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第九十一話『王手』

「あれ」

「どうしたのカラスさん」

「僕達ここに読書しに来たわけじゃなかったよね」

「そういえばそっか」


 ギルド内にある豪奢な図書館。一階から三階を隔てる天井兼床は吹き抜けで、本を読むスペースと壁一面に広がる快闊かいかつな本棚を渡るための通路分のみ残されている。

 その広さもさることながら、一階入口付近から一望できる景色は強烈に圧巻的だ。


「カラスさんは何読んでたの」

「襲来って本、助手君は何読んでたのさ」

「みにくいアヒルの子」

「へえ」


 ちなみにこの部屋での飲食は禁止されているので、もし喉が渇いたり小腹がすいたのなら一階にあるカフェエリアに行こう。


 ギルドのカフェエリアといえば、一度座ると背も尻も深く沈んで立ち上がれなくなってしまうようなソファーに、鑑賞するだけでも何時間も時が過ぎてしまう精密で美しい浮彫りが成されたテーブル。カフェエリアに何時間も入り浸る人が絶えないとか。

 おすすめのメニューは、好みに合わせて出してくれるミックスジュースとカヌレだ。


「こんなところで道草を頂戴している場合じゃあないね」


 探偵はそう言って、本を閉じた。

 さてそれからの探偵と助手の行動は恐ろしく早い、本を戻して後ろ髪を引かれながらも壺の前まで駆け足。


「この壺かな?」

「らしいね、さあ早速検証と洒落込しゃれこもうか」


 そう言って探偵が懐から取り出したのは、黒い革製の布袋。


「さて、結界を貼っていくよ、今回のは簡易的なのだから、必要なのはこの結界石だけ」

「なんだか綺麗」


 袋から、黒光りする握りこぶしくらいの大きさの石を4つほど取り出す。

 そして探偵は助手に台の上に置かれた壺を持つように指示して地面に置かせた、壺はそこそこの大きさで助手が両手でどうにか持てるほどの大きさだ。


「壺をちょっと広いところにおきまして、壺を中心に結界石を正方形になるよう角に置きます」

「その心は」

「どちらも結界を貼るのに必要な工程でしょう」

「あんまり面白くない」

「君ちょっと志東に似てきたね」


 意味もなくなぞかけのように語った探偵にも非はあるが、そこからの無茶振り、そして理不尽な落第を言い渡す助手はどこぞの意地の悪い黒髪の青年を彷彿とさせる。

 探偵に褒めたつもりは毛頭なかったのだが、助手は嬉しそうに手を頬に添えた。


「ちなみに、結界石ってなんなの?」

「結界石は結界術師が作った石ころで、石の中に予め結界が記録されてるんだ、だから簡単なものならその場で即時に結界が張れる」


 一般に有名だけれども値段が張るので保有している人はほとんど居らず、一般の冒険者からすると喉から手が出るほどに欲しい高嶺の花だそう。

 汎用性も高く魔物避けやセールス避け、瞑想や好きな人への告白、しまいには自殺にも使われる始末。


「複雑な結界を張りたいなら他にもいろんな条件だったり道具が必要だけどね、あと知識と技術とか、そういうのに長けてるのが結界術師なのさ」


 結界術師と呼ばれる彼らは大半が引きこもりで、自分以外が入ってこられない結界を張った場所でその知識と技量を高めるため密やかに研究を続けているのだとか。

 故に結界術師なんて者はそうそうお目にはかかれない。


「結界術も魔法から派生した形態のひとつで、根本的なところは不確定元素を使う魔法と同じ、こんな風に魔法から派生した技術は沢山あって、例えば魔術、妖術、呪術、死霊術、どれも魔法から派生したもの。環境や宗教によって様々な使い勝手と名で呼ばれて、その姿を変えて、違う技術として伝わっているのさ」


 探偵は熱く語る、魔法統計学の何たるやを。


「妖術なんかはそれが色濃く出てる、妖術は体内の魔力を使わずに最低限の空気中にある魔力に依存して機能させる。これは体に魔力が溜まりにくい体質の……」

「カラスさん」

「ん?」


 助手の呼ぶ声に語るのを中断し耳を傾ける探偵、如何なる時にも周りの声や様子に気を配る、それこそが探偵たるカラスの在り方。


「さては、そっち系の本読んだ?」

「まあね、論文とか読むの楽しいでしょ」

「私は小説の方が好き」


 つくづく意見の合わないふたりである。

 別の視点から物事を見れるという、利点はあるのだけれど。


「よし、じゃあ早速仕上げを」


 それはそれと割り切って、探偵は結界から少し離れた位置に移動。助手も空気を読んで少し後ろに下がった。


「結界石よ、己に刻まれし使命を遂行せよ」


 普段はぶっきらぼうなやる気のない魔法の唱え方しかしない探偵、しかし今は少し興に乗っていたらしく格好つけて詠唱なんてして見せた。


 探偵は反響が気になって横目で助手を見てみたけれど、助手は暇そうに壁にかけられた絵を眺めているばかりだった。

 絵の彼は我が子を食らっている。


「わあ!すごい!これ成功なの?」


 何気なしに探偵の方に向き直した助手は目が合ってしまい、慌てて驚く素振りを繕いはじめた。


「成功だけど、どうやらこれが犯人ってわけじゃないようだね」


 結界の中にだけ、色彩が返り咲いた。

 一般の通行人たちは目を見開いて視線を向けてはいるが、あくまで関与はしたくないようで近づいてすら来ない。

 探偵はそこそこ有名人なのだ、もちろん悪い意味でね。


「この壺が犯人なら、結界の中が白黒でなくちゃいけないんだ、それなのに今はその逆」


 結界の境に入ってみて、半分白黒状態を堪能する探偵。雨と晴れの境界に立つ時よりも、目に見てわかるから楽しい。


 そしてなんだか、目に悪そうだ。探偵はそう熟考した。見る者によっては犯人を見つけるための推理をしているように映るだろう。

 探偵風の格好をしているせいでも、あるかもしれない。


「目、チカチカする」


 一方助手はというと、白黒に目が慣れてしまい赤い絨毯を見ているうちに目がチクチクし始めたのだ。

 とりあえず窓の外の景色でも見ようと、振り返った助手のチクつく目は。

 ────狐の面をした何者かを捉えた。


「カラスさん!今なんかいた!」

「ん、え、ちょっとまって」

「追いかけるよ!」


 結界石を袋に詰めなおしていた探偵は思わず間抜けな声を出して、壺もそのままに結界石だけをかき集めて袋に入れる。


「おっけー、おっけ、よし!行こう!」


 探偵が意気込んだ時には既に助手は居らず、窓が開け放たれていた。

 追いつけない距離じゃない、探偵は窓枠に足をかけた。




      〇




「綺麗な夕日よね、私達が居た所がちっさく赤く見える」

「そうですね」


 塔のある高台まで歩いてきてしまった、僕は鉄柵によりかかって聳立そびえたつ塔を見上げている。

 テトさんは前目乗りに鉄柵に足をかけて街を見下ろしていて、その様子を心配そうに、そして呆れたようにヒバリさんが見守っている。

 ちなみに、夕日が赤い事にツッコムつもりはない。


「白黒だけどにぃ」


 僕の代わりに、テトさんが小さな声で呟いた。

 しかし残念なことに、ヒバリさんの耳には届かなかったらしい。


「じゃあ、捜査はまた明日という事で」


 モルの方は事件解決まで、あとどれくらいかかりそうなのだろうか。今日の夕食にはカラスも着いてきそうだ。

 カラスは好き嫌いが激しい、夕食の献立は安定のハンバーグかな。


「ダメだよ、今日のうちに片付けなきゃ」

「いや、でもモルの夕食作らないとですし。今日の夜一緒にテレビ見るって約束してるんですよね」


 こんな時代にもテレビはやはり娯楽のひとつで、今まであまり使うことのなかったテレビはモルによってフル稼働させられている。

 僕が買ったはずなのだけれど、リモコンの所有権は僕にない。


「何見るの?」

「密着24時間無人島サイクロンとかいうやつです、たしか」

「すごい、全く面白くなさそう」


 無人島に密着して何をするつもりなのかは知らないけれど、サイクロンの部分がさらに意味不明すぎて笑えてくる。

 その点で言えば、面白いのだけれども。


「あ!おかえり!」


 突然テトさんが弾んだ声で言いながら、上へ向けて手を振りだした。視線を辿ると、1羽の鳥が空中で回っている。

 だんだんと降りてくるその鳥は、どうやらシルクハットを被った白い鳩らしい。そのまま鳩はテトさんのすぐ側の鉄柵に留まった。


「まさか、その鳩がもう1人の協力者と、そういう訳ですか」

「そうそう」


 返事もままならず、テトさんは手に乗り移った鳩を撫でるのに夢中だ。

 そしてひとしきり撫でた後、1羽と1人は見つめ合って。


「さあ!どこにいるか教えて!」


 勢いよく鳩を街の方へ空へ放った。


「まあ、薄々勘づいてはいましたが」

「逃げたように見えて、追い詰められてるよね」


 意外と言えば意外、けれどだいたい予想通りに。鳩はくるりと身を翻して塔の上へと舞った。


「誘い込まれてるのかもにぃ」


 たとえ誘い込まれていたとしても、乗り込む他僕たちには手段と深く考える気がなかった。

 工事中だが、中に入らせてもらえるのだろうか。


「9時までには帰りますよ、その番組が始まる時間なんです」

「そんなに時間はかからないと思うよ」


 一日の大半を普通に散歩して疲れた僕は髪をかき上げながら、3人揃って大きく伸びをした。




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