへへ、お嫁さんになれるってのは何だけど美味しいって言ってもらえるのは本当に嬉しいね」
そうして弁当を食べ終わった俺は思いっきり立ち上がって。
「よし、元気出た!
弁当ありがとな」
そう言って未だに座って片付けをしている優希の頭を撫でる。
「涼の手、いつもより大きいね」
「そうか?
優希がちっちゃくなったからそう感じるのかもな」
「そっか……涼に憧れて大きくなりたかったけど逆に縮んじゃったもんね」
「お前はそのままでいいよ。
その方が……」
「今何て言った?」
「何でもねえよ。
弁当ご馳走さん!」
俺はそのまま振り返らずに手を上げながら屋上を出ていく。
「その方が一生お前のことを守ってやれるからな」
俺は決意と共にポツリと呟いて階段を降りていくのだった。