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ベイビーステップ2

そして三時間後。


「あのねぇ、わかる君? 道交法違反。ロシェ家の爵道だから速度違反はまけたげるけど、瞬発系使って石畳の上走ったらどうなるかわかるよね? 税金、みんなの血税なの。あと公証メダリオンなしで三等級以上の詠唱、これはいけない。ここハイムスは廃マナ規制特に厳しいからさぁ。おじさんじゃなかったら地獄みるよ? コボルト怖いよ?  犬耳、犬のおまわりさん、なんつって、わふっわふっわふっ!」


 すでに充分説教地獄だ。顔の皮膚だるっだるのセントバーナード型獣人に三十分は説教されてる。たまにジョークはさんでくるのがまたムカつく。街についた途端囲んで職質かけられるだなんて。他の警備員が哀れな目で見てきた意味がわかってきた。これこそが刑罰なんだ。街に一人はいる話が長いおっさん。


「おまわりさん、雄々しい獣人だからこわいなー。次からはきをつけよーっと」

 まあね、みたいな顔すんな、かわいいだろ。犬好きなんだ。俺はアレルギーで飼えなかったんだよ!


 中身がおっさんな事以外はかくも愛らしいのが悔しい。


「私を獣人様だなんて、そんな、わふっ、コボルトとサキュバスはおだてても何も出ないってことわざがあるだろ? わふわふっ」

「あの、罰金って」

「んー。そうだね。君は服が独特だけど、バロアノの修道僧かね? それなら徳に免じ、私が立て替えてもいいが」


 すげぇー。この世界の修道僧はスウェット姿なのか。コンビニ似合いそう。ファミャチキ破戒僧爆誕じゃん。


「いえ、ちょっと盗賊か何かに襲われたせいで記憶がなくて。記憶喪失なんです」

 とりあえず事実よりはいくらか無難な嘘ついとく。記憶喪失自体都合よすぎだけど。

「しょうがない、おじさんがつけにしてておくから、ギルドで即金の仕事探してきなさい。君の優しさに免じて、端数は払ってあげよう。8000ディールだ。野菜屋の前に私たちの詰所があるからそこに払いに来なさいよ」

「ありがとうございます!」

「おじさんの話をこんなに聞いてもらった事ないし、嬉しかったよ。あぁ、ギルドはそこを曲がって次に左の突き当たりだ」


 そんな切ない締めくくりでおじさんはその場を後にする。


「はぁ、ウザ可愛かった。やっぱ人って外見だよな。犬ってだけでウザイが可愛いに変貌するし。人間辛ぇわ」


 物価から8000ディールの重みを知るために少し寄り道した。果物屋、野菜屋、怪しげな蛇頭の交易商までは耐えられた。でも結局ダメでしたごめんなさい。

 寂れていながら手入れされた鍛冶屋。明らか年季入った隻眼ジジイが中で大剣を打っていた。街にそぐわぬ、場違いなまでに豪華で近寄り難い店には高効率・安定性ならロレンゾ社製のマジックジェムを! という立て看板。


「おほぉ!」


 こんな王道中の王道は逆に不意打ちだ、卑怯すぎる。だから俺は悪くない。発作は路地裏で、それが最低限のマナー。街ブラ歩いて二秒でアヘ顔とは先が思いやられるなチクショウ。最高だぜ異世界。


「君……」

「あっ」

「気持っち悪いな」


 無慈悲な言葉を放ったのは一人の無愛想な女の子。作業着を着込み、手には空き瓶の詰まった二段の木箱、背にはリュックと労働者の出で立ち。

血の気が引くのがわかる。来た、見た、負けた。生前一度も醜態をさらした事のない俺が、一週間で、しかも女の子の前で。


「こ、呼吸が……」


 対人ストレスや緊張で呼吸困難になる癖は未だにかわらないようだ。目がチカチカする。


「あーごめん、ちょっと落ち着けって」


 少女はため息を一つ漏らすと荷物を置いた。俺の肩と背中を手のひらでさすってくれると不思議な温もりが体へ広がっていく。

 呼吸はできていないのに、息苦しさだけが消えていく。


「弟が喘息でよくこうしてるんだ。肺で空気を作る魔術は苦手だけど沢山練習したから」

「ありがとう、楽になったよ」


 彼女は表情も変えず、黙ってうなずく。顔も、撫でる調子も変わらない。ただ目配せだけがせわしない。綺麗な瞳だ。紫の瞳には天の川のようなきらめきが時折垣間見えた。

 俺はなぜか彼女がとても信頼できる奴だと思った。たぶん信用できるから、じゃなく信用したいからなんだろう。心の内を全て打ち明けたいと感じた。


俺は一度死んだ人間という事だけ隠し、この一週間を話した。魔法の楽しさ、美しさ、土臭さや木漏れ日の暖かみ。ただの体験、話の中身は拙いけどそれは尽きることなく口から生まれでてくる。


「ほんとに魔法ってすごいよね」


 彼女は矢継ぎ早な俺の話にただ頷いていただけだったが、やがて口を開く。


「記憶喪失とか嘘つかなくていいんだよ」

「嘘じゃないというか、どう言えばいいかな」

「隠さなくてもいいって、お坊ちゃんでしょ君」

「あー……うん」


 それらしい誤解は利用しておくべきかな。嘘は心苦しいけど変人扱いされるのはゴメンだ。


「自己紹介遅れたね、私はミア・ディグラット。君は?」

「俺は……」


 自分の名前が思い出せない。そういえばなんで俺って死んだんだ? 住んでいた場所も思い出せない、親の顔も、友達の名前も。日本って場所や車やテレビって物があったのは覚えている。辛い人生が会ったことも覚えていて、でもそれだけだ。虫食いのようでバラバラの記憶に恐怖を覚える


「大丈夫? 顔色悪いけどまだ苦しい?」

「平気、俺はマナって言うんだ。マナ・ヒラト」


 生まれ変わったなら好きな名前で生きていこう。俺は魔法が好きだからマナ、平の人間だからヒラ。二つ合わせてマナ・ヒラト。


 俺は手をひらつかせて精一杯笑顔を作って見せる。


「そう……わかった。いまからどっかいくの? その様子だと城の外って詳しくないんじゃない?」

「ギルドに」

「自分で汗水たらして働くって偉いね。貴族には珍しいよ。私も一緒にいこうかな」

「ありがとう」

「私もコレ届けないといけないからね、ついてきて」


 ミアは髪をポニーテールに結わえ直した後箱を持ち上げる。俺も一個持つことにした。

この少女は15歳位だろうか。高校生にもなる俺と比較してもいやに大人びていて、冷静というか。さっぱりとして愛想ない感じは嫌いじゃない。


 「ここ」


 到着はやたらと早かった。路地裏が近道だったようだ。

 少女は足で扉を二度蹴ると内側から扉がひらかれる。伝説、英雄、叙事詩。親から子へと語り継がれる物語、その主人公たちがそこにはいるに違いない。

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