日本異世界管理コールセンターでございます
――トゥルルルルル…… トゥルルルルル……
――ぴっ
「お電話ありがとうございます。こちら日本異世界管理コールセンターでございます」
小さなオフィスに複数並べられた電話機。ヘッドセットをつけている、スーツを身にまとった女性がパソコン画面を前に名乗った。
「……はい、はい。……あぁ、転生ではなく召還ですね。かしこまりました、確認いたしますので一旦保留とさせていただきます」
電話をかけてきた相手の要望を聞きながらキーボードを叩き、慣れているのだろうすらすらと言葉を並べる。
保留になったことを確認すると、膨大な数の日本人データを引っ張り出して要望どおりの人間をさらに絞っていった。
「ちょっと久々じゃない?召還とか」
「本当ね、最近はもっぱら転生依頼ばっかりなのに……召還の方がちょっと面倒だから別に良いんだけど」
「で、今回はその面倒な召還っと」
要望、条件を絞って絞って、それでも数百人レベルの人数にため息しつつ、保留を解除する。
さすがにこの数をすぐに口頭で案内するのは無理があるため、後ほどメールでリストファイルを添付し、その後改めて電話をもらうということで話は一度終わった。
電話が切れると、受け持った女性はパソコンを操作しエクセルのようなもので簡易的な資料をまとめて、メールを送信する。これで、あとはまた電話がかかってくるのを待つだけだが、用意すべきものもある。
「えーっと、召還だから、やっぱ言葉よね。聞き取り会話オプションと、読み書きオプションと……。あー、場合によっては環境耐性も必要かしら。味覚もあるわよね。転生なら向こうからのデータを一気にコピペ上書きで良いのに……あぁもうほんと面倒くさい……」
ぶつぶつと文句を呟きながら様々なソフトを引っ張り出し、すぐに開けるように新しく作ったフォルダの中に収めていく。ついでに、念のための引き継ぎ用のテキストファイルも収める。
そんな彼女の横で、また新たな顧客からの電話が鳴った。
ここは、日本異世界管理コールセンター。室内は日本に良くあるオフィスのようだが、その場所は天界にある。
数年前よりどういうわけか、異なる世界の神やそれにつらなる存在から「地球の人材が欲しい」という依頼が膨大に増えた。それが数件、数十件程度ならば専用の部署を作らずとも問題はなかったが、数百、数千件にも上るとさすがにさばききれなくなったのだ。
そこで、日本人が特に要望が多かったこともあり、日本の神の一人が「異世界召還や転生、それに連なる部署」を作ったのであった。
「前は10代とか、20代前半の男の子所望が多かったけど、最近は年齢高くても呼ばれること増えたわよね」
「そうだねぇ。それに、女の子も増えたよ。こっちはさすがに若い子メインだけど」
「は~~、女は若さってことかしら!」
電話が来ない間、ゆるゆると女性二人が話していると、上司らしき男が声をかける。
「上からのお達しだ。10代男の転生、召還はしばらく断って欲しいとのことだ。下界の若い男が減ってきてるらしい」
「えっ」
「さいですか」
「どうしてもと粘られた場合のみ、手続きを受けてくれ」
「はぁい」
「それとな」
男が大きな茶封筒から、書類を何枚か取り出し女性に渡す。
不思議そうにそれを受け取った、が、すぐに眉がきゅっと寄り、非常にいやそうな表情を作りながら上司を見上げた。
「……異世界からこっちに呼ぶやつですか」
「あぁ、その書類にこちらからの要望が書いてある。頼んだぞ」
明らかに不満げ、いやな顔をしている女性の反応などどこ吹く風、男性はにい、と口端を上げると片手をひらひらと振りながらオフィスを去っていった。
そう、以前は一番上の者同士で行っていたこちらの世界からの要望も、今はこのコールセンターが請け負っている。
交渉ごとなのだから以前どおり一番上、少なくとも上司がやってほしいという気持ちはあるものの、天界は他にも膨大な仕事がありここのやりとりだけに時間をかけるわけにはいかないのだろう。
それが分かっているからこそ、女性はしぶしぶながらも目的の異世界へ、電話をつなぐ。
「もしもし。お忙しいところ申し訳ございません。日本異世界管理コールセンターでございます」
「異世界管理? こちらから何か要望を出した覚えはないが、何だ?」
女性が名乗ると、電話の向こうの――声質から男だろうか、やや尊大な態度で怪訝そうな言葉が返ってくる。
「はい、実はですね……」
そちらの世界からの人材が欲しい。そう告げると、電話向こうの相手は早口でまくし立ててきた。
いわく、こちらの世界の人間はそちらにはない能力が魂に刻まれている。
いわく、その能力を引っぺがす手続きが非常に難しく複雑。
いわく、そのために割ける人材がいない。
それでもどうにか女性は交渉を続けようとしたが、相手は「断る」の一点張りで聞いてくれない。
一度上司に確認します、と電話を切ると大きなため息をついた。
「面倒な手続きはこちらもなんですけどー! 難しいだとか複雑だとかほぼぺたぺたこっちのデータコピペしたり削除するだけでしょー! 要するに面倒だからでしょこのやろー!」
机に突っ伏すと、いらいらとした声音で言葉を吐き出していく。しばらくそうして足をばたばたとしていたものの、こうしていても解決はしない、と上司へと電話をかけた。
先ほどの男とのやりとりと様子を伝え、何度か会話を続けて指示されたのであろう内容をメモに書き取っていく。上司との話を終えると、再度盛大なため息をつきつつ先ほどかけた異世界へ電話をつないだ。
センターの名を名乗り、改めて女性が交渉を持ちかける。ぎゃんぎゃんとわめく相手の声はその隣の者にも聞こえるほど、非常にうるさいために眉を寄せつつ、メモを見やった。
「では、こちらからの派遣につきましては、数を減らさせていただきますが。もともとオーバーしているくらいの人数を送っておりますので」
『それは困る! 認めん!』
「こちらとしても仕事ですので。いかがいたしましょうか」
『ふざけるなっ! 仕事と言うのならきっちり人は送れ!』
そんなやり取りを繰り返し、女性の目が徐々に死んでいく。あきれといらつきと、様々なものが織り交ざり声が震えそうになるが、それをどうにか抑えてメモに記載されている次の内容を確認し言葉を続ける。
「……わかりました。では、対価代わりとしてそちらの世界とこちらの世界をつなぐ扉――店でもスキルでも、なんでも良いですが。それをひとつ、用意すると言うのはどうでしょう」
心の中では一歩たりとも引きたくはないが、自分の方がまだ大人だ、と言い聞かせつつ最後の手札を出す。
――ひとまずはこれで話が固まり、電話を終えた女性はぐったりと椅子の背もたれに体重をかけた。
「おつかれおつかれ」
「おつあり~……」
と、返したところでコール音が鳴り響く。
女性は再度電話を取ると、業務用の高めの声で名乗り始める。
「お電話ありがとうございます。こちら日本異世界管理コールセンターでございます」
――後日。
あの面倒な電話を請け負った女性が、騒がしい下界の一部を見下ろし、眉をきゅっと寄せる。
「……あのくそオヤジ……ちゃんと能力消して送れや……」
下界では、妙な力を持った子供が生まれ、騒ぎが起こっていた。
思いついたものを短編で。
うまく設定が組めたら中編くらいのものを書きたいな、と思っています。