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ベイビーステップ4

「ここだけは、誰も迫害されない。そんな場所を私は作る、私たちが」


 私たちが、という言葉を彼女は一人反芻する。


彼女の言葉の背後には揺るぎない決意を感じた。眩しくて、力強い、なのに寒気のする程実在感のない確固たる誓いの影が見えた気がする。


「それで、その、がっついて申し訳ないんだけど」

「え?」 


ミアが所在なさげに口ごもる。手を組み、もじもじと態度で何かを伝えようとしていた。罪悪感をほのめかす顔つきで口を固く結んだ後、小さく言った。


「あの、アレを……見せてくれない」


 俺はレゾ8を錬成し、消えいく燐光の蛍を手で払いながら彼女に渡す。さっき感じた危なげないなにかは気のせいだろうか。


「はぁ……すっご」


 ミアは夢心地といった形でレゾ8を撫で回す。撃鉄、リアサイトと白い指が這うと『いい?』と聞きながらセーフティやトリガーを執拗に触る。弾込めなしで錬成してよかった。

 なんか、なんか触り方がアレだな、うん。


「どうやって使うの?」


 ミアのその顔に俺は逆らえない。俺も武器を見るとき触るときにはこのワクワク顔をしているんだろう。

古今東西、武器は戦いの為の道具、力の象徴でありながら、ムダを徹底排除した機能美が同居する不思議な物だ。ここでコイツの力を見せてやらないのは酷い。


「音が気にならない場所」


 ミアは俺の話終わるのを待たずに腕を振る。彼女が掛けていた首飾りが光を放つと気持ち悪い無音に包まれた。音の感じは毛布と布団に包まれたのに似ている。


「その首飾りで魔法を使ったの?」

「そう。徹夜仕事するときに使う定点サイレンスだよ。重宝してる」

「それじゃあお披露目だよ」


 俺は彼女から銃を受け取る。マガジンと弾を錬成、リロード、スライドを引き、セーフティ解除、発射。やりなれたシンプルなこの動作でひしひし感じる。

これは女子供でも大の大人を指一本で死に至らしめる武器の完成形だ。

 銃声は慣れていなければ体は縛られ、つんざく音にパニックになる。響き渡る重厚な音はこの武器の偉大さを知らしめる声でもあった。


「にしても……はぁ、凄い。たまんない」


 アヘ顔はしないらしいが俺と同種の人間らしい。ミアはただただ見惚れているだけだったが、やがて一切の笑みが払拭された目つきで俺を見た。


「名前をなんていうの? やっぱり魔剣や霊槍の類だよね? 宝剣エスタフ、絡みとる者ナイ・ダイ、凍斧ファナス、そういう一級装具には劣るとは思うけど、オタクの私が見る限りまだ文献にない物の筈」

「そんな大層な物じゃないよ。俺の世界ではこれより危険なのが世界に沢山ある」


 彼女の反応は読んで字のごとく開いた口がふさがらないといった感じだ。口は半開きですこし目もピクついている。


「君の国ではずっと戦争してるの? 修羅の国?」

「俺の周りじゃそうでもな」


 俺は世間話を中断する程にぎょっとした。コケの生えかけたギルドの戸から誰かが見ていたからだ。ハンドガンが丁度体で隠れてて良かった。

 ぬっ、と顔を出したのはアルパカの顔。彼もしくは彼女は、蹄で壁にある張り紙をトントンとするとすぐさま顔を引っ込め戸を閉じた。張り紙は『貴方の生活魔術、本当に大丈夫?』と書かれた啓発ポスターだ。


「やばー。こないだも好き者バカップルがサイレンス使ってここで『いたして』たからなー。勘違いされたかも。ジグさん、マナ感度以外にもエロ方面にも敏感だからなぁ。お局は嫌だねぇ」


 ミアは頭をかきながらそういった。


「今のがジグさん?」

「そ、本当かどうか分からないけどあの英傑、銀豹ハインツの元カノらしいって父さんが言ってた」

「英傑のネタ握ってるお父さん何者だよ」


 ミアが指をくい、と曲げる。


「お腹減ったでしょ? 私ん家でごはん食べながら今後の計画を話そうぜー」

「いいの?」

「遠慮しないでよ。私、けっこう料理上手いんだから」


 ミアに引かれ歩いて数分、家というのはまさかまさかの例の鍛冶屋だ。どうりで武器が好きなわけだ。家の出が武器に囲まれた環境なのだから。


「父さんただいまー」


 ミアは薄暗い店内に入ると支払いカウンターの上にドンと荷物を放る。外見だけ見ればまるで放課後の中学生みたいな帰宅風景。背負っていたリュックがランドセルに見えた位だ。

 にしても凄い。宝の山だ。洞窟のように暗い店内ではひっそりと光を帯びた剣や斧達が己が価値と威力で覇を競っている。憲兵を思わせる整然と立ち並んだ槍、宝石が埋め込まれた優美な短剣と目映りが楽しい。フルプレート鎧はゼロの数が五つは並んでいるが、細かな細工や一つの歪みなく仕上がった様をみるに、当然の価格なのだろう。

 感嘆のため息を漏らす俺をミアがニヤつきながら横目で見ている。


「とうさん?」


 ミアの言葉に返事はなかったが、やがて鉄を叩く音が響き始める。ミアと共に店内を通り鍛冶場に移るとさっきのおやじさんがいた。


「おっきいでしょ? 私たち、ハイドワーフの家系だから」


 民話に聞くドワーフはホビットと同じくらい背の低さに詰まった筋骨、牡牛のたくましさというのが基本なはず。

 目の前にいるのは? そう、肉だ。肉の塊。日本人が西洋人を初めて見て鬼と間違えた時の気持ちがよくわかる。近くにいるだけで圧が凄まじい。

 柄を握る拳は俺の顔ほどデカく、絶え間ない火傷で硬くなった皮膚で覆われている。槌を振り上げる時の上腕筋が動き波打つようにして玉の汗を床に落とす。顔も白ひげを蓄えたヘビー級の関羽って感じだし。


「遅かったな」


 ミアの父は灼けた鉄へ槌を打ち下ろすまにまにボソリと呟くと、作業を続ける。


「彼はマナ君。ウルクだよ。見たことない武器を血統魔術で錬成してた」


 ミアの言葉を聞いたおやじさんが動きを止める。


「今……なんてった?」

「流刑人だよ、この子異界人だから」


 立ち上がると尚さらデカイ。巨漢の域を超えている。生前背だけは高かったナナフシの俺と同等。今の俺の五人分の密度や重量があるだろう。人間山脈とかどころか人間大陸って感じだ。こわい。


「バカ野郎! お前も頭下げるんだよ、いや、酒と布もってこいアホウ!」


 ミアの父はすぐさま屈むと雷のような怒鳴り声を上げた。俺、ちょっと漏らす。

 俺ではなくミアに掛けられた言葉で泣きそうになる。繁華街でカツアゲされかけた時の三倍こわい。

 ため息をついたミアが奥へと消える。


「リンデ御三家、ディグラットが家長のラグレスと申します。この度は我が愚娘ミアが儀礼も施さず御身を拝した無礼、何卒お許しください」

「ひぇ……やめてくださいディ、いやラグレスさん」


 たぶん、ひぇ、と実際に言葉を出すことはこれが人最後だろう。土下座というのはさせられるのも、されるのも暴力だ。どうにか起き上がらせ、いや重ぉ。

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