魂と宿命
「俺、まともに話せてるよね」
「いきなりどしたん? あ、こぼすなって、もー」
ミアは、ややムスリとした顔で机を拭いた後、俺に雑巾を投げつけた。
「ごめん、考え事するとたまに口が開きっぱなしになるんだ」
こうして久しぶりの文化的食事にありついたのはいいとしてまたも天才な俺は閃いている。
外見の力というのは凄まじいのだ。
手洗いするため洗面所へ向かって確信したけど、俺の顔はすげぇ格好良い。OVAにまでなったラノベのサブ主人公と瓜二つだ。水鏡くらいでしか顔を確認できなかったから細部は不明だったけど、ミア宅のちょっと歪んだ鏡で自分の顔を確認して断言できる。
これは念願のボブカットが似合うに違いない! ゆるい天パさえどうにかなれば。
不思議な事に外見がまともだと、人と話すのに労力が少ない。コミュニケーションの時、対等というか、基本的人権を得られているきがする。言いたいこともある程度言えるし、物理的距離感が近くても嫌な感じがしなくなる。
「俺さっきのプディング好きだったよ。あれを俺の世界だと茶碗蒸しって言ってるんだ」
「ちゃわんむし?」
「そう、けっこう再現度高かった。鶏肉じゃなくて魚の切り身とキノコ出汁って斬新だけどね」
「いつか私も食べたいなぁ」
「ていうか錬成できないかな、いや、できるわ……なんで気がつかなかったのか」
俺、天才じゃなかった。よく考えてみれば普通に食べ物錬成してたんだ。拙い知識をフル活用して『川釣りにはスルメや塩辛が良かったはず』とか釣竿どころか食べ物を作り出していたのは記憶に新しい。
不覚、スルメは人間の食べ物だった。あの一週間の我慢の虚しさよ。
試しにプディング、つまりプリンを錬成する。すこし……疲れるな。武器と違って
「おぉー、流石マナちゃん。プディング錬成術師としてスカウトされるねこれは」
「ちゃんづけすんな。食う? さっきのプディングと違うけど、甘くて美味しいよ」
「へ? プディングってしょっぱいんじゃ?」
「甘いでしょ。考えてみれば、フレンチでも出汁を効かせたムースとかあるからしょっぱいのも普通なのか」
ブッチンプリンの蓋を開け、差し出す。ミアは手をわきわきとさせながら、スプーンに手を伸ばす。一口。
ミアは頭を抱えた
「どう?」
「いや、これ」
「まずい?」
「暴れてる」
「え?」
「卵と砂糖が暴れてる」
「うん」
その後二、三回単語のやり取りをした後、話を聞いてみたら美味しいとの事だった。
「いやーすごい。武器錬成だけじゃなく、甘味を錬成できるって。これだけでも貴族向けに商売できるよ。甘いものって基本的に庶民には手が届かないから」
「でもけっこう疲れる」
「マナだけで錬成て事自体ありえないからね……くぅ、暴力的砂糖感」
涙ぐみながらぶっちんプリンをちびちび食べるのがすこし可愛い。会った時あんなに無愛想だったからこんな顔するとは思わなかった。
煤けた顔も今は持ち前白い肌がしっかり見える。結っていた濃紺の髪は下ろされていて、肩の上から時折さらりと溢れる。いつも不機嫌そうだった目もよく見ると奥二重で可愛い。彼女のたまに馬鹿にしたような笑いに胸が締め付けられる。俺そんな趣味が?
ミアは残り少ないプリンを少し悲しそうに見つめながら話す。
「ふつうは等価交換の為の対価を交換物と交換する為にマナを消費するから。交換手数料だけで商品ぶんどってるような物だよ」
「なんか聞き捨てならない表現だなぁ」
「ミアぁ!! 本当か!」
怒声と共に響く鈍く大きな衝突音。開け放たれた扉から入ってきたのは一人の少女だ。三白眼、腕のタトゥ、なによりも目立つのはファンタジーに似つかわしくないパンクな服装。露出高めの割に金属のせいか防御力高めに見える。どういう原理か、揺れるたびに髪の色が紫や青と変化していた。長さが非対称のえぐい剃り込みカットの髪はすごくアグレッシブでちょっと憧れるなぁ。
彼女はバンドの追っかけか、あるいは。
「てめぇか、ミアにちょっかいかけてる豆チビ野郎は!」
予想する後者、不良みたいだ。
古代の遺物メリケンサックを装着しながらこちらに近づく不良の前に、ミアが立ちはだかる。
「やめなってホリー。弱い者いじめだよ?」
「だって、こんな見るから雑魚がミアの彼氏なんてふさわしくないよ! ミアを守れるの?」
「はぁ? 彼女って誰がよ!」
「おばちゃんが言ってた。あの、その、ミアとごにょごにょをしようとしてたとか」
ホリーと呼ばれた少女が顔を赤らめて口ごもる。
「あんのお局め! だからジグさん嫌いなんだよ、もう!」
ミアは鼻息荒く歯ぎしりした後、残りのプリンを口に流し込む。
ホリーと呼ばれた少女が俺を指差した。
「大体こんなちんちくりん、ラグレスさんだって絶対認めないよ」
さっきの光景を見てたら事態はもっと悪化していただろうか。
「噂が父さんに伝わった時を想像したくないなぁ。ウルクに嫁げとか言いかねないからねぇ」
ミアは深い溜息をこぼす。
「とにかく絶対認めないからな! チビ!」
「チビチビってうるさいな! いきなり来て失礼じゃないか」
「うるせぇ雑魚! やるかコラ!」
「暴力女!」
「はいはい二人共。ホリーはわざわざそんなくだらない噂いいに来たの?」
「そうだった、これ」
ホリーは振り上げた拳を、懐にしまうと一枚の紙を出す。
「急募の依頼だ。明日、帝国で大豪農としても知られるブフェイット伯とその御一同がご周遊あそばされる。オレたちに鹿狩り・宿屋までの街道沿い3km往復の護衛を、との事だ」
「それ総合ギルドの張り紙? なんで素性も分からない素人なんか……」
ミアの指摘ももっともだ。言うなれば『大富豪が危険地域をいく。警備会社にではなく、職安でてきとうに一般人レベルの人員を護衛として雇う』というちぐはぐさ。
「ボンボンのエゴは金の匂いってね。重要なのは自分が守られる価値があると見せつける事にあるとさ」
セルフ参勤交代みたいな物か? よくわかんないけど。
「ジグさん情報によれば、実際は自前の警備で事足りている。ブフェイットはロシェ公爵と旧知で、地元に金を落とす目的でもあるとか」
ホリーはそう言うと、舌打ちして紙をしまった。
「ミアは勿論くるよな? てきとうに馬車の周りを歩くだけでたんまり金をもらえるんだ。この棚ぼたを逃がす訳にゃいかねぇだろ!」
「マナはどうする」
「はぁ? そいつまでくっついて来るのかよ」
「ホリー! あなたでもそれ以上いじめるのは許さないからね。一応ウルク祭りの主賓だし」
「こいつがウルクだって? はっ」
「こんの、鼻で笑うな!」
俺は見せつける為にホリーの前でレゾ8を錬成しようとする。