第八十八話『名探偵在るところに事件あり』
世界から、というのは飛躍しすぎだが。この街から、色が抜け落ちた。
視界に入るもの全てが白黒だ。
「カラス、なんですかその格好」
「ふふふ、僕は名探偵カラスさ、事件のにおいを嗅ぎつけて来たよ」
モルと騒がしい街を散歩していたところに、カラスが現れた。
探偵のイメージを具現化したような服装をしていて、パイプ煙草と虫眼鏡を手に持っている。
「タバコ吸えるんですね」
「葉は入れてないけどね」
よく考えたら、たしかにタバコを持っていてもペストマスクをしているのだから吸えるわけないか。
それに白黒のペストマスクが、いつにも増して不気味に見える。
「カラスさん、かっこいい!」
「これはこれは、助手のモル君じゃあないか」
「私助手なの?」
いつの間にか助手になっていたらしい、目を輝かせて跳ねるモルを、ぼんやりと眺めていたら。
路地裏に消えて行く、見覚えのある人達を見つけた。
この街は、路地裏が密かな人気スポットなのだろうか。
「あの、合わないといけない人が居るので、この件は一旦2人に任せていいですか」
路地裏に消えていった人達が気になって、そわそわしてしまう。
そんな僕の心情を察したのか、カラスは2度大きく首を縦に振って、大風に言った。
「もちろん、任せたまえ、この名探偵カラス様がズバッと事件を解決してみせよう」
「志東さんは何するの?」
嘘をつく必要は、特にないか。いやでも、あの人たちとカラスを出来れば合わせたくない。
モルと仲がいいみたいだし、ここは彼女にカラスの相手を任せることにしよう。
「ちょっと会わないといけない人がいまして」
僕の答えになっていない言葉に不信感を抱いたらしく、しかめっ面を見せるモル。僕は誤魔化すために、少し強引に頭を撫でて言った。
「それじゃ、ちょっと行ってきますね」
空は灰色だけれど、どうやら晴れているらしい。
人々も街並みも、何もかもが映写機が映すシネマの様だ。
これは事件を解決する風変わりな探偵が出てくるサスペンス映画だ、決して嫉妬や三角関係が渦巻くドロドロ恋愛映画じゃあない。
「うん、ばいばーい」
「要件が終わったら僕たちを手伝えよなー!」
手伝うも何も、場合によっては1人で解決する羽目になるかもしれない。
そう思いながら、振り返らず手を振った。
〇
「テト、灰色になった」
「ホントだ!ヒバリも灰色だよ!」
路地裏から、姉妹の話し声が聞こえる。
声だけで姉妹と分かったのは、その声が知り合いのものだからだ。
「というより、この街の全部が灰色になって、騒ぎになってますよ」
後ろから声をかけると、灰色のふたりは分かっていたという風にゆっくりと振り返った。
「お客さん久しぶり」
「しどー兄ちゃん!元気してた?」
航空眼鏡を付けているのが、姉のヒバリさん。
外ハネ髪で、首に大きなリボンを巻いているのが、ヒバリさんの妹のテトさん。
2人は情報屋で、僕の唯一の情報源だ。
「おかげさまで」
普通なら莫大な資金が要求されるような物でも、この人達はすごく親切な値で提供してくれるので愛用させてもらっている。
この2人から情報を買うためには、妹の方、テトさんに気に入られないといけない。
なんて噂もあるらしいが、真偽は不明だ。
「それで、街が白黒ですけど、何かお二人に関係は」
「ないですね」
「テトたちは科学者を追ってきたのだ!」
まっすぐ僕の目を見つめてくるテトさんとは対照的に、ヒバリさんは僕と目を合わせようとしなかった。
何か、嫌われるようなことしたかな。
確かに僕を嫌う人は多い。けれど代金をきちんと払う僕を、彼女達が理由もなく嫌うはずが無い。
「この街に、逃げてきたらしいの」
特に理由もないだろうに、テトさんは僕の肩を引っ張って耳打ちをしてきた。
「アペトって国の、研究員だよ、その科学者」
「アペトって言えば、カジノ大国が中心にあるところですよね、たしか」
「そうそう、よく知ってるね、そういうの興味無いと思ってた」
ヒバリさんの言う通り、あまりそういったものには興味はないのだが、何故か知っていた。
旅行先を調べる際にどこかで読んだものが、変に頭に残っていたのだろう。
「なぜ追ってるんですかね」
「それは言えないよ」
「そーそー!人形さんの事っていうのは秘密だにぃ」
すごい勢いで秘密の一部が開示されたような気もしたけれど、紳士な僕は聞き逃してしまったことにしておいた。
「ともかく、その科学者を探しているわけですね」
科学者だの、魔学者だの。呪学者、妖学者、地学者、新生物学者、結界学者と、学者の多い世の中になったものだなぁ。
まだまだ思い浮かぶけれど、全て並べる必要もあるまい。それこそ時間の無駄ってやつだ。
「手伝ってくれるの?」
僕はそんな素振りも見せていないのに、首を傾げて意外そうに尋ねてくるテトさん。愛々しい瞳が期待を膨らませて、僕を見つめている。
この姉妹が、僕をこんなところに誘い込んだのも、それが目的だったわけだ。
「手伝いましょうかね」
あとの取引で、何かしらサービスでもしてもらおうかな。
「ありがとね」
「やったにぃ」
ヒバリさんは苦笑いをこぼしながら、僕に礼を言った。
礼を言われるのは気分がいい、そうじゃなくともこの人達と一緒にいるのは居心地がいいのに。
カラスやモルと一緒にいるのも楽しいのだけど、探偵になるつもりは無い。
ある人物を見つけて捕まえるという点で語るなら、もしかすると僕が今からしようとしている事もカラスと変わらないかもしれないが。
まあ、僕の方は探偵じゃなく刑事ってな具合で頑張ろうかな。
「さあ、星を捕まえに行きましょうか」
「わあお、ロマンチックだにぃ」




