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時戻りの少女と夢見の青年

作者: 青い犬

 ――あぁ。今回もダメだった。


 何度目かわからない彼の死に、私は見ていられずにその場から立ち去る。

 そして誰もいないところまで来ると、私はまた何度目かわからない「呪文」を唱えるのだ。


「時空を操りし精霊よ、我の魂を過去へ導きたまえ――」


 願わくは、今度こそ彼を救えますように。



 ☆



「馬鹿じゃないの?」


 突然令嬢らしくない言葉を吐いた私を見て、侍女のボニーは私の打ちどころが悪かったのかと、慌てて人を呼びに行った。

 うっかりぽろっと口から出たとはいえ、さすがに今の発言はまずかったかと反省する。


 けれど、記憶を取り戻した今ならわかる。「過去の私」がどれだけひどい人間なのかということを。

いや、正しくは「何度もループをしている私」か。


 私、セリーナ・ハンゲイトは、魂を過去に戻す魔術――「時戻りの術」を使って何度も時間を巻き戻っている。


 理由は簡単。私の愛する人が、毎回同じ時に死ぬからだ。


 彼――ロドニーは私の幼馴染なのだが、決まって彼が十八歳の時の誕生祭――神の誕生を祝う祭の日に死ぬ。


 誕生祭は学園でダンスパーティーが開催されるのだが、一周目はそのダンスパーティーで王子を暗殺しようとした者に刺されてしまい死亡。そのときは近くにいた王子をかばったことによるものだったため、二周目は王子の周りに警備を増やした。ところが今度は、女子生徒から恨みを買ってしまった友人が飲むはずだった毒入りのジュースを、誤って彼が飲んでしまい、死亡。それなら三周目はいっそダンスパーティーに出なければいいのではと考え、彼にずっと家にいるように頼んだ。けれど、私が念のため様子を見ようと彼の家に向かっている途中、何者かが彼の家に火をつけ、使用人たちを逃がしている間に焼け死んでしまったという結末になってしまった。その後もいろんな方法を試したが、私がそばにいても何らかの形で引きはがされ、ロドニーが死ぬということには変わりなかった。


 最初は何もできなかった自分を悔いて絶望した。その後、私の魔力量なら「時戻りの術」を使うことができると知り、過去に戻ったが、それでも彼は死んでしまい、再び絶望した。けれど、また戻ってやり直そうという考えに至り、私はそれを繰り返した。


 そして前回の私も失敗し、今度こそはと今の私に託した。しかし、今回の私は「ループを繰り返してきた私」とは違った。


 まず今回の私は、いつもの私と違い、誕生祭の約一月前に戻っているということ。


 前回までのループでは、私はロドニーと出会う幼少期まで遡っていた。その度に、魔術を極めたり、令嬢らしからぬ剣術を身に着けたり、人脈を広げていったりした。けれど今回はタイムリミットが近いため、そんなことをしている余裕はない。


 そしてもう一つ。それは、私に前世の記憶が戻ったということ。


 前世の私は、こことは違う世界の人間だった。この世界とは違い、女性でも働くのは当たり前で、前世の私も結婚せず自分で働いて生活をしていた。


 けれど、家族や友人、会社の同僚はいい人ばかりだったし、私は充実した生活を送っていたと思う。


 なぜこんな記憶を、繰り返す前ではなく今思い出したのかはわからない。ただ、思い出すきっかけとなった「魔術失敗による事故」は、そもそも過去のループでは起こらなかったし、起こすような状況にもならなかった。なぜなら先ほども言った通り、今回戻ってきたのは誕生祭の一月前という前回のループまでとは違う日時だったからだ。


 まず、この「時戻りの術」は戻る日時を指定できる。私は毎回この術を使う時、十年前を指定していた。けれど、今回は一月前。つまり、魔術が中途半端にしか発動していないのである。そのため、今回の私がどれくらい魔術や剣術を極めているのかわからなかった。


 だからそれを確かめようと、試しに前回のループ時には使えた難易度の高い魔術を使ってみた。この魔術は失敗しても何も起こらないだけだし、安全だと思ったからだ。


 それなのになぜか魔力暴走を起こし、私が気を失ってしまうほどの大事故になった。


 その結果、私は前世を思いだし、その記憶と現在の記憶が混ざり合ってしまったのだが、今となってはむしろそうなってよかったとさえ思える。


 だって、いくらなんでも好きな人が死ぬからって過去に戻るなんておかしいでしょう?


 確かに愛した人が死ぬのは悲しいし、苦しくもなる。でも、だからといって過去に戻ったら、ロドニーが必死で誰かを助けようとした気持ちまでもが、なかったことになってしまう。


 それに過去に戻って命を救うなど、命という存在を馬鹿にしている。言ってしまえば、「また過去に戻って助ければいい」という考えにもとれてしまう。過去の私はそうは考えていないのだろうけれど、ロドニーの命は一つだから尊いのであって、何度も無駄にしてもいい存在ではない。


 そして私自身の性格や考え方もひどい。何がって、過去の私は結局一人で解決しようとしていたところだ。思い返してみれば、過去の私はロドニーが死ぬことを誰にも相談せず、一人でロドニーを守ろうとしていた。人脈を広げたと言っても、ロドニーがかばうはずの周囲を守るために人を動かしていただけで、ロドニー自身を救えるのは自分しかいないと思っていたのだ。そのこと自体がそもそも間違っているというのに。ロドニーを助けたいと思っているのは、何も私だけではない。彼の友人や家族だって私と同じ気持ちなのだ。それなのに過去の自分ときたら、悲劇のヒロイン気取りで過去に戻るのを繰り返すなんて……。馬鹿としか言いようがない。


 過去の自分を恥じた今、私がやるべきことは決まっている。こうなればいち早く行動しなければ。


 その時、ノックの音が響いた。「ボニーです」と言われ、さっそく中に入るよう促す。私一人では何も解決できないと気づいた以上、ボニーにも協力してもらわないといけない。今回は時間がないのだから。


「お嬢様、医者を呼んできました。お体の方は……」

「もう大丈夫です。それよりもやらなければならないことがあるのです。すぐに先方に連絡し、馬車の準備を」

「今からですか? その様子だと急な訪問ですよね? いくらなんでも相手の方にも都合というものがございますし、それにお嬢様は魔術事故を起こしたばかりで、さすがに外に行かせるわけには……」


 渋るボニーの態度は侍女として当然だ。しかし、今は急を要する。私にとってこうして話している時間ですら惜しい。


「私にとっても相手にとっても大事な用件なのです。相手方には申し訳ないですが、幼少からのよしみで申し出を受け入れてほしいと頼むしかありません」

「ということはロドニー様に会いに?」


 私は首を横に振った。確かに今から向かう場所はロドニーの実家でもあるオクロウリー侯爵家だ。しかし、私が話したい相手は彼ではない。


 私が話さなければならない相手。それは、彼の元で暮らしている「異世界から来た神子」である。



 ☆



 「神子」という存在は、この世界において「救世主」と同義と言っても過言ではない。国を魔物から守る神力を持つと言われているからだ。だから基本的には彼女をありがたい存在だと受け止める。


 しかし、彼女をよく思っていない輩もいる。それは神子という存在を信じない者、神子はただの人間で何もできないと考える者とさまざまだが、中には「神子の神力は強い力を持った魔物と同じもので、だから神子は魔物が姿を変えたものではないか」と考える者もいる。そう言った者たちは神子を排除しようとしていることから「過激派」とも呼ばれ、そんな連中から守るために、王家が信頼している侯爵家が神子を保護している。


 その侯爵家というのがロドニーの実家である。そして、ロドニーは神子を守る騎士の一人でもあったのだ。




 侯爵家の中に入ると、メイドに案内され応接室へと通される。


 中に入ると、神子の「アヤノさん」以外にも、ロドニーの父親であるオクロウリー侯爵もいた。いくら相手が昔から見知っているとはいえ、さすがに神子一人をほいほい私の前に差し出すわけにはいかなかったようだ。私が彼女に何をするかもわからないし、これは想定の範囲内だから構わなかった。ロドニーには聞かせたくない話だから、彼はその場にいないでもらいたいという願いも聞いてくれているようだし。問題があるとすれば……。


「……トレヴァー。なぜあなたがここに?」


 なぜここにいるのと言わんばかりに、私は彼を睨みつけた。


 トレヴァー・セービン。ロドニーの友人で、女性には優しいフェミニスト。そのくせ、私には嫌味を言う男だ。二周目のとき毒入りジュースを飲むはずだった友人とは彼の事である。そのせいもあって私は彼が苦手だが、私と彼はロドニーの前では普通にしているので、ロドニーは私とトレヴァーの仲が悪いことは知らない。


「嫌だな。私はロドニーの友人だよ。この家にいても何らおかしくはない」


 だからと言ってこの場にいる理由にはならないだろうと思ったが、神子のアヤノさんが私たちのにらみ合いを見てあたふたしているので、私は言い返さず侯爵に許可をもらってアヤノさんの向かい側に座った。トレヴァーは一応ロドニーの友人だし、話を聞かれても構わないと思ったからだ。それでも隣に座っているのがトレヴァーというのは嫌だけど。


「それで、話って何だい?」


 最初に切り出したのは侯爵だった。私は信じてもらえないかもしれないと不安に思いながらも、ロドニーの死を回避するためと決意を固め、今までの事について話し始めた。


 「自分勝手だ」と罵られるのを覚悟のうえで。



 ☆



 ――あれから一か月が経った今日、私はロドニーの家にいた。


 私の手には、ロドニーの好きな青色で統一した花束が収まっている。


 私はメイドに許可を取り、ロドニーの部屋に向かうと、彼の部屋をノックした。


「どうぞ」


 中から聞こえてきた久しぶりに聞く声に安心し、私は扉を開けた。


「わざわざ悪いな」

「いいのよ、別に。それよりも起きていて大丈夫なの? まだ寝ていたほうがいいんじゃない」

「大した怪我もしていないのに寝ていられるわけないだろう」


 ロドニーは念のためベッドに横になっていたようだったが、彼の話ぶりから見るに元気そうだった。


 その様子を見て、今回私がしたことは間違っていなかったのだと、心から安堵した。


 あの日、私はすべてをアヤノさんたちに話した。誕生祭の日、ロドニーが死んでしまうこと。それを知った私が過去に戻ってやり直そうとしたこと。それでも死因は変わってもロドニーの死自体は変わらなかったこと。その他関係のありそうなことはすべて話した。皆黙って聞いてくれて、アヤノさんは泣きそうになり、侯爵は信じられなさそうな表情をしながらも、最終的には納得してくれた。ただ、なぜかトレヴァーは何も言わずに黙っていたが、あれは何だったのだろうか。いつもの突っかかってくるトレヴァーらしくないと思ったが、おそらくアヤノさんたちがあの場にいたから、普段のような反応をすることができなかったという考えに落ち着いた。


 まず侯爵たちに聞かれたのは、「ロドニーがなぜ死ぬのか」ということだった。


 ロドニーは、どのループ時も必ず誰かをかばって死んでいた。


 それは相手が誰であっても変わらない事実だと思っていた。しかし、侯爵が「それは違うと思う」と否定した。「どうしてなのか」と問うと、侯爵は言いにくそうにアヤノさんを見た。そこでアヤノさんも察しがついたらしく、「大丈夫ですよ」と説明を促したことで侯爵は話を続ける。


「……ロドニーは正義感が強いが、だからと言って今の護衛対象であるアヤノ様より優先して他人を守るなんてことはしないはず。おそらく、どの死の時も……アヤノ様が関係しているのではないかと」


 言われて私は薄れていた最初の頃のループを思い出した。


 一回目は王子をかばって死んだと思ったが、確かにあの時は王子の隣にアヤノさんがいた。神子と王子が談笑していている中、男が刃物を持って襲ってきたのだ。そのとき誰かが「王子を守れ」と言ったから、王子を狙ったものだと認識してしまったが、二人の前にロドニーが飛び出して刺された以上、王子を狙ったものとは断言できない。


 二回目の毒入りジュースのときも、トレヴァーが女子生徒からジュースを受け取っていたからてっきり彼が女子生徒から恨みを買っていたのかと思ったが、よく思い出せばそれが間違っているとわかる。なぜなら、トレヴァーはあのとき「アヤノさんにもジュースを持っていこう」と言って受け取っていた。だが結局トレヴァーは、その後急に挨拶に行くことになって、アヤノさんにジュースを渡してほしいとロドニーに頼んだ。だとすれば、そのジュースはアヤノさんを狙ったものであり、ロドニーは念のため毒見をしたと考えるのが普通だろう。


 そうなると、三回目の火事の時もアヤノさんを狙っての犯行だと言うことが予想できる。そのときはアヤノさんの体調が芳しくないとのことで、ロドニーは彼女の看病のため、私の屋敷に残ってほしいという頼みをあっさりと引き受けたのだ。ということは、侯爵家には当然アヤノさんもいることになる。もし、犯人がそのことを知っていれば、動けないアヤノさんを殺すため火を放ってもおかしくはない。


 場に重苦しい空気が流れる。アヤノさん本人は、自分が狙われていると知り俯いていた。もしかしたら泣くかもしれない。いや自分ならきっと泣いてしまうかもと思ったが、顔をあげたアヤノさんの表情は何かを決意したかのように前を見据えていて、トレヴァーと私が睨み合っていた時のオロオロとした様子からは想像できないほど凜としていた。


「犯人はおそらく、神子を狙う過激派……ですよね?」


 彼女の言う通り、その場にいる全員がそうだろうと頷いた。一応他の可能性も考えてはみたが、アヤノさんを狙う理由と言ったら神子関連しかないからだ。彼女はこの世界に来てから日が浅いし、あまり公の場に姿を現していない。だから殺されるような大きな恨みを買うとしたら、過激派ぐらいしか心当たりがないのである。


「私たちも過激派については調べている。しかし、奴らが神子を暗殺するといった情報は今のところはない。水面下では何かしていると思うが、公に動かない以上、私たちは動けないのが現状だ」


 ううむと唸る侯爵に、アヤノさんが「だったら」と話を切り出した。


「私が囮になって彼らをおびき出します。そこで過激派を捕まえることができれば、ロドニーさんは死なないですよね?」


 侯爵が「なっ」と驚きの声をあげる。私も彼女の発言に息を呑んだ。


「それでは本末転倒です、アヤノ様」

「それは理解できています。ですが、このままだとロドニーさんが死んでしまうんですよね? なら私は戦うことを選びます」

「ですが……!」


 渋る侯爵だったが、アヤノさんの目は真剣だった。そのとき私は、やはり彼女に話して正解だったと思った。だって彼女は私とは違う。彼女は私とは同じような道を歩まない。だって彼女は……。


「大丈夫です。私は一人で成し遂げようとしているわけではありません。皆さんの力を借りたうえでやりたいと言っているのです。私一人でできるなんて烏滸がましいこと、考えていません。それに私だって力になりたいんです。いつも守られているなんて、そんなの性に合いません。だから私でも役に立てるってことを証明するために、侯爵様もセリーナ様もトレヴァー様も、私に協力してくれませんか。お願いします」


 頭を下げるアヤノさんに対し、侯爵は頷かざるを得ないようだった。最終的に「裏で動く予定の護衛の人数は増やしますからね」とそこだけは譲らない姿勢をとっていたが。


 トレヴァーはあっさりと了承した。正直、「可愛い女の子には無理させられない」とか言って止めるかと思ったので驚いた。


 私は当然断る理由はなかった。彼女に負担をかけすぎだとは思ったが、むしろ私が最初に持ち掛けたので、私が拒否することは難しいだろう。


 そして、それから一か月。私たちはロドニー死亡阻止計画のため奔走した。


 計画の内容は簡単だ。


 まず、「誕生祭の日、アヤノさんは神子の儀式を行うためダンスパーティーには出られない」という噂を流す。


 それを裏付けるため、アヤノさんには儀式の準備をしてもらう。儀式に着る衣装の採寸だったり、国王陛下に許可をもらったり、護衛の確認をしたりなど様々だ。


 そして当日、儀式を行う神殿へと向かい、儀式を行う。


 儀式を行う時は一人のため、そこを狙ってくるだろう過激派をおびき寄せ、隠れていた護衛たちが捕まえるという内容だ。


 とはいえ、この計画は急ごしらえなので、相手が引っ掛かってくれるかはわからない。


 それにいくらアヤノさんが来てから半年も経っていないとはいえ、儀式の準備を一か月前に始めることは少し無理がある。


 「アヤノさんが儀式の存在を知ったのがつい最近で、そのため準備を始めるのが遅れた」と表向きの理由は発表されるが、それでも今回過激派を捕まえるのに失敗すれば、このことを理由に「アヤノさんは神子ではない」と過激派が吹聴する可能性がある。そうなれば、今より過激派が勢いづくかもしれない。


 加えて、儀式自体は「私がこの国を守ります」という神に誓いを立てるためのものなので、神子を大切にしても神子に頼りっぱなしではない今のこの国では、別にやらなくても問題はない。それは良い人が見れば「神子は古くからの儀式も大切にする」と思われるが、過激派から見れば「やらなくてもいい儀式のために人を動かす、やはり魔物の類だ」とも言われかねない。そうなると、面倒なことになる可能性もあるため、避けたほうがいいだろう。


 だが、結果はおおむね成功した。


 予定通り相手はアヤノさんが神殿で一人になったところを狙い、集団で襲ってきた。


 ただ違ったのは、想定していたより過激派の人数が多くて捕まえるのに苦労したという点と、なぜかこのことを知らせていないロドニーが応戦して足にけがを負った点だった。


 前者はまだわかるとして、後者は完全に予想していなかった。


 結果的にアヤノさんは無事だったし、ロドニーも彼女を守るための負傷だったため、全然気にしていないようだったけれど。


 ただ、具体的になぜこの計画が立てられたのかをロドニーは知らなかったらしく、「ロドニーが死ぬ未来を見たから」という嘘と真実を交えたことを言ったら、次の日アヤノさんたちも一緒にしこたま怒られた。こればかりは覚悟の上だったので、仕方のないことだと思う。それでも後悔はしていないけれど。



 ☆



 こんこんと、ロドニーの部屋の扉がノックされた。


 おそらく彼女だろう。私はすぐさま立ち上がり、ロドニーに帰ることを告げる。


「もう行くのか? セリーナもまだ話していけばいいのに」

「恋人との逢瀬を邪魔するほど、私はひどい人間じゃないわ」


 にやりと笑うとロドニーの顔が珍しく赤く染まった。「知っていたのか」と呟いているが、私がわからないはずないじゃない。何年幼馴染をやっていると思っているんだか。


 私が部屋を出ると、予想していた通り彼女がいた。「あとはよろしくお願いね」と頼むと、彼女は微笑んで部屋に入っていった。あとはもう彼女に任せてもいいだろう。


 私はすっきりとした気分で家に帰る。すると、私に来客があったようで、応接間に待たせているとのことだった。急いで応接間に入ると、そこにはトレヴァーと私の父がいて、何か話をしているようだった。


 私が来たことに気づくと、父が席を外した。さっきの様子だと私ではなくて父に用があったのではと思ったが、とりあえず私に用があるのは確実なので、私は彼の向かい側に座った。


「それで、何の用でしょうか?」


 おそらく先日のロドニーについての話だろう。ただこの男の事だからどうせ嫌味か何かも言われるんだろうなと身構えていると、予想とは違い、言いにくそうに視線を彷徨わせた。


「どうしたの? ロドニーの話でもしに来たんでしょう?」

「いや……。ただ君は思ったよりも元気そうだと思って」

「何? 落ち込んでいればよかったって?」

「そうじゃないけれど……。ただ、君はロドニーとアヤノさんが恋人になったことを知っているんだろう?」


 そう聞かれて、ようやく合点がいった。


 そういえばこいつは私がロドニーの事を好きだってことを知っていた。


 だからこいつなりに気を遣っているんだろう。私は想いを伝えることすらできずに失恋してしまったのだから。


 けれど、今の私にそんな気持ちはさっぱりなかった。


「……あのね、トレヴァー。確かに私はロドニーが好きだったし、愛していたわ。けれどね、今はもう吹っ切れているの」


 あの日、アヤノさんたちにループの話をした日には、とっくに吹っ切れていた。


 そもそも私がなぜ彼女にその話をしようとしたか。それはどのループの時も、彼女はロドニーが死なないよう周りに協力を求めて自分の力を尽くし、それでも死んでしまった彼の死を彼女はなんとか受け入れ、前を向こうとしていたからだ。


 ループをしていた時は、そんな彼女に負けたくなくて私は繰り返し過去に戻っていたけれど、それはロドニーにとって本当に良いことだったのだろうか。彼女のように最善を尽くし、彼の死を悼み、もう二度とそうならないように努力することのほうが良かったのではないか?


 今の私は後者の考えだ。だからアヤノさんにすべてを任せた。


 彼女は私と違い、大切な人のためなら周りの力も借りる。自分も努力する。それでもだめなら、諦めて私のように過去に戻るのではなく、そうなってしまった自分の不甲斐なさを受け入れ、次はそうならないよう再び努力する。そんな人間だ。


 だからロドニーもアヤノさんを選んだのだろう。私も、ロドニーの立場なら彼女を選ぶ。それだけ、彼女は私から見てもまぶしかったのだ。


「だからもう大丈夫。今度はきちんと未来を見るわ」

「……そうか」


 その一言は短いものだったが、その声色は優しく、彼が私に向ける表情としては一番柔らかい笑みだった。


 こうして、私の長きにわたる物語(ループ)は終わりを告げたのであった。



 ☆



 自宅に帰ってすぐに実行したことは、隠していた一冊の日記帳を引っ張り出すことだった。


 これには幼少期から私が見た夢の事について書かれている。


 「夢」と言っても、「別の世界の自分の記憶」だ。俗に言う「パラレルワールド」と呼ばれるものである。


 なぜその夢がパラレルワールドの記憶だと分かったかと聞かれれば、夢の中の自分がそう言っていたからとしか答えようがない。それを信じるなんて荒唐無稽な話ではあったが、けれどそれを信じられるほど、その夢の自分がいる世界たちと今の自分の世界は似ていた。


 最初に夢を見たのは七歳のころだったのだが、まだそのときには知りえない、過去の隣国との関係や貴族の名前などが夢と一致していた。さすがにその年齢ですべてを調べることには限度があるので、当時の自分が調べられる範囲しか確認していないが、それでもほとんどが一致していた。「ほとんど」というのは、そのパラレルワールドによって起こした行動が違うため、自分の世界と異なる部分があったからである。


 パラレルワールドというものは、今の世界と極端に異なる場合もあるため、自分が見た夢は今いる自分の世界と近い世界なのだろうと、幼少の私は子供なりにそう結論付けた。だから、今自分がいる世界も夢と同じような結末を辿るのかもしれないとも。そして、もしそうならば絶対に止めなければとも考えていた。


 なぜなら、夢で見たどの世界でも私の大切なものがなくなっているからだ。


 まず、「ロドニー・オクロウリー」という青年。幼少期にはまだ知り合っていなかったが、夢で見たパラレルワールドだと私の一番の親友だった。そんな彼は、どの世界でも何らかの形で死ぬ。


 そして、「セリーナ・ハンゲイト」という少女。ロドニーの幼馴染であり、私も仲が良かった彼女は、消息不明となる。


 ロドニーの死の原因が神子を守るためという事実は、パラレルワールドの自分が彼の死後調べていたため知っていた。


 しかし、セリーナの消息についてははっきりとはわからなかった。ただ彼女が消えたと思われる場所を調べている時、強い魔力の残滓から、彼女が強大な魔術を使ったということしかわからなかった。今ならそれが「時戻りの術」ということがわかるし、私が見ているパラレルワールドが、彼女にとっては「ループをしていたときの現実」であるということも理解できるけれど。


 だから私は、彼らがそんな結末を辿らないよう、ロドニーを殺したと思われる過激派の情報を集め、セリーナには強い魔術は使えないよう細工した。それが失敗し、彼女が魔術事故を起こしたと知ったときはヒヤリとしたが、彼女が無事で私は心から安心した。


 正直言うと、今の私がここまでする理由はないのだろう。彼らはあくまでも「別世界の自分の大切な人」で、夢を見たときに彼らと知り合っていなかった自分にとっては、「他人」だったのだから。


 けれど、夢を見たせいで自分は想像以上に彼らを気にしてしまったらしい。つい彼らを助けるために、あらゆる努力をしてしまった。その後、学園で知り合ってしまったロドニーもいい奴だし、セリーナとのくだらない言い合いも楽しく感じた。彼女の「ロドニー一直線の行動」に関しては見ていてイライラし、意にそぐわずよく嫌味をぶつけてしまったが、あれくらいなら可愛いものだろう。


 私は日記帳を手に取ると、今日起きたことを書き込んだ。今までのように夢を記録するのではなく、彼らを失うことにはならなかった、「夢の先である今日の出来事」を書くのである。


 どの夢も必ずセリーナの結末を知った後で終わっていた。つまり、彼女たちを失ったパラレルワールドの自分がどうなったかわからない。けれど、良い方向に進んでいないことだけはわかる。


 だからこそ別世界の自分は、「今の私」にそうならないようパラレルワールドの夢を見させたのではないかと思う。パラレルワールドを別の世界の、それも過去の自分に向けて見せることができるのかどうかはわからないが、今となっては些細なことである。


 私がぱたんと日記帳を閉じると、タイミングよく部屋がノックされた。


「トレヴァー様。夕食の用意ができましたよ」


 執事に言われ、「わかった」と返事をすると、急いで部屋を出た。


 心の中ではこれから先の未来に胸を躍らせて。


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