おいでませ下界3
あけましておめでとうございます。
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鬱蒼とした森の中。
1人の少年が、ならず者達に肩を抑えられていた。
更には他の男たちも少年を取り囲み、下卑た笑みを浮かべていた。
少年は顔を青くしながらも、何かを決意したような目を宿していた。
そんな少年の視線に、リーダー格の男が少年に対して声を荒らげた。
少年は怯えたように視線を逸らしたかと思えば、腰の剣に手をかけたかと思えば鞘ごと抜いた。
その一連の動作で、肩を抑えていたならず者たちが吹き飛ばされた。
簡単に大の男二人を吹き飛ばした少年の膂力に、警戒したならず者たちだが、少年の構えを見て目を見張り、しばし沈黙。
ならず者たちの肩がわななく。
少年はきりりとした表情でならず者たちを睥睨している。
ならず者たちは吹き出した。
「ちょっ…おまっ…!www」
少年、というか元給の神は剣の構え方など知らなかった。
以前アホどもをふっ飛ばした構え方しか。
基本力に任せて何とかなっていたので、ちゃんとした構え方も特に調べようともしなかった。
”問題無く対処できたから良し”と。
彼は基本、自分の仕事以外には面倒くさがりだった。
そもそもふっ飛ばした時に使ったのはバット的なものな上、その時は構えすらしなかったために。
元給の神、いや、少年は、力を込めてはいけないと、ダメなやる気を出していた。
足は肩幅より若干広く仁王立ち。
何故か前かがみ。
おまけに剣を両手で持って、肘は伸びきっている。
足が閉じていれば、名刺を手渡す姿勢としては完璧だった。頭は上がってるけど。
テニスのサービスを取ろうと意気込むレシーバーの姿勢でも良い。膝は伸びきってるけど。
そして少年は、以前漏れ聞いたスポーツにおける名言を呟く。
キリッとした顔で。
「左手は添えるだけ…」
興味ないことに対して、彼は色々とうろ覚えだった。
おまけに話の通じない相手ばかりだったために、自己完結しがちだった。
―――――
なぜ彼らが突然愉快な感情に飲み込まれたのか知らないが、腹を抱えて心から笑っている。
先程までの寂しさから来るニヤニヤしたアホどものような気持ち悪い笑いでもない。
健全な笑顔だった。
治ったのか?
なぜ?
彼らの話を親身になって聞いた訳でもなければ、説得して諦めて貰った訳でも無い。
だめだ。
俺だけで考えてるから分からないんだ。
予定通り街に行こう。
街の者たちに聞けば、彼らの正式な病状も分かるはずだ。
そうなると彼らをどうするかだ。
大きな笑い声が響いたせいか、獣らしき生き物がじりじりとこちらへ近づいて来ている。
彼らには荷が重いだろう。
かといってこのまま騒音を立てさせておく訳にもいかない。
せっかく心から笑えているところ悪いが、やはり眠っていて貰おう。
このまま体ごと剣をぶん回せば風圧で飛ば…
だめだ、胴体が消える未来しか見えない。
横着せずに1人ずつ丁寧に寝かせてやろう。
軽く一歩踏み出す。
「なっ!?」
「っ!?」
軽く踏み出したつもりが、あっという間にリーダー格の男が眼前に居たことに驚き、慌てて剣を自分の方へ引き寄せた。
おかげで男の腹に軽く剣先が当たるだけにとどまった。
「ぎゃっ……!!」
「あ…」
自身の反射神経に感謝する前にリーダー各の男が吹っ飛んだ。
そのまま飛んでいった先に視線を送る。
あまりよろしくない音を立てて木にぶつかって落ちた。
「「「・・・・・」」」
笑い声がピタリと止み、しん、と周囲が静まり返った。
「…その…すまん」
力加減が思った以上に難しい。
剣はだめだ。
というか道具を持っていると力の伝わり方が調整できない。
謝ってはみたものの、明らかに怯えさせてしまったようだ。
彼らの腰が引けている。
大丈夫だ、次は道具は使わない。
手に持っていた剣を手放し、笑顔が消えてしまった彼らに申し訳ないとは思いつつも、右に居る男へと1歩踏み出す。
今度は更に力を抜いて。
「ひぃっ?!」
「よし」
今度はうまくいった。
イメージ通りに男の前に到着したが、彼の顔が引き攣っていた。
心の中で謝罪しつつ彼の首元に軽く手のひらをあてた。
「がっ……!!」
「あ」
めり込んだ。
あまりよろしくない音を立てて地面に顔が埋まった。
「「「・・・・・」」」
更に静寂が満ちる。
「…すまんすまん」
窒息してしまわないようそっと肩を軽く引っ張り地面に横たえる。
なんか今ゴキッと外れた感じがしたが折れてはいないので次へ向かう。
どうしても力加減が難しい。
背中に手を当てれば正面から木にぶつかるし。
腹に手を当てれば背中から木にぶつかるし。
上に力を向ければ上に飛ぶし。おまけに足から地面にめり込んだ。
そうやって悪戦苦闘していると、3人の男が別方向へと走り出してしまった。
更に、内1人が獣の方へ向かってしまい慌てて声をかける。
「待て!どこへ行く?!」
「うるせええぇぇ!!!」
「…くそっ…!」
なんてめんどくさい奴なんだ。
他を優先させたからか拗ねてしまったようだ。
どうもリーダー格の男に次いでつんでれ気質が強いらしい。
とりあえず逃げた男を追いかける。
襟首を掴み、他の奴らの方へ投げる。
もちろん勢いが着きすぎないよう細心の注意を払い、ふんわりと弧を描くように投げ、軽く落ちるイメージをしっかりと持つ。
「おぉ…!成功だ…!」
初めて力加減が上手くいったことに若干の感動を覚え思わず声を上げてしまった。
頭から落ちたがめり込んでいない。
意識もあるのかぴくぴくと動いている。
まさに完璧…!
感動している間にも獣が更に近づいて来る。
しかし剣を手放したままだったたことに気付き、素手での対処を試みる。
人間相手に軽く手を触れるだけで吹き飛ばしてしまったことを考慮し、大きさ的に人の5倍程ある獣相手なら普通に触れる位で良いだろう。
そう結論付け、手刀を構え「おいちょっと待て」
さすがに手が刀に変わるのは違うだろ。
人間の身体に変身機能は無いはずだ。
…無いよな?
調べようとした矢先に獣が眼前に迫る。
ズシンズシンと響く振動、騒音と感じるほどの獣の鳴き声。おまけに、調べ物の邪魔が入る、という3拍子揃った状況に、条件反射で手が動いた。
勝手に。
「あ」
「ギャオーーーッッ?!?!」
気付いた時には遅かった。
スパっと容易く両断されずり落ちる頭。
眼前に吹き上がる血。
ズシンと響く大きな音。
消え行く鳴き声。
「・・・・・」
次第に光を失っていく獣の目から視線を逸らせなかった。
いつの間にか光が差し込み、倒れた獣を照らしている。
黒に近い程の茶色い毛並みに、光を失ってしまった円な赤い瞳。
濡れた黒い鼻に、口元からは、生前真っ白だったろう大きな歯がのぞく。
生きていれば愛くるしかっただろうに、頭が切り取られた首から大量の血を流すその姿は、”死”そのものだった。
「あぁ…なんてことだ…」
奴らのせいで覚えてしまった無意識な体の動きをしたことに不快感が込み上げる。
しかし殺してしまったものは仕方ない。
このうっ憤は奴らで晴らそう。
せめて無益な殺生にならないように獣は食べて大地に還えそう。
ただどうやって食べるんだ、これ。
「見た目から食べ方を検索…」
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マーダーベアー
種族:魔物
水準:89
生命:8900
魔法:445
運動:8900
知力:445
幸運:300
【熊が魔物化し人肉を好んで食すようになった。ギルドの討伐対象。最低でもCランクは欲しいよね。ソロ討伐出来れば君も英雄!にはなれ無いけどね(笑)。食用可。男は黙って、焼肉!】
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「…まさかこれ半知半能のせいか」
それにしても後半の説明文がおかしい。
イラっとしたから奴らの息がかかっている気がする。
…まぁ食べれるなら食べよう。
量が多いし、つんでれ集団にも食べさせよう。
おまけに討伐対象なら金になるだろう。
つんでれ集団も盗賊では無かったし、街に連れて行った所で金にはならなかったしちょうど良い。
お読みいただきありがとうございました。
愛くるしい獣 = 一般的な人々には出会えば死を意味する。ちなみにならず者たちでは敵わない。ならず者だから。