順子行きます!
9月のある日曜日。
今日は学芸大学付属中学校の文化祭、通称学芸祭が行われる。
学芸大学付属中学校1年A組、山添有一は学芸祭の招待券を十河順子に渡した。
「お母さん、姉さん、この格好変じゃない?」
「変じゃない変じゃない」
「あー順子はなに着ても似合う似合う」
「ちょっと真剣に聞いてるんだから!」
「だから変じゃないって!」
1時間鏡の前でポーズをしている彼女が十河順子。
有一から生まれて初めて1人だけの招待券を貰い、3日前からろくに眠れず今朝を迎えたのである。
「そんな事より順子良いの?
約束は10時に学芸大学付属中学校の校門前でしょ?」
順子の母が呆れ顔で教えた。
「えっ?嘘間に合わない!何で早く言ってくれないの?」
「さっき言ったよ」
「今9時20分だから...まずいわ、とっくに間に合わない。
姉さん、どうしよう?
...順子は終わりました」
順子はガックリと項垂れ床に手を着いた。
「バカ言って無いで、早く車に来て」
大学の長い夏休みで実家に帰省していた順子の姉、十河尚子は壁に掛かっていた自動車の鍵を手にした。
「姉さん、いえお姉様。良いのですか?」
「あんたの馬鹿さ加減には呆れるよ」
「ホントに、尚子気をつけて行っといで」
暖かな母の言葉に送られ二人は自宅のガレージに向かう。
一台のスポーツカーに乗り込んだ。
「ちゃんとベルトしてっと」
「偉いね」
「えっへん」
「胸の成長の割りには人間の成長は無いね」
「姉さん早く出発して!」
「はいはい」
エンジンキーを回すと大音量のエンジン音が響き渡る。
思わず顔を綻ばせる尚子。
彼女が下宿先で普段の足にしている550CCの軽自動車と全く違っていた。
「しかし有一君が順子とねぇ...」
自動車を運転しながら尚子は同じ事を何度も呟いた。
因みにこの車は父親唯一の趣味であるドライブに全てをつぎ込んだスポーツカーである。
箱形のGT-Rと言えば分かるかもしれない。
「私もまだ信じられないよ。
布団の上で目が覚めて、夢でしたって言われても納得しちゃうよ」
「中学で有一君モテモテだろうな。
どうする順子取られちゃうかもよ?」
「ふーん」
尚子の煽りに順子は気にする素振りを見せなかった。
「なにその分かってないなーみたいな目は!」
「有一君を簡単に取った取られたってなる人なら私も6年間苦労しなかったわ」
「あんたも成長したのね」
尚子はしみじみと妹の言葉を聞いた。
妹が行って来た鈍感な有一に対する数々のアプローチを見てきた姉の胸にも期する物があった。
「ありがとう」
「さ、着くわよ」
「姉さんここら辺で良いわ」
「甘いわ!有一君にごあいさつを」
車は逆に加速する。
爆走する自動車の中、順子の悲痛な叫び声が響いた。
「やめてー!」
その頃、学芸大附属中学校の正門で愛らしい少年が1人、待ち人の到着を待っていた。
「順ちゃんもう来るかな?」
有一は『一人で待っててね』と言われ、待ち受ける追っ手達を振り切り校門前で順子の到着を待っていた。
「なに?なんなの?」
爆音を響かせた車は有一の前で止まった。
運転席のドアが開き、中から現れたのは170センチを越える大柄な女性。
目立つのは身長だけでなく、日本人離れしたプロポーションにもあった。
「有一君久し振り!」
女性はサングラス越しに有一に叫んだ。
「え?誰でしたっけ...」
「酷い、私よ、わ、た、し、!」
サングラスを取り有一に微笑む。
しかし有一は、
「すみません覚えてないです」
「もうバカ姉!早く帰って!」
助手席から飛び出す順子。
当時は任意着用だったシートベルトが上手く
外れず、尚子の突撃を許したようだ。
「あっははは!
ごめんね有一君、順子と付き合ってるって聞いてね。
ちょっとからかってみたのよ、順子もゴメン。
怒らない、怒らない」
ポカポカ叩く順子を軽くあしらう尚子は笑顔だ。
「順ちゃん、待ってたよ」
「ごめんなさい!後うちの姉さんが...」
姉妹のやり取りを敢えて見ない事にする有一。
彼は空気を読む男なのだ。
「尚子さんお久し振りです。
4年振りですか?」
「そうね、私が高校から寮に入ったから、そうなるのかな?」
「すみません気が付かなくて」
頭を下げる有一。
150cmに満たない彼の仕草に尚子の母性が揺れた。
「気にしなくて良いわよ。
有一君相変わらず可愛いわ、天使みたい。
我が家のアマゾネスを宜しくね!
それじゃお姉様は帰ります。
バイバイ」
真っ赤な顔をした尚子は車に乗ると、エンジンを吹かせた。
タイヤのスリップ音を残し、車は一瞬で消えて行った。
「嵐の様な人だったね。」
「誰がアマゾネスよ...誰が...」
「順ちゃん?」
「あ、ごめんなさい!遅くなりました」
「さっき謝ったじゃない、大丈夫だよ。
学芸祭は始まったばかりだから、楽しもうよ」
「ありがとう有一君」
明るい笑顔の有一に順子も安堵する。
そして2人は並んで学芸大附属中学校の敷地に入った。
大っきな中学校ね!
初めて入る有一の中学校。
順子は自分の通う学校との違いに戸惑いを隠せない。
「高校も併設されてるからね、生徒数だけなら普通の中学校より少ないんだ」。
「そうなんだ」
有一はなにげに言うが、その生徒全員が学芸大附属中学校の受験を勝ち抜いた猛者達なのだ。
『負けないわ』
順子の気合いが漲る。
「あっ有様、今日も可愛い...って誰?横の大女』
「有一君だ、今日は邪魔な取り巻きがいない
って誰?あの胸お化け」
前から来た2人の女子生徒とすれ違う。
囁くような罵詈雑言は彼女の耳に入ったが、慌てる事なく順子はにこやかに頭を下げた。
「有一君がお世話になっています。
私の目が届かないところなので、皆さんで有一君を守って下さいね」
その気品と迫力(胸)に全ての女性は、
『は..ハイ分かりました』と返すのが精一杯だった。
「順ちゃん良いの?
僕の好きな女の子って紹介しなくて」
「良いの。
今日は有一君がどんな中学校生活をしてるか興味津々なんだ」
僕の好きな女の子
有一の言葉に痺れる順子。
その嬉しさを胸に順子は有一と各教室の催し物やステージを回った。
先々で順子ら先程すれ違った生徒と同じの様なやり取りをした。
やがて校内に噂が広がる。
「ね、見た?有様と歩いてた人」
「見た見た。きれいな人ね、高校生ぐらいかな?」
「あの体型だから高校2、3年くらい...ひょっとしたら大学生かも?」
「本当きれいな人だったね。
私、有一君の事を宜しくねって頼まれちゃった!」
「「「私も、私も!」」」
「そう言えば、今日は有様がお好きな人と見えられるとお聞きしましたが、まさか...」
「あり得ないって、確か小学校時代の同級生だって有君から聞いたよ」
「なら安心だね、さっきの子どう見ても上級生だし」
「でもさっきの人は有一君からみて何になるの?
姉さん?いとこ?年の離れた叔母?」
臆測が臆測を呼ぶ。
しかし今日順子に会った全ての人は誓った。
「「安心して下さいお姉様、有一君(様)は私達がお守りいたします」」




