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第九十九話『勝負の決まる時は一瞬』

 殺し屋と名乗る女性との、路地裏での死闘。

 分身は増えてこそいないものの、数は一向に減る気配はなかった。


「必ず本体が近くにいるはずなんだ!」

「見分け付きにくいもん!!」


 この数の分身を操作するには、術者本人が近くにいないと不可能というカラスさんの仮説の元にとにかく手当たり次第に斬りかかっては見ているけれど。

 しかし一向に、正解を引く気配はない。


「さてさてえ!そろそろお開きにしましょうか!そろそろ飽きてきちゃいましたから」


 数多いる女性のひとりが、大袈裟なジェスチャーを披露しながらそう声を上げた。

 女性たちの動きが、不気味な程に規律正しく絡み合う。


「弱い人間は死に方も選ぶ権利はないのよ、だから私のような職業が儲かるの」


 今、どこにいる女性を攻撃しても、必ず返り討ちに会う。一切の隙もない、こうなれば相手の出方を見る他に選択肢がなくなる。

 弄ばれていた。

 次の女性の攻撃を凌ぐことは、恐らくできない。


 残されたチャンスは、あと一回の攻撃で本体を仕留めること。そのためには、やはり本物を見極めなければならない。


「何はともあれ、よく耐えましたね、その事は褒めてあげますよ」


 そう女性が言い終わり、空気が張りつめる中。

 瞬間、目に強い痛みが走った。


 その痛さは、そう、暗い所で急に懐中電灯の光を向けられた時のようなものだ。



 身体が動くよりも先に、理解と共に声が上がる。


「カラスさんあいつだ!!!!」


 色づく世界、目に入ったのは目の前の泥の塊のような女性たちと、ひとり、本物の人間の材質をした女性。

 声に遅れて、指で位置を指し示す。


「こい!」


 間髪も入れずカラスさんが、短剣を張り詰めた空気を切り裂くように振るう。


「えぁ!?」


 例のごとく引き寄せれた女性は、反応が間に合わない。


「フルグラビティ!!!」


 カラスさんは地面に女性を殴りつける、地面の亀裂を見てそれがかなり重い一撃だったことが分かる。


「おとなしく帰って、でなきゃ死ぬよ、次来ても、たぶん死ぬよ、同じ相手に同じ手は通用しないからね」


 驚いたことにその女性、体はもう動かないだろうに、意識はあるようだった。

 カラスさんが威力を弱めたのか、それとも並外れた耐久力がこの女性にあったのか。


「私は、仕事を途中で放棄したりしない人間なんだよっ!!」

「うん、いい事」


 女性は怒りに染まっているようだった、冷静さを欠いている人間は危険だ。

 私は、とりあえず相手を肯定しておいた。

 志東さんに教わったやり方だ。


「あ、あぁ……嘘、なんで、私が策を、あいつ、あいつだ、あいつが余計な事しやがったんだっ」

「呆気ない死に方しか出来ないよ、人間なんて皆そんなものだよ」


 やはり何かに、誰かに激怒している様子だった。

 とりあえず、優しく慰めてみた。

 女性の耳に言葉が届いているとは、到底思えはしないけれど。


「あいつ、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ」


 やっぱり怒っているらしい。

 殺すって、言ってるよ。たくさん。

 なんだかすごく、自分の身体が熱くなってきたのが分かった。


「そんなに、そんなこと言われちゃったら、私、興奮しちゃうでしょっ!」

「あ、ぁ……」


 ……肉を割く感覚が心地いいと、やはり理解する人間は少ない。

 配達箱の中に入っていた、ぷちぷちを指で押しつぶすのが心地いいのと何ら変わらない感覚。


「モルちゃん、せっかくトドメは刺してなかったんだから、わざわざ殺さなくても」


 カラスさんに怒られてしまったので、愛想笑いをしつつ死体から離れた。

 言い訳を、頭の中で考えながら。


「殺しに来たってことは、殺される覚悟もあったって事だよ、カラスさん」

「まあ、うん、そうだね」


 どうやらいい内容の言い訳を思いついたらしく、カラスさんもこれ以上は言い争う気は無いようだった。


「まあ、とにかく、事件解決完了っと!」

「遅くなっちゃった!見たいテレビあったのに」


 無人島に密着するという内容のテレビ番組、志東さんとどんな話をするかも予め決めていたのにその予定が台無しだ。

 けれどひとつ厄介事を片付けたのだから、きっと志東さんも褒めてくれるはず。


「あれ、でも私達って、色を取り戻すために探偵してたんじゃ……」

「まあ、なんか色も戻ったし、解決だよ」


 もしかすると、襲ってきた女性の仲間の能力だったのかもしれない

 白黒の世界で、分身を見極めるのが非常に困難だったことを考えると、その線で間違いはないだろう。


「死に方は選べないと、たしかに、言っていましたね」

「……!?」

「君は、誰かな」


 その声が後ろから聞こえたのは、帰ろうと何歩か歩き出していた時だった。


「私にとって、姉はいい人でした、それが何よりもの幸いでした」


 見ると、人影が暗がりに立っていた。


「今は夜、これも私にとっては、幸いです」


 人影というのは、比喩じゃない。

 本当に人の影だけが、空間に突っ立っているのだ。


「夜は影の時間です」


 人影はしゃがみこむと、顔を俯かせて死体に手を当てた。


「姉は私を、閉じ込めました、まるで悪魔や使い魔のように」


 人影は立ち上がると、こちらを向いた。

 睨まれているのかどうかも分からない、顔のような凹凸はあるがしかし闇なのだ。

 顔は、いや毛先から指先に至るまで全てが虚空。


「外の世界から私を守るため、もしくは」


 空気が、張り詰めたなんて言葉じゃ表せないような……。

 空気が、逆立った。

 逆立った空気が、肌にチクチクと刺さる。


「私から、外の世界を守るために」


 何か、今までに体験したことの無いような。

 蛇に睨まれた蛙だ、目の前のそれが闇を掻き分けて現れた蛇なら、私は夜闇に迷う蛙だ。


「姉のことは好きです、ですから、日が昇る前に」


 勝てない。

 カラスさんの様子から見てもわかる、相手が夜闇を支配する梟だということが分かっている。


「愚かな姉の為、最後の仕事を完遂しましょう」


 私たちを囲む暗闇の中から、数え切れないほどの手が影にひしめいていた。

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