修学旅行 後編
修学旅行2日目の朝。
早くに目が覚めても部屋から出るのは禁止されている。
いつもの時間に起きてしまった俺は枕元に置いていた腕時計で時間を確認する。
「5時53分...」
習慣とは恐ろしい。
昨日は疲れていたはずだが、こうして早朝に目が覚めてしまう。
取り敢えずトイレに行き、用を済ませて布団が敷かれた部屋に戻った。
部屋の中はクラスメートの静かな寝息が聞こえる
二度寝する気にもなれず、俺は昨夜の隠し芸大会を思い出していた。
友人達の出し物はどれも面白く、特に佑樹と花谷さんの漫才は息もピッタリでみんな爆笑を拐っていた。
「...だが佑樹、まだまだ青いな」
やはり小学生達の出し物は元おっさんクオリティーに敵わない。
入念な準備を掛けた俺に軍配が上がったと思うのは、決して自惚れではないだろう。
隠し芸大会のラスト、俺は満場を埋めた生徒達の(125人教職員含む)喚声を受け、アンコールまでしてしまった。
「ヤングマン......偉大な人だ」
目を閉じて、アンコールに沸く会場の光景を思い出す。
最後に偉大なあの方を選択した俺のチョイスに間違いは無かった。
みんな俺に合わせ、腕で英字を表現してくれた。
会場が一体となり、ステージ前には旅館の仲居さんと先生も俺に合わせ、最高の笑顔で英語の人文字を全身でしてくれたのだ。
やはり彼は偉大な方だった。
ただ心残りなのは、再度のアンコールでメドレーを怖れた由香に俺の出番が強制終了した事だ。
『何故止める由香?』
『逆に聞くね、どうして浩二君は自分のパジャマを下にずらしてるのかな?』
由香の一言で俺の出番が終わった。
一人思い出していると、部屋の外から俺を呼ぶ声がした。
この声は担任だ。
「何ですか先生?」
「すまんな山添、朝早くに」
さすがに先生は俺みたいにパジャマでは無く、紺のトレパンとトレシャツ姿だった。
「よく僕が起きてるって分かりましたね」
「お前いつも6時前には起きてるって言っていただろう」
「そうでしたか。で、用件は何でしょう?」
「実は引率の教師数人が体調不良起こしてな、すまんが2組がやる今日の自由行動を山添と橋本で引率してくれ」
これは意外な。
いくら中身は元おっさんでも、外見は小学生だそ?
「大人の方は?」
「一人だけ同行して貰うが、教師では無い学校の事務の方だ。
取り敢えず保護者としてだからそのつもりで頼む
俺は別のクラスを代わりに引率するから」
それは大変だな。
小学校の担任は別のクラスを担当する事が少ないし。
「体調不良って?」
気になる、まさか飲み過ぎとかじゃないよな?
「山添...いや浩二。1組の石井先生、お前を止めようとしただろ?」
「いや石井先生はアンコールで一緒に踊ってくれましたけたど...」
「あれは止めようとしたんだ!
でもお前の笑顔に...」
「笑顔?」
そんなに笑って...いたな。
楽しかったから仕方ない。
「意識が飛んでしまってな、全力で人文字をやって50肩にぎっくり腰だ」
「それは...なんかすみません」
痛いだろう、両方とも前回の時間軸で経験があるだけに、石井先生の苦しさが伝わった。
「石井先生は、『山添を叱らないでくれ俺は神に触れたんだ』っておっしゃったから、まあいいんだが」
苦笑いの担任は手提げカバンから一通のプリントを取り出し、俺に差し出した。
「これが自由行動の時間表だ。朝の出発までに頭に叩きけんどけ」
「分かりました。
これと同じ物は由香にも?」
「橋本には朝食の時に渡す。後30分で起床だ、頼んだぞ」
ニヤリと笑い担任の先生は行ってしまった。
教師の前で由香と呼び捨ては不味かったな。
再び部屋に戻り、まだ眠るクラスメートを起こさぬよう窓際に行く。
小さな椅子が置いてあったので、そこに座りカーテンを少し開ける。
9月の朝日は6時過ぎでもかなり明るい。
起床時間の知らせが来るまでプリントの内容を頭に叩きこむのだった。
その後、みんなのお待ちかね、朝食を食べに昨日の大広間に集まる。
何故か今日は御櫃ではなく、10人ごとにでっかい電気炊飯器が置かれていた。
中を開けると一杯の炊きたてホカホカのご飯。
おかずこそ、定番の鮭に海苔に漬物だが更に熱々の味噌汁まで生徒の集合に合わせて注いでくれた。
昨日は冷めたご飯に冷たい味噌汁だったのに。
教師達が慌てて事情を聞きに旅館の関係者を呼びに行った。
現れた女将さんらしき女性がにこやかに対応している。
昨夜のお礼とか聞こえた。
あの人って昨日のアンコールの時に石井先生と一緒に踊ってた人だ。
女将さんだったのか、そういえば俺の出番前に少し話したっけ。
そんな事より今は温かいご飯と味噌汁だ。
海苔が味付けなのが懐かしい。
恐ろしきは子供の食欲、全て平らげてしまった。
朝食の後は荷物を纏めて退所式。
今度は生徒会副会長の由香の挨拶。
挨拶の中に3回程『ご迷惑を御掛けしました』と言うフレーズが有ったけど気にしないでおこう。
そして最後の自由行動だが、我々の行き先は大阪城。
まだユニバーサル等無い時代なのは分かるが、城は小学生にちょっと辛い。
佑樹のクラスは新世界を散策、我々よりまだましだ。
梅田や難波と言った繁華街は危険と判断したのだろうが、この時代の新世界はもっと危険だぞ?
でもこの時代の梅田や難波を俺は知らないが。
そんな訳でやって来ました大阪城。
旅館から駅まで歩き、地下鉄は乗り換え無しで着きました。
引率の教師がいないからクラス全員がはぐれないかと冷や冷やする。
俺ははぐれても大体の土地勘はあるが、周りはそうじゃない。
城に近づき石垣の前で、はいチーズ。
大阪城自体はまだ知っているが、それ以外は余り知らないので正直怖い。
周りはフェンスに囲まれた場所ばかり。
大学時代は就職活動でこの付近にあった企業を受けたはずだが、まだ何も建ってない。
その後は城近くにある放送局に行き見学、これは楽しかった。
時間が来たので再び地下鉄で移動。
そのまま新幹線の新大阪駅まで乗り換えずに到着。
全員帰宅の途に着いたのであった。
帰りの車内も行きと同じくガードゲームに興じるが眠気が襲う。昨日の疲れか引率した疲れか。
気がつくと寝ていた。
目覚めると由香の膝の上慌てて起きて謝る。
「いいのよ『順子さんからこんな事があるかも』って聞かされていたから」
って由香は笑ってくれた。
順子姉さんありがとう。
由香に怒られないで済みました。




