受験の神様?
仁政第一中学校の受験日がやって来た。
俺と由香は一般入試。
佑樹と花谷さんは実技試験があるスポーツの推薦入試で俺達より3日早く試験を済ましていた。
「それじゃ行ってくるね」
「頑張れよ」
「しっかりね」
「大丈夫、浩二なら大丈夫じゃ」
「忘れものはないかい?」
家族の応援を貰いながら家を出る。
兄貴は先に学校に行った。
『浩二、リラックスだよ』って玄関で言ってくれた。
いつものように途中で由香と合流する。
「浩二君おはよう」
「おはよう由香」
「あーとうとうこの日が来たのね。緊張するわ」
「そうだね、僕も昨日はなかなか寝つけなかったよ」
「私もよ。寝よう寝ようって考えれば余計に眠れなくって。
羊を数えるのあんまり効果無いわね」
「そうだね僕は羊500匹以上は数えたよ」
「そんなに?」
笑い合いながら駅に向かう。
仁政第一中学校へは家族と一緒に学校説明会に行って以来2回目だ。
2人で向かうのはこれが初めてになる。
今回『車を出そうか?』と由香の母さんから言われたが、
『通学気分を味わいたい』と由香が言って電車での試験会場行きとなった。
「切符は一番安い、これでいいのよね?」
「うん、次の駅で私鉄に乗り換えるから大丈夫」
「落ち着いてるわね」
「そうかな?結構ドキドキだよ」
「分からないな?あ、電車来たわ」
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「どこ?こ、浩二君....」
「大丈夫由香近くにいるから」
参った。久し振りの通勤ラッシュ。
今は体が小さい分圧縮度が高い。
「由香、次の駅で降りるから人波に逆らわず流れのまま飛びだすんだ」
「分かった、外に出たら?」
「ホームの売店の前で会おう」
「うん」
電車が駅に入る。ドアが開くと同時に俺達は弾き出されホームに飛びした。
「キャ!」
「うげ!」
勢いよく外に飛びだし流れに逆らわないように人波の外に出る、大人の体では容易な事が体が小さいだけで大変だ。
「こ、浩二君!」
声がする方を見ると由香がもがくように人波に流されて行くのが見える。
「由香!そのまま階段を登れ!
今、人波に逆らうな!流れのままに改札口に向かえ!俺も外に出る!改札口横の立ち食い蕎麦の前で会おう!!」
由香の返事が聞こえない。
小さい体だから大人の中に飲み込まれたのか?
聞こえてると信じて俺はもう一度人波に呑まれ
そのまま流れに乗り改札口へ向かう。
予想通り殆どの人が駅を出るみたいだ。
駅員に切符を渡して改札外に出た。
「由香はどこだ?」
改札口横の蕎麦屋に行くが由香の姿は見えない。
「くそ!携帯電話があれば!」
自分でも馬鹿げた事だと分かっていても口に出る。
焦る気持ちで腕時計を何度も見る。改札口で5分ぐらい待っている。
5分が30分にも1時間にも感じる。
(どうする?由香の家に電話する?何て言おう?)
『由香と駅ではぐれました。
今から僕だけで試験会場に向かいます』
いや、それは薄情だ。
しかし由香が先に会場に向かってたら?
「こ、浩二君」
声がして横を見ると体を揉みくちゃにされて髪の毛のセットがメチャクチャになった由香が立っていた。
「由香!良かった!」
「怖かった!
改札口までは聞こえてたから必死で探したよ、でも浩二君見つからないし、何度も体ぶつけられるし」
「大丈夫だ由香!僕はここに居るから」
由香はほっとしたのか泣き出してしまった。
(不味いな)
由香の心理状態を考えると少し時間を潰した方がいい。
試験は9時30分開始で今は8時20分。
ここから仁政までは40分位か?
いや今の由香を連れて一緒に行くとなると1時間は見た方がいい。
「だ、大丈夫。浩二君、わ、私行けるから」
由香がシャクリながら俺を見た。
「分かった。とにかく乗り換えよう」
俺達は私鉄に乗り換る為5分程歩く。
もちろん由香の手を繋ぐのは忘れない。
由香の心理状態がどこまで落ち着くか。
(とにかく仁政第一に早く着いて少しでもリラックスさせよう)
そんな事を考えていた。
幸な事に私鉄はそれほど混んではいなかった。
俺も由香と電車の席に座り筆記用具や受験票のチェックをする。
電車を降りたら駅から学校までは歩きで15分。
(よし、間に合う)
「浩二君、ごめんね」
「どうしたの由香?」
「私が、私がママの車出すって話、断っちゃったから。
私だけじゃなくて浩二君まで心配かけちゃった」
「大丈夫だよ由香!
心配したけど僕はもう平気。いつもの僕だから!」
「でも私が...」
「由香?」
「私が落ちたらどうしよう?
浩二君と離ればなれになっちゃうよ!」
ああ!また泣き出してしまった。
泣き虫な由香がこんなところで復活か。
『ここに花谷さんがいてくれたら!』
あり得ませんね。
「大丈夫由香、今ある実力を出そう。
もし落ちたら落ちた時。僕は由香から離れないよ。
他の学校でもどこでも行くからね」
由香の両手をしっかり握り笑顔で見つめた。
由香は真っ赤な顔で俺を見ている。
(上手く伝わったかな?)
「「「わー!」」」
その時周りから大きな声が聞こえた。
車内を見ると数人の乗客が口を抑えへたりこんでいる。
「か、神が慈悲を与え...」
「仏の救いよ、阿弥陀...」
何の事だ?あ、次の駅だ。
「由香降りるぞ」
呆然としている由香の手を取り電車を降りる。
改札口を出てやっと着いた。
「浩二君!由香ちゃん!」
大きく元気な声。聞き覚えのあるこの声は、
「祐一!!」
祐一は黒いズボン姿で上に白いカッターシャツ
長い髪は束ねて後に一纏めにしていた。
「久し振り...って、どうしたの?
由香ちゃん顔真っ赤だよ。
髪のセットはメチャクチャだし、服装まで」
「ゆ、祐ちゃん...」
由香は祐一に事情を話した。
「うん、分かった。由香ちゃんは悪くないよ。
みんな受かれば一件落着だからね、由香ちゃんちょっと来て。」
そして祐一は由香の手を取り2人は化粧室へ...って『おい!祐一!お前はおと..』
いや今は由香を助けて貰わなきゃ。
しばらくすると2人は出てきた。
由香の爆発していた髪の毛も綺麗になり、
頭にカチューシャまでつけて。
服の皺も殆ど取れていた。
「由香。綺麗に戻ったね」
「うん。祐ちゃんのお陰、
凄いよ祐ちゃんドライヤー持ち歩いてるの。
私の髪の毛をさっと綺麗に整えて前髪の立っちゃったところにカチューシャつけちゃうんだもの」
「大したことないよ。
時間があればもっと綺麗に出来たのに」
「服のシワは?」
「それも大したことしてないよ。
霧吹きで軽く濡らしてドライヤー当てながら手アイロンだよ」
「何?その間由香は上着なしなの?」
「浩二君驚くとこそこ?」
「大丈夫その間由香ちゃん個室にいたから」
「そこ説明する祐ちゃん?」
「祐一!」
「何?」
「良い嫁になれよ」
「だから僕は普通の男の子だよ」
「いいや違う」
「違わない!」
「浩二君、祐ちゃんは祐ちゃんだから」
「由香、意味が分からないよ」
「そんな事いいから早く行こう」
「わっもう9時回ってる!」
こうして無事に受験を終えた。
ありがとう祐一。
ところで何で駅にいたんだ?




