表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日、魔女が殺した魔女  作者: 藻クズ
4/150

04. 魔女と契約

 アルマの警戒とは裏腹に、そのローブの者は悠然と歩を進める。今さら助けがあるとは考えてもおらず、先ほどの魔源(マナ)の重圧を浴びては、流石にロングソートを身構えずにはいられなかった。

 ローブの者は、足を止めると、少し落胆するような口調で言った。


「アレ、助けてあげたのにずいぶん失礼ね」

 顔半分が隠れた深いフード上げると、口調とは裏腹にその表情は軽い笑みを浮かべていた。長く艶やかな黒髪に鼻筋の整った顔。その端麗な容姿すら霞むほどに魅入ってしまう紅い瞳は、恐怖に似た印象を受け取る。

 アルマは剣先を下げた。それだけに止まったのは、まだローブの女への警戒心があったからだ。けれど、ローブの女はアルマの右手に視線を落とすと、ただ不服そうに口を尖らす。その無言の訴えに堪えられず、アルマは左腰の鞘へとゆっくり納めた。

 やっと納得したように微笑を浮かべたが、そこからはまたアルマを見つめるだけであった。居心地の悪さと間を繋ぐように、アルマは思い出した素振りで慌てて礼を述べる。


「先ほどは助けて頂いて、ありがとうございます」

「別にお礼の言葉なんていいわよ」

 謙遜するかのような返答であったが、ローブの女は強調する様で繰り返して言った。

お礼の言葉は(・・・・・・)、ね」

 区切って発する言い回しに、アルマもすぐに意図は察した。とは言え、アルマも十分に資金がある訳でもない。それでも頭の中であれやこれと計算しつつも、腰袋へと手を伸ばす。

「あっ、お金が欲しいとかじゃないし」とローブの女がそれを遮った。

「それじゃあ……」

 意図が読めないアルマは困惑の声を投げた。その様子にローブの女は不敵な笑顔を作り、アルマとの距離を狭める。

「結構危なかったんじゃない?」

「そ、そうですね」

「なら、何かお礼はしたいでしょ?」

「……はい、まぁ、そうですが」

「でもアタシは言葉とか、金品なんてのに興味ないの」

 胸を叩き何故か得意げな表情を作ると、アルマの鼻先に接触するほどに顔を近づけ、囁くように次の言葉を述べた。

「態度で示して欲しいの」

 その台詞を頭の中で反芻(はんすう)したアルマは、見る見るうちに顔中が真っ赤に染まる。サッと身体を引いて、身を守るように両手で自分を抱きめるアルマ。仕草の意味が理解できないローブの女であったが、途端に彼女も理解した。

「ちょっとッ! 何考えてんのよ。そんな訳ないでしょ」

「だって、身体で示せって―――」

「態度よ。態度(・・)ッ」

 いささか苛立ちの篭った声で、ローブの女は改めてアルマに詰め寄る。まだ色欲の疑惑が払拭できていないアルマは幾分かの疑心を抱きつつも、恐る恐る言葉を待った。

「行動で返して欲しいって意味よ」

「行動で……ですか?」

「そう、行動。アタシに感謝はしてるでしょ」と先ほど同様に回りくどい問答が再び始まる。

「う、うん」

「じゃあ、何かお礼はしたいって当然よね」

「そう、ですね」

「だったら、アタシが喜ぶものの方がいいじゃない」

「まぁ、仰るとおりですが……」

 恭しい言葉尻のアルマに比べ、ローブの女は毅然とした口調で言い放った。


「だったら、今日からアタシの家来になりなさい」


 思考することもままならない中、次々と質問を投げかけられ、アルマはただただ頷くしかなかった。だからこそ、その言葉の意味を理解しないまま、アルマは口を開いた。

「は、はい……?」とそこまで言って、アルマはやっと問い返す。

「え、家来ってどういうこと?」

「家来は家来よ。アタシに従ってもらうって意味だけど」

 ローブの女の態度はそっけない。

「そんなお礼の仕方、聞いたことないよ」

 非難するようにアルマは反論する。

「まあ、人間だとヘンな要求かもしれないけど、アタシ、魔女だから」とロープの首元を開き、首筋が露出する。左首筋に刻まれた三つの曲線模様に、アルマの注意が注がれた。

 

 その特徴的な印が刻まれた者を人は『魔女』と呼ぶ。

 アルマのように空気中に満ちる魔源(マナ)から、魔法を生み出す人間は少なからず存在する。しかし魔女と呼ばれる者たちは、先刻、アルマが黒い大蛇(ブラック・スネーク)に放った魔法とは比較できないほど、膨大な量の魔源(マナ)を操り、多種多彩な魔法を扱うことができる。

 人とは掛け離れたその存在に、人は恐れ、時には崇拝されるのだ。


「その反応だと、アタシが魔女ってことは理解できたみたいね」

 ローブの女は首元を正すと、自分の目先に右手の人差し指を立てた。指先から薄い紫色の炎が灯る。ロウソクの火ほどの紫炎(しえん)が幻想的に揺らぎ、アルマは視線を外せないでいた。

 指先がゆっくりとアルマの胸元へと伸ばされる。アルマといえば、抵抗する訳でもなく黙って観察するのみで、その指先がとうとう胸元へと触れた。その直後、停止していた時間が動き出したかのごとく、アルマはその場に膝をついた。胸が張り裂けそうなほど、心臓が激しく鼓動を打つ。

「そんな大げさな反応しなくても、痛くもなかったでしょ」

「何をした……の」

 アルマは押し付けられた胸元へと手をやる。確かに痛みもなければ、何か異変がある訳でもなかった。ただ、身体の芯を燃やし駆けるような衝動が伝わったが、呼吸は妙にゆったりと吐き出され、少しの脱力感がアルマの全身にのしかかっていた。


「魔女の契約よ。アタシ流のね」

「……契約を破ったりしたら、死んだりするの?」

 胸元から顔を上げ、真っ先に頭に過ぎった質問を投げかけた。

「別に、何もないわよ。ただ、アタシの為に頑張ってはもらうだけよ」

 ローブの女は前屈みになり、アルマへと手を差し出した。改めての挨拶を交わすように、不服も疑問も解決しないままであったが、アルマは何も言わずその手をとった。

「んーと、名前は?」

 上品な貴族の生娘のように首を傾げてみせたのに対し、アルマは伏し目がちに顎を引き下げる。

「アルマ、です」

「……アルマ、アルマね」と繰り返し、ロープの女はアルマの両頬に手を添え「アタシはアリサよ」

 ひんやりとした手の感覚が頬に伝わる。身体で反応しアルマは顔をゆっくりを上げた。

「アリサ……様」

「様はいらない」

「それじゃあ、アリサさん」

「んー、呼び捨てでいいわ、何か歯がゆいし。言葉で取り繕うとかじゃなくて、アタシの為に働いてくれたら、嫌おうが何だっていいんだし」

 口では強気な発言であるが、どこか手持ち無沙汰を紛らすように、アリサはアルマの頬を軽く引っ張った。

「まだお互いのことも知らないし、嫌うなんてことはないげど。だから宜しくね、アリサ」

 そう、と素っ気ない一言を述べ、すぐさまアリサはそっぽを向く。だからこそ、表情までは読めなかったが、何故だが少し、アルマは安心感を覚えたのだった。


―――


報告者ID:466352様

誤字指摘を受けて修正しました。ありがとうございます。


「……契約を破ったりしたら、死んだりするの」→「……契約を破ったりしたら、死んだりするの?」:地の分で質問とあるので、指摘の方が自然


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ