ベイビーステップ
実際に異世界転生して思った事がある。よく異世界物のラノベなんて読んでいて死後こうやって異世界に送られるって展開。
俺が好きなのは割とハードな内容なのが多くて、共通して輪廻とか地獄送りの概念に似てるなって思ってた。でもさ。
「現世のが地獄に決まってんだろヴォケが!」
つい叫んでしまった。ああ、小鳥が飛んでいく。行かないで俺の昼食。
そう、現世なんてクソだ、シットだ! リアルは高校時点でハードどころかインフェルノモードな?
忌々しい通学、不遇な家庭環境、執拗ないじめ、とりかこむリア充、絶望的顔面偏差値、進路、おまけに喘息もち、勉強勉強勉強アンド勉強。
高校でこれ、高校で。そのあとの社会人生活どうなるのって。スタートダッシュきめた連中に蹴落とされながら奴隷にも劣る社会の歯車生活。
負け組諸君らマゾなの? すごいね。良く狂わずにいられるよね。俺はおかしくなったよ、それが正常だよ。
あっちが、現世現実こそが俺を苦しめる地獄だったに違いない。
「だからこれは、この再スタートは正当だ」
冷たい燐光は魔法の前兆。空を撫でれば黒鉄の輝き。狂おしいほど素敵で見惚れる長筒は、世に狙撃銃と呼ばれている。
腹に響く銃声と共に放たれる無影の一矢が飛び去ろうとする鳥を捉え、地に落とした。
「むはぁあああ! たまりませぇん! 三度の飯より魔法! 俺って食事を理由に魔法使ってるよねー」
異世界の広大な森に一人放置されて知っていた事は、魔法の使い方と俺が前の世界とは違う場所に来たという事だけ。
生まれ直して三時間あたりは、もっかい死んでやろうかと思うほど絶望的だったけど、もの凄い事を知ってしまう。この世の真理と言ってもいい。
体動かすのって楽しすぎ!
木登りって遠くが見渡せて凄いんだ。鳥になったみたい。
カビ臭い真っ黒な土に汚れるって悪いことしてるみたいで背徳感がいい。やってやったぜってなんか誇れる気分になる。
疲れるほど走り回った後に飲んでいいのか分からない怪しい池の水をお腹が破裂するまで飲んでやったり。これがまた旨いんですよぉ!
かれこれ一週間、彷徨うことが楽しかった。火起こしの仕方以外は大抵うまくいってる。食べていいキノコ、お腹を壊さない水場、動物や魔物の習性、近寄っていいものわるいもの。
魔法もみるみる上達した。死ぬほど残念だけど力を強くする肉体強化や炎とか水を出したりする攻撃系が不得意だ。その代わりに俺は魔法で物を作ったり補強したりが得意みたい。錬成とエンチャだね。
「んー、居合い切りをコンセプトにした魔法もなかなかイケてますねぇ。全部出すより、先っちょだけ呼び出し、作るより借りるってイメージしてるけど。射撃の瞬間だけ出すマインドセットは慣れないよー」
体を動かすよりもっと楽しい事って知ってる? 魔法だよオラ!!
寝ても覚めても魔法に魔法。夢の中で自分が魔法の巻物になっているモンまで見た。
苦手分野ですら、いや苦手分野こそ楽しのかもしれない。物体錬成、強化系はそれぞれ三十分程度の練習でマスターできてしまって、今は肉体強化系にぞっこんだ。ほの字よほの字。
攻撃形はセンスなさすぎて焼きしいたけ専用魔法と成り果ててるけど、肉体強化はなにより山遊びと一緒に訓練できる。
喘息で階段すら登れなかった俺は今、車の速度で走ったり小学生サイズの岩を足の指で数メートル飛ばす事ができる。
繊細な操作と違ってリアルタイム調整が下手だからか、直ぐに魔力? を使い果たして木に頭から激突したりする。皮膚に魔力コートしてなかったら何回死んでたか。
そうすると自然、怪我も増えてくるわけだけど回復魔法も面白い。ただ、問題があって、調整ミスるとわけ分からない場所に爪が生えたりしてくるから練習したくない。
マジで怖かったのは踵にうっすらとまぶたっぽいのが生まれた時。踵に真実の瞳、とかこういう霊能者いたな。数日で消えてくれたけど『育ったら』どうなってたんだろう。
「ひゅー、ひゅー……興奮しすぎて喘息とヨダレが」
抑えろ、アヘ顔抑えろ。お前はやれる、お前はやれる子元気な子。
そして天才な俺はまた気がついてしまった。
「俺、そろそろ人に会いたいよ……」
陰オブ陰とはいえ一週間も言葉を聞いていないのはちょっとアレな気がしてきた。魔法も面白すぎてあと三十年位は余裕で山篭りしそうな自分がいて危機意識を持ち始める。
生まれ変わったなら、このどっちゃクソショタフェイスで彼女とか作るべきだと思いますし。はい。
例えできないとしても努力位させて。
「そういえば街道、あったな。時限詠唱とか三重エンチャ練習に夢中ですっかり忘れてた。人里に下りて師事を仰ぐって最強選択肢、剣と魔法の世界を見て絶頂する未来。そんな自分を殺してしまった。この多感な時間ひとりで過ごしてしまったんだ」
ドラゴンとか、スライムとか見に行くしかねぇよな? うん