ベイビーステップ3
めくるめく異世界風味、は特に広がらなかった。
「職安やん」
しかもオール木製でなんだかばあちゃん家思いだす。仕切りがされたカウンター、待合の長椅子、障害者雇用枠の個室までありやがります。
暖房の事で言い争うコボルトと蛇人にネズミ人間が加勢して大騒ぎになっている。
あー、寒いとうごけないもんね爬虫類。変温動物と恒温動物でちょっとした派閥ができているのはすこし可笑しかった。
「総合ギルドの別名知ってるんだね」
「思ってたのと違う」
「こんなモンだよ。戦士、魔術、工業とか名称専有ギルドは資格制だし、民草はこういう所つかわなきゃいけない。職安と違うのは自分から売り込みできる事だね」
少女は事務員にジャンクを渡した後、あごで掲示板を指した。読んでみる。
「人間相当29歳、種族ドレイク、治安維持要員の経験あり。火マナ拒絶反応ありますが指定劇物取り扱いの民間資格有……地道ぃ」
「私もこういの沢山書いたりとなり街まで張りに行くの億劫なんだよね。三級でいいから鍛冶師の国家資格を取ろうって頑張ってる、君魔術の経験は?」
「あー一応」
一番手になじむ9m拳銃を錬成。人体工学を考慮した樹脂グリップ、一切の無駄のない簡素なフレーム、弾つまりもなく堅実さと精密さで実直な仕上がり。コレにはしっとりとしたコバルトブルーのボディーカラーが似合う。P8レゾナンス耐水仕様、俺はレゾ8と呼んでいる。
「馬鹿」
ミアは俺の手から拳銃を奪い取ると。もう片方の手で俺の手を取る。さっきの路地裏に引き戻された。
「あんた、どういうつもりなの?」
「人前で武器はまずいよね」
「じゃなくて」
ミアは額を抑えてすこし考えると、こちらを睨みつける。
「さっきの君の魔術、血統魔術だよね? どこの家の出かわからないけど、ああいうの凄い危険なんだよ?」
「ごめん。迷惑かけるつもりは……」
「違うの! 貴方が危ないでしょ? 見られたらどうするの?」
ミアは指がくい込む程の力で俺の肩を掴む。
「殺されるよ、君。国からは勿論、貴族排斥派やウィッチクラフトの血統狩り、それに眼をつけた傭兵。ああいう特殊な魔術を護衛もなし、メダリオンもなしで子供が見せる事の意味。危険なの、とっても」
スミレ色の瞳が真摯な光を俺に投げかけていた。あれは、とても危険な行為だと今気がついた。少しだけ遅れて。今。
彼女は肩から手を離し、壁に寄りかかって話す。
「とにかく……君は何者なの? さっきの物質錬成、マナ使って無かったでしょ? 魔力の動きが一切無かったから誰にもバレなかった。受付のジグさんはとっても敏感なのにあくびなんてしてたし」
「だからか。これ使うときだけは全然疲れないんだよ」
右手を上に、左手を下に。生まれては消滅する武器の雨を見せる。
9m拳銃から始まって、大口径リボルバー、短機関銃、アサルト、ショットガン、スナイパーライフル、対戦車ロケット。
「これだけは得意なんだ。他のはエンチャントと強化系ぐらいしかまともにできないけど」
彼女の苦々しい顔を見て、ふとさっきの事を思い出す。意外にも第一声はとても穏やかなものだった。
「血統魔術持ちの亡命。今まで大変だったでしょ」
なんだか彼女の中で俺の境遇がめちゃくちゃヒロイックな物になってきている気がする。おぼっちゃまキャラで押し通そう。
「城の中しか知らないから良くわからなくて。血統魔術って何?」
「何も知らされなかったんだね。うん。よく聞く話だよ。血統魔術の持ち主は世で神聖不可触民と呼ばれる立ち位置にいるの。アサイラムオーダー、略してオーダー。多くは報酬と引き換えに国から軍事的・政治的中立を誓わせられる」
「それを拒否したら?」
「大抵、消息不明になる。大っぴらに殺される事は少ないかな」
「そんな大げさな」
俺の言葉に対し、こちらへ向きなおした彼女の表情にそれ以上の疑念を投げかけることはできなかった。
「あなたは個人単位の戦闘力でもイレギュラーになる可能性が高い。さらに言うと家柄や魔術至上主義が基本のこの世界で、血統魔術の使い手っていうのは軍事的というより政治的に強力。あなたを獲得したり利用するためにいくつもの小国が争うと思う。大河が赤く染まる。城下町がいくつも滅びる。悲しいけど貴方はそういう存在」
俺は、ただ。生きていたいだけだ。
ただ、すこし、ほんのちょっぴり幸せに、普通に暮らしたいだけだ。なんで皆邪魔するんだ。なんでだ。
なんで普通が許されない?
「事の重大さはわかった?」
俺はうなずくしかない。あちらも、この世界にも、居場所はないんだ。生きていることが罪だ、そう宣言されたに等しい。
生きていることが、そこに居ることが罪なら俺は……。
「ならよし!」
ミアは手を叩き頷く。なにがいいんだ、馬鹿にして。
「どこから亡命してきたかは分からないけど、安心して。ここハイムスは魔物による新興連合。オーダーの保護を決めた現在唯一の連合だから」
「え」
「だからぁ、大丈夫なの。ここは安全だから」
俺は告白した。というより心が決壊した。死ぬ前の辛い境遇、一週間のぶりに会った人が親切にしてくれて、自分がのけ者にされる境遇だとしって、でも大丈夫で。
本当に信用できるのか? 言うべきではないかもしれないのでは? そう思いながら、嘘を嘘だと、全てさらけ出すのを、誰かを信用したいという甘えを止められなかった。
「そんな事情があったんだね」
「にしても酷いよ」
「君だって名家の出なんて嘘言ってたでしょ」
「異世界とか信じてもらえないかと思って」
「アサイラムオーダーっていうのは最近の名称でさ。昔は流刑人なんて呼ばれてて珍しい物じゃなかったんだ……君が随分と自分の危うさを理解してなかったから、その警告を兼ねてね。ごめん、傷つけるつもりはなかったんだよ」
彼女が俺の肩に手を置く。止めようとしても涙が止まらなかった。
「居ていいのかな? 俺、ここなら」
「あー、そうやってすぐ泣きそうな顔する。君は案外泣き虫だね」
彼女の手が俺の頭に乗せられている。
彼女は犬でも撫でるみたく、頭をくしゃくしゃとかき乱す。そのあと、手直しするように髪を撫で付けた。不意打ちだった。これは、たぶん一生忘れられない。
初めて、人に認められた気がした。そこにいていい、生きていていいと言われた気がした。
「はは、よしよし」
ていうかはぁああああああああああああ!? 惚れるんですけどぉ? 同じくらい背ぇ低いとはいえそれ男の役割だし。
「女にされるの嫌だったりする?」
「いや、ど、あの」
「どもりすぎ。私、外見は子供にみえるかもしれないけどドワーフだから。たぶん君より年上だよ。今年で19になるんだ」
「俺、17」
童顔クールお姐さんかつ無自覚でこのムーブ。かぁ~! これだからパンピーはよぅ。落としてからのよしよしとか危うくメンヘラ堕ちする所だった。危ない女だ。