今年の合宿
中学生になった順子姉さんは5年間続けていた水泳を辞めた。
最後の大会、1番長く練習したが記録は伸びず、昨年よりタイムを落として予選落ちしてしまった。
『才能の限界』選手育成のコーチに言われたそうだ。
昔の女子選手はピークが10代中頃と言われていたので、仕方なかった。
「私の実力じゃ最初から世界一の選手になれる訳じゃなかったしね」と順子姉さんは言ったが、やはり淋しそうだった。
水泳を引退した順子姉さんは塾と英語教室に通い始めた。
修学旅行で英語が役にたったからで、この先の人生に必ず役立つと考えたそうだ。
水泳漬けの生活だった順子姉さんは元々頭が良かったので、みるみる成績を伸ばして行った。
順子姉さんが選んだ塾は俺と同じ飛龍学園。
中学校受験コースの俺と順子姉さんの高校受験コースは時間も教室の場所も違うから、2ヶ月間全く気付かなかった。
何気に見た中一のテスト結果上位に[十河順子]の名前があったのは驚いた。
『なぜ同じ塾と言わなかったの?』
そう聞いたら、驚かしたかったって、笑いながら言われた。
2学期から順子姉さんは難関高校コースになるそうだ。
そして先日、薬師兄さんも同じ飛龍学園に入って来た。
薬師兄さんを見つけた順子姉さんが、
『どうして急に塾なの?』
と聞いたら、将来の人間形成に役立つとマスター浩二がおっしゃった、と言われたそうだ。
そんな事は言って無い。
マスター浩二って、誰だよ?
夏休みになり、今日は朝から由香の家で勉強をしていた。
「浩二君、今年の夏期合宿は申込んだ?」
冷たい麦茶を飲んでいると由香が聞いた。
「今年も飛龍学園の夏期合宿に申し込んだよ」
「私も申し込もうかな?」
何気なく由香が言った。
「由香も?」
「嫌なの?」
「嫌じゃ無いけど、由香は違う塾でしょ?」
由香は昨年、自分が通う塾の夏期講習に参加していた。
「浩二君の塾がやってる夏期合宿は申込みテストを受けたら他の塾の子も参加OKだって」
「調べたの?」
「順子さんが教えてくれたの」
由香は飛龍学園の夏季合宿パンフレットを見せた。
由香は順子姉さんと頻繁に連絡を取り合ってるのか。
「授業も面白そうだし、夜12時まで自習室を解放ってあるでしょ?
浩二君と勉強したら凄く捗る気がするの。お願い!」
片目を閉じ、両手を合わせる由香。
去年の合宿で色々あった事は由香に言ってない。
絶対秘密にしなければならない事じゃなかったが、律子と関係する人と会った事は由香に言いたくなかった。
脳裏に清水祐一と吉田久の顔が浮かんだ。
「お父さんとお母さんはなんか言ってた?」
「浩二君と勉強するなら全然問題ないって、信頼されてるね」
そこまで信頼するの?
まだ小学生だよ?
でもこの先一緒に居ますって、宣言しちゃってるか。
「分かった一緒に合宿頑張ろうね」
「やった!」
嬉しそうに両手を上げる由香。
その笑顔がまぶしい。
小学6年にもなると、子供からだんだん離れてい行く。
成長は当然の事だが、二回目でも思春期は戸惑ってしまう。
なまじ経験があるだけに質が悪い。
由香のお父さんを裏切ってはならない。
そう思うのだが、視線はどうしても由香の...
「どうしたの?」
「何でもないよ」
慌てて視線を逸らす。
僅かな表情の変化も見逃さない由香に悟られないように、笑うのだった。




