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魂と宿命2

髪をかき分ける風圧。目の前数センチにはホリーの拳があった。目の前の小さな拳は、インパクト寸前で一瞬三倍以上のデカさに見えた。

 俺はへたりと座り込む。反応するなんてとてもできなかった。こんな少女がバカに早いジャブの速度を兼ね備えた正拳突きを放つなんて誰が想像できようか。

 ホリーが険しい顔つきのまま拳を下ろす。なめらかな残心。動きにはほのかに残像のようなものが追随していた。


「あーもう、また悪い癖! ホリーぃ!!」

「悪ぃ。つい反応しちまった。お前がオーダーだって話を信じるよ。マナ使用で起きる魔力還流、詠唱、等価交換なしの瞬間錬成。あんた、マナだっけ? 職業聖別受けた? この速度と精度なら戦闘寄りのジョブを強く勧めるよ」

「ども」

「オレはホリー・スターライト。ジョブはバトルモンクだ。パーティのヒーラー志望で、みんなには戦場の天使とよばせている」


 ホリーは恥ずかしげもなく自信満々にそういった。その拳を使って言わせたんだろうなぁ、というかよく聞くと言わせてると認めていた。名前も、役割も、性格とはまるで似合わない。

 ミアが頬杖ついてこちらを見ている。


「わかる、わかるよ。この子がねぇ、って思ったでしょ」

「い、いやそんな」

「てめぇ」


怒ると鼻がヒクつくのが不良少女の癖らしい。嘘がばれやすいというのはなかなかに大変だ。


「おら、行くぞ」

ホリーはそう言って俺を立たせると首根っこ掴んで引っ張る。

「ホリーさん!?」

「オレの紹介なら無料で受けられるからさ。お前の、見せろよ」


 俺は自分でも分かる挙動不審な目つきをミアに送ると、彼女は大きく溜息をつく。


「リーはこうなったら止まらないよ。戦闘狂だから君のジョブを見たいんだと思う」

 やっぱりあったかジョブ診断。ゲームだと大体ヒーラーやらされてたから自分で選べるとなると……鼻血でそう。

「錬成つったらミアと同じ鍛冶系かな、あ、ジョブからできる性格占いってのがあってな。お前はどんなんかな!」


 ホリーはこちらを振り向きニシシ、と笑う。ちらりと覗く八重歯、動きに合わせて光る長髪。馬鹿力で引きずり回されている状態じゃなければとっても女の子らしくて可愛いんだけれど。

 街の外れ、十分ほど郊外を歩いた先に教会があった。古びた石垣、何度も手直しのされた荒い石畳の道や遠目にも分かる塗りたてペンキの赤い尖塔からこの教会への愛着が見て取れる。

 花壇に植えられているのが全て食べられる野菜な事以外は至ってふつうだ。食いっけすごいな。


「あれぇ? 神父様いない。いつもなら畑を耕してる時間なのに」

「確かピクニックでしょ?」

「なるほどぉ?」


 ミアの答えにホリーは頷く。


「とりま、中入って使わせてもらおうぜ」

「また怒られるよー?」

「今度は壊さないってば」


 坂を駆け上がったホリーが扉に触れる。表面に浮き出た六つの光へ順番に触ると金属音。

魔法を使ったタッチパネル方式の鍵か? 妙に近代的アイディアだ。


「すげぇだろ! ここらで唯一の魔術錠、辺境で使ってるのなんかたぶんここの教会だけだぜ? 三年前この技術とアイディアに金出したいって商工ギルドや、敵対する帝国貴族からも申し出があったんだ」

「村の皆で助け合い、だからねー。子供達の防犯にって思ったんだ」


 ホリーがミアと肩を組む。一方ミアも照れくさそうに笑っていた。たぶん本当に凄い事なんだろう。この年であんな複雑そうな物を作ってしまうなんて。

 教会に入ったホリーはこちらに手招きする。立ち並ぶ長椅子や説教台の前を通り、奥まった通路の突き当たりに来た。

 足元には丸い石版がある。


「乗ってみて」


 ミアが肩をぽんと叩いた。俺は促されるままに乗ると、周囲に文字が浮き上がってくる。文字は錬成するときの燐光と同じ質の物に見えた。

 扱っているものが魔法というだけで、その形は現代にも存在しえない最先端技術の体をなしている。不思議な気分だ。


「へぇすごいじゃん。マナはやっぱりオーダーだけあって優秀だよ」

「こいつ、マナ精度と精密の数字すげぇな!」

 職業以外にも能力値もわかるみたいだ。体力や頑強が低い代わりにやたらと精密と精度というパラメーターが高い。

「ミア、どう?」

「すごいと思う。職業含めてね」

ミアは俺の問いにそう答えた。彼女は生唾を飲んだあとゆっくり語り始める。

「職業選択って生まれた時か十年に一度できるんだ。年齢を重ねるごとに大抵上級ジョブとそれに見合った能力が与えられるんだけど、マナのこれってありえない選択肢なんだよ。上級一種にユニークが二つ」


 さっきまではしゃいでいたホリーも俺のジョブに関する情報を見た途端押し黙る。ミアは話を続けた。


「ユニークジョブは高い能力を得られるのと同時に祝福と呪いを授かるの。ラストフォージャー、チャペルサービュラント、ラグドール。最後二つがユニークジョブみたいだね」

「ありえねぇ……鉄火のゼラや光芒のオルファンと同じジョブか」

「凄い人たちと同じジョブなの?」

「……一人は前戦役の連合国勝利の立役者、救国の英雄。もう一人は人類至上最悪の殺戮者のジョブ。なんつーか、ごめん、なんて言っていいか分からない」


 ホリーが俺の問いに少しの沈黙をもってそう答えた。彼女の苦々しい表情から、なにかまずい状態である事が分かる。

 ミアが俺を見つめる。


「さっきリーが言ってたジョブ占いってあながち冗談じゃなくってさ。職業診断の結果でけっこう世

間から偏見の目で見られる事があるんだ。ジョブは偶然選ばれるものじゃなく、その人の本質、魂から選択肢が与えられる。人はその三つの運命のうち一つを選んで生きていく。だから職業診断は基本的に神の家、教会の元神様に見守られて行われるって」


 それでもミアの瞳から光は消えなかった。垣間見えるのは意志の炎、信念の雷。

 彼女はやはり揺るぎない。けっこうサイコパス認定受けてるに等しいけどな。

 最初に聞いたオーダーの扱いに比べたら多少ショックは薄いのも事実だ。


「私たちディグラット一家がハイムス連合領に亡命したのは、君みたいな人を偏見や迫害、不自由さから救う為。だから私たち家族はロシェ家の領土にきた。君がどんな人であろうと、どんな職業を選択しようと、私は君の味方だから。だから、安心して? ね?」

「しょうがねぇなぁー。そんなら俺も守ってやるよ。ミアのついでにな」


 ホリーもこういってくれた。路地裏の時と同じだ。ミアは見てくれ以上にしたたかで、深い。なんて言っていいか分からないけど、優しいという言葉で括るべきではない何かがある人だと思えた。彼女には少なくとも芯があった。静かで深い、強烈、苛烈、激烈な。


 そしてふつうに、幸せに暮らすには致命的なにかがあった。

 だって、そうじゃないか。なんでこんな少女が、こんな覚悟を当然としてるんだ?

 たぶんこれは異常な事だ。

 あの時路地裏で俺に見せた瞳の光が怖かった。ホリーは自分の危うさに気がついているんだろうか?

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