03. 脅威、そして脅威
その影は幾分か前から獲物を捕らえようと忍び寄っていた。アルマにとって不運なのは、その影がこの地への移動に長け、先ほどの喧騒に紛れ迫ってきたことであった。
不意に視界の端に捉えたその影に、アルマの体が反応する。だが、一呼吸の遅れが右肩への鈍い痛みとなって返る。
「うッ」
思わず声が溢れるアルマ。右肩を庇い伸ばした視線の先には、その影の正体――もう一体の黒い大蛇が、さらに傷ついた大蛇の奥。周囲の倒木を押しのけ三体目の黒い大蛇が声高々に咆哮する。二体とも当然引く気はなく、荒々しい息遣いでアルマを威圧する。
断続的な痛みはあるものの、剣を振るえないほどの異常ではない。ただ、痺れるような腕の感覚に、正確な打ち込みは期待できなかった。
出来ることならば殺すことなく、退けたい思いがアルマにはあった。黒い大蛇は縄張り意識が強い攻撃的な魔物であるが、その領域を侵さない者は標的にはしない。そんな彼らに対し、バカな自分が自ら迷い込んでせいで襲撃を受けているのだ。だからこそ、アルマは殺す行為に抵抗を抱いていた。
ただ、新たな二体から戦意を奪い、退けるほどの余裕はない。時間を掛ければそれだけまた新たな仲間が集い、そうなればアルマ自身の命が絶たれることになる。意地を曲げるならば早いに越したことはないのだ。
アルマは僅かに右手の握りに力を加える。鈍い痛みが右腕を走った。間合いを狭めつつも二体の大蛇に気を配り、アルマは決断した。
黒い大蛇の俊敏で且つ軽やかに滑る動きは、充分にアルマは『見る』ことができた。手に伝わるロングソードの意思が自身の意地を支え、その大蛇を退けるべくアルマは前へと踏み出した。
その瞬間であった。アルマの全身の筋肉が強張り、背筋を凍りつかせる。押しつぶされそうなほどの圧倒的な魔源が、一瞬にして熱気を恐怖に染め上げた。至って正直な身体の反射であるが、あろうことか無防備にも、彼女は大蛇に背を見せたのだった。
一筋のまばゆい閃光が、恐々と振り返ったアルマの横を過ぎ去り、そして、一瞬にして周囲は光に包まれた。振り返ったアルマの正面先、全身を覆う黒いローブを纏った人影が、その光源に照らされる。時間にして数秒のことであった。
徐々に光が終息し、辺りは再度、薄暗い光へと切り替わる。甲高くに響く声に、本来の目的をやっと思い出したアルマは、上体だけを後方に向けた。
強烈な閃光に視界を奪われた三体の黒い大蛇は、もがくように四方八方へと頭を揺さぶり、逃げるように森の奥へと姿を沈まし、去って行った。一つの脅威が去り、乾いた笑いが込み上げるアルマであるが、息をつき安心するほど事態は好転してはいないのだ。